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2012. 12. 11  
いろいろと上手くいかない。
体調改善のためにジョギングを始めたら、猛烈に食欲が増し、ドンドン太って行く。
ストレッチもやっているが、あちこち筋が痛んだりする。
運動のあと、ひどく身体が冷えてくる。汗を拭いて着替えても冷える。

痩せもせず、冷えも取れず、これじゃ何のためにやっているのだか。

なんとも気分がささくれるので、優しげなピアノ曲など適当に聴いてみるが、なんだか音が刺さる感じ。

「ああ、上手いけど、結局は自己アピールのためにやっている音だよなぁ」

などと、こんな気分の時には感じたりしてしまうのだ。

「そうだ、こんな時こそホロヴィッツだ」

思い立ったら即動画が見つかる、素晴らしきかな現代。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm291067

http://www.youtube.com/watch?v=XhnRIuGZ_dc

http://youtu.be/dxz2UfCYtQk

シミジミと心満ち足りるのだった。
神じゃ!
この手こそが神の手じゃ!!
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2012. 11. 10  
毎年恒例となった練馬アニメカーニバル

今日は影山ヒロノブ氏のライブがあるので、病み上がり(胃腸に来る風邪だった)を押してフラフラと参戦。
昨年、水木のアニキのライブを

「ひどい土砂降りだからやめやめ」(素晴らしい内容だったらしいのに!)

とスルーしてしまったことをずっと後悔しているので、今年はもう行きたいと思ったら行くべきだと思い決めたのだった。
それに、つい最近アニソン周りで心底ガッカリしてしまうような凹む出来事もあり、

「もうこうなったら、その道ン十年のアニソン歌い、人生の半分以上をアニソンと共に生きてきた、マコトのアニソンシンガーの歌声に触れて癒されるしか無い!」

という強烈な動機もあったのだった。


メイン会場・エルドラドステージは立錐の余地もない大盛況。登場するなり観客のハートをガッチリつかむヒロノブ氏。巧い。明るい。なによりも笑顔が素晴らしい。光が溢れこぼれるような笑顔。
スターとは、タレントとはこういうもの、と言いたくなるような華々しさ。
全身で刻むビートの確かさが明朗さを倍加する。ステージングの妙。よどみないトーク。

熱唱が続いた後、アコースティックギターを手にするヒロノブ氏。

「デビューが35年前なんですけど、その時、初めて人前でミッシェルと呼ばれたのは、実はこのとしまえんのステージだったんですよ」

れれれ レイジーのことですねっ

35年前。私はまだセーラー服の学生だった。いまだオタクになってはおらず、マンガこそ人並み以上に好きではあったが、ベイ・シティ・ローラーズやジャニタレをキャーキャー追っかけるごくごく普通の女子だった。その頃、確かにレイジーというグループが存在し始めたことを覚えている。

ギターを爪弾きながら、歌謡曲風のナンバーを歌い始めるヒロノブ氏。赤ずきんちゃん御用心。確かに聞き覚えのある歌。気分はすっかりセーラー服のあの頃、まだ少女だった頃の気分に戻るのだった。

そして次の曲。アコギのまま弾き語る、バラード調の「牙狼~SAVIOR IN THE DARK~」
私の大好きな一曲。魂の歌と呼ぶグループに確実に入れる一曲。
本来は激しい曲を、あえてしっとり情感たっぷりと。

繰り返し語ってきたが、私はアニソンには祈りのようなものが必要だと考える。
それと同時に、「この世ならざるもの」を見て、感じ取って、それを伝える能力が必須だと考える。
この世そのもの感情や感動や思いや切なさなんぞは、普通のポップスその他に任せておけば済むことだ。

アニソンにはアニソンにしか出来ないことがあり、アニソンにのみ課せられた使命がある。
それは、未だ知らぬもの、未だ見たこともない世界、未だに誰にも手の届かない理想の高みを示すことにある。
未知への扉。未知へ挑む勇気、気概、希望。
それを奮い起こさせ、前へ進む力を与えること。未見なる神秘の素晴らしさを教えること。理想を追い求める姿勢を示すこと。

想像すること。目の前に無いものを想像すること。それを現実にするための力を求めること。
アニソンが喚起する心とはそういうものなのだ。
故に、歌い手にもその心、その能力がふんだんに必要とされるのだ。

自身で作詞作曲も手がけ、手ずからギターを弾き語るヒロノブ氏。その夢の精髄のような一曲がこの牙狼の歌だと思う。素晴らしかった。涙ポロポロ。

ジェットマンのエンディング、真ゲッターの歌、僕たちは天使だった、名曲ばかり続く。
そしていよいよ最後の一曲だと言う。

「聖闘士星矢ー!」

えっ ソレ? 一瞬、脳裏に疑問符乱舞。いや代表曲だし大ヒットだし誰でも知ってるし続編やってたし。
でも、でも、まだアレを歌ってないじゃないですか。客席の最後尾には、あからさまにそれを待っていると思しきコスプレの一団も居られるというのに、アレを歌わず帰るんですか?

大盛り上がりで聖闘士星矢が終わり、舞台袖に消えるヒロノブ氏。
当然、両手を打ち鳴らし、怒涛のようなアンコールである。エルドラドステージがまさに一つになった瞬間。
アンコール! アンコール! アンコール! 

「アレを聴かずに帰れるかー!!」

拍手に包まれて再登場のヒロノブ氏。
アンコール曲は当然、理の当然、コレである。

「CHA-LA HEAD-CHA-LA」

最前までステージで活躍していたドラゴンボールショーのキャラさんたちも登場して、白熱のうちにライブは終了。

まるで振りこぼれる陽光のようだったステージ。赤褐色の明朗オーラ。
聴いてるだけで病み上がりの身体に活力が湧いてきた。
あんな風に歌えたらどんなに良いだろう。
ああ、アニソンって、本当に良いな。またカラオケ行って、思い切り歌いたいな、そう思いながらフリマを冷やかして帰宅したのだった。

アニソン万歳。
アニソンよ永遠なれ。
アニソンよ、願わくば金の亡者の餌食となるともその輝き損なうなかれ。
その存在意義こそは、生命そのもののそれと同一なればこそ。

2012. 07. 16  
気が滅入ってばかりなのも何なので、ハマってる歌について書くわよっ。

先日のエントリでも紹介した、西洋の軍歌集に異様にハマってしまった。
特に、冒頭の2曲、「フリードリヒ大王の歌」と「ラインの守り」が脳内をグルグル回り続けて止まらない。

こういう、一定の曲が脳にこびりついてリピートされ続けるという状態に対する最も効率の良い対処は
「イヤになるまで徹底的に聴き続けること」
である。
というわけで散々聴いている。それでも、ドイツ語の歌詞が聞き取れるわけでない。
歌いたいんだけどなぁ。でもドイツ語マジわかんないなぁ。いっそ日本語に訳しちゃおうか。でもそもそもどんな歌詞なんだろうか……?

ハイ、ググれば一発ですね。まったく、インターネットは最高だぜ。

で、フリードリヒ大王の歌の歌詞へのリンク。

でも、ちょっとピンと来ないのよねぇ。
この歌詞、素晴らしく練られた美文だけど、この語句の麗しさと、歌の調子っつーかノリっつーか、そういうのが妙にそぐわないというか。
もっと、軍の将兵すみずみまで、それこそド田舎から徴用されたての小僧っ子に至るまで、覚えて、親しんで、ノリノリで進軍できるような、そんな言葉で歌われていたのじゃないのかなぁ、と思うのだけど。
ぶっちゃけ、もっと平易な、砕けた、ガラッパチなイメージじゃなかったのかな。
こんな感じの。

「フランス兵が貰うのはポマードだってさ
 オレ達ゃ毎週、金貨に銀貨
 イスラム、十字架、稲妻野郎もメじゃないぜ
 プロイセンほどたんまり貰える兵士はいないのさ!」


このあたりはドイツ語に詳しい方のご意見を聞きたいところ。

で、ラインの守りという歌はドイツの誇りを象徴する歌の1つらしく、実に実に響きもリズムかっこいい。厨二心にジンジン来るね。

ラインの守りの歌詞。

この歌の方は、この訳詞の美文調が全く違和感無くピッタリはまると思う。



さて、「玉葱の歌」というのを聴いてビックリ。
パッキャラマド パッキャラマドって、あーたそれって。クラリネットが壊れちゃう歌じゃんか!?
それとも、この軍歌を子供がこっそりパパのクラリネットで吹こうとして、壊しちゃったって歌だったのか?w

ナポレオン時代の歌らしいけど

  玉ねぎ大好き、玉ねぎサイコー、油で揚げたらもうサイコー
  だけどオーストリアのボケどもよ、てめーらに食わせる玉ねぎは無ぇ! 

という、実にシンプルで判りやすい内容。
そういえば玉ねぎを油で炒めたものが、フランス料理の味の基本だったよなぁ、とあさっての方向の知識がリンクして、成る程成る程、と楽しくなるのだった。


ロシアの「スラブ娘の別れ」という歌も、哀感帯びたメロディーがとても良い。日本人の魂をくすぐってくるメロディーだという気がする。
ただこの歌は、あまりに多くの陣営で愛唱されたので、歌詞の決定版は無いらしい。


トルコのジェッディン・デデンなども含め、こういう歌の詞をあれこれ見ていくと、どれにも実に似通った、共通のパターンがあることが判る。

陣営がどれほど違おうと。敵対している同士だろうと。時代が隔たろうと海を越えようと人種も文化も違おうとも。
お互いがそれぞれの歌を歌い、血みどろの殺し合いをしていようとも。
人間の思いのみなもとは同じであり、同じリズムで同じ思いを歌っているのだ、ということが判るわけでございますよ。

2011. 12. 23  
ご贔屓シンガーの絢香ちゃんが2年ぶりに復帰するというのでミュージックステーションを観る。

が、しかし。スペシャルライブとのことで放送枠が長大。いったい彼女はどこで観られるのか? 好みでない歌ばかり流れるし、多分後半だろうと山をかけていったん離脱。

ようやっと司会が絢香ちゃんの名を呼んだのでTVの前にすっ飛び。
2曲を立て続けに歌う絢香ちゃん。
むむ、さすがにちょっと声が苦しそう。それでも、ここぞというサビの響かせ具合は見事な深み。
彼女の声は低音の響きがたぐいまれなので、そこをもっと活かすと良いのにな、などと思いつつ。

音楽番組を観るのは久しぶりで、ざーっと他の若い女性の歌い方も観察していたのだが、やたらと高音を釣り上げるように歌うのは今の流行りかなにかなのかな。それがどれも対して綺麗でも響いてもいない、ただただ張り上げてインパクトばかり狙っているようで、まったく感心しかねる。
確かに高音は注意を惹く作用と、気分を高揚させる作用があるので、売るためのつかみには向いている。
だからって、誰も彼もそれをやっちゃぁなぁ。どいつもこいつも平板。つまらない、まっことつまらないよ。
誰も彼も容姿端麗でなければならない、と思い込んでいるかのような昨今のタレント売りの傾向と同じで、こういうところも現代日本の宿痾みたいなものだと思う。

絢香ちゃんはこういう馬鹿げたトレンドに巻き込まれて欲しくないなぁ。歌声ってのは、トーンより響きが大事なのだから。もちろん彼女はそんなことは百も承知だとは思うけど。

それにしても、タモさんとの会話で24歳って言うのを聞いて、あらためてビックリする。その若さでその風格ですか。まとってる空気からして違うね。大御所とまでは言わないけれど、御所くらいのムードはすでにある。

そして、詩が良かった。良いこと書くなぁと素直に感動できる歌。
来年はアルバムもツアーもあるそうで、身体に気をつけて頑張って欲しい。

彼女のような人にとって歌うことは生きること。
歌えないことこそ不幸。
大勢の人に聴いてもらうことこそが糧。

うまく歯車が回りさえすれば、綺麗に回路が全開になってもっともっと声が良く出るようになると思う。紅白も楽しみです。



ファンクラブも入ってあげたいけれど、いかんせん、ヒロ君の方に立ち上げ直後に脊髄反射で入っちゃって、貧乏暮らしではさすがに二人分は払えんわー(´・ω・`)

会費、ちょっと高い気がしたけど、こちらはこちらで待望の「文章」が会員限定で読めるってんで、抑えが効かなかったのよねヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

2011. 10. 05  
ももクロちゃんたち、可愛いなぁ。

ベテラン脚本家の伊藤和典氏もハマっていると聞いて、そのキッカケとなったらしい紹介映像を観た。

やっぱり凄い。
何が凄いって、この子たち、口パクじゃないんである。ライブ映像において、動きに合わせて音がよれまくっている。つまり、誤魔化し無しのガチなんである。そして全力。手抜き無し。精一杯。
その結果として、まったく上手くないんである。洗練の欠片も無いんである。スマートの真逆なんである。衣装もゴテゴテとケバケバしくて、フィット感が無くて、やたらと太って見える。要するに、ダサい。歌唱力は並、お顔も普通。

つまり、凄いんである。これだけマイナスのカードを並べて、それでもなおかつ魅力を放っているという点がとにかく凄い。
彼女たちの魅力のキーワードはズバリ「全力」。
必死なまでに全力。一所懸命。頑張りすぎ。これはダサさに直結する要素であるが、それをまったく誤魔化さない。
洗練が無い。洗練を追求できるほどの実力は無いんである。そして、それをあけすけに表に出すことで逆に武器にしている。

飾らない。

カッコつけない。

若さとスピードと勢い、それだけしか売れるものは無い、という事実を正直に包み隠さず表現しているのだ。
これは、虚飾が正義と化した平成日本の精神文化に対するカウンターパンチ、堂々たる正拳突きである。

そして、そのストレート豪速球にまぶされている要素が、現実離れしたフィクション性。アニメのような衣装や歌詞、プロモーション映像。
生々しい全力っぷりと、浮世離れしたイメージの統合。結果として異様なまでにドラマチックなパフォーマンスとなっている。
昭和ど真ん中生まれの婆は、この見せ方に、ありありとピンク・レディーを思い出す。
もちろんそこは21世紀であるので、より過激な、アグレッシブな、ハイテンポの音と踊りになっているのだけど。つくづく、前山田健一氏という稀有な才能との出会いは幸運だったと思う。

さいぜん、歌唱力は並と書いたが、これには裏の意味があって、あれだけ派手に動き回りながら並の歌を出せるというのは実はムチャクチャ凄いことでもあるのだ。おそらく、ごく幼いころから歌と踊りの訓練を積み重ねてきているのだろう。それもかなりハードな。習い事程度の修練でここまでやれるはずはない。


疲れを知らない子供のパワー。青春期にだけ可能な闇雲なスピード。大人になれば否応なく失われる純粋さ。
それらが余すことなく発揮されるももいろクローバーZ。
言うまでも無くこの魅力は完全なる一過性だ。まさに今だけ咲き誇る花だ。あと3年も経てば、どんな無惨な骸をさらすことやら考えるだけでも恐ろしい。夫の人の言うことにゃ
「全力で応援したいが、応援しないことに決めた」
何年か後には確実に訪れる惨状を思うと……ということらしい。彼女たち自身がどうこうというより、手のひら返しがあまりに露骨な世間の反応やら何やら、そういうものをすべて含めた状況変化に巻き込まれるのが切なくてイヤであるらしい。

だったら。だからこそ。今、まさに今応援しなくてどうする! と私は思ってしまうわけだけど。
でも私は思う。常識的に考えれば、若さが売りのアイドルの寿命は短い。だけどももクロには、常識外の可能性がある気がするのだ。
カッコつけないこと。
直球であること。
フィクション性を見せること。
この3つを保持する限り、3年後も5年後もやっていける可能性はある。
特に重要なのは最後の点。フィクションを見せること。これは、自分自身がフィクションにならねばならない通常のアイドル性とは相反する点である。
自分そのものを幻想として売るアイドル、という立場から立脚点をずらし、客観的に自分たちを捉えた上で、何を見せていくのか、どう演出していくのか、を追求していかねばならない。演者であると同時に演出家にならねばならない。プロデューサー的でなければならない。至難の道である。
だがこの事を、あのユニットの全員が理解できているのなら、ももいろクローバーZは一過性の花で終わらずに済むだろう。
どうかすべてが善くあれますように。

2009. 12. 10  
最近のお気に入りで、特に朝にヘビロテしているのが、「アルヴァマー序曲」

本来、もっとゆったりテンポで演奏される曲らしいが、私個人はこの速度でないとイヤである。

以前、私の葬儀にかけて欲しい曲として、マーラー5番最終章(指揮はゲオルク・ショルティだよっ、これ以外は許さないよっ)を挙げておいたが、このアルヴァマー序曲も外しがたい。そうだなぁ、じゃぁ出棺時にマーラー、この曲は、式次第の〆、追い出し時にもっとも相応しいかな。

こうしてどこかに書いておかないと、忘れてしまうから。わからなくなって適当なことをされるのもちょいとヤダもんね。
まぁ実際は事実葬でまったくかまわないけど。墓も要らない。灰をどこでもいいから海にまくべし。
世界中どこでも海に花を放り込めばそれが私への墓参り、になるから。便利でいいでしょ。


さて、萩尾望都様40周年記念展、いよいよ開催迫る!

これはなんとしてでも行っておかないとね。

モー様の作品にハズレ無し、まさに奇跡のクリエイターであらせられるわけですが、かつてはとにかく銀の三角やスター・レッドが何より好きではあったけど、最近やっぱりシミジミ心に迫るのは、残酷な神が支配する、と、バルバラ異界。年季が入るほど練れてる感。

2009. 04. 20  
うひょー



歌は1分50秒あたりから。
年輪と無垢が同居している。
ただひたすら歌が好きで好きで生きてきた感じだ。
youtubeで3000万を超えるヒットを記録した以上、彼女のこれから先の人生は波瀾万丈になるかもしれないけれど、なにがどうなっていったとしても、この瞬間のこの煌めきは伝説として残るだろうと思う。

プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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