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2013. 12. 31  
ブログを書く暇も無い日常です。ですが、大晦日なのでなんとか〆ておきたく思います。

今年は特別な年でした。
いろいろあり過ぎて、書き連ねるのは無理ですが、どうしてもこれだけは記しておきたい。

「かぐや姫の物語」が最高でした。
この作品に出会い、ここまで心震える感動を味わうために、今までアニメを観続けてきたのだと、そう思える作品でした。

アニメーション映画の頂点を極めた作品です。
今後、これほどのレベルに到達できる作品が出てくるのかどうか。

「風立ちぬ」も素晴らしかったですし、このジブリ2大作に出会えたというだけでも、2013年は忘れてはならない年になりました。

感動と、喜びと、そして寂寥を感じます。
頂点であり、分水嶺であり、もはやこれほど豊穣なものには出会うことも無いのだろう、と思えるからです。

古き善き時代のアニメーションアートの美。
採算度外視の暴走があってこそ、成立した至高。

そんな文化的余剰を生み出す豊かさが、今後この国に戻ってくるのでしょうか。

日本という「国家」のありかたも、急激に変貌しようとしています。

2013年。

あれが転回点だった。
いろんなものが終わり、動き出す。
あれが最後の良き時代だった、それはむじょうに去って行き、そしてどんどん衰退していったのだ、と。

のちのち、そんなふうにずっと振り返ることになる、そんな年だったのかもしれません。


世界は激動しています。
日本だけが変わらず平穏であれるはずもありません。
いったい、この先どうなっていくのか。
どんな社会であって欲しいと私達は思うのか。
そのためにどうすればいいのか。

明日からの新しい年、そういうことをもう少しばかり意識しながらやっていきたく思います。

私のオタクとしての人生は、めでたくも今年、満足の到達を果たしました。宮崎・高畑両監督には人生最大の感謝を捧げます。

夢ばかり追ってきた人生の、良い区切りとしたいです。


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2013. 07. 15  
所沢の航空発祥記念館へ行って来ました。

零式艦上戦闘機を見るためです。
ゼロ戦の名で知られている、名機です。完全な形で現存する唯一の機体だそうです。

まもなく、宮崎駿監督の新作映画「風立ちぬ」が公開となります。ゼロ戦の設計者であった堀越二郎氏を主人公に据えた物語とのこと。
飛行機が大好きな宮崎監督のことです。ゼロ戦の魅力をあますところなく描いておられるはずです。
誰が描くよりも鮮烈な、「生きたゼロ戦」が見られることでしょう。

それを観るのに先駆けて、実物を是非この目で確認しておきたかったのです。

子供の頃からゼロ戦の姿は知っていました。なんとなくのイメージで

「可愛い機体」

と思っていました。丸みを帯びたフォルム。ちんまりとした印象。


ですが、実際に目の前に現れたそれは、意外なほどに巨大で重厚でした。

零戦1

可愛いなどととんでもない。
究極、洗練、極限、至高、機能美。そういう言葉が浮かびます。


「パワーとスピードと持久力。すべてを兼ね備えた飛行機を作れ」

という無理無体としか言い様のない軍の要求。
すべてのジャンケンに勝利せよ、というようなものです。

そんな無茶振りに全力で応えようとした、技術の粋を極めた機体なのだそうです。
それはおそらくは、神の領域に達せよ、というのに等しいことだと思います。

すべての常識を捨てねばならない。固定観念を捨てねばならない。
でも、無茶も無理もゴリ押しもあってはならない。
確実=完璧を目指すなら、いかなる歪みも淀みも緩みもあってはならないのです。

私には戦闘機、飛行機の知識はほとんどありません。
ですが、目の前のゼロ戦がこよなく美しいことはハッキリと判りました。
万に一つの無駄も無い、精度の塊。侘び寂びの境地すら感じます。

とは言え、解説を読んで知ったのですが、操縦系統の設計には、あえて緩みを作ってファジー性を持たせているそうです。その方が、結果的に操作感が上がるのだそうです。なんとも面白い話です。ゲーマーとしての感覚ですが、操作感ほど操縦者にとって重要なものは無いだろう、と思ったからです。
意のままに動くこと。
一体感があること。
これらを欠いては、どんなにパワーと機動に優れたマシンだろうと、性能を存分に発揮は出来ないだろうと思います。


上から眺めてかなりゾッとしました。
コクピットが狭いのです。

零戦2

この写真では照り返しで良く見えないのですが、計器がギュウギュウです。大人が膝を曲げて乗り込んで、ギッチギチのはずです。
これほど余裕の無い、窮屈な環境で命がけの飛行をせねばならないのです。
パイロットというのがどれほど過酷で厳しい立場か、がひと目で判ります。
豪胆でかつ繊細で力強くなければ務まらないでしょう。
それはまるで、ゼロ戦の本質そのものでもある気がします。




秀でた構造には、作り手の魂が現れる。思想が反映されるのです。生き様のようなものが映り込むのです。

「風立ちぬ」、ますます楽しみになりました。待ち遠しいです。



航空発祥記念館には、ゼロ戦以外にも多くの飛行機体の展示と、飛行そのものに関する解説展示が数多くあります。どれもとても見応えがあって、楽しい場です。ロビーには飛行する玩具を中心に、科学実験キットおもちゃもいっぱい売っていて、

「あれもこれもそれもどれも全部欲しい! 欲しい欲しい欲しい、買って買って買ってぇ~~~~!!!」

と脳内で泣き喚く自分を必死で宥めながら帰途につきました。全部買ってたら5万10万コースです。我ながらよくそこまで欲張れるものだと嫌な汗が出ました。


夏休みのお出かけに最適な地ではありますが、こと科学に興味の深いお子様をお連れの場合は、ある程度の出費予定を確保してあげて欲しいと思うのでした。
一つでもいいから飛行模型をそこで手にして、記念館に隣接する広大な芝生で大空にそれを向かって飛ばす、そんな思い出が一度でもあるだけで、その子の未来がどれほど豊かなものになり得ることか。
科学への、大空への、未知の世界への興味の芽を伸ばしてあげて欲しい。切にそう願います。

2013. 05. 11  
ドル円の為替相場が100円を突破したそうです。
政権交代が起きた昨年末からこっち、円は下がり続け、株や不動産は上がり続け、金融に関わる方々はずっと狂騒状態。
終わらないラプソディを踊り続けているように見えます。

新しく日銀のトップになられた黒田総裁は

「物価の2%上昇を目標に」

と、思い切った金融政策を実行なさったとか。



相場などに手を出したこともない我が家。
株だの為替だの、とても恐ろしいもの。
バブルとその崩壊を目の当たりにした身としては、そういうたぐいのモノに手を出せば必ずや酷い目に逢う、という気がしてならないから。


お金は銀行に預け、無駄遣いはしない。
ただひたすら、毎日つましく倹約で生きる。
それ以外の身の処し方は知らないわけです。



倹約方法の一つとして、食材を安いスーパーでまとめ買いする、というのがあります。
月に2、3度は、自転車で遠くの肉専門スーパーまで買い出しへ行きます。

一昨日、そこでいつもの買い物をしようとして、びっくり。
ほぼ底値の、輸入物のブタコマ肉が無いのです。

いや、よく見るとちゃんとありました。でも値段が違っていたので、ぱっと見、同じものとは思わなかったのです。
100g59円が69円になっていました。

「うわっ、円安のせい? 仕方ないんだろうけど、一気に10円も上がっちゃぁ、お値打ち感もほとんど無しやん」

同時にいろいろと、いっぺんに思い出しました。
最近、食品がかなり値上がりしていることを。
一見、値段が変わらないように見えても、分量が減っていたり、品質が下がったりしました。
1kgの小麦粉が700gになったり。
砂糖・食塩不使用だった野菜ジュースが、パッケージを変えて、食塩添加になり、味は水っぽくなったり。


日銀総裁、黒田さん?
物価上昇2%の目標達成には日数がかかる、と仰せのようですが、その物価というのは、何処のなんのお値段のことでしょうか? 
私の身の回りでは、2%の壁なぞとっくに軽々突破しておりますよ?



結局、円安や株価上昇などと言って好景気を報じても、世の中の隅々までお金が行き渡るわけで無し。

そのくせ、もっとも身近で底値のものほど素早く値上がるものだということでしょうか。


株が上がる→お給料に変化無し。
円安になる→食品が即値上がり。

いやはや、実体経済という言葉を最近覚えましたが、報道の言葉の上っつらとは激しく掛け離れるものなんですねぇ。
億ションが良く売れるようになっただの、車の売れ行きが伸びただの、パズドラの会社の評価額が1兆越えだの、そんな報道のなんと虚ろで無意味に響くことか。

人間が生きるために何よりも必要なモノ。
食料と、エネルギー。
この最優先度の2つがどんどん高価になっていくこと。それが大多数の庶民の生活を容赦なく損耗させる社会が、『景気が良い』『豊か』などとは到底考えられないのです。

ですが「資本主義社会とはそういうものなんだから」ということであるならば。
庶民もまた、これからは変わらねばならないのでしょう。今までの生き方、つましいやり方、身を処するそれなりのやり方が通用しなくなる世になってきたのでしょう。

では具体的にどうすればいいのか?

勉強するしかないのでしょうね。経済や、金融や、マネジメントというようなことを。

「なんとなく、それなりに、適当に」

という感じでなんとかなってきた時代はもうとっくに終わっていて、文字通りの『油断も隙もない社会』になっていくということ。
正直、こんな歳になってボケ始めてすらいるのに、もっとも苦手だった分野「経済の勉強」をガリガリ囓らねばならないのか、と思うと。

無理ッ! って気しか、しないんですけどね(´д`)

東京はお台場の科学未来館にて、「お金」にまつわる特別展示があるそうで、イロハを学ぶためにも行ってみたいところです。

2013. 04. 21  
昨日は、埼玉にある理化学研究所の施設公開日でした。

ここ数年、毎年のように見学に行きます。


どんより寒い日でしたが、今年も大盛況でした。制服姿の学生が今年は特に多かったように思います。
そうです。女子高生がワンサカワンサと来ているのです。授業の一環だろうとは思いますが、心底楽しそうにしている子も多いです。実に華やかです。

小さな子供向けの実験展示も多いです。子供向けと言っても、そもそも理化学のことがよく判ってない私のような大人にとっても魅力的な展示だったりします。

電気で踊る水、というのがありました。

お菓子の四角い空き缶。その上に、透明円筒に入った黒い水が置いてあるだけ。円筒には、銅線がグルグルといっぱい巻いてあります。

銅線はアンプのような機械につながっていて、科学者さんがスイッチを入れると、黒い水がユラユラ踊り出します。
同時に、空き缶が音楽を鳴らし始めます。とてもかすかな音ですが、スピーカーになっているわけです。

黒い水に見えるのは、実は砂鉄を溶かした油。その周囲に電流を螺旋状に流すと振動し始め、振動が空き缶に増幅されて音に聞こえるという仕組み。

電気とは、なんと不思議なものでしょう。



子供の頃からどうしても理解出来ないことがあります。

「電気って、何? なぜ生まれるの?」

銅線をグルグル巻いて、磁石と組み合わせる。
電気を通せば回転する。
回転させれば電気が生まれる。
鉄を銅線でグルグル巻いて電気を通せば磁石になる。

不思議すぎる。そういうものだということは判る。でも何故? そのエネルギーはどこから来るの? 

事あるごとに、いろんな人にこの質問をしてきました。
みんな一生懸命に説明してくれるのですが、どうにもなかなか納得出来ない私。

踊る水があまりに面白かったので、思わずそこの科学者さんにも質問してしまいました。

「それは、こうすればそうなる、そういうものだとしか言えないんです」


そ、そんな。
そういう

「スイッチを入れればテレビが点きます、そういうものなんです」

みたいな答えは私の欲しい答えじゃないんです~~(´;ω;`)


じゃ、私が欲しい答えは一体、何なのでしょう? 結局「エネルギーとは何か?」という事になってしまうのかも。


踊る水の隣では、何本ものパイプを女子高生たちがキャッキャウフフと見ていました。パイプを上からスマホで撮影する子も居ます。

科学者さんが指でなにかつまんでいます。円筒を短く切ったモノです。

「これは強力な磁石なんです」

それを、銅で出来たパイプに落とす。すると、磁石はとてもゆっくりと落下していきます。それも、グルグルと回転しながら。
これが鉄のパイプなら、すぐひっついてしまって落ちないはず。
銅に磁石はつかない。
でも不思議なことに、なにかに絡められているかのように、螺旋を描きながらゆうるりと落ちていくのです。

「こちらはアクリルのパイプです」

透明な樹脂のパイプに同じような磁石を入れても、なんの抵抗もなくストンと落ちるだけ。

なんでなんでなんでーーー?!

種も仕掛けもない、銅で出来たパイプと磁石。それだけ。
それだけで、重力に逆らってフワフワと不思議な動きをするモノ。

「磁石は鉄にひっつく。銅にはつかない。反応しない」

という固定観念がひっくり返った瞬間でした。

「銅という金属が、とても電気を通しやすい物質だからなんですね。そこを磁石が通過することによって電気の流れが出来るので、こういう動きになります」

ハッ('Д')! なにか判った気がする!

銅のパイプをクルクル落下していく磁石。

「もしかして、今このパイプが微弱な発電器になってるの?」
「そうですね」

電気は、なぜ生まれるの?

「電子というものが移動することで生まれます。銅は、とても電子が動きやすい物質です。アクリルなど、樹脂という物質では、電子はガッチリ固定されていて、電子は動きにくい。だから同じ動きでも電気は生まれず、磁石はストンと落ちるんです」

「もしかして、私たちは、電子が動きやすい状態のモノを、『金属』と呼んでいるんですか?」
「そうです」

(☆∀☆)←なにかが悟れた目

電気が動きに変わる(モーター)
動きが電気に変わる(発電機)

クルクルと螺旋を描く磁石。
クルクルと巻かれた電線。
延々と続く円環の中を通過するモノ。

「エネルギーとは、『動く』ということ」
「それが減っていくことが『エントロピー減少』ということ」

私の中でバラけていた情報が、やっと繋がりました。なんと美しい円環の理でしょう。

金属という不安定な物質、そこで動く電子をとっ捕まえて、光や熱や音に変換しているんですねぇ、私達。やっと納得できましたよ。



まぁ、それでもやっぱり結局

「エネルギーはどこから来るの?」

というおおもとの謎はまだ解けないんですが。






電気の謎に触れた後、別の棟に行くと液体窒素の実験をしていました。トロ箱に入れられた、モワモワと白いもやが上がる水。軽く沸騰しているかのようにも見える水。

ほうれん草をつまんでそこに浸ける。シュワシュワと泡が出て、あっという間にフリーズドライ。さすがマイナス200度の世界。
科学者さんの手元には、それで釘を打ったとおぼしき穴が開いている凍ったバナナも転がってます。やっぱオヤクソクですよね、液体窒素といえば。

ここでもかねてからの疑問をぶつけてみました。

「どんどん蒸発して消えていくのに、こんなに無造作に扱って、勿体なくないんですか? 液体窒素って、高いのじゃないの?」

若い男性科学者さんが横を向いて叫びました。

「教授ぅ、窒素って、コスト高いんですか?」

隣のテーブルで実演している老紳士が答えます。

「あ~、やっすいやっすい」

「安いの? 空気から作るから? でも作るのは面倒じゃないんですか? 液体窒素って、どうやって作るんですか?」

「冷やせば作れます」
「でもマイナス200度まで冷やすって大変なのじゃ?」


だって、冷房代って凄いですよね。夏の暑い日に部屋を涼しくするだけでとんでもなく電気代はかかりますよね。冷蔵庫は家電でもっとも電気を使うものの一つですよね。
マイナス200度まで冷やすって、なにかものすごくエネルギーとかかかりそうじゃないですか。

「圧力を変えれば温度は下がります。大気を入れて圧力を下げる。すると勝手に冷えて、少しずつ液体窒素が出来るんです。これを見てください」

取り出しましたるは、丸く膨らんだゴム風船。
それを液体窒素に入れる教授。
ゴムがシワシワになりながら、風船が縮んで行きます。

「ほら、液体になったでしょう」

なんと! 空気しか入っていなかったはずの風船の中にタプタプと水が溜まっている! あっという間の出来事でした。

冷やすことで圧力が変わり、気体が液体に。
圧力が変わることで冷えて、気体が液体に。

なんだか不思議な現象ですが、ともかくも液体窒素が意外と安く作れるということはとても納得が行きました。




こういう、見ていて判りやすい実験のたぐいから、世界最先端の科学技術の解説展示に至るまで、理研の一般公開はとても多彩で広大で、面白いです。毎年この時期にやっているので皆様も足を向けてみませんか。もちろんあらゆる展示が無料です。不織布製のシャレたバッグや、素敵な絵葉書などなど、ちょっぴりお土産も貰えますよ!

2013. 03. 13  
ガールズ&パンツァーの最新話公開が近づき、楽しみな春。アザゼルさんの2期も始まるし。

先ほど、3月24日の大洗フェスタで、自衛隊の74式戦車の展示がある、との情報を入手。
いいなぁ、見に行きたいなぁ、でも遠いし交通費も高いし……。
などと思いながらiPadで74式の画像を眺めていたら、横から息子が覗き込んだ。

「これは?」

「これはね、74式という、自衛隊の戦車なんだって」

「自衛隊の戦車は、なにに使うの?」



ポカン、となった。
なんと答えていいか判らない。

トラックなどの輸送車、炊事車、池の水をろ過して臨時のお風呂にまでしてくれる車輌などなど、自衛隊にはいろんな「はたらくくるま」がある。災害救助のアレコレで、困った人を助けてくれる車はいっぱいある。

でも、戦車は。

「うーん……そうだね、戦車だけは、戦争にだけしか使い道は無いかもね」


専守防衛の立場から戦車を使うことを考えれば、敵対勢力が上陸して占領戦を開始した場合に使うものだろうと思い、息子に判りやすいよう言葉を選んで説明をしてみたが、話がややこしくなりすぎたようでちゃんと聞いてはもらえなかった。

なんと言えば良かったのだろう。私がこれほど無知でなければ、もっと良い答えがあったかも知れないけれど。


戦車。

ガルパンのアニメとしての魅力をそのまま戦車の魅力と捉えて好きになったけれども、息子のシンプルな質問に改めて考えさせられた。

日本で、戦車を、何に使えるのだろう?

戦闘機ならまだ判るんだけどなぁ。


2013. 01. 01  
 
 平成25年(2013年)となりました。あけましておめでとうございます。
 皆様、旧年中は色々とお世話になりました。
 本年もなにとぞ宜しくお願いいたします。
 今年一年、皆様にとりまして良い年でありますように。
 およそ簡素ではございますが、これをもちまして総ての新年のご挨拶に代えさせていただきます。





*****************

何かと不安の多い今日この頃。
でも

「金」

さえあれば、大抵の問題や不安は片がつく。
どんなに身も蓋もなかろうが、それは真実。

だけど。

『金』(きん、じゃなくて、かね。ゴールドじゃなくてマネー)

の本質はなんだろうか?

そう、「信」であります。

信用。
信頼。

そしてそれらがある関係を

「絆」

と呼びます。

不安も、困難も、信用や信頼があれば、たいていのことはなんとかなる。
絆はなにより大切で、絆を増やし広げることが大事。



「金」をチョチョイと本質的な言葉に入れ替えるだけで、こんなに良い話になる。まぁ不思議!



真面目な話、これまでの利益利潤追求型の成長社会を見なおそう、新しい生き方と社会を求めようというムーブメントは、なお一層大きくなっていく年になると思う。
肝心なのは、利益と経済を混同してはならない、ということ。
もっと言うなら、本当に求めるものはなんなのか、を見失わないこと。

金が欲しいのか、豊かさが欲しいのか、信頼、尊敬、愛、絆が欲しいのか。

人の欲望、限りなし。
けど、その正体は何か? 実は何を欲しがっているのか? 掘って、掘って、掘りまくって、それぞれがそれに気づくべき時。
その根本(コンポン)をわきまえてこそ、何故「とりあえず金」に走るのか、その意味も、必要性も判ってくることなのだと思う。
あるいは金が無くてもなんとかできる道も見えるのだと思う。


*******************


人間が変わる方法は三つしかない。
一つは時間配分を変える。
二番目は住む場所を変える。
三番目は付き合う人を変える。
この三つの要素でしか人間は変わらない。

もっとも無意味なのは、「決意を新たにする」ことだ。
かつて決意して何か変わっただろうか。行動を具体的に変えない限り、決意だけでは何も変わらない



********************

太文字は、大前研一氏の言葉の引用。真理だと思う。噛み締めながら朝日を浴びる元旦。

2012. 12. 24  
クリスマス前夜ともなると、皆さん想うことが多いのか、Twitterはいつにもまして賑やかで、名言も多い。

とは言えやはり、やたらとあらぶったつぶやきも多し。特に男性のそれは……うーん。
気持ちはわかるけど、闇を世間にぶちまけたところで善いことも得になることも無いよ。

杉田君曰く

「呪うな祝え」

は至上の一言だと思った。



神の代理人たるローマ法王猊下は毎年一貫しておおせである。
聖夜に浮かれ騒ぐこと無く、内省を深めるべしと。
キリストがお産まれになった馬小屋の簡素清貧を想い、聖書から多くを学ぶべき、と。
えーっと猊下、旧約からはかなりヤバいことも学べる気がしますがこれは私の信仰心が皆無に近いからでございましょうか。



さっき拾って特に印象深かったつぶやきはこれ。

『TRPG初心者さんが、「TRPGでは、空気を読んで、相手の気持を考えて、自分だけではなく、相手も楽しませるような人になる事をすすめられるんですけど。それなのに、なんでみんな彼女いないんですかね?」と世界の真実に触れ始めた』

……(´ω`)

私自身はTRPGはほとんどプレイしたことは無いけど、プレイヤーさんはなぜか大勢知っている。
そしてそのほとんどが見事なまでに人生のソリストなのも知っている。

なぜ、みんな彼女いないのか?

考えられるのは2つ。

その1.女性を相手にするとスペックが変更される仕様だから。

その2.空気を読み相手の気持ちをはかり、自分だけではなく相手も楽しむよう心がける、という行いを本当にまっとうな形でこなせる人は、実はすみやかに大人になってしまい、現実と向き合うための真の闘いに赴くべく、「オアソビ」からはとっとと卒業を果たしてしまうから。


実のところ、とてもよく出来た女性との出会いに恵まれれば、無理に卒業しなくても結婚くらいは可能だとも言えるけど。そういう意味では、よく出来た女性があまり居ないって事実も直視はすべきだわな。



最後に、円山動物園で撮られたとおぼしき写真を紹介して、愛の本質に迫っておこうと思う。

http://twitpic.com/boqdu7

メリークリスマス☆

2012. 10. 21  
上野の美術館で開催されている「群雄割拠 猫とドラゴン展」に夫婦で行ってきた。

多くのクリエイターさんが参加なされている盛り沢山の展示。画だけでなく立体造形も多く、バラエティに富んだ見応えのある展示。

夫婦で一番気に入ってしまったのは、西川伸司氏の作品、「大怪猫あらわる」。擬人化された怪獣たちが巨大怪獣「猫」に挑む一枚絵なのだが、ありとあらゆる怪獣たちの表情の豊かさ、人間味溢れる描写、すみずみまで心の行き届いた描線、どれもこれもあまりに素敵で、何度も何度も立ち戻っては鑑賞してしまうのだった。


原画ではなく、デジタル出力の展示が多いのが印象深かった。個人的にはタッチの細部まで味わえる原画を掲げることこそがギャラリー展示の存在意義だとは思っているのだが、もう時代の趨勢は留めることは出来ないのかもしれない。
今や、紙に画を描く技術にほとんど触れないままプロになるイラストレーターが存在するのだ。見る側の意識も変わるべきなのかもしれない。

ギャラリーホールに相応しい形のデジタル出力、というものが今後クリエイター側には意識されるようになっていくのだろうし、そういう意味では開田裕治氏の作品は圧巻だった。二次元の画でありながら、凄まじい空間支配力と演出力に満ちていた。アート・イラストというより、イベントというべき何かだったと思う。

立体造形の展示も多い。これらは立体である以上、デジタルではありえない。手作りの生々しさが感じられる一点物の魅力がある。安心して観ていられる。

と思っていたら、その中に「デジタル3D出力」と銘打った立体があってビックリ。
しかも、なんとも繊細でエッジの効いた構造。

「こ、こ、こんな細かい見事なものが、今やデジタル出力で出来てしまう時代?! どんなブレイクスルーですかっ」

とか感嘆していたら、作者の方が話しかけて下さった。Deinoさん。名刺も頂戴し、技術的なお話をいろいろ伺う。

こちらのHPにその立体の写真が載っている模様。

あらためて見てもやっぱり凄い。手彫り、手捏ねでなく、機械がこの微細な造形をこなしたという事実。未来を感じる。

デジタル出力した上に、さらに手作業でいろいろ加えて展示物に仕立てているケースもあったようで、3D出力も含めて、デジタルを生かした新しいアート創作の可能性を満喫した展覧会だった。


やっぱ展覧会って良いよね。
が、体力が落ちてる哀しさ、鑑賞後、ちょっとアメ横をぶらついただけで帰宅後疲労困憊。夕飯時まで起き上がれず。上野は大きな博物館もいっぱいあるし、もうちょっと通いたいところではあるんだけどなぁ。

2012. 10. 13  
ママ友(BBA友?)の集まりで吉祥寺へ。
コピスの屋上のカフェレストランで、いかにもマッダームな感じの優雅なランチ。流石に高い。美味しかったけど。

その後、小さなギャラリーへ移動。
息子の同窓生の作品展示をみんなで見に来たのだ。

ギャラリー、ビタミンTEE。URLはこちら。

同窓生さんの作品は、小学校で一緒だったころから変わらぬテーマ、怪獣たち。ずっとずっと倦まず弛まずの創作を続けておられる。生涯にわたるやりがいがあるのは素晴らしい。

グループ展なので、他の創作家さんたちの販売展示もたくさんある。
このギャラリーは中野にあったころからそうなのだが、実用性のある雑貨としての創作物を多く取り扱う。小さく、愛らしく、個性溢れる素敵なものばかりだ。

一番目についたのが、ガラス細工か七宝焼きのようにキラキラ光る豆本のシリーズ。
実はガラスではなくレジン加工であるらしい。そのうちの一つ、輝く海に浮かぶクジラの表紙のもの。

mamebon1.jpg

向かって左のバッジは、息子の同級生さんの作品。

豆本なので、手に取るとこうなる。

mamebon2.jpg

これは裏表紙。とにかく美しい。そしてロマンチックだ。どうしても欲しくなり、購入。それなりのパーツを付ければストラップにもなりそうなサイズなのだが、濡れたりしたら台無しだろうし、飾っておくしかないのだろうな。

mamebon3.jpg

裏表紙を見た息子が
「クジラの時計だ」
と言う? どういうことだろうと思っていたら
「クジラ、クジラ、今なんじ?」
と歌い出した。ああ、そういえばそんな童謡があったっけ。わざわざ9時を指したパーツを埋め込んであるわけだ。


他にもいろいろ見て回る。可愛い猫のグッズ、妖怪の同人誌や手拭い、次から次へと欲しくなるのを必死でガマン。

ふと、とても小さな額縁に目を奪われた。数センチくらいしかない絵。カラフルなカメレオンの絵。小さい絵なのにけっこうな価格が付いている。ということは、複製のたぐいではなく、直筆の一点物ということになる。原画だ。

その小さな絵は、とても魅力的に見えた。色づかいといい、タッチといい。小さいのに存在感がビシビシ迫る。
数ある他のイラストとは異なる、なにやら妙なる音色のようなものを受け取った気がした。

絵でしかないものに、そういうものを感じ取るのは久しぶりだった。絵のイメージから音が聴こえるような心地。音無き音、を聴く感じ。

そういえば随分前、こういうエントリを書いたなぁ、と思い出す。曽我蕭白の絵、また見たいなぁ。

ともあれ、そのカメレオンが気になって仕方ないので、ギャラリーの方を呼び止めて指さして訊いてみた。このイラストはなんという方の作品ですか、と。

「中村景児さん、ですね。こちらにカードなどがございますので、御覧ください」

果たして作品がたくさんあった。陶芸の一輪挿しもある。これがまた絵画とはまったく違った味わいの素晴らしい佇まいだったりする。大きめの原画もあった。さすがに高い。そして、こよなく素晴らしい。細かいタッチ、色使い、不思議で幻想的なのに存在感のある事象。エアブラシと水彩で丁寧に描かれている。CGでは無いのだ。手描きなのだ。それゆえの、この圧倒的なまでの魅力なのか、と納得。

久し振りの感覚だった。気に入ったアートに触れて、脳汁がギュンギュン出る感覚。テンションがガンガン上がる。稀有な魂が確かに存在することを示すアート。
私は、こういう者です。こういうイメージを持っています。
そういうことがありありと伝わってくる絵。肌身に迫る他者。その心。
こういうモノに出会うと、不思議なことに

「孤独では無いのだ」

と思い出す心地になるのだ。心から幸せな気持ちになれるのだ。

片っ端から手に入れたい欲望を必死に抑えつつ、カードを選び抜く。貧乏暮らしなので、そうそう散財するわけにもいかない。一枚、せめて一枚だけでも買って帰りたい。

「あああ~~どれもこれも素敵過ぎて選べない~~っ!!!」

逆上して喚き散らすアタクシ。店員さん苦笑い。ママ友さんたちドン引き。


帰宅して、さっそく検索。

中村景児さんのHPはこちら。

原画をもっと見たい。次の展示がとても楽しみ。


なんとか1枚だけ選りすぐって購入。

「ああ、それはね。【守護神】という作品なんですよ」
syugosin.jpg


額を用意して飾りましょう。私の守護神様。

2012. 08. 08  
書きたい話はいっぱいあるのだが、怪我をした左の小指がまだ痛く、キーボード操作がままならない。もう10日ほども経つのにな。内出血は収まったが、ズキズキする。

小指はタッチタイプで使用頻度が高い。特に左は母音のa担当だから。
小指を使わないように気を遣って打鍵すると、普段のスピードの10分の1くらいしか出ず、まことにもって気分が悪い。この速度では、打っている間に書きたいことを忘れてしまう。ボケているのでそれでは困るのだ。

仕方ないので、考えこまなくても良いことでも書こう。

小指は大事。
三冠王バッターの落合氏は、現役時代、バットを握るのにもっとも重要なのは小指、と主張しておられたそうな。
小指が無くなったらバットは振れない、他の指はそうでもない、とのこと。氏が言うと凄まじく説得力ある。

薬指は、なぜ薬指か。
昔、軟膏を患部に塗る場合は、この指を使え、と言い習わされていたから。
人差し指や中指の方がコントロールが効きやすい。
なので、いろんな用途に使われやすい。つまり、雑菌に触れる頻度も高い。だから、薬は4番目の指で塗るように、とのことらしい。少しでも清潔な方が良いから。

中指を立てて外側に向けるあのサインは、アメリカではマジ最悪最凶の仕草であり、それを向けたら即座にぶん殴られても文句は言えない。それくらい危険な仕草。
そこに「ふ**く」「が**む」「び*ち」なんて言葉まで追加した日にゃぁブッ殺されても裁判に勝てない、てぇくらいのもの。

人差し指は、文字通り人や物を指し示すのに使うからそう呼ばれるわけだが、イギリスなど欧州では指で人を指すのはマナー違反。中指立てほどではないにしろ、思わぬトラブルの元になるので要注意。

親指をグッと上に立てる仕草は「OK」や「良い」や「了解」を示すサインだが、これを下向きに下げるのは「許さない」「殺せ」の意。ローマ帝国時代のコロッセオ発の、由緒正しい仕草らしい。映画「ハイランダー」でもコンモドゥスがやってましたな。




……指が痛いと言いながらワタシャなにをやっとるのか。

うん、ドラクエ10がどうやら面白そうなのに、手を出しかねてストレスが溜まってるのですよ。

とりあえず、Wiiと、コントローラーとヌンチャクとLAN環境はあったはず(息子の部屋で埃まみれ、詳細は不明)。

で、それ以外に、ソフトと、16メガ以上のUSBメモリと、USBハブと、専用キーボードと、それらを賄う電源と、置き場所が必要なんだよね?

……ハードル高すぎでしょう常識的に考えて。
全部でおいくらまんえん?


でも、うーんうーん。
伊集院光氏がラジオで愉しそうな現場をトークしていたんだよね。斧振りかざした、たくましいキャラの群れがちっぽけなモンスターにウオォォォォって群がって殺そうとする、って。

「そりゃぁネトゲの初期なんてそんなの当たり前の風景だしwww」

と思うスレッカラシの私。     ↑当たり前じゃない、普通の人にとってはw

まぁそれはともかく、ごっつい斧とか両手剣とか鈍器とかをブンブンブン! と振り回すマイアバターを思い浮かべただけで、どうしてこんなに血が騒ぐのか。
どうしてこんなに抵抗しがたい誘惑を感じるのか。
斧、斧ですよ! できれば重量たっぷりの両手斧ですよ! 嗚呼、FFXIの戦士稼業が長すぎたアタクシ。骨身にまであの感触が染み付いているのね。ま~凶暴。

なんにせよ、まだ様子見かなぁ。
だいたい、50歳にもなって、そんなことしてる場合かい、ってのもあるし。

とはいえ、ほんのちょっとストレスが臨界超えただけで、足りない一式いっきにまとめ買いしちゃう可能性もあるけど。
暑くて心身が参ってるし。
今すぐ10月くらいの気温になってくれれば耐えられると思うけどっ。

プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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