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2013. 02. 13  
まったく縁が無いけれど、世の中にはとんでもなくお金を持ってる人というのが居る。
お金持ちはしばしば世間に姿をお現しになる。
そういう場面をネットやTVで拝見して、「あらまぁ」と思ってしまうことというのがたまにある。
とても上等そうな服を、着こなせていない場合に、どうしてもそうなってしまう。

着こなしと一口に言っても多岐に渡るし、なんでもかんでも目くじらを立てるわけじゃないけど、

「そんな高価なブランド着ておいて、サイズあってないって何事よ!」

何を見過ごしてもこれだけは失笑を抑えられない。

確かにお金はいっぱいお持ちなのだろう。
でも、お金の使い方はご存知無いのだろうなぁ、と思ってしまう。



本当に良い服。本当に良いお洒落。本当に良いファッションというもの。
それが欲しいなら「つるし(プレタポルテ)」なんぞ買っちゃぁいけない。
オーダーだ。フルオーダーでなくちゃいけない。
きめ細かい採寸、丁寧な縫製と仕上げによる服は、別世界の着心地と見栄えを保証してくれるのだ。
それだけじゃない。
不思議なことに、自分の身体にピッタリ合わせて作った服というのは、多少太ったり痩せたりしても問題なく着ることが出来るのだ。
つまり、異様に長持ちする。

服に大金をかけること。
店売りのプレタポルテなんぞにそこまでする意義は無い、と私は思っている。
金額だけはたいそうかかっているだろうけれども、サイズもあわず似あってもおらず、着こなしのセンスも教養も感じられない「オカネモチ」の姿を見ると、カカシが服屋の看板ぶら下げて立っているように見えるし、なにより

「まったく信用できない人間なんだろうなぁ」

と思ってしまう。

金さえかければみっともなくなる、と思っている人は多いかもしれない。
でも、違うから。
あなたが思っている以上に、衣服というものには心映(こころばえ)が反映されてしまうもの。
逆に、衣服というものに、人の心がどれほど左右されうるかも忘れてはならないこと。着る方も、見る方も。
お洒落というものを、あだや疎かに金だけで解決しようなどとは、思わないことですね。

とはいえ、金が無いとどうにもならない領分でもあるのは確かだけど。
職人の腕に敬意を表するためだけにでも、支払わねばならないものは多大であります。



さて、「王様の仕立屋」というマンガが面白いのであります。
仕立てについてのウンチクがどっさりつめ込まれた作品。モードの奥深さ、素晴らしさを再認識。根強い人気作らしく、巻数がとても多い。まだまだ読めるかと思うと楽しみで仕方ないのでした。


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2013. 02. 09  
小さい頃読んだ「アルプスの少女ハイジ」。
搾りたてのヤギのミルクの美味しそうなこと。
それで作るチーズの美味しそうなこと。
あまりに美味しいヤギのチーズと山の空気のおかげで、クララの足も治ってしまう。
あまりに羨ましくて、ずっとずっと夢だった。搾りたてのミルクを飲むことが。
でもそんな機会は無かった。

「美味しんぼ」で牛乳を題材として扱った話を読んだ頃、しばらく低温殺菌牛乳を毎週買っていた時代もあった。
あまりに高価なので、買わなくなった。

年明けに荒川弘さんの「銀の匙」を読み、先日「百姓貴族」を読んだ。
どちらの作品も悶絶するほど面白い。

そして、どのエピソードよりも「搾りたてミルクの美味さ」が心に残ったのだった。
加熱殺菌する前の、タンクに冷蔵されているだけの状態のミルクを飲んで、あまりの美味に五体投地する主人公。
同じ状態のミルクに出会って、電撃にでも打たれたかのような顔になって、数少ない語彙で必死に感激を伝えようとする著者の幼いご子息。


ああ、もう我慢できない。
私も、搾りたてのミルクが飲んでみたい!!!!

が、しかし。

美味しんぼでも、荒川作品でも厳格に説明されている事実は
「衛生のために、殺菌管理されていない牛乳を提供することは出来ない」
ということ。

だがそれでもなんとか、直接牧場に出向けば、なんとかなりゃせんだろうか?

「いやいやいや、お出しできませんので。決まりですので」
と、どこに行っても言われそうだけど。


さて先日行った医院の待合室に、練馬のガイドブックがあった。なんとなくめくっていたら、なんとなんと。
「23区唯一の牧場」
というのが紹介されているではないか。なんと練馬に! 牧場が! そういえば以前ママ友会でそんな話を聞いたような……地図を見てみたら、うっわ、めっちゃ近い。歩いて行けるくらい近い! 

が、もちろんこの牧場で生産されたミルクも、法に則り工場に送られて他のミルクと同様に殺菌処理されるとのこと。

せっかく近所なのに、やっぱり搾りたてミルクは飲めないのか……(´・ω・`)

が、良く見ると、ミルクは無理でも、オリジナルのアイスを作って販売しているとのこと。あっさり味で、とても美味しい、と書いてある。

アイスでもいい! 近々歩いて行ってみようと思うのだった。


美味しい牛乳について調べていると、ごく稀には、まったくの無殺菌のミルクを販売している牧場もあるとのこと。これまた取り扱い店が、けっこう我が家の近くにある様子。
おっし、ここにも突撃しよう! ものすごく高価だけど……えっ、冬は乳が出ないので販売休止? ハラホロヒレハレ。


ミルク繋がりであれこれ調べていたら、最近奥様方の間では「イージーバター」なるものが密かに話題だそうな。

こういう商品。
面白そうだけどかさばりそう。

さらにバターベルというものも見つけた。えっ、これがあれば、常温でずっとバターが保存出来るの? さっと取り出して、すぐパンに柔らかいバターを塗ることが出来るの?

……普通にタッパーで水に浸けて置けば良くね?w

今度バター買ったら試してみよう。
とはいえ、ド貧乏の我が家では、バターはとんでもない贅沢品で、特別なイベントでの菓子作りでもなければ買わないんだけどね(´w`)

2013. 01. 26  
萩尾望都さんの待望の新刊「王妃マルゴ」を入手。
萩尾さんの作品はオリジナルがほとんどで、史実を基になさるのは珍しい。

そして「王妃マルゴ」というタイトルはかなり有名なものでもある。デュマが書いているし、実写映画にもなっている

普段、私が手にする本にほとんど興味を持たない息子が、ひと目表紙を見ただけで「それは?」と訊いてきた。どんな流行りの萌え美少女にも反応しない、むしろ拒否ばかり示す息子でも、ポカンと目を奪われてしまう絵。世代を超えたインパクトとオーラの絵。
波打つ黒髪、深い青の瞳、匂い立つ色香の美少女マルゴ。

「これはね、おうひ、と読むでしょ。王様の奥さん、という意味。ずっと昔のヨーロッパの王妃のお話なの」

と説明はしたが、実は私もそれ以上のことは知らなかったのだった。

本を開くと、まず詳細な系図が載っている。系図は苦手だ。特にヨーロッパ王家のそれなんぞ複雑怪奇が常である。
が、マルゴの場合、ざっと見るだけで綺羅星のごとく有名人の名が目立つ。あっ、母親がメディチの人? じゃ、あのフィレンツェの素敵オヤジ・ロレンツォの子孫っ?! たちまちテンションMAXのアタシ。

それはさておき、冒頭にこういう系図を載せるということは、この物語が史実に沿って描かれます、という宣言なのだろうと理解する。

読み始めはなかなか硬かった。少女マルゴの背景、周辺人物、社会状況の説明がとにかくなされねばならないからなのだろう。
だが開幕早々、マルゴの父アンリ二世が馬上試合で死去するあたりから怒涛のごとく物語が動き出し、一刻も読みやめられず夢中になって読了。

ガッチリと手堅い歴史物の構造を持ちながら、少女漫画的ロマンと女性向けマンガのエロスも詰め込んだ濃厚な作品となっている。
個人的にはこういうベタなエロスはあまり好みではないのだけれど、「王妃マルゴ」を描くにあたって、どうやらそれは欠かすことの出来ない絶対要素であるらしい。マルゴという女性がたぐいまれなる美貌と淫奔の資質でもって名を馳せた女性であったらしいからだ。

読了後、猛然とマルゴ周辺の人物たちのwiki巡りをしたくなる、歴史という複雑な物語への興味が激しくかきたてられる、一冊で数冊分も美味しい、素晴らしい作品だった。

そして判ることは、マルゴ自身は王妃であってもあまり世界史の表舞台での活躍は無かったらしいということ。
が、その分、周辺人物の派手やかさはタダ事ではない豪華絢爛。
母親のカトリーヌ・ド・メディシス、と言えばサン・バルテルミーの虐殺。
義理の姉メアリ・スチュアートと言えば、ライバルはかの名高い処女女王エリザベス。
姉の嫁ぎ先は日の沈まぬ国スペインの王、フェリペ二世。
マルゴの三人の兄は全員フランスの王位に就いている。
そして夫となるナヴァルの王子アンリはスッタモンダの末にフランスの王位も継ぎ、大アンリとまで讃えられる名君となる。
で、その大アンリの息子がルイ13世で、デュマの代表作「三銃士」で彼らが仕える王様、と。


何も知らずにこの渦中の女性がどんな存在かを思った場合。
フィクションならば、知恵と才覚と人徳でもってヨーロッパの貴顕たちの運命を取り結ぶ、愛と平和の偶像としての調停者のようなポジションを貰うところだろうと思う。

が、現実はそんな生易しくも、甘やかなものでも無かったらしい、というところがこの美貌の王妃の渋さであったような。
この先、どんな運命が転がっていくのか、萩尾さんはこの数奇な女性をどう描いて行かれるのか、実に実に楽しみだ。


最近ずっと沈静化していた歴史物語への執着が一気に戻り、今日も1日wikiとやる夫スレ満喫。萩尾作品の持つパワーはやっぱり桁が違うなぁ、と改めてしみじみ。デュマの小説も借りてこなくっちゃ。

2013. 01. 24  
森薫さんの「乙嫁語り」の最新刊を読む。

時は19世紀、ところは中央アジア。遊牧民が大自然と調和して生きるさまを仔細に、緻密に、どこまでも生き生きと描く作品。作者の世界への愛が感じられる、眺めているだけで幸せになれる、そんなマンガ。

最新の5巻では、威勢の良すぎる双子の乙女がいよいよ嫁入りする話。目も眩むほど可愛い花嫁姿。
それよりももっとなお輝かしいのは、祝いに船を貰って喜ぶ、若き花婿たちの笑顔。

4人で船を担いで漁に出るシーンの美しいこと。
若さと、命の営みと、大自然の恵みの幸福。なんと素晴らしい絵の数々だろう。



だけど。
事前に、とても哀しい話を知ってしまっていた。
彼らが魚を漁り(すなどり)、未来への希望を託した海の行く末のことを。
その海がその世界にもたらしていた、巨大な恵みがどうなってしまったのか、ということを。

詳しくはこのwikiで→アラル海

愛らしい乙嫁たち、その周辺の人々たちは、この惨状を目にすることはなかったろう。
が、彼女たちが産んだ子や、そのまた子供たちはどうなったのか。祖母の膝で聞かされた思い出話を胸に、荒れ果てていく故郷をどんな思いで見たことだろう。

そう思って乙嫁語りを見直すと、美しい描線のひとつひとつに限りなく哀切がにじみ出る心地である。

喪われ、二度と戻らない夢のような時代と世界の物語。
人間がどれほどの巨大な破壊をやってのけるか、どれほどあっさりと残酷に世界をすり潰していくか、そしてその事実を意識もしないで安穏と流され続ければやがてどうなるのかを、語り伝える作品になってくれることに期待する。

2012. 07. 26  
節電のため、日中は近所の図書館で過ごすことが増えた。
今日、ふと手にとったマンガ本。タイトルは

「コミック帝国ホテル 120年の最高」


生まれついての貧乏暮らしなので、帝国ホテルなどという高級ホテルにはトンと縁が無い。読んでいて知らないことばかりでとても興味深かった。

なにより印象深かったのは、「ライト館」についてのくだりだった。

当時の世界随一の建築家だった、フランク・ロイド・ライト氏に設計施工を依頼したのはいいものの、超の字がつく天才肌だったライト氏、隅から隅までこだわりまくって時間と金を蕩尽しまくる。
その芸術的な感性から繰り出されるアイディアや設計思想の数々、工夫、ダメ出し、やり直し。
そうして出来上がっていくホテルの姿は、まるで神殿遺跡のような威風と神々しさだったという。(その非凡な発想やこだわりの強さに、読んでいてありありとスティーブ・ジョブズを思い出したのだった)

膨れ上がる予算、いつまでたっても終わらぬ工事。他にも様々な事情が絡んで、ついに任を解かれてしまうライト氏。その後は彼の薫陶を受けた日本人監督の元で、ライト館はついに完成を見る。

いよいよ落成式のその日、宴会の準備に慌ただしい正午前。
帝都を凄まじい地震が襲った。関東大震災である。
だが、ライト氏が心血を注いだ建築は見事に揺れに耐えた。
家屋を喪った多くの都民の避難所となることが、ライト館の最初の業務になったのだった。

大震災をものともせず、戦時の空襲をもなんとか凌いだライト館だったが、もともとの地盤が脆弱だったこともあり、老朽化を食い止められず、昭和43年には解体されてしまう。

天才・ライト氏の才能が生んだホテルの建物とは、いったいどんな様子だったのだろう?

画像検索して、その美しさに息をのんだ。

なんという、浮世離れした美。そしてユニークさ。夢の世を切り取ってきたかのような極上の風景。これほどまでにアートの名に相応しい建物も、なかなか無いのではなかろうか。

現在の帝国ホテルの、堅牢ではあろうが味も素っ気も無い直線的な写真を並べて見て、とてもがっかりしてしまうほどだった。「古き良き時代」という言葉は好きではないのだが、確かにそういうものが実在することも有ったのだなぁ、と信じられるオハナシだった。

他にも、帝国ホテルならではの料理へのこだわりと伝統、おもてなしの思想など、どれもとても読み応えのある内容だった。
「100-1=0」、すなわち、たった1つの手抜きだけでも総ての信頼が損なわれてしまうのだ、という人間心理に基づいた、完璧をこころざす思想は、現代日本のアチコチで喪われて久しい真っ当さのあらわれだと思う。


信頼。
これほど現在只今の日本で問われ直されねばならないものも無い。
効率と保身に走り、隠蔽や誤魔化しや粉飾にばかり長けた身勝手な人間が支配する世の中。そんな世界の未来に待っているのは、荒れ果ててペンペン草も生えない、カッサカサの焦土だろうから。




などという小難しいクソ理屈はどうでもいいので、死ぬまでに一度くらいはこのホテルに宿泊してパーフェクトサービスを心ゆくまで受けてみたいものだなぁ。……フルコース食べたい(´¬`)ジュル


2012. 01. 04  
近所のブックオフにて、タイムサービスで半額セールをやっているというので覗いてみる。

「ジョブズの伝記、安く買えないかしらんランラン♪」

残念ながらそうは問屋が卸さない、置いてない。
それにしても混んでいる。いつも繁盛してはいるのだが、普段の倍以上の人がいる。
最近は書籍の値段が高い。読書好きの私も最近は図書館通いばかりで、本を購入する機会は激減した。売れないからますます高くなる、というのは判ってはいるのだけれども。
だが、やはり本が好きな人は多いのだ。安く手に入るなら、やっぱり人は喜んで本を得るため動くのだ。

ジョブズの伝記はまたの機会を待つとして、では以前から読みたかった漫画家さん、「水城せとな」さんの本を探してみよう、と探索開始。

黒薔薇アリス」の1,2巻しか置いてなかった。とりあえず入門、という感じで購入。

面白い!
聞きしにまさるセンスの良さ。美しい描線。ロマンにけぶる色使い。そして独特の妖艶さ。
いかにも少女漫画らしい美麗さの影に、シビアで冷徹な空気が漂っている。これは稀なる個性だと思う。
ともあれ、2巻くらいはあっという間に読みきってしまったので、続き! 続きを早く!

「そう言えば近所のTSUTAYAでついにコミックレンタルサービスが始まったはず!」

TSUTAYAカードの期限は切れたままだったが、レンタルコミックがあるとあっちゃぁ黙っていられない。身分証明書を携えイソイソとお出かけ。ワラワは水城せとなの本が所望じゃ!

……な、無い。いや、無いのじゃない。スッカラカンなんである。ほぼ貸出中なんである。人気あるなぁショコラティエ
黒薔薇アリスは蔵書そもそもが無いようなのでこれは別になんとかしなければならない。でも短篇集らしい「俎上の鯉は二度跳ねる」は見つけたので借り。

他に「大奥」の未読分も。この更新が終わったら読もうワクワク。

そういえば年末に「もやしもん」の8と9もあったんだった。もやしもんはとにかく読み始めると止まらない。知識が広がっていくあの感じが堪らないのだ。子供の頃、学習まんがを夢中で読み耽っていた感覚を思い出すのだ。これもまた、読んだら生き方が変わってしまうたぐいの本だと思う。



なんか、久しぶりに漫画三昧、という感じ。

マンガは、普通の書籍以上に買わなくなってしまっていた。なにせ一冊あたりの愉しめる時間が短い。そして場所を取る。コスパが悪い趣味になってしまったので、どんどん離れていったのだ。

だがやっぱり良いマンガは快楽的だ。丁寧に心を込めて描かれた絵と物語の味わいは、私にとって無上の幸福である。


TSUTAYAのコミックレンタル料金はビックリするほど安かった。反面、ちょっと心配にもなる。こんなに安く本を読まれたりしたら、作者はたまらない思いをするのかも知れないな、と。

しかし現実問題として、我が家の経済状況ではもう本当に新刊には手が出ないのだ。本が欲しくなっても買えないのが辛いので書店にすら行かなくなったほどだ。
一方、電子出版に目を向けてみると、私の感覚ではまだまだ高価だ。たかだかデータにあれほどの金額は出せない、と断固として思う。ただこの方面は、インフラが整い需要が増えれば一層のダンピングはあるはずだ、と期待は持っている。

それにしても、硬すぎる私の財布の口すら開けてしまうほどの、TSUTAYAのビックリ料金。従来の貸本屋の相場や、漫喫の料金などと比較しても激安だ。どういう企業努力でここまで下げられるのやら。
そしてこのシステムは一体どれほどの還元を描き手にもたらせるのか。
もしかしたらただの焼畑農業でしかなくて、直ちに不毛の荒野が残るだけになるのか。正直、良く判らない。判るのは、従来の出版事業は滅びに瀕しているということくらいだ。書店、というものの命運もまた然り。
だけど、日本人はやっぱりまだまだ「読むこと」が大好きなはずなのだ。
なにかしらのドラマティックな変貌によって文化としての衰退が回避されるよう祈るばかりである。

2011. 09. 01  
毎年、義父の誕生日には何かしらマンガをセットでお贈りする慣習になっている。
だが、私は最近めっきり漫画を読む量が減ってしまい、お勧めできる作品もほとんど無くなってきた。
もちろん好きな作品はまだまだたくさんあるが、そこはそれ、義父の好みに合わせるべきであり、乙女チックな女性作家系をお渡しするわけにもいかない。(とは言いつつ、昨年は「チェーザレ」一揃いだったんだけどね)

今年はチョイスに難渋した。夫の人と書店で1時間以上あーでもない、こーでもない、それはもう読んでいそうだ、これは巻数が多すぎて買えない、未完結なものは避けたい……等々やっさもっさ。

ついに合意を見て購入したのが「海猿」

実は私はこの作品をまったく読んでなかった。
だが、書店で手に取り、たちまち確信。いける! これは外さない! あまりに秀でた作品は3分も経過しないうちにそれと判る。映像もそうだけど。


で、明日の贈呈の前にこっそり全巻読んでしまったのだった。凄まじい作品だった。この佐藤秀峰氏という方は、まさに魂の漫画家だと思う。個人的好みの基準で問えば、演出過剰とも言いたい部分もあるのだが、そんな細かいことをあげつらうことなど馬鹿馬鹿しくなるほど、ヒトコマヒトコマが熱い。入魂。描くことそのものへの執念がここまで迫真である漫画家は珍しい。

漫画を描く際、キャラの表情と描き手の表情がシンクロしてしまうことは良くあることだ。笑顔を描くときには漫画家も笑う。怒り、苦しみを描くときには描き手の顔も同じように歪む。傍から見ればそれは大層笑える眺めであるらしい。だが私は、そんな風に描けることこそ漫画家の誇りだと信じている。

だが、ただ読んでいるだけなのに、マンガのキャラの表情と同じ表示に自分がなってしまう、という体験はほとんどしたことがなかった。
「海猿」では、そんな稀な事が起きてしまったのである。
描き手の気持ち、表情、意思、そういったものが、まずキャラに乗り移り、それがそのまま読み手である私にダイレクトに伝わり、おそらくは佐藤氏が描いているときに浮かべていた表情を私にシンクロさせた。よくある「感情移入」とはまた違う、憑依に近いなにかが起きたように思えて感慨深かった。

いやもう本当に凄かった。
実写のドラマや映画もあるらしいが、一切観る気にならない。
マンガに並べるはずが無い、と確信しているからである。

2011. 07. 16  
和田慎二さんがお亡くなりになった日、本当に久しぶりに発熱。ショックだった。氏の作品、特に「スケバン刑事」は私の魂の基盤に喰い込み、私の魂を形作った、真に忘れられない作品だったのだ。

まだ中学生だった頃。後輩に勧められるままに「はみだしっ子」が載っている「花とゆめ」を手に取り、そこに連載されていたのが「スケバン刑事」だった。
それは、私がそれまで知っていた「少女漫画」の枠組みを遥かに超えた衝撃的なマンガだった。凄惨。流血。陰謀。冷酷。復讐。ハードという言葉に収まらないドラマティック。なによりも、セーラー服という乙女の象徴とも言える服をまとったまま、容赦ない闘いを繰り広げるヒロイン・麻宮サキに心奪われたのだった。

重い運命を背負い、得意の武器(ヨーヨー)を振り回し、全知全能を振り絞って戦う少女。甘えも知らず、夢に溺れず、頼ることも依存することも知らず、いかなる困難にも独りで立ち向かう凛たる姿は神々しいばかりに美しかった。

陰謀によって友を殺され、血縁をも喪い、絶対の決意をもって死闘に赴こうとするサキの姿、表情は、神々しさを超えて鬼神の美に達していた。私はそれまでそんなものを見たことも無かったし、そんな物語を読んだこともなかったし、それでも直感で「神」「鬼」といった、人間を超えた何かがそこにあるのだと知った、それは初めての体験だったのだと思う。

そのくだりが収録された花ゆめコミックスの8巻の表紙がとにかく好きだった。
もう手元にないので、画像を探すのも一苦労だったが、小さいのをなんとか発見。

wc24005m.jpg

これも今となっては入手困難なんだろうな。


宿敵と共に爆炎の中に散った麻宮サキ。日本には平穏な日々が戻り、サキの姿は消え、それでもサキの物語を伝え聞いた少女達の中から、彼女の魂を受け継いだかのような凛々しい乙女たちが現れ始める、というエピローグで「スケバン刑事」はいったん終わる。
まぁその後あまりに要望が多かったからなのか、かなり無理な形で第二部が始まってしまうのだが、私にとってはあくまでスケバン刑事はこの8巻で完全完結なのだった。

あまりに惚れ込んでしまったので、和田慎二氏の他の作品も漁りまくって読みまくった。サスペンス、ミステリー、ファンタジー、日常もの、氏の作風はジャンルを問わない幅広さであり、しかもどれもこれも見事なストーリーテリングの妙だった。
そして和田慎二さん御自身が幾度と無くキャラとして作品に登場し、いろんなウンチクを傾けておられた。ロリータ・コンプレックスという概念は氏から教わった。ホルス・ジプシーという存在も知った。変身ヒーローがコスチュームショーを遊園地で繰り広げたりしている、ということも。「○月×日**時からホルスがテレビ放映されます!」という情報を欄外で教えてくださったりした。
つまり、まだオタクという言葉の産まれるはるか以前からの、純粋かつ洗練されたオタクであられたのだ。
偉大なる先達のお一人であり、少女漫画の枠組みを大幅に拡張された貢献者のお一人であり、何にもまして素晴らしい作家であられた。

和田慎二さん、本当にありがとうございました。貴方の作品によって私は作られ育てられました。
時代も世代も超えて読み継がれてゆくことを願って哀悼の意に変えさせていただきます。

2010. 03. 11  
かねてより「凄い! 凄い!」と評判を聞いていた、よしながふみさんの「大奥」をやっと読む。

噂にたがわぬ、凄まじい作品である。

「もし、若い男ばかりが罹患して死ぬ病があったとして、男女の人口比が1:5くらいになってしまったとして、しかもそれが日本の江戸時代初頭に起きていたとしたら?」

という仮定を前提として、その後、日本はどういう社会になってゆくのか? ということを徹底的に思考実験して描かれた、骨太のSFでもあるのだった。


例えば、人間と、人間では無い人間の姿をしたモノ(ロボット)との関わりを描くことで人間そのものの本質があぶり出されていくように、女と男のジェンダー(社会的役割)が逆転した世界を描くことであぶり出されていくのは、産む性である女性と、撒く性である男性との本質的な差違である。

社会的地位や役割が転換して、女と男の生き方が驚くべき変貌を遂げたとしても、決して変えられない、揺るがない役割が存在する。
ヒト、ホモサピエンス、哺乳類の一つとしての存在としての本質である。

そして、何が変わろうが変わるまいが、文明社会的存在としての人間の在り方の根本もまた、揺るぎない法則を持っているのだということもまた描かれる。

ヒトは何故、寄り集まり、群れ集い、社会を成して、「人間」となるのであるか。
ヒト、とニンゲン、の違いは何か。

人は、他人との関わりの中、己の価値を差違の中で求めていくようになる。
その価値を、他人と取り引きし始めるようになる。
この「取り引き」こそがニンゲンの存在理由なのだ。
自分に価値はあるか。どれほどの価値か。アイツとくらべて、コイツと比べて、自分は上なのか下なのか。
上がったと言っては幸せになり、下がったと言っては絶望し、下げられたと言っては激怒する。
これこそが、人間が人間である限り逃れられない宿業であり、人間のなりわい総ての根本にあるものであり、ヒトをニンゲンたらしめる本質である。

日本社会の頂点に立つ女将軍の後宮、美男三千人の大奥において、やれ美貌がどうの、地位がどうのと、どこまでも陰険陰湿ジメジメと、まさに「女の腐ったような」諍いやイジメを男達が繰り広げていくようになる様の皮肉な鋭さよ。

だがこの作品の白眉は、そんな権力争奪のさなかにあってどこまでもキリリと凛々しく、人間として正しく浄く正義であろうとする、希有な人物の生き様と闘いにあるのだった。

魅力的であり、凄みを持った、様々なことを思い感じさせてくれる傑作である。
この秋に映画になるらしいが、映像を観る前に是非先だって読んで欲しい、と思うのだった。


2010. 03. 05  
実は以前から、とても気になる存在が書店にあった。
白くて、丸くて、可愛いもの。

卵のような形に切れ長の三白眼、黒く慎ましい口。
ただそれだけの、シンプルなぬいぐるみ。
なぜ、そんなぬいぐるみが書店のレジ横にあるのか知らないが、昨今の本はオマケが売りたいのか本が売りたいのか判らなくなるような呆れた商品も多いので、その一環だろうと、スルーはしていたのだ。

スルー……していたのだが。

いかにも可愛い。見るたび、どうしようもなく可愛い。


そして、それがもやしもんの作者・石川雅之氏の作品「純潔のマリア」のオマケであると知る。
で、とうとう、買ってしまったのだった。マンガ一冊としては大層高価であったのだが
「すみません、本来これは受注生産の限定でして、ただウチの店はちょっと多めに発注をしてしまったものですから、こうしてまだ売ってるわけでして」
などという書店員の説明を聞いてしまうと、もう歯止めが効かなかった。
もしかしたら、このまま売れずに、返本になるかもしれない。返品された本は裁断される。つまりこの白くて可愛いものも、ズタズタに切りさいなまれ……ぎゃあああああーーーーっ!(脳内で頭を抱えて絶叫)

で、やってきちゃった白いもの。

117.jpg

可愛いであろ?
一緒に、大島弓子さんの新刊「グーグーだって猫である」5巻も買ってしまった。エライ出費や。


そして、今日、ふとカットをしたくなり、美容院に行ったら、最新型のパーマを薦められ、血迷ってお願いしてしまったら、見事に失敗。大失敗。
私は、あまりにパーマが久しぶりだったので、忘れていたのだ。私の髪質はなにやら大変にパーマがかかりづらい、ということを。何度も何度も一液をやり直したあげく、やっとかかったと思ったら、仕上がりは見事な鳥の巣モジャモジャであった。
大金を喪って、無様な髪型ゲット。
哀しい。
ゆえに、大変機嫌が悪いのである。
白くて可愛いものを眺めてこのやり場の無い不機嫌を癒そう。
もっと、アップで!


114.jpg

ああ可愛い!



プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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