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2009. 11. 23  
昨日、寒気の中無理をしすぎたせいか、今朝方、激しい腰痛発生。
だがしかし、練馬アニメカーニバルの堀江美都子ライブはどうしても行きたいっ……!
なんとか痛みを抑え込んで夫の人ととしまえんへ。(息子は「もう2回行ったからいい」と留守番希望)
幸い、雲ひとつない晴天となり、とても暖かい。腰痛をだましだまし、ライブの時間を待つ。

ミッチ登場! ショッキングピンクのショートジャケット、ラメ素材織りの淡いピンクのフリルミニ、真っ白なインナーという、とことんまでキュート&ガーリーなファッション。いかにもミッチ、という感じだ。
そして、その歌声の、一糸乱れぬ音程とどこまでも高く伸びてゆく清明な響きは、何十年と変わらない若々しさなのだった。私はこんなに老けてしまったのに、この人の確たる乙女性はいささかも変わることがないのだなぁ、とそれはそれは驚嘆である。抜けるような青空の晴れやかさがなによりも似合う歌声。
人間も命なれば、変わり行くことが当然のはずなのに、この不変さは、もうそれだけでおおいなる価値だろう。どれほどの努力がこの若さの裏にあることか。素人の想像の及ぶところではない。

アニソンの女王・堀江美津子。もう一方の前川陽子。
前者の価値は確たる不変にあり、後者の価値は歳と共にいよいよ増す深みにあり、歌手としてのタイプは違えども、まったく甲乙つけがたい素晴らしさだと思う。

個人的な好みをあえて言うなら、どちらか一方のステージしか見られないとしたら、私は前川さんを選ぶ。前川さんには女そのものとしての女らしさがあり、堀江さんには男性が望む理想としての女らしさの特化があり、私としては前川さんの方により安心と共感を抱かずにはいられないからだ。

さて、かねてより私が「アニソンの女王」の尊称を継ぐ可能性の持ち主として注目していた水樹奈々ちゃんの紅白出場が決定したとのこと。喜ばしいことである。このビッグステージを契機に、さらに一皮も何皮も剥けて、大きく羽ばたく成長を見せてくれることを期待する。
ところで、何を歌うのかなぁ。なのは? それとも今年オリコン1位になった歌? いずれにしても楽しみ、楽しみ(´ー`)



そうそう、今日のアニメカーニバルの小モニターで見た日動時代の東映動画の短編アニメもとてもとてもステキだった! 貧しくも心優しい少年に食べ物を分けてもらって飢え死にから救われる芋虫姫が、華麗な蝶となって恩返しに来る話なんだけど、この芋虫・蝶姫の可愛らしさ愛らしさと言ったらもう! キャラデザとか背景とか、明らかにディズニーなどのアメリカアニメをパクリまくりなんだけど、この少女キャラの描線だけは、まさに日本独特と言って良いまったりとした萌えラインなのだった。「くもとちゅうりっぷ」から「白蛇伝」の合間の時代なんだろうけど、日本人男性のキャラ好みの源泉を見る思いである。変わらない。変わらないよ! 何十年も違っても、日本人はやっぱり「ぷに」が好きだってことなんだね。


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2009. 11. 22  
家族で「練馬アニメカーニバル」に行ってきたのだった。会場はとしまえん。3連休通しで行われ、その間、入園料が一律200円になるという、素晴らしいイベントである。
特に、2日目は前川陽子さんのライブ、3日目は堀江美都子さんのライブがあるとなっては、出不精の私でも腰を上げないわけにはいかない。特に前川さんの歌声は、以前から是非一度、生で聴いてみたいと思っていたのだった。

だが天気は朝からあいにくのどんより曇天。しかも寒い。
だが、雨はほとんど降らない感じの予報でもあったし、3人分の弁当も作ったし、思い切って出撃。
ステージには大きなモニタが設置され、過去の名作アニメ短編などを上映していた。タイムテーブルなどを見てもらえば判ると思うが、かなり盛りだくさんの構成なのである。相当に力の入ったイベントであり、練馬の本気が伺われる。

別のエリアの小モニタでは、日本アニメーション史上、語ることを避けては通れぬ伝説のアニメーター、森やすじ氏の短編「こねこのらくがき」を流していた。夫婦揃って森氏のアニメが大好きな私たちがガバッと食い付いて見始めると、隣に座っておられた御老人がいろいろ解説して下さる。どうやら当時、アニメ制作の現場におられた方だったようだ。

息子がピングーの上映を観たがっていたので、ステージに移動。だが、天気を甘く見たのか、防寒着が足りなかった息子はかなり寒かったらしく、ブルブルと震えている。ちょうど私が着ていたのが濃紺のトレンチコート風の上着と黒の手袋だったので、男性が使ってもおかしくはないだろうと、貸すことにした。
そうすると私が寒くてたまらないので、本日のメインイベント・前川さんのライブタイムまで屋内施設で過ごすことに。
しばらくゲームコーナーをうろつき、お土産ショップへ。
フリースの肩掛けなどがたくさん売っており
「欲しいなぁ、今あったら暖かいだろうなぁ、でもディズニーキャラはイマイチ好きじゃないし、それに900円くらい払うのもなぁ、家にはフリースの肩掛けが3枚くらいあるし、無駄遣いだし……あーでも寒い、どーしよ、でも高い」
と逡巡していたら、なにやら妙に懐かしいものが目に入った気がした。

「こ、これは! なんとポップルズではないかーーーーーーーーっ!!!」

ポップルズとは、およそ20年以上前、私がまだアニメ会社で彩色の仕事をしているときに、その会社で製作をやっていたアメリカ向けのアニメのキャラである。日本人の感性では信じられないようなどぎつい配色のぬいぐるみのようなキャラクターたちが、跳んだりはねたりの騒動(主に食い物がらみ)ばかり繰り広げているたわいの無い作品だったのだが、私はけっこう気に入っていたのだった。毎日、「カワイイ可愛いポップルズー!」と言いながら絵の具を塗りまくっていたのである。
日本で放映なぞされたこともなく、話題に上ることもなく、アメリカ本国ですらTVで流されては忘れ去られていくだけの泡沫作品だと思っていたのに、いつの間になぜ、こんなところに! 
あまりに懐かしくなってしまった私は、ちょっと値段が安めだったこともあって、ついつい買ってしまったのだった。



↑こんなやつ。羽織ってスナップで留めると、これが思いのほか暖かい。ファンシーな配色といいキャラといい、50婆がまとうものでは無いのは百も承知だが、こう寒いと見栄だの恥だの言ってられない。結局、家に帰り着くまでこっぽりとくるまれていたのだった。文句あっか。

そしていよいよ、前川陽子さんのライブステージ。

細い! オシャレ! 綺麗! そしてメチャクチャ、上手い!
声の伸びの素晴らしさといい、確実な音程といい、そして、いつまでも変わらぬ愛らしさと色気を併せ持った独特の声の響きといい、非の打ち所のない完璧さ。代表的な歌と言えばやっぱり、キューティーハニーと魔女っ子メグちゃんなわけで、このパンチの効いたエロティシズムがまったく衰えていないのは驚異である。家族全員、ノリノリで堪能したのだった。しばし、寒気も吹っ飛ぶほど。

たいへん惜しむらくは、悪天候のため、ステージの観客数が少なかったことである。こんな素晴らしいステージなのに、なんと勿体ないことだろう。無料同然で楽しんでしまっていることが申し訳ない気分になったのだった。

明日は堀江美都子さんが来られるわけで、やはりこちらも是非聴きに行きたいのだが、いかんせん、寒すぎたせいか帰宅後、ちょいと体調を崩してしまった。明日の天気と体調と相談だな、こりゃ。

コスプレイヤーもたくさんいて、これがみんな実に楽しそうで、見ているだけで微笑ましい。コミケのような余裕の無い場所より、ずっとリラックス感がある。問題は、もう私がアニメをほとんど見ていないので、何のどういうキャラなのかさっぱり判らないコスプレが大半だということだが。

晴れさえすればフリマも開催されるので、興味のある向きはちょっと足を運んでみられてはいかがだろうか。
私としては、こういう素晴らしいイベントは、なるべく長く、毎年開催されて欲しいものだと思うのだった。

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2009. 11. 21  
崩壊寸前のローマをとりまとめ、現実的な延命策をあれこれ施し、とっとと退位してしまったディオクレティアヌス。
だが、彼が成立させ、盤石であれと願ったであろう四頭政(テトラルキア)は、2代目に代わるやいなやただちに揺るぎだし、帝国は再びの混乱時代に突入するのだった。
混乱をついて、彗星のごとく頭角を現したのは、後に「大帝(マーニュ)」の尊称を捧げられ、キリスト教会の聖人ともなるコンスタンティヌスだった。
コンスタンティヌスは、ディオクレティアヌス時代に副帝を努め、その後正帝となったコンスタンティウスの息子である。
父コンスタンティウスは若かりし頃、宿屋の娘であった16歳少女ヘレナと恋に落ち、結婚してコンスタンティヌスをもうけた。
だが、父は副帝の地位に昇るための地位がためとして、妻ヘレナを離縁し、皇統血統のテオドラと再婚せざるをえなかった。行き場の無くなった元妻のヘレナと息子のコンスタンティヌスの身元引受人になったのは、当時のトップ皇帝・ディオクレティアヌスだった。コンスタンティヌスは行動力や統率力を兼ね備えたこの皇帝の薫陶を受けて育ったことになる。
成人し、正帝となった父の元に馳せ参じ、有能な司令官として評価を高めていくコンスタンティヌス。
着々と実績を積みつつ、崩壊しつつあった四頭政の混乱期をやり過ごし、大胆な指揮と冷徹な政治センスでもってライバルを打ち倒していく。
そして313年、西ローマの正帝コンスタンティヌスと東ローマ正帝リキニウスはミラノで会談し同盟を確認し、その直後、歴史的な声明であるミラノ勅令を連名で発表するのである。
ディオクレティアヌスの大弾圧から一転、キリスト教徒、いやキリスト教徒のみならず、ありとあらゆる宗教の信仰が、帝国内では容認される、とされた決定であった。そして、弾圧によって奪われたキリスト教徒の資産の返還をも国家によって保障される、とされた。すべての宗教を認めるからには、弾圧による収奪はすでに不当であり、国家としてそれを是正するべきだから、というわけである。
だがこの一項がその後のローマ世界におけるキリスト教の復権と浸透に、凄まじいスピードを与えることになるのだった。

私はこのミラノ勅令には、初代皇帝アウグストゥスにも匹敵するほどの冷徹な意図が秘められていた気がしてならない。勅令はあくまで表向きは、「あらゆる信仰の容認」に過ぎない。弾圧後のキリスト教徒の救済も、その付随要素に過ぎない、ように一応は見える。
あくまで自分は元老院主体の共和制度を尊重する、という姿勢を見せながら、巧妙な政治手腕でじっくりそれを帝政に覆していくように誘導していったアウグストゥスの、秘められた裏の目的と、その実現。自分の為すべき事、為したい事を冷静に分析し、確実な実行のための手を打っていくやり方のクールさは、やはり相通じるものがあると思えたのである。
だがコンスタンティヌスは、アウグストゥスには無かった強引なまでのパワーも併せ持っていたようだ。

西のコンスタンティヌス、東のリキニウスがついに激突する時が来た。戦力では劣るコンスタンティヌス陣営は、コンスタンティヌスの息子クリスプスの率いる軍勢の活躍もあり、リキニウス陣営を打ち破り、ついにコンスタンティヌスがローマ帝国唯一の権力者の座に登り詰めるのだった。

これをもって、「ローマ世界の終焉」とする史家は多いという。
唯一絶対の皇帝となったコンスタンティヌスは東方のビザンティオンに新たに都を建設し、これを新ローマ、コンスタンティノポリスと名付けて遷都を実行したからである。
長らく「カプトゥ・ムンディ(世界の首都)」であったローマは、棄てられたのだった。
そしてローマをローマたらしめていた多くのものも、棄てられることになった。
新都コンスタンティノポリスには、ローマ伝来の神々の神殿はもはや無かった。神々とゆかりの深いコロッセウム(円形競技場)も、ギリシャ悲劇を上演する半円形劇場も無かった。
だが、キリスト教の教会はあったのである。

ライバルを撃破し、なにもかも刷新した新首都を作り、専制君主となったコンスタンティヌスは、どんどんキリスト教の振興にも努めていくことになる。

多神教であるローマの神々には、教義、というものがない。神々はあくまで人々の努力を認め、それを守護し助ける存在と見なされていたに過ぎなかったからだ。
だが一神教の神はそうではない。人々に対して「こう生きるべき」と教え諭す存在である。
ただ神像を拝んでさえいれば御利益がある、と信じていられた多神教とは本質的に違うのである。
つまり一神教と「教義(ドグマ)」は分離不可なのだ。となれば、その教義をまとめ、理解し、信者に伝え教える指導層が必要になってくるのである。
コンスタンティヌスはこの指導層を手厚く保護した。司教、と呼ばれる存在である。
国内が荒れ、キリスト教に帰依したローマ市民は急増したが、コンスタンティヌスの時代、その多くが、この国家による保護すなわち利益目当てであったのが実情ではあったようだが。

コンスタンティヌスがキリスト教の洗礼を受け、正式な教徒となるのは死の直前であったと言われる。
母ヘレナは早くからキリスト教に帰依しており、彼自身も夢の託宣によってキリスト教のシンボルを掲げて闘い勝利し、専制君主となって以後はキリスト教への優遇策を多くとり、キリスト教徒として死んだ皇帝。君主としての支配を固めるためのパワーとしてキリスト教を利用した、という側面ももちろんあっただろうが、キリスト教会もまた、彼の存在をあますことなく利用し尽くしたのだろう。コンスタンティヌスの寄進状(Wiki参照)という偽書の存在や、新都コンスタンティノポリスを聖母子に捧げる皇帝のモザイク画などを見れば見るほど、すでにこの時代、かつてのローマの輝かしい栄光や誇りがどれほど遠いはるかな幻と化していたかを思い知るような気分になるのだった。


大帝コンスタンティヌスの死後、ローマ帝国は彼の息子たち、および甥たちに受け継がれる。
だが、多くの後継者の存在は争いの種にしかならない、という世界の歴史の鉄則のようなものが、ことさら凄惨な形で帝都を血塗れにしていくのだった。
「ローマ人の物語XIV キリストの勝利」、突入なのである。



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2009. 11. 18  
モラルという言葉がある。
これには二つの意味がある。
1つはMoral。道徳、倫理という意味。
もう1つはmorale。士気、やる気、という意味。

崩壊寸前のローマ帝国を保持するため、ディオクレティアヌス帝が行った改革によって、ローマのモラルが二つながらとめどもなく低下していった、という、そういうお話。

四方八方から攻め寄せられ、帝国としての体もなさなくなっていたローマ帝国をなんとかかんとかでもとりまとめ、国大な国土を4分割して4人の皇帝を置くことによって安定させようとしたディオクレティアヌス。
国家としての最優先事項が、民の生活の安全と安定であった以上、これはやむをえないことではあったのかもしれない。
だがすでに、何人もの皇帝の失策と混乱の果てに、ローマをローマたらしめていた精神的な支柱のようなもの、ローマン・スピリッツたるものが喪われる一方だったのだ。
ディオクレティアヌスは、かなりの現実主義者だったと見えて、とにかく目の前にある現実、困難、問題の数々を解消するためにはどんな手段でも打たねばならない、という信念を持っていたのではないだろうか。
それが長い目で見て、どんな悪影響を及ぼすか、という考察よりもなによりも
「今、目の前で死にかけているものを助けねばならない」
そういうせっぱつまった世界で、やれるだけのことをやった。
だが、その結果は、ローマ人をローマ人でないものにしてしまうことだった。
ローマ人をローマ人たらしめていたもの。
それは、理想化され洗練された「モラル」そのものだったのだ。もちろん、二つの意味での。

ローマ人の物語、ここに至って、なぜこれほどの巻数をかけて、ローマのそのものの成り立ちから、戦争、文化、インフラ、詳細に渡って細かく細かく綴られてこなければならなかったのか、その理由がはっきりしてくる。
まずは、ローマそのものを理解しなければならなかったからだ。
そして、どれほど多くの崩壊によって、ローマが喪われてしまうことになったのかを、それが喪われたことによって、どれほどの怖ろしい事態が来ることになったのかを。
暗黒の中世と呼ばれる状態が、なぜ来なければならなかったのか。その暗黒がどれほど長く続いたのかを。
興隆を極めたローマ帝国の歴史は1000年。
崩壊後の、暗黒時代が1000年。
この、壮絶な重みを、読者は理解せねばならない。そういうことだったのか、と。


帝国が4分され、その結果、防衛にかかるコストは増大した。まかなうためには、今までに無い規模の増税が必要になった。
かつて、国力が強大であった時代は、破格なまでにシンプルで安い税制で防衛やインフラ整備、生活保障や娯楽の提供までまかなえていたのだが、これが可能であったのは、ローマ人独特のモラルの支えがあったからこそである。富める者は公共事業やイベントの主催に私財を投じることが当たり前であり、政治や軍事や神事のトップを務めることは「名誉あるキャリア」と呼ばれ、有能者がボランティアでそれをこなすこと、これもまた当たり前のことだった。
前者はMoral(公徳心)、後者はMorale(士気)が大いに関わることだったろう。
いずれも、本質は「名誉心」をくすぐること、自己を犠牲として公に尽くすことで得る満足が何より大事とされる精神文化あったればのことだったろう。

だが、外敵に耕作地は荒らされ、都市は難民で満ち、過密になっても仕事が増えるわけでもない。そこに次から次へと課される重税。とにかく金を集めねば、国家の防衛が維持できないのである。ディオクレティアヌス帝は、課税を増やすとともに、その徴収と管理をする人員も増大させねばならなくなった。「税金を払う者より税金を取り立てる者の方が多くなった」とまで揶揄されるほどに。職業的官僚の制度膨張である。

税制の変化によって、インフレが進んだ。対処として、貨幣の価値変更や、価格統制が実行された。だが、状況は好転するどころか悪化する一方。地租税と人頭税の重さもまた、人々のモラルを低下させ、重税から逃れるために民衆はあれこれの知恵を絞らねばならなくなった。
その結果、親の仕事を継ぎたがらなくなる若人が増えた。親の経済基盤を継ぐ、ということが財産ではなく重税を継ぐことになったからである。
ディオクレティアヌス帝は、この傾向に歯止めをかけるべく、ほとんどすべての職業に世襲制を義務づけたのだった。もはやローマ市民は、職業選択の自由すら失ってしまったのである。かつてのローマならば、たとえ奴隷に生まれようとも努力次第で出世できたし、その子が貴族になることもあったし、属州(元外国)出身であっても皇帝に登り詰めることも可能だった。流動的で自由度の高い身分社会、これもまたローマのモラルを支えるパワーの源だったのだが、その流動性も根こそぎになってしまったのだった。


そして、皇帝という訳語であっても、その実は、貴族と民衆の推挙による代表者、としての意味合いの存在だったインペラトール・アウグストゥス・カエサル・プリンチェパスは、その立場の脆弱性ゆえに、ことある事に殺され続け、それがますます国を乱すことになった。国のトップが安定しない、ということはすなわち国が安定しない、ということに他ならない。長期展望の無い政策では成し遂げられることも少ないからだ。

ゆえにディオクレティアヌス帝は、皇帝の立場の強化をはかる。
どこまでも民意の反映であった存在を、絶対的権威の君主にすることによって。
だが、人間が人を選んでいた時代の皇帝を超えるために必要な権威とはなんだろう?
そこには、どうしても人間以上の権威が必要だったのだ。つまり、神である。
ローマ古来の数々の神、その中でももっとも有名で高位の神であったユピテル信仰を高めることで、権威の裏付けにしようとしたわけなのだった。
だが、この政治的配慮にとって、たいへんに厄介な存在がローマに広がっていたのである。つまり、唯一神信仰者であるキリスト教徒たちであった。

こうして、ディオクレティアヌス帝によるキリスト教徒の大弾圧が開始された。
なにしろ、皇帝の側近く、国を支えるトップの層にまで、すでに相当数の信者がいたのである。皇帝の権威を高め、それによって帝国の存続を固めねばならない立場のディオクレティアヌス帝にとって、これもまた、どうしてもやらねばならないことの1つだった。
だが、ディオクレティアヌス帝の死後ほどなく、ローマはこの弾圧の手痛いしっぺ返しを即座に喰らうことになってしまう。

四頭政の崩壊と、キリスト教の解放者たる「大帝(マーニュ)」、コンスタンティヌス帝の登場である。


**************:
ああ辛い。読んでて辛い。
何が一番辛いかって、この四頭政(テトラルキア)時代の、同時4人皇帝の彫像の頭部を見るだけで、もう本当に、ローマンスピリッツの真髄たるものがどんだけ酷く崩壊していたのかが、直感的にわかってしまうほどだったからである。
顔の作りがどうのこうの、という問題ではない。
神懸かりなまでに写実的で迫真的であった、ギリシャ・ローマ文明の美術水準が、この時代になるとすっかり劣化しきっており、出来の悪いマンガのキャラをさらに適当に立体化したかのような表現に堕してしまっているのだ。

そういえば、とことん世界史ギライだった私がなんとか食い付いてみよう、と思った理由の1つとして、アーサー王物語について調べていたときに見た、当時の絵画のあまりの稚拙さに呆れたから、というのがあったのだった。まるで小学生の絵みたいながさつな構図や平面的な表現。「おかしい、古代ギリシャの彫像とかって、なんか凄まじい迫力じゃなかったっけ(ラオコーンとか)? どうしてこうなった? どうしてこうなった???」という疑問。

歴史、というものは、国の興亡だけを追っていては足りない。
戦史、だけでなく、文化史(主に美術史、端的に表現がなされているから)、そして経済史、そして宗教史。多彩な方面から追わねば、大事なことは掴めない。そういう気がしているのだった。


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2009. 11. 11  
毎日毎日何かしらをポリポリとかじりながらローマ本を読み続ける日々が続いて、当然の結果として体重が増加した。こりゃたまらん、とまたまた節食と体操などを始めているが、結果は芳しくない。
そして、節食するとテキメンに読書意欲が落ちてしまうのだった。あー読み進まない。

それでも、「迷走する帝国」は終了して「最後の努力」には入ってるのだった。

延々と続くローマの危機と衰退。ついに皇帝(ヴァレリアヌス)が生きて虜囚の辱めを受けるまでになってしまった。すったもんだの中、分裂してゆくローマの軍事をなんとか護ろうと、またしてもローマをローマたらしめた重要な背骨が叩き折られてしまうのだった。
軍部(ミリタリー)と元老院(シビリアン)の分離である。
ローマの皇帝は、伝統的に、軍事、政治、双方に通じた者でなくては就任はできなかった。皇帝の役割のもっとも大事なことは、「安全保障」だったからである。国と民を護るということは、なによりもまず、外敵から国を護ることである(軍事)。その次は、国内の難事から民を護ることである(政治)。よって、どちらの経験も皇帝には必須とされていた。指揮官として、政治家として、どちらの役割も必要とされるのがローマのインペラトール(総司令官)にしてアウグストゥス(皇帝)だったのだ。
だが、空中分解しかけていた3世紀のローマにおいて、ついにこの原則が覆された。軍部と元老院の対立がのっぴきならない混乱を呼び、目の前に迫る蛮族と満足に戦うことすらできなくなっていたから故の、やむえない対応だった。
「元老院(政治家ども)は軍事に口を出すな!」
ということなわけである。
カラカラ帝の自由民すべてに市民権を与えた政策と同じくらいに、ローマにとって致命的な動きだったと私は感じた。巨大になりすぎた国を効率よく運営するための帝政であったのに、その帝政のもっとも重要な要素、真髄とも言うべき選別基準がぶっ壊されてしまったのである。
だが、崩壊寸前のローマ防衛線をなんとか保持するために、これはどうしても必要な措置でもあったのだ。
命を救うために魂を半分殺してしまったようなものではなかったか、と思うのだが。

ともあれ、こうして政治色を排した軍人皇帝達の中から、それなりの傑物がポツポツとは現れるのだが……。
ローマは分裂しようとしていた。ゲルマン民族の猛威。ガリア地方の分離独立。ササン朝ペルシャに皇帝は捕らわれ、取り戻すこともできない。虜囚となった皇帝ヴァレリアヌスの息子であり共同皇帝であったガリエヌスは必死に防衛線を支えようと奔走する。
混乱の隙をつくようにして、台頭してきたのが東方属州の交易都市であったパルミラだった。パルミラの実力者・セプティミウス・オダエナトゥスはガリエヌスの意図をくみ、シリアを中心とした領土保持に尽力する。
だが、このセプティミウスは、身内にさっくりと暗殺されてしまう。
そして、妻であったゼノビアが、夫の地盤を受け継ぎ、パルミラの女王として辣腕を振るい始めるのだった。

このゼノビアという女性が、それはそれは見事なタマであったらしい。才色兼備などとよく言うが、ゼノビアは美と才知と、さらに荒くれた砂漠の男達でさえ心服させてしまう統率力の持ち主であったのだ。波打つ黒髪、歯は真珠のように白く、瞳は大きく神秘の輝きをたたえ、不思議な甘美さに満ちた美貌。数カ国語をあやつり、ギリシャ哲学と歴史を語り、戦いにおいては馬に騎乗し、前線で兵士達を叱咤しつつ大暴れ。もっとも傑出した女性、ウォリアークイーン、戦美女王の名を恣(ほしいまま)にした、とのこと。
ローマ帝国とササン朝ペルシャ双方を牽制しつつ、着々と版図を広げていくパルミラ。ゼノビアの野望はとどまるところを知らない。

だが、ローマにも、ようやっと力ある皇帝が出現していたのだった。アウレリアヌスである。分裂崩壊しようとしていたローマ帝国を、再びまとめ上げた実力者だ。ローマの混乱のどさくさにまぎれるように領土を拡大していたパルミラのゼノビア女王と、ローマ皇帝がついに激突することになったのだった。
結果は、ゼノビアの敗退。ローマの捕虜となったゼノビアは、アウレリアヌスの凱旋式に引き据えられ、生涯かけて集めた数多のジュエリー・アクセサリーをすべて身につけて晒し者になるよう命ぜられる(黄金の鎖で己を縛った説もある)。装身具の重みで体が倒れそうなありさまだったというが、破格の美貌とゴージャスな宝飾の輝きは、ローマの人々に多大なインパクトを与えたことだったろう。

敗者に寛容なのがローマの伝統だった。ゼノビアは国こそ喪ったが、命を取られることも牢に繋がれることもなく、それどころか、風光明媚なティボリに邸宅をもらい、一生食うに困らない年金を支給され、安楽に余生を過ごしたそうである。ローマ貴族と結婚し、幾人も娘をもうけ、その娘たちもまた、貴族の嫁となっていったとか。もはや武張ったこともせず、知識と教養を生かした優雅なサロンを開いていた、と。最終的には、彼女を打倒したアウレリアヌスよりもゆうゆうと長生きしたのだった。まさに、究極の勝ち組女、というところか。

ゲルマン、パルミラ、ガリアを圧倒し、ローマ帝国を再び統一し、「世界の修復者」という称号で讃えられたアウレリアヌスが、側近の私怨によってあっさりと暗殺された後、ローマは再び皇帝の座も定まらない混乱期を迎える。
乱れきった軍人皇帝時代を制し、再び安定をローマにもたらしたのは、ディオクレティアヌス。
だが、もはや、ローマ帝国は、たった1人の皇帝の力でどうにかできる状態ではなかった。
ディオクレティアヌスは、皇帝を2人、さらに副帝を2人として、4人の指導者で広大な帝国を分割統治させることにしたのだった。
テトラルキア、四頭政治の始まりである。だがこれが、塩野さん書くところの「最後の努力」、すなわち終わりの始まりに他ならなかったのだった。


↑と、このあたりまで読んだ。うーんイカン、日々頭がボーッとしている。
太り続けている状態が、精神的には上向きの状態であり、身体的には危機的であるとは、なんと私も因業な者であることよ。



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2009. 11. 06  
まったくライトオンヒロ君の画像が格好良すぎてもうね。眼福眼福。

ところで、最新刊も出たばかりで売り上げ絶好調のようだし、「聖☆おにいさん」を実写化してイエスをやってもらう、ってのはどうだろう……無理か、やっぱ。

東京DOGSは欠かさず見てるけど……やっぱりあちこち杜撰なのが不快で、ヒロ君出てなきゃ見ない。でも、小栗旬はメチャクチャ巧くて魅力的。ライダーがらみで若手俳優をけっこう見てきたけど、彼は完全に頭1つ抜けている優秀さ。今日は夫の人が「ロボコン」という映画を借りてきていたけど、オタクっぽい変人理工系少年を、バッチリの動きとムードで演じていた。幅広いなぁ。これぞ、本物! って感じ。役者、としてという意味でね。
ヒロ君の演技は……う、うう^^;
こういう役を演じるには10年早いと言わざるを得ない。基礎力がしっかりしていて、すでにベテラン域の小栗君と組んでるから余計、不備が目立つ。基礎的なことだけでも、3年はみっちり地道に訓練をしないと、多分どうにもならない。って、こういうことはもう何度も書いてきた気がするなぁ私。
もしかしたら、現状、やはりどうにもならず、来る仕事をとにかくなんとか精一杯こなしていくしか無い感じになってて、修行とか鍛錬とかをやる余裕すら与えられない日々なのかもしれないし、そもそも、役者を一生の道として捉えてない可能性があるしなぁ、と改めて思うのだった。
静止画としての写真でこれほどのオーラを醸し出せる個性は、才能と直結しているはず。ただそれは、演技者、役者としての技能に直結してるわけでは無い。もしかしたらまったく他の道で華開く可能性がある、と見てはいるのだけど。
とにかく、いずれまったく意外な方向にゴロッと転身したとしても私はちーとも驚かない。
「いずれ国民的美青年として周知の存在になっていったとしても私はちーとも驚かない」とかつて予言したのと同じくらいの確信でもって言えるのだった。


****************


「秘密結社鷹の爪」映画第二弾を観た。あー面白い。相変わらず絶好調。ゆるーいフラッシュアニメに見せかけていながら、深いメッセージを奥ゆかしい範囲内で存分に発揮し、クライマックスと感動のラストまで引っぱっていく技量はいつもながら凄い。金と手間暇かけりゃ良い作品になる、わけじゃない。もちろん金は大事だけど、人を面白がらせ感動させるためには、他にもっと大事な要素があるんだ、とこれほど端的に示すアニメも無いだろう。
ラスト、声のタイトルバックで、異様に大量の名前(どうみてもハンドルだったけど)が流れたのを、「なんだろう?」と妙に思っていたのだけど、どうやら「こえ部」というSNSの派生らしいのだった。うーむ、面白い。画像、動画は知っていたけど、音声とはね。
テキスト中心だったネットの世界も、3次元的広がりを見せている、という感じだ。「華氏451度」の世界はもうすぐそこまで来ているのだな。ただ、現実現在においては、どうやらネットのフィードバックとして、読書(テキストデータ含)する人が増加傾向にあるらしいので、たいへん喜ばしいことだと思うのだった。

********************

ローマ史、読んでるよ! やっと「最後の努力」っすよ。でもマジまとめるのが辛いのでなんとなく別ネタ書いたのだった(´w`) サラッとヒロ君カコイイで済ませるつもりがなんでこんな長文wもうヤダ自分w



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2009. 11. 02  
読書好きの方、メディア好きの方、是非どうぞ。

まとめ前半

まとめ後半


みんな、よく捉えてるよなぁww



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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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