口八丁よろず日記

1を訊かれりゃ30しゃべるオタク主婦45歳、書きたい放題にも程がある日記。

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星ゆう輝

Author:星ゆう輝
人生45年、オタク歴30余年、母親業18年。
老眼とボケが迅速に進行中。
一人息子が卒業し、のほほんに磨きがかかってきました。

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ポンパドゥール侯爵夫人 2006-06-10-Sat

 ナンシー・ミットフォード著「ポンパドゥール侯爵夫人」を読む。
 ポンパドゥールについて私が知っていることと言えば、彼女が好んだヘアスタイルが一般名称として残ったこと(タイムマシンにお願い、という曲に出てきたりする)と、贅沢の限りを尽くして「我が後には洪水来たれ」(後は野となれ山となれ、と意訳される)と言い放った人物、というこの2点のみだった。

 実はどんな人物だったのか。図書館で伝記を見つけたので借りてみたのである。とても分厚い本で、読み応えがありそうだったのだが、文章は正直言って悪文。また、憶測や思い込みによって筆が滑っていると感じられる箇所も多い。だがそれでも膨大なデータから汲み取れる、ポンパドゥール夫人の人物像というのは読み止められない魅力に満ちていた。

 時は18世紀のフランス。ブルボン王朝が支配するこの時代、王侯貴族たちの恋愛感というものは現代日本とはまるで違うものであった。結婚とは一族や家庭の事情を鑑みて決定される事であり、自由恋愛による結婚というモノはほとんど無く、まかりまちがって結婚相手を本気で愛してしまったりしたら変人扱いされたのである。
 恋愛の自由は結婚して初めて獲得されるものだった。
「王族と下僕にかかわりさえしなければ、何をしようが自由」
 夫は妻の、妻は夫の、自分以外の相手との自由恋愛を当たり前に受け止め、場合によっては支援さえするのが常識だった。

 王族ともなれば、さすがに様々な制約はそこに発生する。フランス宮廷において、王が公式な愛妾を王侯貴族以外から選ぶことは無かった。公式愛妾は宮廷で確固たる地位を認められ、政治に関与も可能な立場でもある。王妃に次ぐ存在。庶民からそういう女性を迎え入れることは在り得なかったのだ。

 だがしかぁっし!! ポンパドゥール夫人は史上初の庶民(ブルジョワだけどね)出身の愛妾となり、20年にわたって宮廷で絶大なる権力を振るうことになった女性だったのである。

 彼女は、美貌とたぐい稀なる才知、人格の美質によってその地位を勝ち得たのであった。
 単に美人だというだけならば、掃いて捨てるほどいる。23歳で宮廷入りし、43歳で病死するまで、王妃を圧倒的に凌ぐ存在として君臨したポンパドゥール夫人。彼女をそこまで成り上がらせた資質とはなんだったのか?

 これはもう簡単に述べることなど到底出来ない、「本当にそこまで凄い人間がいたのか?」と感嘆するほどの多彩な才能。歌姫であり、優秀な演奏家であり、腕の立つコックであり、多数の書を読み、絵画、版画、彫刻もこなし、ファッション・建築・インテリア、多岐に渡るデザイナーであり、園芸、造園を愛し、博物学を愛し、知識人との交流を何より好み、特に女優としての演技力の素晴らしさは玄人裸足、自身で主役と演出をこなしつつ専用劇場で演じられ続けた演目の数々に、国王ルイ15世をはじめとして、貴族たちは我も我もと観劇権を争ったという。

 美を愛し、才気を愛し、麗しい美術工芸品や珍奇な博物のたぐいを金にあかせて蒐集し、あまたの邸と居室は足の踏み場も無いほどにコレクションで埋め尽くされていたという。(そこはかとなくオタクの匂いを嗅ぎ付けた事実は否定しないよ、ウン)

 身分賎しき庶民が宮廷で権勢を持つことに反感を抱く貴族は多く、敵も多かったようだが、普通なら反目の対象であろう正妃にも礼と誠意と献身を尽くし、最期まで関係は良好だったようである。何よりも誰よりも国王ただ一人を愛し、病弱ゆえに30歳で夜伽の床からは退いたが、国王との深い情愛の絆は絶える事は無く、女として王の役に立てなくなったのならば知性で彼を支える立場となろうと、国政にも乗り出すことになる。(残念ながら、政治家としての力量はあまり無かったようだ)

 愛らしい肖像画がいくつも残っているが、「どれも似てなぞいない」と実の弟は嘆いていたそうだ。ハキハキとした声で話し、光の加減で黒にも青にも灰色にも移り変わる瞳をキラキラと輝かせて、誰に対しても正直で優雅な態度を崩さず、どんな美女も彼女の前ではくすんで見えた、と言われる。典型的な「動いてナンボ」の存在だったのだろう。ライブに勝るもの無しというか。いわゆる一つのスーパースター?

 国庫の濫費によってフランス革命の遠因を作ったわけでもあるが、マリー・アントワネットほどの悲劇に翻弄されることもなく、エカテリーナ2世ほどの怪物的辣腕を振るったわけでもなく、映画などの題材になるようなドラマ性には欠ける人生だが、この圧倒的なまでの「人格力」とも呼ぶべきオーラは、現代だからこそ注目され語り直されるべき部分を持っているかもしれない、と思ったのだった。

 ググってみると、彼女の魅力を簡潔にまとめたサイトなどもありますぞ! そういえば「ロココの女王」という二つ名もあったっけ。ああヴェルサイユ行きたい。エルミタージュ美術館も行きたいっ!

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