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2011. 09. 02  
怪盗だから黒だって。

いやぁそれなら忍者の時にもそうするべきでは( ̄∀ ̄;)
もしかして海外育ちのヒロ君にとって「忍者」はあくまで「NINJA」でしかなかった可能性もあるか。

はるかトツクニには「ジューイッシュニンジャ」なんてアニメもあるくらいで……と検索してリンクをたどったら、もう動画は削除されていた。残念。イスラエルの作品で、そりゃもうヘブライの神から使命を授かる人類創世の大昔からヒーローとして活躍していた奴らの話であるらしく、「なんじゃそりゃ」とか言ったところで「だってニンジャだもん」と言い返されたらもう黙るしか無いわな。日本人であっても。日本人だからこそ、か。

それはさておき、せっかくヒロ君が宣伝担当だし、とモバゲーをiPhoneに入れ、忍者ロワイヤルを始めとしてアレコレアプリを弄ってはみてるのだけど、ま~~~~~~~これが見事につまらない。どれもこれも面白くない。はっきり言ってくだらない。金を使わせることばかり考えている、底の浅さがぱっくり見えていてうんざりする。

せめてもうちょっとくらい有用だったり、ためになったり、あるいはもっと純粋にゲームとして夢中になれるような何か、さもなくば携帯通信機器の特性をより生かした、まったく珍奇で目新しいお楽しみでも提供してくれない限り、この企業に未来なんか無いと思う。
つまり何が言いたいかというと
「ヒロ君逃げてぇぇぇぇぇぇぇ」



いや、実はもっと強く主張したいのは
「次の著作はまだですか?」
なんです。待っとるんです。小説で無くても良いです。随筆でも日記でもレポートでもポエムでも何でもいいので、書いたものを読ませてくれるのを待ってるんです。頑張ってくださいよ、ホントまじで。

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2010. 11. 29  
私はメガネ男子が大好きである。
その中でも特に執着しているのが「銀ブチ」である。
飾り気の無い、洒落っ気の無い、いかにも必要性があるからかけているだけ、という素っ気なさ、シンプルさ。
飾ることより、格好をつけることより、お洒落を演出することなんかより、余程大事で重要なことが人生にはあるはずだ、という知的な生き様の象徴として「銀ブチ」を捉えているわけなのである。

美男子、美形、イケメンをこよなく愛する私であるが、ただ美しいだけでは満足などできない。知性や感性の高さを感じさせてもらってナンボである。
なので、心密かにいつも思っているのだ。
「美形なのにメガネが無いとはなんと勿体ない。美貌のリソースの無駄遣いだ!」と。



さて朝もはよからツイッターをチェックなどしていると、ヒロ君のツイートに
「コンタクトが無くなる、買わなきゃ」という意味の発言が。ああ、使い捨てレンズなのかな、とか思っていると、こんな返信が。
「家ではメガネですか?」

「メガネっす」

(☆ω☆)=3 ムハッ

どどど どんなメガネなの。やっぱアレかな、今風の、なんかやたらフレームが太かったり、角ばったフォルムの洒落たメガネなのかな、まさかそんな……私好みの、銀ブチっぽい素っ気ないフレームのメガネかけたり……しないよね……?

「こんなんです」 

朝っぱらから(脳内)鼻血ブー!

ここここ これよ まさにこういうのが 私が求めるところの

ヒロ君、銀ブチだったのかーーーーーーーーーーーーーっ!!!(良く見ると金?)

もうたまらん。ヒロ君がまた一歩、私の究極の理想美形に近づいた朝であった。
しかし、人前ではコンタクトなんだよねぇ。つまり、至高の美とも言える彼の銀ブチ姿というのが見られるのは、家族だけって感じなのだろうね。
今日初めて、絢香ちゃんが妬ましい、と思った(´w`)



さて、一方「KAGEROU」については、多方面で大がかりな宣伝が繰り広げられているようで、こりゃ相当部数が伸びそうな予感。真冬のでっかい打ち上げ花火、みたいな感じになるのかね。
で、ちょっと気になる情報があったのだった。
通常、書籍というのは、書店で売れ残った分は出版社に返本される。
が、KAGEROUについてはポプラ社は「買い取り制」で販売するらしいのだ。返本は受け付けない、という珍しいシステム。
例えばハリー・ポッターのシリーズも買い取り制販売だったらしい。
それで、書店はあんなに一生懸命ハリポタの新刊を売っていたのか。早朝から開店したり、特別ブースを設けたり。返本不可、ってのは書店にとっては背水の陣で売らなくてはならない状況になるもんね。
ぶっちゃけ、ずいぶんと強気な商いだなぁと思わずには居られない。よほど自信があるのか。それとも……?

ドキドキにハラハラが加わっている晩秋の昼下がり(´w`)

2010. 11. 09  
ヒロ&絢香夫妻のツイッターをフォロー始めて数日。

ついさっきのヒロ君のツイートで、「右往左往」という言葉が使われていて
「うぁぁヒロ君、そこは違うんや、その言葉はこういう場合に使うのは良くないのよぉ……相応しいのは「東奔西走」かなぁ」
と冷や汗を流したと思ったら、速攻で同様の指摘がRTで押し寄せたらしく、辞書で調べた上で、不適であったことと、今後もご教授お願いします、と謝辞が述べられていたりするわけ。

真面目だなぁ(´ー`)


この日の日記で、ヒロ君の文章を、正調で綺麗だけど硬くて余裕の無い文章、と書いたけれど、そもそも子供時代をスイスで過ごしている彼は、どうしたって日本語のニュアンスに関わる部分にハンデがある。
口頭で何かを述べているときにもそのハンデは時々覗いてしまうので、コメントするときや挨拶をするときの映像などを観ていても、実にハラハラすることがあるのだ。
「そ、そこは違う! 言いたいことは通じるんだけど、今ひとつ言葉の選び方がズレている!」
と、赤ペン持って添削にすっ飛んで行きたくなる事はしばしばだった。

要するに、不適切な言い回しが実はけっこうあるヒロ君なんである。
礼儀をたいそう重んじる、とにかく生真面目なタイプなので、しかも真摯で緊張した雰囲気が前に立つから、談話の場合あまり問題にされないで来たのだろうけど、モノカキとなるとこれは実は相当シビアな弱点になってしまう。

「そこまで日本語がイマイチで大賞? やっぱヤラセじゃないの?」
などと息巻く人も当然居るだろうけど、この点に関しては私は疑問は持っていない。
というのも、実のところ、「小説家になること」も、彼の最終目標などではないのだろう、と考えているからだ。
思ってること、考えていること、願いなどを世に伝えたい、そのための手法として小説を書くことを一つの選択として実行したのだろうと思う。

もしかしたら「KAGEROU」という作品は、実は小説の体を成していない、破天荒なスタイルを持っているのかも知れない。「荒削り、今まで無いタイプの小説」という論評も選考側からは出ている。

だが小説としてのスタイルが崩壊していたとしても、文体が整っていない未熟さに満ちていようとも、小説という構造の価値を後回しにしてもなお人の心を動かし得る「思想」の表現が評価された、という可能性があると思うのだ。
読んでみれば判ることなんだけどね。
ただ、出版業界的常識がばっちり適用されちゃった場合、校正は大変かもしれない。「意味は通るけど日本語の文章として不適切」という箇所を徹底的に直さないとならないかもしれないし、もしかしたら、そういう箇所は膨大なのかもしれない。

願わくば、あまり厳格に過ぎる校閲はやめて欲しいけどね。荒削りならではの良さをなるべく残して欲しいものだ。文章なんてのは美容整形にも似て、整わせ過ぎると面白みも個性もなーんも無い、実につまらないものになってしまいがちなものだから。

さて、作家になることがヒロ君の最終目標じゃない、と書いたけど、では実はなにを彼は目指しているのだろうか?

ズバリ。
本気で世直し。
シャレでもなんでもなくて、ガチで。
実は結婚前あたりから、なんとなくそんな気がしていたのである。ツイッター見ていて、さらに強くそう思うようになった。
作家としていったん成功したとしても、まだそこにはとどまらず、さらに転身を重ねて行くのだろうと、もう確信に近い感じで思うのだった。


だとしても。
今はもっと日本語を勉強しようね、ヒロ君(´ー`)(出来れば英語も)

役者をやりたいなら長年の基礎訓練が必須なように。
音楽家になりたいなら、子供の頃からピアノを習うように。
医師や弁護士になりないなら専門の勉強を何年もせねばならぬように。
ワールドカップの選手になるためには、どれくらい練習をするのかな?
作家も同じ。
表現のために文章を使いたいなら、長年の血の滲むような修練が欠かせない。当然のこと。
だからどうか頑張って、ヒロ君。
ツイッターにもの凄い勢いで押し寄せる言葉の奔流に焼き切れてしまわないかと心配でならないけれど、今日のように、その中から急速に身に付くこともきっとたくさんあるだろうね。


で、押し寄せる言葉の怒濤をさらに増やしたくはないので、あくまでRTはしないでこんなところにダラダラ書くアタクシ。所詮は自己満足。それで、いーのだ。


絢香ちゃんのツイートがまたシミジミと良いんだ、これがまた。
特に日々のレシピ紹介が。
そして「ママ直伝!」と添えられていたりすると、本当に心から和む。嗚呼、この子は本当にちゃんとした、まっとうなおうちで、実に正しい育てられ方で大きくなった、真の意味で育ちの良い子なのだ、と感じるのだった。
家柄だの血統だの財産だの、そんな上っ面の値打ちなどより、遙かにずっと人間にとって素晴らしい価値のあるものがある。親から子に伝授される料理はその最たるものの一つと思う。

最近は仕事を始めた息子にあまり料理をさせてなかったけれど、また折を見て教え始めるべきだろうな、私も。

2010. 11. 01  
水嶋ヒロが小説大賞!


朝一番にブラウザを立ち上げて、このニュースの見出しが見えた時、さすがの私ですら
「こ、こ、このニュースをクリックしたくない! したくない! それってなんて出来レース?」
と、たっぷり3分ばかりはリアルでのたうち回ったのだった。

ニュースの詳細を確認すると

・受賞したのはポプラ社小説大賞
・芸名は伏せ本名で応募

とある。

クリックする前より激しくのたうち回ったのだった。



かねてより夢想していたことがあった。
何かのジャンルで成功していた者が、その実績を捨てて新たなジャンルで身を立てようと志した場合。
考えられる理想の行動として
「それまで得ていた名声すべてを捨てて無名の一新人として挑み評価を勝ち取ること」
こうしなければならないはずだろう、という想定。

この場合、顔が知られている有名人が、顔を出すことを前提とした別ジャンルに挑む場合、最初から実現は不可能だったりするけどね。
芸能人が選挙に出るとか。
逆に、ネロみたいに皇帝が吟遊詩人になるとか。

だが、そうでないジャンルなら。
小説やマンガや絵画なら。

タレントとしていったん名と顔を売ったものが、真実自分の別の才能をそういう分野で評価されたいと願うなら。
理想の行動はそれを伏せて挑むこと。そして勝ち取ること。

ヒロ君が何かを書きためている、と聞いて以来、私は密かに思っていた。
「ともかくも書き上げること。でもって、実績を全部伏せて、コンクールとかに応募して無名で受賞するくらいじゃなきゃイカンよヒロ君」
と。
そうであってこそ理想の形だと。

だが、理想は理想であって現実ではない。実現しないからこそ理想でしかない。

だがなんてことだ。
もしこの報道がまるまる真実ならば、理想でしかないものが、私の夢想でしかなかった行動が、現実化されてしまったのだ!

まさか本当にやってくれたのか。
私の理想の美青年が、私の至高の理想どおりの行いを、本当にやっちゃってくれちゃったのか!
文字通り床にはいつくばって頭と両手をついて土下座するがごとくのたうち回った私であった。
そしてこれがまるまま真実だとしても、なんの不思議も無いことなのだとも思った。
たった数瞬、たった一つの眼差しだけで私が見込んでしまった青年が、見込みどおりの振る舞いをしただけなのだ、とあらためて思ったのだった。



もちろん、やはりすべてが仕組まれた出来レースの可能性はある。
だが、真の評価は、作品が世に出た時に判ること。
出たら、読む。私が評価すれば、それが私にとってのすべて。他の誰の評価を頼る必要も無い。不肖ワタクシ星ゆう輝、本は山ほど読んで来た。自分の評価がすべてだと信じられる基盤が私にはある。

刊行を待っていますよ、ヒロ君。そしてポプラ社様。
良い年明けになりそうだ。

2010. 09. 23  
BECKの感想エントリにも書いたとおり、ヒロ君の引退云々の報道は予想していたことでもあり、驚きもショックも無い。
もともと創作方面に興味があって、最近は自分の体験や思ったことなどを書きためている、という談話もずいぶん前に聞いていたし、執筆をやりたいからという動機も不思議でもなんでもなく、「ああやっぱりな」とだけ思ったのだった。

彼の文章はあちこちで目にしている。
良く言えば端正、悪く言えば硬い文章なんである。
おそらくは、日本語がカタコトでしかない状態で日本に戻ってきて、なんとか素早く日本語に通じようと、必死の努力で体系的に勉強しまくった、そんな感じの、どこまでも正調で乱れの無い、緩みのない、生真面目な文体なんである。余裕の無い綺麗さ。
主に感性で通じあうことを求める、ケータイ小説などを愛好する若い人にはそっぽを向かれてしまうかもしれない、そんな文体。

だがもちろん、私は彼の文章が結構好きだった。
感性重視のつもりだかなんだか、やたらめったら会話ばかり繋げて、しかもそれに「……」だの「----」だの記号を乱舞させただけでニュアンスを描写したつもりになっている能なし手抜き文体で物書きを気取っている、基礎も基本もなっちゃいない大馬鹿阿呆のプロフェッショナル様が跳梁跋扈する現代に心底辟易している私にとっては、どこまでも正調を守ろうとするヒロ君の文体は、不器用さは感じても清々しく快いものであった。

あとは、その文体で彼が何を書こうとしているのか、だけが問われることになるわけだ。刮目して作品の発表を待つことにする。何度も繰り返して述べてきたが、私は彼の転身を心の底から支持し応援するものである。

もちろんそれと、いざ完成して世に出た作品に対する評価とはまったく別の事として行うけれどもね。

物書きの道はたやすくは無い。それは芸能で秀でることと同じ、人間でありながら人間性を捨てることに通じる道。しかも誰が助け支えてくれるわけではない、己の身一つで孤軍奮闘せねばならない地獄のような孤独の道なのである。
だがしかし、ある種の人にとっては、その孤独性こそが救いになることも多いのだ。
執筆という道が、ヒロ君の魂にとっての支えであり救いであり誇りともなりますように。

2010. 08. 23  
ぬぬぅこんなニュースが!

おひおひ、いやいや、いくらムカイリー贔屓のパラキスファンの私でも、さすがにこれは無いワー。
一瞬、「原作に無いちょっと年上のオリキャラ挿入して、それを売れっ子ムカイリーにさせるつもりか?」と思ったんだけど、ばっちりジョージ役らしいし。
無いワーそれは無いワー。

それと言うのも、ジョージというのはあきれるくらい繊細でとんがった才能の持ち主で、そのくせ精神的には実は激しく傷つきやすく揺れやすい、そして体面を保つために愛だの恋だの投げ捨てて海の向こうまで逃亡しちまうようなヘタレボンなのであって、これは何をどうやってもムカイリーとは合わないと思うわけですよ。
これはムカイリーの演技や資質を貶めるわけではなくて、実直イメージかつ安定感が最大の魅力である彼の個性を鑑みての判断。
もちろん彼のことだから、どこまでもソツなくこなしてしまうだろうとは思うけど。

それはもう、矢沢あい作品の中で私がもっとも偏愛するキャラ・ジョージが、ぜんぜん別の存在になってしまうだろうことを予測させるし、それでもそれはいかんともし難いしょうがないことであって、ガタガタ言うのは大人の振るまいでもなかろうし、でもそれを承知した上でもぬぐいきれない寂寥感と言うかなんと言うか。

良作になるよう願うだけが今やるべきことなんだろうな。でも多分観に行かない。
パラキスのジョージは私にとって、そういうたぐいの、揺るがすべからざる存在であるから。


2010. 07. 05  
「ムカイリーが来年の大河に出るってさ」
「なんだとぉぉぉっ! 何役? もしかして秀忠?!」 

はい、大当たりーっ☆

そりゃぁ私が大河製作のド偉い人だったとしても、ムカイリーに秀忠以上に適したポジションなんか無い、そうするようにって言い渡すと思うもん。すなわち、主役がヒロインならばその相方ってことで。恋人もしくは夫。

相手が激巧の上野樹里ちゃんってことで、これはもう色々と喰われそうで大変だろうけど、きっと彼なら大丈夫。喰われるくらいが実は丁度良いかと思う。それが、相応しい、最適の在り方なのだということを、過不足無くムカイリーならこなしてくれると思うのだった。


「徳川秀忠ってどんな人?」Wikiはこちら。


以下、Wikiより抜粋転載。

「秀忠は恐妻家であり、正室のお江の方には頭が上がらなかったとされている。気性の荒い妻の影響で側室を持つことが許されなかったという俗説が一般的だが、秀忠はお江の方を愛し敬い、彼女もそれだけの魅力のある女性ではあったようだ。一度だけ江戸城の女中だった静に手を出した際も、正室からの追求を恐れて、静を正式の側室にはしなかった。生まれた子供(保科正之)にも一切面会せず、そのまま保科家に養子に出し、江の存命中は正之を実子として認知することもなかった」

たった1人の側室、静より産まれた男子が保科正之であり、「風雲児たち」においてみなもと太郎氏は、この人物に多々なるページを割いて思い入れたっぷりにその素晴らしい人物像を描いている。序盤の白眉と言うべきエピソードであると私は思っているのだった。


ゲゲゲのシゲさんとして朝の連ドラ好きの主婦層にまず浸透したし、来年からは大河好きのオジサマたちにも知られるっていうことで、もうオールレンジ死角無しの有名タレントになっちゃうね。おっと、勘違いしちゃぁいけないな、意外にも(は?)子ども向け特撮には出てはいないから子どもたちへの周知は無い。「メイちゃんの執事」は限りなくトクサツだったような気もするけど、まぁ子ども向けではなかったわいな。

で、そこまで全国区の芸能人になっちゃったのに、数年後、ふっと引退なんかしちゃったりしたら、もう最高だって気もしてる。
ヒロ君もそうなんだけど、ムカイリーもやっぱり、この、現代日本においての映像メディア、芸能界、そういうところに安住するタイプじゃない、と感じるのだ。
なにかもっと別の視野を持ち、別のところを見ている、別の所を目指したがっている、そんな「此処ではない何処か」を追い求める魂こそが醸し出せる雰囲気、オーラ、ムード、そういうものこそを、私は「イケメン」として受け取るし、この二人からは特にハッキリとそれが出ている。
お顔がお綺麗な若者タレントは他にいくらでも居るのだが、私が「特別!」と感じてしまうタレントにはほぼ漏れなくその異次元オーラが出ているし、その異色さゆえか、必ず突出してしまうものなのだ。お笑い界ならオードリーの春日からもふんだんに。最近はラジオでどんどん明らかになってゆく若林君の個性も、大層好ましい、愛すべき魅力の主と思えてきたけどね。この二人は、この二人同士だからこそ売れたのだなぁ、とシミジミ思うのだった。


そして大河の配役を見ていて
「信長がトヨエツだー! これはイイ、実にイイ!」
さて、信長がそうなら、森蘭丸は……?
せせせ 瀬戸君だー、キバのワタルだー!

最近腐兄に覚醒している夫の人と一緒に思わず
「わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!\(^o^)/」
という大騒ぎになりましたとさ。

2010. 03. 04  
パナソニックケータイのP-03-Bのポスターのヒロ君が美しすぎて生きているのが辛い(*´д`*)ハァハァ

なにこの的確過ぎるコピー。「チョー美ケー」、受けるチョー受けるw
ヒロ君の他にこんなコピーが相応しい男子、まぁ他におらんでしょ。当然といえば当然。


ところで最近息子が「ヒロ、ヒロ」と騒がしい。

どうやらこの映画らしい。
えーっと、向かって右端が、D51がモデルとおぼしき「ヒロ」だそうで。どんなお話なのやら。


どうしようもない悪質なワタクシ、ヒロ繋がりでさらに思い出すものが。



テラホークスたぁテラナツカシス

画像はこのあたりからテケトーに見繕って判断してくりゃれw(なげやり)

なおWikiにも書いてあるけど、テラホークスのヒロのモデルは恐れおおくも当時イギリスに留学中であらせられた皇太子殿下(当時の浩宮様)だとのこと。

2009. 11. 06  
まったくライトオンヒロ君の画像が格好良すぎてもうね。眼福眼福。

ところで、最新刊も出たばかりで売り上げ絶好調のようだし、「聖☆おにいさん」を実写化してイエスをやってもらう、ってのはどうだろう……無理か、やっぱ。

東京DOGSは欠かさず見てるけど……やっぱりあちこち杜撰なのが不快で、ヒロ君出てなきゃ見ない。でも、小栗旬はメチャクチャ巧くて魅力的。ライダーがらみで若手俳優をけっこう見てきたけど、彼は完全に頭1つ抜けている優秀さ。今日は夫の人が「ロボコン」という映画を借りてきていたけど、オタクっぽい変人理工系少年を、バッチリの動きとムードで演じていた。幅広いなぁ。これぞ、本物! って感じ。役者、としてという意味でね。
ヒロ君の演技は……う、うう^^;
こういう役を演じるには10年早いと言わざるを得ない。基礎力がしっかりしていて、すでにベテラン域の小栗君と組んでるから余計、不備が目立つ。基礎的なことだけでも、3年はみっちり地道に訓練をしないと、多分どうにもならない。って、こういうことはもう何度も書いてきた気がするなぁ私。
もしかしたら、現状、やはりどうにもならず、来る仕事をとにかくなんとか精一杯こなしていくしか無い感じになってて、修行とか鍛錬とかをやる余裕すら与えられない日々なのかもしれないし、そもそも、役者を一生の道として捉えてない可能性があるしなぁ、と改めて思うのだった。
静止画としての写真でこれほどのオーラを醸し出せる個性は、才能と直結しているはず。ただそれは、演技者、役者としての技能に直結してるわけでは無い。もしかしたらまったく他の道で華開く可能性がある、と見てはいるのだけど。
とにかく、いずれまったく意外な方向にゴロッと転身したとしても私はちーとも驚かない。
「いずれ国民的美青年として周知の存在になっていったとしても私はちーとも驚かない」とかつて予言したのと同じくらいの確信でもって言えるのだった。


****************


「秘密結社鷹の爪」映画第二弾を観た。あー面白い。相変わらず絶好調。ゆるーいフラッシュアニメに見せかけていながら、深いメッセージを奥ゆかしい範囲内で存分に発揮し、クライマックスと感動のラストまで引っぱっていく技量はいつもながら凄い。金と手間暇かけりゃ良い作品になる、わけじゃない。もちろん金は大事だけど、人を面白がらせ感動させるためには、他にもっと大事な要素があるんだ、とこれほど端的に示すアニメも無いだろう。
ラスト、声のタイトルバックで、異様に大量の名前(どうみてもハンドルだったけど)が流れたのを、「なんだろう?」と妙に思っていたのだけど、どうやら「こえ部」というSNSの派生らしいのだった。うーむ、面白い。画像、動画は知っていたけど、音声とはね。
テキスト中心だったネットの世界も、3次元的広がりを見せている、という感じだ。「華氏451度」の世界はもうすぐそこまで来ているのだな。ただ、現実現在においては、どうやらネットのフィードバックとして、読書(テキストデータ含)する人が増加傾向にあるらしいので、たいへん喜ばしいことだと思うのだった。

********************

ローマ史、読んでるよ! やっと「最後の努力」っすよ。でもマジまとめるのが辛いのでなんとなく別ネタ書いたのだった(´w`) サラッとヒロ君カコイイで済ませるつもりがなんでこんな長文wもうヤダ自分w



2009. 10. 15  
やっぽさんからバトンが来たよ(゚∀゚)!

その名も【愛してるんだけどバトン】。指定キャラは、ととと、殿ー! 志葉丈瑠(松坂桃李)! うひょー。
さぁ張り切って参りましょうかねヽ(´ー`)ノ



1.「殿」と初めて出会った場所は?
 え……あれは多分、東京のどこか。どこだろう。口上の長い爺を制してずい、と進むバトルスーツ姿でございました。

2.「殿」のどこに萌える?
 それはもうやはり、重い責任を背負って、誰も傷つけないよう独りで行こうとするあたりとか。

3.「殿」にS、Mどっちでいてほしい?
 そんなん、Mに決まってますやんw あの、何があってもうつむいて耐えるところが!

4.「殿」のどんな仕草に萌える?
 名乗りを上げて構え、ぐっと腰を落とす、あの地味ながら実力を感じさせるキメポーズが最高。

5.「殿」の好きな所は?
 声です! 最初の名乗りを上げた瞬間から、「こ、この子はタダモノではない!」と確信した、あの深く低く抑制の効いた声。スーツを脱いで顔を出す前から、キャラとしての成功が決まってたなんてケース、なかなかございませんですよ。
 
6.「殿」の嫌いな所は?
 意外と不器用で冴えないところもあって、なんでもソツ無くこなせるタイプではないのだなぁ、と執事に扮したとき思いましたの(・ω・)

7.「殿」に望んでいることは?
 敵(外道衆)をすべて討ち果たして、「殿」の重圧から解放されて、普通の男子になってからの笑顔。

8.「殿」と絡んでほしい人は?
 これは難しいw 順当なところで寿司屋とか十臓でしょうけど、私が今までで一番ヒートアップしたのは、ディケイドの士。もう2度と共演は無いでしょうけど、あの陰陽の対比は実に魅力だった。
 あと、薄皮太夫かな。それから、母親がらみでどうもシリアスな展開が待っていそうなので、その辺をほじってくれるキャラと丁々発止希望。
 
9.「殿」を書く(描く)とき、主張していることは?
 抑圧されているがゆえの色香を認識していただきたい、という点。
 
10.家族にするなら?
 書生。執事が勤まらないのはよっく判ってござる。

11.学ランとブレザー、どっちを着て欲しい?
 学ランです! 詰め襟です! 絶対、黒地に金ボタンです!

12.私服では、ジャージ・ジーパンどっちを着て欲しい?
 ジーパンがめがっさ似合いますが、ジャージで楽をさせてあげたい。

13.結婚したい?
 あんな素晴らしい子、私なんぞが嫁にでもなったりしたら、人生を台無しにしちゃうじゃありませんか(´w`)
 良く出来たお嬢さんを嫁に迎えて幸せになるべきなんですっ。それがピンクなのかイエローなのかは、物凄く悩みどころだと思うけど。江戸以前なら、どっちかが正妻か側室で良かったのにねぇ。

14.最後に愛をどうぞ。 
  平和になって、闘いが不要になっても、そのまっすぐで生真面目な生き方、責任から逃げない強さを保っていって頂きたいわ~(*´д`*) 闘いばかりが世のため人のためではありませんことよ。
 でも、たまにはハメを外して楽しむことも覚えようね♪
 
15.回す人10人(リバースあり)
 さぁナンギや。男性についてのバトンらしいので、男性には回せない。でもって、どうやらヴァナつながりバトンらしい、ということとなると……。

るりにくさん! ジョニー・デップ様について書いていただけませんか!? もし良かったら、良かったらでいいです~(>_<)


プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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