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2006. 01. 30  
 マイミクのSさんが九州から上京してきたので、迎撃するべく夫の人と秋葉原へ。オタク中年歌唱団以来の、思えば古い付き合いであり、逢うのはとても久しぶり、SF大会で良くお会いしていた方達もご一緒だ。

 当然、行くのはアニソン好きの聖地・パセラ秋葉原店である!

 古いロボットアニメのOP・ED集をずっとモニターが流していたので、これを見るのがとても楽しくしばらくあれこれ歓談。

 思うに、脳がかなりユルくなってきている昨今の私は、「萌え脳汁」が所かまわず分泌されてはあっさり消えて行く状態になっているらしく(後に残らない)、ハイネル見れば萌え~、リヒテル見ては萌え~、ガイキング出ても萌え~。萌えキャラ&萌えメカリストなんか作ったら凄い量になりそうだと思ったことであった。

 Sさんのアニソン技量にはますます磨きがかかっていたし、夫の人の美声はやはり天の賜物クラスだなぁ、と改めて感心したり。いやぁ、夫の人はぶっちゃけ物凄まじい音痴なんだけど、あのつやつやした美声は多少の事は補って余りある。とはいえ、夫の人は実は学生時代ずーっと演劇部でならしたツワモノでもあり、発声法なんてのは骨身に染み付いているLVで習得済み。基礎は大事だ、ということだね。

 すこし遅れて、やはりマイミクのM嬢が合流。これまた久しぶり・・・・・・ぬぉぉ、そのアンチエイジング振りは何事!? 知性と教養、豊かな感性と論理性を併せ持つ、大変にアグレッシブな女性であり、あの破格のパワーがお肌の張りも支えているのであろうか。

 カラオケもとにかく楽しいのだが、今度逢える機会があれば、ゆっくりオタトークもしたいですね!

 引退状態となってるSF大会詣でだけど、来年あたりワールドコンが日本で開催らしいので、たぶん一生一度のことだろうし(アメリカ以外でのワールドコン開催は4年に一度しかないので)、これは是非参加の方向で♪


 この日は朝からバスケの練習で息子が不在。ここぞとばかり、仮面ライダーカブトの初回をリビングのTVで流す夫の人。(ライダーは息子が蛇蝎の如く嫌いぬいているので彼が在宅だと出来ないのである)

 主人公の役者が、シリアス演技となると驚愕モノの大根っぷりを発揮していたとはいえ、これは慣れて育っていける感じの大根だろう、と感じた。目力が大変印象的で、たたずまいに個性とインパクトがある。中々の上玉と言ってよろしかろう。
 内容はなかなかまとまっていて良かった。平成ライダーの基本がガッチリ押さえられているのではないだろうか。「主人公イケメン」「カッコイイ絵作り」そして「正義と悪との対立が曖昧」。なにせ主人公の所属組織ってのが、怪人を撃破するためになら一般人を弾幕に巻き込むことも厭わない、という超極悪糞っぷりを発揮するのを1話から明確に見せているわけだから。続けて視聴するかどうかは気分次第だけど。

 そのあとダダ流しになった「プリキュア」のOPを聴いて、今日に至るまで「ぷりぷり~きゅあきゅあぁ~♪」のフレーズが頭から離れなくなっちまったのだがどうしたものだか? アニメ主題歌としての正統性を如何なく実現しているこの作品が大人気を取り、シリーズ化に至ったのは当然のことであり、他の作品にも「見習えボケー!」と叫びたいところではある。



FFXIちょっぴり話*****引き続きコルセアAFについて*****

 夫の人に公式ページのコルセアAFの画面を見せたら
「こんなモノが着たいんですか?!!!??」
 と仰天されてしまった。

 わわわ悪かったな! 私はフリルヒラヒラ、ドレープサラサラ、そーゆー服は大好きなんだよっ!

「心の底からそういうのは嫌いなんだとばかり」

 ピンクハウスもインゲボルグもゴスロリだって大好きだい!ヽ(`Д´)ノ
 リアルじゃ似合わないから着ないだけだいっヽ(`Д´)ノヽ(`Д´)ノ
 仮想世界でくらい思う存分オシャレしたってエエじゃないか♪ エエじゃないか♪
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2006. 01. 27  
FFXI濃い話******判らない方大変申し訳ありません*******

 ついに新追加ディスク「アトルガンの秘宝」の発売日が発表となった。

 4月20日。

 桜咲いたら隠遁終了・・・・・・になるのかどうかの予定は未定。

 あー? 昨日の事なんか覚えちゃいねぇや。(老人ボケ)
 明日? そんな先のこと判るかい。(ポックリ死ぬかも)


 一緒に発表されたのが、追加される新ジョブ「コルセア」の存在。

 短銃を得意とし、支援効果のある弾丸を撃ちつつ、FF6でセッツァー(きゃーっ! キャーッ! きゃぁぁぁああぁぁ激萌え♪)がこなしていた「ギャンブラー」としてのジョブ特性を持つジョブらしい。

 コルセアとは中近東で暴れていた海賊の名称だそうな。


 で、AFも公開されたわけだが、もうこれがなんというかかんというか、凶悪なほどツボにハマる姿なのだった。

 フリルふりふり! レースぴらぴら! アクセサリーはじゃーらじゃら。オマケにピンク。ピンクピンクピンクーーーっ!!!

「女の子なの、ピンク着せるのよぉーっ」byシェレンママ


 ふっ。
 困ったわね。この私に
「着てください」
 と言わんばかりのこのデザイン。
 華麗なるエルメスF6以上にこの衣装が似合うキャラなどいるわけございませんのことよ、ホホホ♪


 しっかしインフレ対策で魔弾実装しろ! と書いた直後にまさかマジで魔弾使いが公表されるとは思わなかったなぁ。
 いや、私が想定した魔弾とはそりゃぁ全然違うんだけどさ。
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2006. 01. 25  
 キュートなガルカUちゃんからバトンが来たよ。

 Q自分を色にたとえると?
 
 A可視光線全波長カバーのレインボーカラー。

 Uちゃんはパッションピンクと言ってくれた♪


 Q自分を動物にたとえると?
 
 Aいやぁ、「私」ってだけで既にケダモノかと。

 
 Q自分を好きなキャラに例えると?(漫画や映画、何でも可)

 Aこれまた「私」ってだけで既にキャラが立ちすぎていて例えるのは不可能事だと思われ。


 Q自分を食べ物にたとえると?

 A満漢全席。




 さて話は変わって、週間アスキー最新号の「週アス女子部」の投稿を呼んで転げまわって笑う。

 親族の葬儀のために楽しみにしていたイベントに行けなくなって落ちこむ妻に、そのイベントでもらえるはずだったグッズをネットオークションで落札してプレゼントしようとした夫の思いやり。
 だがその先に起きたことは?!

 良いねぇ。ドラマだよ。ペーソスだよ。これぞ人生って気がするよ。

 O・ヘンリーの有名な短編「賢者の贈り物」というのを思い出した。これはこよなく美しい物語だが、子供心にも「売っ払った髪はまた伸びるけど、時計はもう戻らないじゃん!」と突っ込まずにはいられない構造は持っていたわけだ。

 現実は現実。物語は物語。双方相容れない部分は当然ある。
 大事なのは、それをごっちゃにしないでけじめをつけて、ニュートラルにどちらも認めることかも知れないね。


 さてと、私の人生にわたる最愛の「オールレンジ瞬間撃滅級超絶美形キャラ」アルド・ナリス様の若かりし日の外伝がまた出版されたようだから書店にすっ飛びしようかね!
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2006. 01. 23  
 こんなの見つけちゃって。http://bom-ba-ye.com/c.cgi?tcopuranai=1


 で、ついやっちゃって。

***結果***

あなたのマニア度は103パワー です!
かなり高い数値ですね。あなたはすでに「○○マニア」と呼ばれている事でしょう。
その事に対するこだわりは他の追随を許しません。
しかし自分で楽しむ分にはいいのですが、他人にその価値観を押し付けてしまうと
友人・知人も離れていってしまうかもしれません。気をつけましょう。



あなたの危険度は102パワー !高いレベルの危険性を秘めています。
社会に不満はありませんか?友人に不満はありませんか?親に不満はありませんか?もしあったとしても、思うが侭に行動にうつすのではなく少し考えましょう。
それがあなたにとって一番幸せな選択でしょう。

あなたの萌え度は116パワー !つねに萌え萌えです。
あなたはおそらく、ゲームやアニメ、漫画を見るたびに「○○ってかわいく(かっこよく)ない?」
とか言ってる事でしょう。気持ちは私もよくわかります。しかし、もっと現実を見つめて下さい。
確かに現実の異性は自分の思った通りにいかないかもしれませんが、それもまた一興。きっとゲームよりも面白い事でしょう。

あなたのさわやか度は7パワー です。さわやかとはちょっと縁遠いかも。
知らないうちにファッション等、人目を気にしなくなっているのでは?
もちろん、外見なんて自分が気にしなければいいのです。人間は中身!
しかし、外身を気にするのもたまにはいいかと思いますよ。


迷惑度92パワー !これは高い数値です。
あなたの行動は、知らず知らずのうちに他人を不快にしています。
自分を見つめなおして下さい。そして周りもよく見てください。
自分の事だけを考え、自分だけが楽しければいいという考えを捨て、
もっと常識を持ちましょう。
それが嫌ならば止めはしませんが・・・。

あなたの煩悩度は95パワー !なかなか高い煩悩度ですね。
きっとあなたの頭の中は色々な妄想でいっぱいでしょう。
あなた程の煩悩の持ち主が、その煩悩の赴くままに行動すれば
18禁漫画やビデオ等はまず日本から消え失せるかもしれません。
自分の首を絞めない為にも、少々のガマンは必要でしょう。



あなたの潜在能力は136パワー !素晴らしい才能です!
あなたはオタクとしての才能を誰よりも強く持っていながら、それがまだ眠っている状態です。
さあ目覚めるのです名無しさん。オタク社会はきっとあなたを快く迎え入れてくれる事でしょう!

*********

 ふっ。我がオタク人生に悔い無し。



******FFXIインフレ話*******ヴァナ人にしか意味の無い内容

 インフレが続くヴァナ・ディール。1千万単位の品も当たり前になってきたらしい。
 
 1キャラが所持ギルの上限が1億-1ギルという縛りがある以上、遠からずギルの意味が無いも同然になり、物々交換がヴァナ経済の主流を占める日が来るかもしれない。

 これについての運営側の対策は未だに何も発表されてはいないが
「今回のVUで1キャラが持てるギルの上限を100億ギルにしました」
 てなパッチが当たるって日にゃぁ、イヤな意味での脳汁が出るかもしれない。


 システムによるギル回収の手段を増やすのが良いと思い、いろいろ妄想。

その1♪

 チョコボを越える高速移動手段の導入。ハウルの動く城に出てきた飛行機械みたいなものなどどうだろう。フィールドならどこでも使えて、低空浮遊なので段差や穴をものともせずに一直線。
 で、これをね、遊園地の100円入れる乗り物みたいに「ギルで作動、ギルで延長」にする。

 さらに「ギルで加速」てなモードも付ければ、HNM狩り競争にシノギを削る富豪さんたちが10万でも20万でも突っ込むんじゃないかと思われ。


その2♪

 リネ2で使っていたSS、通称「魔弾」。常時消費することで物理攻撃、魔法全般、共にアップするアイテム。

 こーゆーのを「NPC売りオンリー、エクレア属性、合成不可能」にして導入しちまえ!

 メリポをガンガン稼ぎたい富豪さんたちが100万でも200万でも以下同文。

その3♪

 以前にも書いたけど「不思議なダンジョン」の実装。
 1Fから99Fまでフロアがあって、LV1から開始。フロアが進むと自分と敵のLVも上がる。中に入ると持ち物全部はぎ取られて丸裸。敵がアイテムをボロボロ落すのでそれ拾って戦闘。
 そして、「ダンジョン出たら再び丸裸」残るのは稼いだ経験のみ。

 入場料が5万だろうが100万だろうが以下同文。
 アホみたいに高騰した装備を買わずとも経験値とメリポが稼げるってことで、インフレ抑止力も大いに期待できると思うが如何。

 3LV以上差がつくとPT組めない、というFFXI最大の問題点も一気に解消なんだがなぁ。




番外♪

 女性向けオシャレ装備の追加。花嫁衣裳だけだなんてつまらなさ杉だから。
 無論エクレアNPC売りオンリー合成不可ね!!!

 あ、大金払って整形手術ってのもいいかな。自分の顔を自分好みにエディット変更。
 だって同じ顔ばっかいてイヤにならんか? 個性を出すために大富豪さんたちが以下同文!




 どれか一つでも実装されたらObleen即隠遁終了。

 ギル上限開放実装だったら引退!ヽ(`Д´)ノ
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2006. 01. 20  
 が、終ってしまった。
 毎月のお楽しみだったのに! 
 なんだかいきなり打ち切り、みたいな感じでバタバタと、事も無げに終了してしまい、残念である。
 まぁ、オタク腐女子を主人公にここまで連載が続いたという事だけとっても奇跡かもしれないので、いいのかな。
 
 腐女子オタクであることをイケメン彼氏にどうしてもカミングアウトできず、だからといって彼氏をないがしろにしてでもオタク道を邁進してしまう自分を変えることもできず、苦悩と耽溺の繰り返しの日々を送る彼女がどう変化、成長していくのかが楽しみではあったのだ。

 彼女の趣味嗜好を理解しながらそれをとことんバカにする、悪態言い合いながらも絆のある男友達と結ばれるのがホントの幸せに繋がるのじゃないか? と思ったり、突如あらわれた別タイプのイケメン、しかも正真正銘のオタクに言い寄られて、まだこっちの方が相手としていいのではないか? と思ったり。

 彼女が腐女子であることについて何の心配もするはずもない。ずっとそれを貫いて、中高年に差し掛かっている人はいくらでもいる。それはそれで良い人生なのである。

 問題だと思っていたのは、彼女が自分を変えることが出来ないという自覚を持ったまま、恋人に自分の真実を告げることも出来ず、偽り、誤魔化し、逃避を繰り返していた、ということだ。

 そんな恋愛関係が幸せな実を結べるはずはないではないか。

 この問題にだけはきっちりと前向きな答えを出して欲しかったのだが、済し崩し的に何も変わらないまま終ってしまった。

 結局、そういうことにちゃんと答えを出せるようになったなら、その人はもう腐女子から卒業可能なのかもしれない。

 なんだ、じゃぁこの最終回で良いのか。良いというか、これしかないのか。じゃ仕方ないかな、アハハ。
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2006. 01. 17  
 脳年齢をチェック! とかいうサイトであれこれ答えてみる。

「あなたの脳年齢は47歳です。細かい脳梗塞が起きている可能性があります。病院での検査をお薦めします。脳活動停止まであと5年」

 なんじゃこりゃ。もうじき43歳なので脳年齢が実年齢よりわずかばかり上なのは全く気にしないとしても、聞き捨てなら無いのが「脳活動停止まで5年」!

 まぁ確かに最近、いろんな意味で脳がゆるくって。こだわりとか、カリカリすることが減って、大抵のことは「まぁどーでもいいや」で済んでしまうという、かつての私では考えられないほどストレスの減少した日々であり、それはそれで大変結構な事だと思っている。

 まともな脳機能が後5年くらいしかもたない、としたらさすがに不安が皆無というわけでもないが、「なるようになるんじゃないのぉ?」とやっぱり結構気楽である。

 息子もメキメキ成長しつつあり、母親としての義務もほぼ終焉が近い。たくさんのモノを見てきた。たくさんの事を知った。まだまだ世界と人生は面白がるに値するものだとは思うが、なんとなく一区切りもついた気分でもあり、いつ人生が終ったとしても別にかまわない。

 イヤなのは、大病をして苦しみぬくとか、周りに迷惑と心配と嘆きをかける存在になることである。

 5年で脳機能停止するとしたら、ポックリ突然死が希望だねъ(`ー゜)!
 安楽死できる国にでも行くかな? オランダとかさ。
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2006. 01. 10  
 さて新春ドラマ「里見八犬伝」を全部観たわけだ。

 結論から言うと、DVD出たら買うかもしれない。
 それぐらい気に入った!

 言っておくけど、幼少の頃より「新八犬伝」に脳底までどっぷり束縛されている私がここまで喜ぶってのはよっぽどの事だからね!!!?

 勿論手放しで褒めるわけも無くて、終盤には大いに不満は残る。大合戦以降のシナリオは「さすがにやっぱり無理があったか」と言うしかないものだった。尺も足りないし。
 何倍もの大軍を撃破するために、一騎当千の勇士八人の投入で戦局がどうにかできるか、なんてのを真っ当にやるとしたらそれだけで2時間以上欲しいしね。もういっそ水木しげる式に「壮絶な闘いだったがなんとか勝った」ってことにして置けば良かったのに、ガチ戦描くんだもん。真摯な情熱と生真面目さを持った制作スタッフであったろうことは痛いほど伝わってきたけど、あそこだけはそこが裏目に出た印象だ。

 出演者がまたどれもこれも素晴らしいハマリっぷりと熱演で、脳汁と涎出まくりの数時間。イイ男好きの私にゃ悶絶モノ。一人一人語ってちゃぁキリも無いので、あえてヒロイン(マテw)玉梓について述べてみようと思う。

 本来、里見家だけに怨念を持って悪霊と化した玉梓ではあるが、その悪意は「人間が背負う業」そのものを認識し、責める立ち位置から発せられていた。この視点がとても斬新だったと思う。

 ベッタベタな解釈をするならば、玉梓の言ってる事やってる事は概ね「男社会で虐げられてきた女のルサンチマン」ってことにもなっちまいますがね。

「男はいつもそうだ」「男など、こういうものだ」と彼女が語る、男の部分は「人間」と置き換えちまって良いのである。

 人間が持つ業そのものを糾弾する玉梓を、金腕大輔(前回の日記で見事に字を間違えていた)の謝罪と自害抜きにどう鎮め祓うのかが最大の興味だったが、まぁ見事に拍子抜けな展開となってしまったのはもう一つの残念ではある。


 さて、人としてあるべき道。それを深い形で示すために「人であって人でない存在」が必要である理由とは何か?

 人間の抱える業、あるいは原罪。それを大いなる闇としてみよう。
 それだけになってしまったものはもはや人間ではないモノとして扱われる。玉梓のように怨霊であったり、あるいは怪物、悪魔、であったり。

 そして大いなる闇を打ち砕くには強烈な光が必要になるのだ。

 闇を持たず、業を持たず、人の持つべき魂のみに生きる存在。
 だが、これだってやはりもはや人間ではないモノなのだ。人は光と闇のぐちゃぐちゃになった混沌そのものだからである。どっちを切り捨てても、それはもう人ではありえない、ということなのだ。

 仁義礼智忠信孝悌。これが人のあるべき魂だとしたら、玉梓の責める業、罪、闇、それもまた人間らしさというものに他ならない。

 原作の玉梓は私怨によって祟っていたので、彼女をその手で斬り殺した金腕大輔が詫びて腹を切ることで浄化が可能だった。

 ならば業そのものを背負ったドラマの玉梓を浄化せしめるために必要だったものは何か?
 人であって人でない存在の八犬士たちが、自分たちの生き様を貫いて、周囲にいる多くの人々も感化していった過程も見せて、「だからこそ仁義礼智忠信孝悌を守るのだ!」という主張を明確に叩きつける、という形が最善だったのではなかろうか。

 信乃の構えた村雨丸に、光の八文字が浮き出ていた、というそれだけが僅かに救いであったが、どうにもこのあたりの説得力が欠けていたのが惜しまれる。

 ちなみに原作の八犬士、人と犬との子たる勇士たちの最後というのは、完璧に人と違う存在となって俗世を離れていく、というものであった。羽化登仙、という言葉で語られていたはずである。

 まったき闇が人間にとって害悪であるのと同様に、まったき光も延々と人の世に在り続けるわけにはいかないのである。ある意味、人間にとって闇と同じ破壊力を持つはた迷惑なものにもなるからである。

 ヒーローって引き際も大事だって事でひとつ。
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2006. 01. 06  
 夫の人がハードディスクに保存した新年ドラマ「里見八犬伝」をDVDにしてくれたので鑑賞開始。
・・・・・・名刀村雨を譲られるシーンあたりで酷いモザイクノイズが出て、ストップ。あーん。

 でまぁ、そこまで観ただけだが、とにかく冒頭で驚愕しているのでそのことについて。

 こともあろうに八犬伝だというのに八房が出てこないのだ!!!

 これはすなわち、八犬伝という物語の一番の大元の根幹、テーマの真髄、なにより大事であるはずの礎のようなものを木端微塵にしているも同然なのである。


 それがどういうことなのか、ではざっと、八犬士の本当の由来を解説しよう!


 時は戦国、安房の国、里見家の領主は他国とのいくさを続けていたが、敗色濃く、もはや絶体絶命であった。
 里見家には伏姫という麗しい姫と、その姫が子供のころから家族同然に可愛がっていた八房という巨大な犬がいた。

 領主は負けいくさに絶望したあまり、冗談交じりに犬の八房に語りかける。
「お前が敵の大将の首を取って来てくれたなら、姫をお前にくれてやってもよいぞ」

 八房は屋敷を出て行き、本当に敵の総大将の血塗れの生首をくわえて里見家に戻ってきたのだった。

 大将を喪い、総崩れとなった敵軍が引き上げ、戦勝に酔う里見家であったが、勝ったとなると領主は犬にしてやった約束などただの冗談、なかったことにしてしまいたくなったのだった。

「何が哀しくて、大切な姫を犬畜生などにくれてやらねばならぬのだ。せいぜい美味い肉でも食わせてやっておけ」

 だが、その時以来、八房はなにも口にしようとせず、ただうずくまっているのみ。日に日に衰弱していくその顔が、目が、恨みがましく里見家の領主を責めているかのようである。

 そして里見家の伏姫はある決意を父の領主に告げる。

「たとえ犬畜生が相手であろうとも、ひとたび口にした約束をたがえてはなりません。私は八房とともに家を去ります」

 伏姫は八つの水晶玉を連ねた数珠を首に下げ、八房の背中に乗って遠い山へ篭るために里見家を出て行ったのだった。

 これに耐えかねたのが、姫を慕っていた家臣、金腕大介。
 山に向かい、姫を奪ったにっくき八房を殺し姫を奪い返さんと後を追う。長い彷徨いと探索の果てに、ようやく深い山の中で八房と暮らす姫を見出したのだった。

 だが金腕大介の狙撃により八房とともに姫も斃れてしまう。

 いまわの際に姫が語る。
 信義のためとはいえ、犬と交わりしこの身には深い葛藤があったと。それでも、心優しい八房との日々、こういう最期を迎えることになったさだめに後悔は無く、満足している、と。


 姫が息を引き取り、姫が身につけていた水晶の数珠が宙高く舞い上がってはじけ飛び、それぞれの方向へ散っていった。

「仁義礼智忠信孝悌」の一文字ずつが不思議に浮かび出る八つの宝珠。

 気高き姫と獣との形而上的婚姻によって、人であって人とは異なる八犬士はこうして生まれることとなったのだった。
 さだめの珠に導かれし八人の勇士、それは人としてあるべき魂の具現。心正しく生き、里見家を守り栄えさせるべし、との伏姫の願いの結晶である。



「あー、つまり親の無責任の始末を娘が尻拭いさせられて獣姦の果てに生まれた子供たちだ、と」

 だれがそんな話をしているーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!

 だがベタな解釈ってのはどうしてもこうなっちまうのか。結局、ベタにしか物事を見られない愚かな人々の精神性をおもんぱかってこのくだりは排除されちまったのかねぇ。

 ついでに言うならこの伏姫の父親の領主は、玉梓って女性を一度は助けてやると言いながら舌の根も乾かぬうちに前言を翻して死罪にしてしまい、玉梓は成仏できず怨霊となって里見家に祟り続ける、って設定もあって、こっちのほうはドラマにふんだんに生かされていたわけだけど。


 信義を貫き、正しく生きよ。約をたがえてはならぬ。信頼を裏切ってはならぬ。たとえ相手がなんであれ。

 人と犬との魂の子たる八犬士は、この大前提に存在意義を堅く縛られているのである。

 だがしかし、この設定がスルーされた状態で作られたドラマというのは・・・・・・八犬士たちは束縛から解放された何でもありの自由な存在として描かれるということなのか?

 長いので一気には観られないのだが、イケメンとか逞しいのとか渋いのとかあれこれ取り揃えてあるようで、なかなか楽しみではあるかも。


 余裕があれば日を改めて、「人としてあるべき形」を深く表現するために「人であって人でない」存在の設定が何故必要なのか、ということについても述べてみたい。

 まー、八犬伝ってだけでいともあっさりと理性のタガが吹っ飛ぶ世代としては、あれこれ悪口言いたくなるのは多分止められないかもだけど?

 ノイズが酷かったDVDを、焼き直してくれた夫の人にともかくも感謝!
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2006. 01. 01  
 あけましておめでとうございます。旧年中はいろいろとお世話になりました。今年も宜しくお願いいたします。


 これをもってすべての新年の挨拶と代えさせて頂きますm(_ _)m。




 年頭に、ある一文の抜粋を。

 真のヘルメスにとって世界は『道』であり、『目的地』も『テリトリー』も存在しない。
 常に外界に自己をさらし、その地の地霊と自由に交わりなお留まらない、ラジカルな自由人だ。


 吉川良太郎著「ペロー・ザ・キャット全仕事」あとがきより。


 座右の銘には長いかもなのだが、常に心に留め置きたい概念だと最近思うのだった。風の如く、雲の如くって感じかな。孫氏が晩年名乗っていたという「遊雲居士」みたいなのが理想かなぁ、と。



 2006年が皆様に取りまして良い一年でありますように。
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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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