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2012. 10. 21  
相変わらずPSO2がやめられない。
が、狩りをそっちのけでチャットに耽っていることもある。

先日チームメンバーと武器のデザインについて話していたネタがきっかけで、一気に戦国談義になっていったのが面白かった。

「槍のモーション、和風っぽいよね、西洋風じゃないよね。戦国無双みたいな?」
「無双と言えば、杉田氏が出てましたねぇ。加藤清正で。石田・福島・加藤で豊臣ギャグトリオ」

いかな愛しい杉田出演といえど、そっち方面は私は疎くてですねぇ。

「史実通りならこのトリオ、離散してしまうわけですが」

史実を意識してたら、ああいう世界は楽しめないと思うのだよ。

私は10歳になるやならずの時点で、書斎にあった池波正太郎氏などが書いていた児童向けの日本史の本などが大好きで、それ以来の歴史好きなのだ。つまり、オタク歴よりも歴女歴の方が長いのだ。年季が入りすぎなのだよホッホ。
渡辺謙の伊達政宗に惚れ込み過ぎて原作小説も全部読んで、信長の次に贔屓にしていた身としては、「レッツパーリィ!」とか言われても、いくらソレが中井和哉の渋い声だとしても、どうしても愛好は出来ないのだよホッホ。

あと石田三成もけっこう好きな武将なんだよねぇ。

「無双にもエピソードがありましたね。大一大万大吉」

?? なにそれ?

「旗印だそうです。『万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば太平の世が訪れる』」

知らなかった。
けど、涙が出そうになった。
ああ、いかにも三成だ、と思った。その思想。その願い。それは、私が今まで彼について抱いていたイメージに、実にすんなりしっくり来るものだった。
考え過ぎで、屁理屈好きで、人付き合いの下手だった不器用な男。
有能だけど、融通が利かず、嫌われ者だった男。
神経質で、頑固で、そのくせ迷いの多かった武将。
無欲で純粋すぎた敗将。
大一大万大吉の言葉を知って、ますます私の石田三成キャラが強化されてしまったのだった。


細川ガラシャもゲームキャラになっているという話になり(なんだよこのビジュアルはw)そこから甲斐姫を語る流れに。

「甲斐姫?」←(完全にド忘れ)
「忍城の攻防のさいに、ひょっとして、あの姫が1人無双したんじゃないかと噂されてる人です」

ん? もしかしてそれ映画?

wikiってみると、公開間近の「のぼうの城」の登場人物であることが判る。(甲斐姫のwiki)
(のぼうの城という言葉が出る前に「蜘蛛巣城?」と口走ってしまったのは赤っ恥であったことよ)

のぼうの城は、樋口真嗣監督渾身の一本。本来は昨年公開の予定だったのだが、水攻めのシーンがあったがために今秋まで延期になってしまったのだ。なんともタイムリーな話題に。
でくのぼうの城主は野村萬斎(キャーキャー大好きキャー)。噂の無双姫・甲斐は榮倉奈々ちゃんが演じるとのこと。寡勢で大軍を処するというワタシ好みの話でもあるらしいので、かなり観たくなってまいりましたぞぉ。


だがまぁ、この甲斐姫の無双エピソード。
もし本当にあったことだとしたら、そんな美女美少女だったはずなんか無いって思うのが私流。
鎧兜の重量、知っとるかね。武具武装の扱いにどれほどの修行修練が必要か知っとるかね。
ジャンヌ・ダルクみたいに自分はいっさい暴力は振るわずに旗だけもって走っていたっていうならともかく、まともに戦闘に参加して成果を上げる存在だとしたら、そんなの鉄板で女マンモスか女ゴリラ、グインサーガのネリィ公女みたいな、男武将とまったく見分けの付かない筋骨隆々のもっさり容姿だったはず。でなきゃ立ってるだけで精一杯なのが関の山ってやつですよ。

とはいえ、見かけはどうあれ、陣地および前線に若い女性が一人居る。
たったそれだけのことで、周囲の殿方のスペックが無闇矢鱈と上昇した、って状況は実にありそう。

甲斐姫の祖母がこれまた、71歳という高齢の身で篭城戦を指揮した女傑とされているそうで、こっちの方が今の私にはビンビン来ますねぃ。
若さも美貌も体力も喪っても、経験と知識に裏打ちされた実力は発揮できる可能性。美少女に生まれ変わる夢を見るより、こっちを追求するほうがはるかにマシな方向なんだろうな。

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2012. 07. 01  
夕食後に眠ってしまって、夜中に目覚めて眠れない。

ネット徘徊していると、すっかり迷子になってしまってもうじき夜明けだ。

迷子の入り口、キーワードは「イェニチェリ」。
最近、個人的にネットでよく拾う単語。

イェニチェリ、イェニチェリ……そんな名前のキャラが初期のグイン・サーガに居たよなぁ。
「それ、イラチェリな」(セムのグロ族の長)

で、まぁイェニチェリというのはトルコの軍のことで、大変に怖れられた強さだったそうな。
ググってみたら、あるわあるわデータの数々。芋づる式に辿りまくってすっかり迷子。

キリスト教徒の子供をイスラムに改宗させ、イスラムの家庭や職場で養育し、皇帝に絶対服従を誓う奴隷として、近衛兵にさせる。選別は厳しく、優秀かつ美貌が条件だったとも言われる……キラーン! ゆう輝の萌えセンサー反応(☆ω☆)

装備も良いし、エリート揃いであるし、何よりも近衛という立場上、戦闘の最後の締めである追撃戦に投入されることが多かった。つまり、優勢な戦の終盤に出てきて、勝利や手柄をかっさらえる美味しい立場だった、とも言える。

軍楽隊を同行するのが慣例だった。その音楽はメフテルと呼ばれ、戦線の遠くからその独特の音色が聴こえてくると殲滅を覚悟しなければならなかったという。

ん……?
脳内でなにかが繋がる予感。トルコ……メフテル……それって確か。

これだー━━━━(゚∀゚)━━━━!!

ジェッディン・デデン

私の世代の人なら「阿修羅のごとく」を思い出すだろうし、今はダイワハウスのCMにも使われているそうな。

ジェッディン・デデンは私はとても好きな曲なので、ちょっとあれこれ動画を漁っていたら、こんなの見つけちゃって。

西洋の軍歌行進曲

フリードリヒ大王、愛されてるなぁ(´ー`)


さらに漁っていたら、こんな動画発見。

Istanbul 1453

映画のトレーラーみたいなのだけど、ググっても詳細情報がほとんど無い。良く出来たMADか何かっすか? それとも日本で公開とか上映とかが皆無なだけ?





史上最高クラスのチートキャラ、メフメト二世によるコンスタンティノープル攻略戦。
オスマン帝国のスケールのデカさ、超絶な豊かさを象徴する二つの見どころ。
ウルバン砲と呼ばれる超弩級大砲による城壁破壊。この砲はあまりに巨大だったがゆえに一日に5発しか撃てなかったという。砲弾の大きさは直径60センチ、重量500キログラム。
中世の暗黒をずっと引きずっていたビザンツ帝国の人々から見れば、そんなものがドッカンドッカン飛んできて城壁にめり込むなどという光景は、この世の終わりみたいな気分をもたらしたのじゃなかろうか。

もう1つはとある山越え大作戦。
アニメ「名探偵ホームズ」に、潜航艇を陸上輸送して捜索隊の裏をかき
「ぶぁ~~かめ! 潜航艇が海に居るとは限らんのだー!」
と言わしめた名シーンがあるが、あれの超絶拡大版。

鎖で金角湾を閉鎖され海軍を足止めされたメフメト二世、なんと艦艇を陸に揚げ、山越え。あっと驚く背面攻撃をはたす。道を作って、コロを敷き詰めて油を撒いて人力で動かしたらしいけど、いったいどれだけの人員が必要だったのやら。

もちろん、このコンスタンティノープル攻略戦でもイェニチェリは活躍したろうと思われる。
天才と冷酷を併せ持ったメフメト二世は、忠誠を誓うにはいささかキッツイ相手だったかも知れないけど。



なんてことを徒然夢想しながら書いてたらもうすっかり朝じゃまいか。ランニングしよっと。

2012. 06. 28  
読書もはかが行かないようになってきて、たった一冊の本を物凄く時間をかけてダラダラ読んでいる。
正確には上下巻なのだけど。

「銃・病原菌・鉄」という本。

人類史を有史以来からなぞって、文明の発祥や差異について解き明かす書。
扱うデータが広範過ぎて、読むには歯ごたえがありすぎる。が、猛烈に面白い。有無を言わさぬ説得力に満ちている。
そして、人類文明ってものが何よりも環境に左右されてきたという事実が明確に浮き彫りにされる。
人種的差異だの宗教的差異だの、そんなもの吹けば飛ぶような木っ端に過ぎない、とまで思える。

なによりも大事、重要であるのは食い物。
食い物のためにこそ、文明は存在する。

生きること、存在することってのは、すなわち食うことなんだなぁ、と当たり前のようだけど、さらに深く判る本。

あと、食うことが一番の基本だとして、次に大事なのが、健康。
病原菌の猛威がどれほどの虐殺をやってのけたのか、この本を読むまで実感がなかった。
北米大陸、南米大陸、オーストラリア大陸。
この三つの大地にひしめいていた原住民の無慮95%が、侵略者の持ち込んだ病気で死んだ。
9%じゃないよ。
95%だよ!

あなたに100人の友人知人がが居たとして、そのうち5人しか生き残らない状況を想像してみて欲しい。他のみんなが、鉄砲や剣で殺されたのじゃなく、勇敢に戦って死んだのでもなく、ただ単に急に具合が悪くなってあっという間にバタバタ死んでいく、と。
いったい、どんな地獄絵図なのやら。

なぜにそこまで凶悪な病原菌がユーラシア大陸には在って、新大陸にはそれに対する抵抗力が無かったのか、ということも本書ではキッチリ解説されている。

今まで読んできたどんな歴史書よりも広範で、意外で、目からウロコがボロボロ落ちる本。視点の多様さと網羅された知識の量、壮大過ぎる考察とその実証。スケールの桁が違う。
あと2章で読了だが、読み終えるのが惜しい本。
でも、図書館の期限が来てしまうから読まないとならないのだわな。

そして、日本という国がやはりどれほど特異で奇妙な国であるのか、が反証的に浮き彫りになる書でもある気がする。
特に、日本語。
言語について割かれているページ数はけっこう多いのだが、その部分だけでも読んで損無し。
本当に、日本と日本語って、アメージングだ。

雨ばかりの今年の梅雨はなかなかウンザリだけど、オーストラリア大陸の信じられないほどの乾燥っぷり、その過酷さを知ると、湿潤のありがたさが身にしみる心地。水は生命の源よねぇ。

2012. 03. 31  
「やる夫で学ぶ第一次世界大戦」がここ何日かの余暇のお供。

非常に複雑な情勢を判りやすく整理して、各方面ごとに解説してくれている。
「第一次世界大戦演義として楽しんでいただければ」
とスレ主様が語るとおり、資料というよりは娯楽作品として受け取るべき面白さなのだろうと思う。

だが、ここまで噛み砕いてもらっても、バカな私には追いつけなくて泣けてくる箇所が多々あるのだった。
そういう部分はかなりハッキリしてきた。
大規模な作戦、大局的戦略。
視野がマクロになってくると、たちまち捉えがたくなってしまう。布陣図を見ても、会議の様子の活写を見ても、イメージが脳に図を結んでくれないので、眠~くなってしまう。そう、かつて学校の授業でさんざん味わったあの感覚。

だが、視点が身近な、ごく限られた状況のミクロなエピソードだと、何故かスッスッと頭に流れが入ってくるのだ。

たった二隻のドイツの「艦隊」が艱難辛苦を経て他国の軍属となって大活躍すること。
最初のクリスマスに、ごくごく小さな休戦と、心温まる交流があったこと。
塹壕というものの構造と、その活用のこと。
毒ガスというものを作った博士は、実は肥料の開発者でもあって、ガスで殺した人命よりも遥かに多くの人命を養うことに成った人でもあったこと。
そして、トルコという国にあらわれた破格の英雄のこと。ムスタファ・ケマル、まじイケメン過ぎフイタw

そして今読んでいるのは、およそ最悪の戦場の一つ「ソンムの戦い」において登場した新兵器、のくだり。
その兵器は、150台あった。
しかし、戦線に届いたのは60台だった。
そのうち、動けるのは49台だった。残りは初期不良だった。
戦闘が始まった時、動けたのは23台だった。残りは故障した。
そのうち9台はスペックが出せず、歩兵より遅かった。結果進撃には取り残された。
なんとか動けた14台のうち5台は泥にはまって動かなくなった。

まともに働いたのはたったの9台。
だが、たったそれだけでも敵軍をパニックに陥れるには十分だった。

その新兵器は「水入れ」と呼ばれていた。
それがそのまま名称になった。「タンク」。すなわち、戦車のこと。

なぜたった9両の戦車が、そこまでの驚異になったのか。
そもそも戦車、というものの本当の意味が私には判っていなかったので、これは実に興味深い一項になった。
結局は、機関銃という兵器に対応するため、ということになるのだと思うが、そこに至るまでの兵法の変遷がなんとなくでも頭に入っていたからこそ、「興味」をやっと持てた、ということなのだろうけど。

物事には段階がある。
因果がある。
連綿と続く流れがあってこその現在、そして未来。

私には、大局を見る目は無い。小局を判っていくしかない。
数えきれないミクロの視点を、繋ぎあわせていくしかないのだろうと思う。

2012. 03. 23  
マリア・テレジアを始めとした美姫美后たちの「ペチコート包囲網」に追い詰められたフリードリヒ大王への興味に端を発し、ドイツ中心に欧州史を追っている今日この頃。
ビスマルクの欧州統一あたりからフューラー登場までがすっぽり抜けてしまって、何か良い本は無いかと練馬区の図書館をサーチ。ここは順当にビスマルク伝記でも……と思っていたのだが、「ビスマルクの栄光からヒトラーの没落まで」と題した書籍があるようなので登録ナンバーを控えておく。


春分の日、体調がイマイチなので寝込んでいると、夫の人が「図書館行くけど(何か用ある)?」と声をかけてくれたので
「えーっと、ビスマルクの栄光ナントカって本、借りてきて。このナンバーで探してもらえるから」
と依頼。

しばらくして夫の人が青息吐息で帰宅した。
「借りてきたよ~」と言う声に、なにか怨念のようなものが篭っている。

カバンの中からあらわれた本は、でかかった。分厚かった。そして物凄く重かった。ゴメンね夫の人、まさかこんなだとは思わなんだ。

右下にあるのはハガキである。サイズの程を感じて頂きたい。

042.jpg

人生50年、いっぱい本を読んできたけど、ここまで巨大かつ重量のある本は滅多に無かった。アジモフ博士の世界史本より重い。広辞苑が裸足で逃げ出すレベル。張り合えるのは画集くらいか。

そして内容は、写真中心のビジュアルムックなのだった。かなりショッキングなものも含めて、100年前のドイツのありとあらゆる種類の写真が満載。もちろんドイツ史解説も詳細だ。作画をするための資料としては超一級品じゃなかろうか。
あまりに重くて支えてられないので、長時間読めないのが難なのだけど。が、面白い。ドイツ最後の皇帝・ヴィルヘルム二世の脳天気で緩くて屈託のなさそうな笑顔を見ていると、ビスマルクを始めとした周囲の人々の複雑な思いも伝わるような気がして、趣深い。



さて、物理的ではなく内容が重い本をもう一冊。

萩尾望都さんの新刊、「なのはな」である。

震災後に発表された短編を集めたもの。
稀代の天才、萩尾さんが原発事故を通して伝えたかったことは何か。
ここにあるのは、物語ではない。
思索と、検証と、問いかけ。そして提言。

「ナニがナニしてどうなった」などという、起承転結などという、流れや構造、原因や結果をドラマとして示してみせたところでなにがどうなるものでもない。それが原発事故という事象が抱える本質。
それらが、ファンタジックな設定の対話劇として寓話的に描かれる。
事実や数値をいくら重ねても、突きつけても、叫んでも、脅しても、クドクドそうするほどに遠ざかるものがある。逃げたくなってしまうものがある。目を背けて忘れたくなるものがある。
だが、だからこそ、本当に知らねばならないことは何なのか、本当に考えねばならないのは何なのか。
理屈では動かし難い人間の心の根本を揺るがす、渾身のテーゼがここにある。まさにマンガという表現の本懐だと思う。萩尾さんだからこそ出来るわざでもあると思う。

一人でも多くの人に、今読んで欲しい本。



2012. 03. 19  
「やる夫がフューラーになるようです」読破したぞぉぉーっ!

足掛け3年、総スレッド数71の超大作。凄い。凄まじい。AAだけでなく、折々挟み込まれる動画、写真、音楽が理解を助けてくれた。死ぬほど近代史が苦手な私でも、なんとか食いつき離れぬほどに。
並々ならぬ熱意でもってスレを綴り続けてくれた作者氏と、まったくの無償でそれをまとめ続ける管理人氏に心からの賛辞と感謝を。

何の利益にもならないにもかかわらず、これほどの理解と感慨をもたらす創作を披露してくれたその行動に対して、何の相応しいお礼もできませんが、せめて賞賛を。鳴り止まぬ拍手とエールを。
そして、歴史に興味のある人も、無い人も、どうか一人でも多く、こういう創作活動の存在に気づいてくれますように祈りをこめて。

「やる夫(フューラー)はキミの心の中にもいる!」

このセリフがこれほど読み手に実感として迫るような描き方を、全く予想してなかっただけに、それはそれは大層なインパクトだった。
実在のフューラーの真相がどうだったかはともかくとして、この作品のやる夫のリアリティは紛れも無く「今、そこに居る隣人」としての生臭さに満ちていた。私は、確かにこういう人物が居ることを知っている。それも、何人も知っている。その総てが、市井にひっそりと生きる、人畜無害の人たちであることも知っている。
彼らと、フューラーとなった彼とを隔て分けるものは何なのか。
あるいは、何処にでも居るであろう普通の青年をフューラーならしめた要素は何なのか。
「彼」と「彼ら」とそして「私」の、何処がどう違って、どう同じでしかないのか。
ある思想にあるように、人間というものの魂の根幹たるものは目に見えない形で繋がり合って実は一つの大きな塊でしかないのだとしたら、彼我の違いとは何なのか。
個人というものがいかにあやふやで、不確かな薄氷でしかない、複雑なゆらぎでしかないものであるのかを考えさせるオハナシでもあった。
不確かな国家、不確かな未来、不安と苦悶と絶望に満ちた社会で、人が何を求めてしまったかを、何に魅了されてしまったかを、私たちは知っておいたほうが良いと思う。

それにしても、「邪魔するヤツは口先一つで~ダウンさ~」と歌いたくなってしまうほどの「演説力」というものには流石に興味が惹かれた。学歴も無く、容姿にも恵まれず、さりとて才能も無く、身分も無ければ金も無く、兵士となっても士官になれず、これほど見事に無い無い尽くしの独りぼっちの青年が、弁舌だけを武器として成り上がるさま。
そしてその「演説」は、結構な量が残っており、ほんの一部ならネットで簡単に視聴できるわけで。

……私、ドイツ語わっかんなーいのぉ┐(´∀`)┌
ちょいとばかし聴いてはみたけど、判るのは闇雲な熱気だけ。困ったもんだ。
当然ながら、このフューラースレ、大量のドイツ語が乱舞するのだけど、聴いて判らないものが読んで判るはずもなし。でも、スレ主様がごく初歩のドイツ語の読み方などを解説もなさっていたりするので、ほぼローマ字読みだということも知ったのだけど……。

それでもとにかく、ドイツ語って、泣けてくるほど難しいね!!!(⊃д⊂)
特に単語の綴りが凶悪なまでに長いのがキッツイ。くっそぉラテン語の方がマシですぜコレは。

で、スレ中盤あたりから発生した、フューラーと同時代の他国の政治家の名言が紹介されるコーナーで、人生初の体験を私はすることになった。
イギリスの政治家の名言。
英語。

……うっは。英語が、判る、判るよ! 英語って、こんなに判りやすかったっけ? とにかく、生まれて初めて、英語が易しいと感じるよ!

名言コーナーの主の名は、ウィンストン・チャーチル。
名言と奇行のオンパレードで有名だった、というくらいの知識しか無かったのだけど、相対的とは言え私に英語をフレンドリーに感じさせてくれた初めての政治家として、これはもう好意を持たないわけにはいかない。

"Politics is almost as exciting as war, and quite as dangerous. "
"In war you can only be killed once, "
"but in politics many times. "

ゾクゾクするわねぇ。なんちゅうイケメン度の高い発言。オステキ。調べにいっちゃうわ!



チャーチルさんの画像の数々



……げ、現実って厳しいわ。

2012. 03. 16  
やる夫フューラーを毎日セッセと読んでいる。とてつもなくエキサイティングでやめられない。
やる夫という人物のレポと、当時のドイツが置かれていた複雑な状況の解説が同時に進むので相当に難解なのだが、明確な描写と分析が頭に入りやすくて助かるのだった。

フューラーその人についての感想はまだ序盤でしかない現時点(釈放された辺り)でもふんだんに湧いてはいるのだが、そっちはまだ置いておくとして。

身の毛のよだつような描写がひとつ。

「やあ、ぼくマルク君!」
と、ピーポ君のAAでドイツの通貨が登場するくだり。

ドイツはWW1で敗戦国となった。
当然、待っているのは戦勝国への賠償。
ここでドイツに課せられた賠償金の額は、GNPの何十倍にも及ぶ法外なものだった。幾十年、幾世代にも渡る未来、ドイツという国が軍事行動を起こしようが無いように絞り上げるための金額設定。


『第1次世界大戦が休戦した日、1918年11月11日のマルクの対ドル相場は……1ドル=7マルク45ペニヒ!』

そしてここからマルク君の戦闘力がぐんぐん上がっていく……いやさ、暴落ってやつなんだけど。

『ところが! 物語が今さしかかっている1922年7月の時点で……1ドル=500マルク!』

なんじゃこの暴落!……とか思っていたら

『やあ! ぼく、マルクくん! 1922年12月のマルクの対ドル相場は……なんと! 1ドル=8000マルク!』

はぁ? 半年足らずで16倍?

マルクの価値が下がるということは、賠償能力も下がるということであり、条約通りの支払いがなされないことへの報復として、フランス軍が年明けにドイツの主要産業地帯ルールの占領を始めてしまう。

『マルクも1ドル=1万8000マルクにパワーアップだ!』

ちょw待て、マルクもフランスも!

1923年7月 1ドル=16万マルク。
───と思ったら、瞬く間に35万マルク。
1923年8月 ついに1ドル=100万マルクに達する。
───と思ったら、1ドル=460万マルク。

もはや紙幣を燃やして暖を取るレベル? てかもう勘弁してください。他人事なのに涙が出てきます。

ところがどっこい、「ここからが本当の地獄だ……」みたいなコメント視認。


『 そしてッ……1923年10月のマルクの対ドル相場はッ…… ───聞きたいかッ!? とるにたらぬ人間どもッ、このわたしの戦闘力を聞きたいかッ!?』

やだもう聞きたくないガクブル((((゜Д゜;))))

『わたしの戦闘力はッ……1ドル=252億6000万マルクだ────ッ』

……もう冗談か、なにかフィクションにしか思えない(・ω・)

ビールが一杯10億マルクで、10兆マルク札なんてのが刷られていたそうな。
当然、ドイツ国内は大荒れ。ミュンヘンのビアホール中心に派手な一揆が起こったりしているうちに……。

『1923年11月15日……我ガ戦闘力ハ…… 1どる=4兆2500億まるく……』

可愛いピーポ君だったマルク君、もはや異世界生物に。゚(゚´Д`゚)゚。


結局ドイツはこのハイパーインフレを、1兆マルクを1レンテンマルクに切り替え、通貨発行にもブレーキをかけるというデノミネーションでなんとかしたそうな。

いや、なんとかなったりしてはいないのか。
なったのなら、WW2は起きなかったのだろうから。
オゾゾゾゾゾ((((゜ω゜;))))経済崩壊、コワい!


2012. 03. 11  
「やる夫で学ぶ日露戦争」、ようやく読破。
2年掛かりの投下の大作だそうな。最後の参考資料の量の膨大さに敬服。さすがにこれくらい近代だと詳しい人も多いので、反証的コメントも豊富だ。どれも大変ためになる。

が、いかんせん私はあまりにアホで無知なので、これほど詳細で丁寧なまとめ解説でも、ざっと概要を知ったに過ぎない。
開戦当初の辺りは、「なんでこんなにgdgdなんだよ!」と悲憤慷慨し、その次には、この有様でいったいどうやって勝ったのか、それだけをとにかく知りたくなった。
そして判ったのは
「敵も同じくgdgdだったから」
という救いの薄い事実。


子供の頃、私に日本海海戦の栄光を語ったのは、あれは誰だったか。父か、親戚か、小学校の先生か。良く覚えていない。
「バルチック艦隊が攻めて来よったんや。世界最強の艦隊や。敵が、どの方向から来るのか、これが判らんかった。道が3つあったんや。待ち伏せ出来るのは一箇所だけ。東郷は、見事に当てたんや」

『ソ連はすぐ隣の国やのに、なんでそんな大層な話になるんやろなぁ』
と子供心にぼさーっと思った事を覚えている。まあワタシったらなーんにも判っていない。
そして恐るべき事に、昨日までその幼稚なぼさーっが続いていたのだった。
バルチック艦隊のバルチとは、バルト海のことで、そこから途方もない大航海の果てに日本にたどり着かねばならなかったということ。イギリスを経由し、スエズ運河を通れないまま喜望峰を回り、灼熱の海で足止めを喰い、補給も貰えず、兵士は熱病と絶望と狂乱にバタバタ死んでゆく。艦は次々故障し、しかし直せる港も無い。国元に窮状を訴えても助けは無く、それどころか足でまといの老朽艦が追加される始末。日本が完膚無きまでに叩きのめしたロシアの艦隊の真実。

子供の私に、オッサンたちが得々と語った勝利の裏にあったもの。
そして、オッサンたちが語ろうとしなかったもの。南山で、旅順で、奉天で起きたこと。
やっとおぼろげに知った。


なんでこんなに辛いことを、私は読んでいるのだろう。調べてしまうのだろう。何の役にも立たない、一円の得にもならない知識を、なぜ私は追ってしまうのだろう。今、必要なことだろうか、こういうことを知る事が? もっと他に、今やるべき事があるのじゃないか?

とは言え、まだ読みますよ、やる夫歴史スレ。
次はフューラーに戻りたいところだけど、ヴィルヘルム一世から二世の間をちゃんと埋めてからにしたいなぁ。


日露スレで、特に心に残ったエピソードのひとつ。
日本に軍学を教えるためにドイツから来た教官が怒って語った事。
「なぜ日本人は状況把握の大事さを理解しようとしないのか!」

これについては、腑に落ちる点が私にはあった。
見たいものしか見ようとしない。信じたい事を信じる。目の前にある現実を受け止めず、希望的観測へ逃げる。精神論にすがる。
こういう行動は別に日本民族に限った事でもなんでもないが、ドイツ人が怒るほど、特に日本で顕著な傾向だとしたら。
私には、その要因がなんとなく判るような気がするのだ。


なぜ、何の必要も無いのに私は歴史を読んでいるのか。知りたがってしまうのか。辛い、哀しいと言いながら。
状況把握がなぜ出来ないのかね! と罵倒されたくないから、なのだろうと思う。何も知らないと考える事も出来ない。不安を不安のまま抱えているしかない。

けっきょく、ストレスから逃れたくてやっとるだけなんですな。別のストレスを抱えないよう程々にしておかねば。
それにしても、やる夫にハマってから視力の減衰が激しくなった。こればっかりは流石に。困った。うーんうーん。
2012. 03. 08  
鉄血宰相解説が未完なので、ちょいとやる夫ハンニバルに移動して、それも読了しちゃったわけで。
プロイセンのその後がちょいと気がかりな菜種梅雨の今日この頃。
完結しているとのことらしいので、「やる夫がフューラーになるようです」に取り組む。

が、しかし。
鉄血やる夫の既読分が1865年辺りまで。
で、オーストリアの夢見る画学生登場が1907年。
40年以上開いてしまっている。
その40年間に何がどうなったのやら、プロイセンのデンマーク侵攻くらいまでは何とか青息吐息でついて行けた欧州情勢、もうさっぱり意味不明。(私は近代史はダメダメなんだってば!)
ハッと気づけばWW1が始まって、目も覆わんばかりの惨状が展開、っと。ワイマール共和国が出来た辺りでギブアップ。お手上げ。
ワイマールの前に、ドイツ統一とか、とにかく開いた40年分を埋めないと、この先は進めない、ムリムリ。
古代史の40年分はやや呑気な印象あるんだけど、近代はねえ。資料も桁違いどころか天文学的数値増大しちゃうし。
そもそも、もうとっくに世界史上から日本を抜きにできないっぽいし。
そして私の日本史知識は江戸が東京になったところで凍結されておるのだった、ワッハッハ。
だってその後の日本近代史って「コワイ」んだもん。色々と。親の顔とかチラつくし。赤点の答案とか。

なんとか、こう、「突きつけられる現実」とか「負わされかねない責任」みたいなイヤゲなモノを回避しながら踏み込める、うまい切り口がないもんかなぁ。へにょ。( iωi )

*********追記********

「やる夫で学ぶ日露戦争」というのが、黒船来航からだというので、こりゃ丁度良さげと読み始めたのだけど、習ったことも聞いたことも無いような事象がザクザク出て来て、第二章で早くも涙目なう(T . T)

2012. 03. 04  
石神井公園そばのふるさと展示館に、「江戸の妖怪展」を見に行った。
小さな展示場だったが、かなり充実していて楽しめた。(残念、展示は今日でおしまい、悪しからず!)

黄表紙などが中心の展示で、当時の人々がどんなにこういう絵入りの書籍を愛好していて、よく売れたか、というのが伝わってくる。というのも、出来がピンキリなのだ。今でも妖怪好きに大人気の鳥山石燕の絵から立ち昇るオーラの凄さが半端ない反面、明らかに物真似でしかないものとの落差。つまり、需要が多かった、市場の裾野が広かったということが伝わってくる展示だった。

なんてこともない、おそらくは大変安価であったろう、子供向けの玩具としての妖怪双六、札のたぐい。
絵も稚拙、印刷もガタガタ。
が、私には奇妙なまでにそれらが意味あるものに見えた。
製作年代をみると、おりしも今一生懸命読んでいる、鉄血宰相やナポレオン三世、アレクサンデル一世のせめぎあいの時代(幕末)。
およそ不思議な気分だった。着物を着た子供達が埃にまみれて路地で遊び、木と紙で出来た粗末な長屋で野菜ばかりの食事を摂っていた頃、遥か西方では銃と大砲で殺し合い、工場から絶え間なく煙と製品が吐き出され、植民地から得る物資と富で奢侈に耽る貴族と権利に目覚めた民衆が争い続け、鉄道が伸び続け、選挙で選ばれた皇帝が万国博覧会を開いたりしていたのだ。
一見、圧倒的なまでに文明が劣っているかのように見える当時の日本。
だが、それだけだろうか?
その頃の、欧州の庶民の子供達は、どんな玩具を持っていたのだろうか?
庶民の娯楽は、どんなものだったろうか? こんなにもさりげない、当たり前の存在として、絵と文字の印刷された玩具の文化はあっただろうか?

多分無い。大衆は字を読めない。教育、文化、芸術は貴族のもの。もちろん富も。だからこそ革命が起きたのだ。

サムライの国では、都市部の庶民のほとんどが本を読んだ。
娯楽のための絵草紙、黄表紙、浮世絵(フルカラー印刷!!)から童子の札遊び、双六遊びに至るまで、識字教育のバックボーンがあった。
欧州では考えられないレベルで、教育と文化と娯楽が人々に浸透していた、それが江戸時代の日本だった。

普通に日本人として生きている限り、ありふれて珍しくも無い、古ぼけた、ちょっと前の時代の遺物。
それがちょっと視点を欧州にずらして見ただけで、どれほど不思議なモノに見えることか。ゾクゾクするねぇ。


歌川国芳の絵も多数あった。この人の絵は信じられないほど力強く、躍動感に満ち、仕事は多岐に渡り、特に妖怪などの想像上の産物を描くと異彩を放つ。圧倒的だった。
おそらくはあまりやる気が出なかったのだろうな、とハッキリ判ってしまう安易な役者絵も含めて実に面白かった。この人の絵は機会があればまた見に行きたい。

プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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