1を訊かれりゃ30しゃべるオタク主婦45歳、書きたい放題にも程がある日記。
Author:星ゆう輝
人生45年、オタク歴30余年、母親業18年。
老眼とボケが迅速に進行中。
一人息子が卒業し、のほほんに磨きがかかってきました。
体質改善のために、せっせと近所のサウナ付き銭湯に通ったりしている。むくみはずいぶん解消されてきたようだ。
さてちょいとネトゲがらみで身体感覚などについて思うことあるので書いてみたい。
マビノギというゲームの戦闘は今まで見知ってきたMMORPGの戦闘とは一味違う。アクション性が高いので、反射神経の無い私はなかなか上達しない。これは格闘ゲームに慣れてる人なら楽にスキルを使いこなしそうだなぁ、と思いつつ、今日も敵の特攻を避けかねてアボーン・・・・・・は、ともかくとして。
グラフィックがいまいち気に入らないマビノギだが、最高のお気に入りが一つある。それは、かねてからずっとやってみたいと願っていた「殴った後に、思いっきり足で蹴り倒す!」というアクションがあることだ。他にも、スマッシュやクリティカルヒットが決まったときのモーションが実にアグレッシブな演出となっており、これが見ていて結構爽快なのだ。重厚感があってパワフルだ。しかも女性キャラなのにまったく動きに容赦というものが無い、ガッ! と大股を開いてガツーン! と決まる。小気味良いとはこういうことだ。
今までやってきたネトゲでは女性キャラのアクションに大いに不満があった。特にFFXIのエルヴァーン女性は容姿は美しいが武器の構えやアクションがヘタレそのもので、まったく強そうにも見えず重みも無い。エルヴァーン男性とのアクションの差異に実は常に鬱憤は貯まっていたのだ。ヒューム女性もなんだか媚びた印象のモーションばかりだったし、タルタルにかんしてはまぁ・・・・・・女性も男性も「頼むから前線に出てくるな、可愛いのは判ったから」というところだったし、それなりだと思えたのはミスラくらいか。
リネージュ2のモーションはそれなりにジェンダーを感じさせるところは無かったが、こちらはモーションそのものに魅力が欠けていた。全体的に軽薄だった気がする。
で、マビノギのモーションデザイナーというのは、「身体感覚」というのが良く判っている人なのではないか? と思ったのだった。武器をもって暴れるということがどういうことなのか、身体の内から想像できる、身体センスが優良な人が設計したものなのではないだろうか。
身体感覚は別にその動きに長けている人だけが備えるものではない。これはまさにセンスとしか言い様の無いもので、理屈で説明するのは難しいのだが、例えばバレエの基本ポーズの一つであるアラベスク、あれを素人がこなすことは不可能だが、美しいアラベスクを見るだけで、そのポーズをとるためにどういう感覚や筋肉や骨格の支えが必要なのか、を察知出来る人は居る。舞踏の真の価値が判る人というのは、別に自分がその舞踏そのものを見につけている必要は無いのである。
自分が出来なくても、「見ればなんとなく判る」これが身体感覚に優れた人物であると言える。もちろん、そういう人がなにか身体を動かすための修行を積めば、普通の人より早く上達することは良くあることだ。
ただ、運動神経とは若干違うものではあるので、センスがあっても、それに追いつく神経や肉体が育っていなければダメというケースもあるのだが。私はアラベスクのポーズのイメージは出来るが、体の節々が硬直化しすぎていて現実にはほとんど動かない。(正確に言うと開かない)トゥで立つための修練もやっていないし。
だが、これは実際に自分で動く場合の話だ。
自分で動くわけではないが、それを演出して描く場合。つまり例えば、ゲームの戦闘モーションや、アニメで戦闘及び格闘シーンなどを描く場合。
これの出来が良くなるかどうかは、描く人の身体感覚がモノを言うはずである。
このごろはCGで映像を作るケースも増えるわけで、アクションをCGでカッコ良く描く必要性も映像クリエイターには多くなるはずだ。その際に、上っ面の動きをトレースしようとするのか、自らの身体感覚を生かしてデフォルメしているかどうかが成功の可否を分けると思う。
ぶっちゃけると、CGで描かれたアクションというものに私は満足できたためしがほとんど無いのである。無機物の動きはともかく、人間が動くとなると「なんじゃこりゃぁ!」てな馬鹿馬鹿しいモノばかり。実はアニメでもそういうケースが多いのだが。そんな中、クレヨンしんちゃん劇場版で描かれるアクションは随喜の涙モノの素晴らしいものだったことよ。
PCや動画机に張り付く生活のクリエイターに「身体感覚」を磨くためにダンスや格闘技の実地修行をしろ、などとは言えないが、生来のセンスに恵まれている人ならば、良いものをたくさん観ること、観察して想像することがきっと演出や設計や作画に生きてくるはずである。「動いていりゃぁ良いんだろうが」と言わんばかりの空しいハリボテ上っ面アクションには正直ウンザリなのである。構えや動きといものは、実は大変奥深い、精神性にも関わる「道」のようなものなのだと心得てもらいたいものである。
身体感覚についてより明解に判るためのテキストとして鴻上尚史氏著「発生と身体のレッスン」を紹介しておく。名著中の名著。本来は実際に声と体を使う人たちのために書かれた本であるが、表現という仕事に携わる人たち全てに広く読まれるべき内容である、と強くお薦めしておく。
話はどんどん転がって行ってしまうが、アクションの虚しさよりも遥かに最近ウンザリするのは、マンガ、アニメ、ゲームCGなどにおけるキャラクターの顔の描写の酷さだ。
なんだいこのおんなじ様な顔の羅列は! これでキャラクターの書き分けが出来ているつもりか! どいつもコイツも仕事をなめきっている! いやさ、「描くこと」そのものをなめている。随分以前にも書いたが、「キャラを描くことと人間を描くことはまったくの別物である、この差異が判らぬ者はアマの世界から出てくるな!」という気持ちは日増しに増すばかりだ。「人間」を描こうという姿勢あって初めて、まっとうなキャラデザインが出来るのだということを、最近のクリエイターは教えてもらうこともないのだろうか?
もっと人間を良く観ることだ。人間の顔をじっくりと観ることだ。パーツの一つ一つ、輪郭、骨格の差異、表情の奥に秘められたものは何か、人の顔からその人の生きてきた人生まで汲み取る勢いで、ありとあらゆる顔をちゃんと観ることだ。
「えー、だって、流行の画風はこうだし、とにかく可愛いか綺麗でないとダメっしょー」
ドたわけめがぁ! 荷物まとめて実家に帰ってなにか別の地道な職にでも就け! ンな言い訳するような奴ぁ、クリエイターの現場にいる資格なんぞないと思え!
う、つい頭が沸騰してしまった。それくらい、最近のオタクシーンをとりまくキャラデザインの現状というのは劣悪だと感じているのでどうかご勘弁願いたい。
人間観察を生かした絵作りのためのアドバイスとしては、「似顔絵」をたくさん描くことをとりあえず薦めておこう。手塚治虫氏の「顔だけで巧く似せられない気がしたら、首まで描いて見ること。首というものは実は大変個性的なものなのだ。それでも似ない気がしたら、今度は肩まで描いてみること」というまさに神レベルのお言葉も添えておく。
話はもどってマビノギ*****たまには交流*****
ほとんどをソロで黙々と金策やクエに費やすだけで時間が過ぎてしまう。たまに時間が合えば、TMOのクラスメイトでもあるN君のリュート演奏を楽しむ。
器楽演奏は、マビノギ最高の独自要素だと思っている。オリジナル楽譜の打ち込みは何時間もかかる大変なものの様だが、MIDI制作にハマったりするタイプの人には最高のお楽しみとなるかもしれない。
先日、高LVな方々とお話する機会があり、いろいろ教えてもらったり、装備を頂いたりした。モノを貰ったことより、たくさん話が出来たことの方が嬉しかった。「課金払わないとこのゲームはまともに出来ませんよ」と言われて、やっぱりそうか、と、ついに1000円パック購入しちゃったり。
「交流が何より大切な世界ですよ、大勢の人と話をしてみてくださいね」
そりゃそうだよね。たまには知らない人とPT組んでみたいものである。
だが、かなり細かく作りこまれているバイト、生産などのシステムの魅力も判って来たので、ついそっち行っちゃうんだよなぁ・・・・・・。
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