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2015. 06. 25  
 とても忙しく、Twitterしかできず、アニメも週に3本くらいしか観られません。
 今季はFate stay nightを特に熱心に観てました。
 初めての話なのに、特別に懐かしい。
 そういう不思議な思い入れのある物語。

 もう十年以上前。
 FFXIというMMORPGでディープに遊んでました。
 LSと呼ばれる仲間システムに多数所属していました。そのうちの多くが、それぞれサイトをもっていたりして。
 そのサイト内の個人スペースに、ある日書き込まれた文章に惹かれたのです。

 「 体は剣で出来ている
  血潮は鉄で、心は硝子
  幾たびの戦場を越えて不敗
  ただの一度も敗走はなく
  ただの一度も理解されない
  彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う
  故に、その生涯に意味はなく
  その体は、きっと剣で出来ていた」


 ひどく印象的な文章。ドラマティックで耽美。
 これはいったい何だろう? この人の創作? はてさて?

 ほどなく、その投稿に他のメンバーの返信がつきました。

 「僕の知ってる***そのままなんですけど偶然?」
 正確な文章は覚えてませんが、こういう感じの書き込みだったと思います。

 どうやらコピペであって、オリジナルではないらしい?

 由来を知りたくてググってみると、なにやら殺伐とした絵が出ました。
 剣。疲弊した様子の人影。寂寥の荒野。
 そして英文字のみのタイトルぽいもの。

 アニメじゃないらしい、マンガでもない、小説でもないらしい?
 なんだか良くわからないまま、荒野のイメージと耽美な詩文だけが記憶に残りました。


 MMORPGの記憶も遠く薄れ、そのLSの名前も、サイトの在処も、まったく思い出せません。
 それなのに、あの印象的な詩文だけはずっと記憶に残ってました。

 「体は剣でできている、血潮は鉄で心は硝子……」

 十年以上の時を経て、あの詩文(詠唱)に再会するとは。
 なんの脈絡もなくあの文を個人スペースに貼り付けたあの人は、当時何を思っていたのだろう? 知るすべもありません。


 「Fate stay night UBW」。
 「FateZero」が大好きでしたし、今回のシリーズも堪能しました。容赦無い哲学と美学。それらは十年以上前から確立されて、ずっと熟成され続けてきた世界観だったのでしょう。


 滅多に長文を書く暇も無い日々ですが、Fateがさらに個人的に特別な作品となったので、思い出とともに記しておきます。

 Fateもだけど、シドニアもジョジョも良かった!
 来季、ここまで粒ぞろいのお気に入りに出会えるかしらん?
 Twitterにこもる壁をぶち壊して駄文を書き連ねたくなるくらいの何かに。

 期待はいつだって持っているべき。




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2014. 02. 26  

今日、引っ越しです。

息子を障害児クラスのある学校へ通わせるために、この街に越して来て、16年。

桜の綺麗な街でした。
NTTビルのそばには、味わい深い枝ぶりの桜の古木がありました。

新居の隣の敷地は広い耕作地で、そこにも見事な桜がたくさん並んでいました。

毎年、降り注ぐような豊かな花吹雪を楽しみ、時に桜に降り積もる雪を味わい、季節を過ごして気付けば相当な年月が過ぎました。

もう、どちらの桜も無くなってしまいましたが。


16年。
小さかった息子はメキメキ大きくなり、養護学校を無事卒業し、職にも恵まれました。

就職を控えた春の日に、息子と二人連れだって石神井川のほとりをそぞろ歩き、川縁にひしめく桜を眺めたこと。
あれこそが、私の人生で最高の桜の思い出です。あの石神井川の桜には、いつまでも健在でいて欲しいものです。

この街で、最も幸せな時代を生きました。

ありがとう上石神井。
急行停車駅なのになぜか開発が進まず、お店が次々無くなっていく切ない街でもあったけど、穏やかで優しい人ばかりののどかな街でした。
ありがとう、ありがとう。



新しい街でも頑張ります。
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2013. 12. 31  
ブログを書く暇も無い日常です。ですが、大晦日なのでなんとか〆ておきたく思います。

今年は特別な年でした。
いろいろあり過ぎて、書き連ねるのは無理ですが、どうしてもこれだけは記しておきたい。

「かぐや姫の物語」が最高でした。
この作品に出会い、ここまで心震える感動を味わうために、今までアニメを観続けてきたのだと、そう思える作品でした。

アニメーション映画の頂点を極めた作品です。
今後、これほどのレベルに到達できる作品が出てくるのかどうか。

「風立ちぬ」も素晴らしかったですし、このジブリ2大作に出会えたというだけでも、2013年は忘れてはならない年になりました。

感動と、喜びと、そして寂寥を感じます。
頂点であり、分水嶺であり、もはやこれほど豊穣なものには出会うことも無いのだろう、と思えるからです。

古き善き時代のアニメーションアートの美。
採算度外視の暴走があってこそ、成立した至高。

そんな文化的余剰を生み出す豊かさが、今後この国に戻ってくるのでしょうか。

日本という「国家」のありかたも、急激に変貌しようとしています。

2013年。

あれが転回点だった。
いろんなものが終わり、動き出す。
あれが最後の良き時代だった、それはむじょうに去って行き、そしてどんどん衰退していったのだ、と。

のちのち、そんなふうにずっと振り返ることになる、そんな年だったのかもしれません。


世界は激動しています。
日本だけが変わらず平穏であれるはずもありません。
いったい、この先どうなっていくのか。
どんな社会であって欲しいと私達は思うのか。
そのためにどうすればいいのか。

明日からの新しい年、そういうことをもう少しばかり意識しながらやっていきたく思います。

私のオタクとしての人生は、めでたくも今年、満足の到達を果たしました。宮崎・高畑両監督には人生最大の感謝を捧げます。

夢ばかり追ってきた人生の、良い区切りとしたいです。


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2013. 10. 08  
ネット上で発表される「体験談」というものが多々あります。

時には多くの感動を呼び、映画やドラマなどへの大々的展開に至るものもあります。

割りとそういうものを読むのが好きなので、けっこうあれこれ消化してきました。

そして、最近、なんとなく判るようになってきたことがあります。

「本当の体験なのか、そう見せかけた創作なのか」

の違いが、匂いを嗅ぐように感じ取れるようになってきた、ということです。


「こ、こりゃぁガチだぜ! まごうことなき生のレポだぜ!」

と、膝を打ちたくなるような感覚があるのです。シズル感、とでも言いましょうか。

そういうのを感じるとき、そこに何が有るかというと。

「乱調」です。
文法の謝り、誤字脱字、言いたいことが不明瞭な言葉の並び、構成力の無さ。


逆に「いやぁとても良い読み物ですが、どう見てもこりゃ釣り目的の創作、あるいは現実の大幅改変でしょ」と感じるとき、そこに何が有るかというと。

「ドラマティック」です。
そして妙に整った文体と文脈。


現実なんてものは、本当に身も蓋もない、煩雑でカオスで無駄の多いもの。
リアルはドラマを狙ったりはしないものなのです。

もし、とても良いお話、良くできた説明、そういうものに心楽しみ、感動をしたりしても。
それをそのまま丸ごと「本当」と信じきることはどうなのでしょう?

信じるほうが幸せな生き方なのは確かです。
ですが、あまりに良く出来た語りには、常にほんの僅かでも、眉唾の意識を持っている方が良いのかもしれません。
詐欺師というのは、いつだって幸せの看板を掲げてやってくるものだからです。


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2013. 09. 20  
ずいぶん間があいてしまいました。

ライフスタイルが大幅に変わったため、駄文を連ねる余裕がしばらく無かったのです。


「そのライフスタイル変更というのに、ネトゲが含まれているのはどういうことかね?」


ええ、まぁその。

あの相当さんざんだったFFXIVが、「新生」として帰ってきまして、これが実に良い出来でして。

ありとあらゆる問題点を徹底的に改善し、独自要素も取り入れ、まったく別のゲームに化けていました。
個人的には、ようやっとWOWを超えるモノが出てきたなぁ、と思っています。


なかなか新ライフスタイルは多忙でして、まとまったプレイ時間は取れません。
ですが、ほんの20分くらいでもこなせる遊びが多いので、まったり進行で楽しめます。ありがたいことです。

キャラは旧FFXIVと同じにしました。

これは、LSの絵師さんが描いてくれたマイアバターです。あまりに可愛い。お気に入りです。

カテリナアイコン



ゲームとしても優れていますが、特に気に入っているのは、いろんなパロディネタが仕込まれている点です。

自社パロディも多いです。
「我々の」「コリブリ」「いやらしい」などと、ファンコミュニティから生まれたネタまで縦横無尽にぶち込んでくる前のめりのサービス精神、大好物です。


もっとツボに入ったのは、かなりオールディーズなSF小説ネタが大量に投入されていること。

このページの下の方に、FATEというコンテンツの一覧があります。
タイトルを見れば、SF好きの方ならかなりニヤニヤ出来るかと思います。

砂丘エリアで巨大なワームを退治した時

「砂漠の神皇帝」

と表示された時にはひっくり返るかと思いました。個人的に大変思い入れ深い作品ですが、実にマイナーなネタと言えましょう。かなり濃いSFファンの方がタイトル付けをしているのだろうな、と想像すると幸せな気分になります。


SFは長らく冬の時代であります。
浸透と拡散を経て、雲散霧消してしまった、とも言われてきました。

ですが、さらに時代は巡り、再結晶が始まるのかもしれません。

人類はネットという未曽有のツールを手に入れて、激変の時代を迎えています。
揺らぐ価値観。
覆る常識。
なにが正しくて、何を信じるのか。
確固たる自分というものを、どうやって持てばいいのか。

そんな混迷の今だからこそ、SFはなおいっそう必要とされるはずだ、と私は思っているのでした。



さて、寝るまでもうしばらくあるので、ちっとクルザスでも行ってきますかね。

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2013. 08. 08  
戦意高揚コンテンツ、というものがあります。戦争状態になった時、国民の気分を盛り上げる目的で作られるものです。
歌や演劇、映画など。
アニメも例外ではありませんでした。
あのウォルト・ディズニースタジオでも、戦意高揚アニメを何本か作っています。

こういうのとか。

つい昨日、ワーナー・ブラザース制作の戦時アニメをネットで初めて見ました。
バッグス・バニーが日本人をやっつける、というコメディ短編です。
さすがギャグに定評のあるワーナー。バッグス・バニーは相変わらず絶好調、というところです。

この作品を観たアメリカの人の感想も併記されていました。
その中に

「当時日本側でも制作されたであろう宣伝映画に興味がある。
おそらくワーナーに対抗して、反米国的なステレオタイプが沢山盛り込まれていたのでは」

という声がありました。

反射的に私が思い出したのは

「桃太郎 海の神兵」

という長編アニメでした。

やはり戦意高揚を目的として作られた作品です。

この作品に先駆けて

「桃太郎の海鷲」

というものもあります。


「この二作をぜひ観て欲しいなぁ。どんな感想が聞けるだろう?」
と思うのでした。

戦意高揚と銘打たれてはいますが、この二作は、実に牧歌的で愛らしい作品なのです。戦争ものとは思えない、まったりとした平和で穏やかな日常がずっと綴られます。

「これを作った人は、実は戦争や破壊なんかこれっぽっちも好きでもなんでもなくて、ただひたすら平和や優しさ、思いやり、恩義や礼節、穏やかな希望を描きたかったのじゃないかなぁ。美しいものや可愛いものが大好きで、戦争映画にかこつけて、そういうものを見せたかったのじゃないかな」

そうとしか思えない、なんともゆったりと美しいアニメなのです。

占領先の南方で、現地の動物に日本語を教えるシーンがあります。
ここで流れる「アイウエオの歌」が、私は大好きなのです。

ちょうど、ここで聴けます。
http://www.youtube.com/watch?v=nzzctRDcfXE

高音の冴える、澄み切った旋律で、やたらと耳に残ります。
実際に日本軍の教育を受けたフィリピンの御老人たちは今でもこの歌を歌える、と聞いたことがあります。

作曲なさったのは古関裕而さん。

そう、夏の高校野球全国大会、そのテーマソング「栄冠は君に輝く」の作曲をなさった方です。
阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」や読売巨人応援歌「闘魂こめて」もですね。
「モスラの歌」も、そうなんだそうで。

いつまでも心に残り、ずっと歌い継がれる歌。みんなが知ってる歌。
そんな歌を何曲も残された人生は、作曲者として最高の栄誉を得たということなのではないかなぁ、と思います。



**********************************


今年も夏の甲子園大会が始まりました。
例年に無い、酷暑の大会となりそうです。
ここ何年かで、日本の気候はすっかり変わってしまいました。かつてなら考えられないほど、夏は暑くなってしまいました。
熱中症の被害などが出ること無く、つつがなく大会が終わるよう祈ります。


正直、そろそろ時期や会場を移すことを考えるべき時代なのではないか、と思うのですが。

とは言え、なにせ戦前からずっと続いているイベントです。戦後日本の歴史なんぞより古いのです。
単なるスポーツ、高校生のチャレンジの場、などという枠をとっくにはるかに超えた

「神事」

というレベルに至っている気もしますので、大掛かりな変革はとても難しいのかもしれません。



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2013. 08. 01  
ネット上ではさまざまな意見が飛び交います。

つい最近、あるトラブルに関して、対立する両方の表明を読む機会がありました。
当然ですが、主張は食い違っています。
どちらが正しいのか。
それは当事者でなければ判らないことなのでしょう。

司法はどういう裁定を下すのか。
またその結果を、世間という名の他者はどう受け止めるのか。
現時点では何も判りません。

でも私個人としては、

「こりゃもう勝負ついてるから」

と思える事例だったのでした。

一方の文面は、書式も文体も美しく、整然としています。
かつ、主張が明確で、毅然とした気持ちも伝わってくる力強いものでした。
テキストとしての完成度が高いのです。

ところがもう一方の文面は。
テキストとしての体をなしていないのです。
句読点が無い。改行も無い。文法が不適切。
結果としてとても不明瞭なのです。甚だしく幼稚な印象。

私にとって、後者は信頼に値しない内容と受け取れるのです。
書式というものは、とても大事なものなのだ、と思い知りました。

ネットでテキストを公開するというのは、実は相当に恐ろしいことです。
言いたいこと、書きたいことを自由に誰でも公開できる場でありますが、自由と危険はセットです。

自由だからこそ自律が大事。それを欠くと、世間の信頼をいっきに喪うこともある。



私も延々とブログなどで駄文を垂れ流していますが、今後なお一層の自制が必要だなぁ、と引き締まる思いです。
テニオハを怪しくしないよう心がけなくちゃ。




***********************

以下は蛇足的付け足しです。

テキストの体をなしてない方の文。
読んでいて更に思ったのが

「まるでロミオメールのような」

という感想でした。

ロミオメールについては端的な説明が困難ですが、客観性が希薄な、思い込みの強いタイプの人が主張しがちな内容ってことで。
検索結果から、なんとなく汲み取っていただきたいところです。
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2013. 07. 23  
零式艦上戦闘機の美にすっかり魅せられてしまった私です。
もともと、シンプルでまろやかなフォルムをもったメカデザインが好きでした。
ゴテゴテしたメカは嫌い。
シャープさを強調するのもイマイチ。

ガンダムで言うなら、大河原邦男氏のデザインだけが好きで、それ以外はどうしても好きになれないのです。

零戦には理想的な美があるように思います。

セッセと画像を検索して、あの曲線美を我が物に出来ないかと、あれこれなぞってみたり。

で、フッと思い出しました。
大昔から大好きだったメカ群があります。

サンダーバード!!

どことなく、ゼロ戦と共通するイメージがある気がします。シンプルでまろやか。
特に2号の豊穣な曲線美は溜め息が出るくらい。

さらに、ベルヌーイカーブ、という言葉も思い出しました。

「ん? 飛行機の翼の断面のカーブのことだったかな?」

あやふやだったので調べてみますと、これがなかなかに複雑です。

ベルヌーイさん、という人物は2人いるのです。

飛行機を飛ばす原理である、揚力のベルヌーイさんと。
対数螺旋のベルヌーイさんと。
いろいろ混じったりしているようで、複雑。

さらに調べていると、フィボナッチ数列だの、黄金比だの、フラクタルだの、いろいろ出てきたわけです。

数学は一番苦手な教科でした。
数式が美しい、と言われてもなんのことやらサッパリでした。

でも、ある種の視覚的な美は、数学と深い繋がりがあるらしいのです。どうやら。

「風立ちぬ」の主人公が、計算尺片手にゴリゴリと数式を書きまくっていたこと。
そして、迷いの無い美しい曲線をひいていたこと。
それは密接につながった、ひとかたまりの才能だったのだなぁ、と思うのでした。




なお、飛行機の翼の断面は、ベルヌーイカーブとは関係ないそうです。
新式のハサミの刃に適用されたカーブのことだとか。根本から刃先に至るまで、均一な角度を保つためのカーブ。
サクサクと良く切れる、素晴らしいハサミだそうです。闇雲に欲しくなりました。

いや~曲線って、本当に良いものですね! 対数螺旋を想いながら眠ることにいたします。

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2013. 07. 20  
宮崎駿監督の新作「風立ちぬ」を観てきました。

映画館であれほど泣いたのは久しぶりです。初かもしれません。
そして、今後も無いかもしれません。
まさにそのことそのものが、エンドクレジット中に嗚咽を抑えきれなかった原因だったかと思います。

猛烈に感動し、猛然と語りたくなる作品です。
ですが、ネタバレになってしまうようなことは一切したくない。
なるべく先入観の少ない状態で、あの世界を味わって欲しい。
初日に観てしまったがゆえの葛藤があります。

ごく冷徹に言うのであれば、実在の人物をモデルにしていることと、有名な文学作品を参考にしていることと。
この2点に関しての流れは、ネタバレを封じてもほとんど意味が無いことかもしれませんが。

物語、ストーリー、起承転結、というもの。

「何がナニしてどうしてこうなった」

あるいは

「いつ、誰が、なにを、どこで、どうして、いかにして」(5W1H)

ということを示すのが物語ということであるなら。
この作品の一番肝心な要は、そこには無いのです。

観て、判っていただくのが一番です。
そして、アニメーションというジャンルならではの形でそれは描かれているのです。

さらに付け加えるなら、まさに今、現代という時代に呼応した作品でもあります。
「崖の上のポニョ」にもそういう部分がありました。
あの時より、さらに切実な思いが「風立ちぬ」には溢れているように思います。

名作は時代を越えますが。
いつ観たって感動できるのは確かな作品ですが。
今、この夏、観ていただきたい作品です。



一緒に映画を見終えた息子は、そのまま弾丸のような勢いで所沢へ向かって行きました。
前回のエントリで扱った、唯一の完全保存の零戦を見るために。
この展示は8月いっぱいで終わってしまいます。お別れの日まで、さぞ賑わうことだろうと思います。
復元機体の展示なら、他の場所でもいくつもあるようです。
 ↓
参照

観てから見るか。見てから観るか。どちらであっても、感動を幾層にもしてくれることでしょう。
実在をじかに見ることの重要さと、非実在を夢見ることの重要さと。
どちらもが、人間にとって欠くべからざる必然であることを、零戦とこの映画が教えてくれたような気がします。

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2013. 07. 15  
所沢の航空発祥記念館へ行って来ました。

零式艦上戦闘機を見るためです。
ゼロ戦の名で知られている、名機です。完全な形で現存する唯一の機体だそうです。

まもなく、宮崎駿監督の新作映画「風立ちぬ」が公開となります。ゼロ戦の設計者であった堀越二郎氏を主人公に据えた物語とのこと。
飛行機が大好きな宮崎監督のことです。ゼロ戦の魅力をあますところなく描いておられるはずです。
誰が描くよりも鮮烈な、「生きたゼロ戦」が見られることでしょう。

それを観るのに先駆けて、実物を是非この目で確認しておきたかったのです。

子供の頃からゼロ戦の姿は知っていました。なんとなくのイメージで

「可愛い機体」

と思っていました。丸みを帯びたフォルム。ちんまりとした印象。


ですが、実際に目の前に現れたそれは、意外なほどに巨大で重厚でした。

零戦1

可愛いなどととんでもない。
究極、洗練、極限、至高、機能美。そういう言葉が浮かびます。


「パワーとスピードと持久力。すべてを兼ね備えた飛行機を作れ」

という無理無体としか言い様のない軍の要求。
すべてのジャンケンに勝利せよ、というようなものです。

そんな無茶振りに全力で応えようとした、技術の粋を極めた機体なのだそうです。
それはおそらくは、神の領域に達せよ、というのに等しいことだと思います。

すべての常識を捨てねばならない。固定観念を捨てねばならない。
でも、無茶も無理もゴリ押しもあってはならない。
確実=完璧を目指すなら、いかなる歪みも淀みも緩みもあってはならないのです。

私には戦闘機、飛行機の知識はほとんどありません。
ですが、目の前のゼロ戦がこよなく美しいことはハッキリと判りました。
万に一つの無駄も無い、精度の塊。侘び寂びの境地すら感じます。

とは言え、解説を読んで知ったのですが、操縦系統の設計には、あえて緩みを作ってファジー性を持たせているそうです。その方が、結果的に操作感が上がるのだそうです。なんとも面白い話です。ゲーマーとしての感覚ですが、操作感ほど操縦者にとって重要なものは無いだろう、と思ったからです。
意のままに動くこと。
一体感があること。
これらを欠いては、どんなにパワーと機動に優れたマシンだろうと、性能を存分に発揮は出来ないだろうと思います。


上から眺めてかなりゾッとしました。
コクピットが狭いのです。

零戦2

この写真では照り返しで良く見えないのですが、計器がギュウギュウです。大人が膝を曲げて乗り込んで、ギッチギチのはずです。
これほど余裕の無い、窮屈な環境で命がけの飛行をせねばならないのです。
パイロットというのがどれほど過酷で厳しい立場か、がひと目で判ります。
豪胆でかつ繊細で力強くなければ務まらないでしょう。
それはまるで、ゼロ戦の本質そのものでもある気がします。




秀でた構造には、作り手の魂が現れる。思想が反映されるのです。生き様のようなものが映り込むのです。

「風立ちぬ」、ますます楽しみになりました。待ち遠しいです。



航空発祥記念館には、ゼロ戦以外にも多くの飛行機体の展示と、飛行そのものに関する解説展示が数多くあります。どれもとても見応えがあって、楽しい場です。ロビーには飛行する玩具を中心に、科学実験キットおもちゃもいっぱい売っていて、

「あれもこれもそれもどれも全部欲しい! 欲しい欲しい欲しい、買って買って買ってぇ~~~~!!!」

と脳内で泣き喚く自分を必死で宥めながら帰途につきました。全部買ってたら5万10万コースです。我ながらよくそこまで欲張れるものだと嫌な汗が出ました。


夏休みのお出かけに最適な地ではありますが、こと科学に興味の深いお子様をお連れの場合は、ある程度の出費予定を確保してあげて欲しいと思うのでした。
一つでもいいから飛行模型をそこで手にして、記念館に隣接する広大な芝生で大空にそれを向かって飛ばす、そんな思い出が一度でもあるだけで、その子の未来がどれほど豊かなものになり得ることか。
科学への、大空への、未知の世界への興味の芽を伸ばしてあげて欲しい。切にそう願います。

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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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