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2010. 04. 29  
天候不順が続いて、心身共に不調が続く。
連休前にエイヤっ! と気分を変えるべく、行きつけの美容院へ。
2ヶ月ほど前に鳥の巣のようになったクルクル頭はいっこうにパーマが取れる気配もなく、落ち着かないままだったのを、少し修正してもらった。

パーマ液浸透中の暇な時間に、美容院蔵書の「のだめカンタービレ最終巻」を読ませて貰う。この美容院には、通好みのマンガがいっぱい並んでいるのだ。そのチョイスの素晴らしさに店長のセンスを垣間見て以来、ずっと贔屓にしているのであったが、前回来たときは、のだめの最終巻が無かったのである。「買っておいて~」と冗談半分で伝えたのに、ちゃんと応じてくれたとは……ますます贔屓にするぞよw
のだめのラストは一応の大団円という感じで、収まりはまぁまぁかと思う。実際は、プロの演奏者の道は激しく険しいものであり、マンガのラストはかなり大甘だという気もするのだが。
演奏者としてであれ、育成者としてであれ、「才は神から与えられたものなのだから世のため人のために使うべき」という言葉が、結局の結末にもっとも相応しいモノだと思ったのだった。
まぁ私は神を信じないので、神じゃなくて「天」と言っちゃうけどね! 

才能ある者はすべて天の器。だが、天のことわりを納めるには、人間はしばしばあまりに脆弱なので、たいていがすみやかに壊れてしまうのが悲劇なのだけど。

昨日は、息子と一緒に行った歯科医院の待合いで、「ガラスの仮面」最新刊も読んだのだった。思えばこの作品も、偉大なる天の器というものが如何なるモノか、を追い続けてきた作品であることよ。で、この巻でようよう亜弓が失明しかけてる? アレアレ? 雑誌ではもう遙か20年ほど前にそうなっていたはず……どんだけ単行本で修正してるんだ!w でもまぁ完結に向けて描き続けてくださるならば是非は問わないので、美内先生どうか頑張ってください。


「わが友マキアヴェッリ」遅々として読み進まず(´w`)
心身共に不調で、集中力がもちましぇん。
ようやっと、ロレンツォ・デ・メディチの活躍を描いている辺り。
で、まぁこのロレンツォさん、まだ世界史に無知だった頃の私ですら名前をなんとなく聞き知っていたほどのメジャーな英傑。その果断な行動といい、教養と感性に裏付けられた統治っぷりといい、気むずかしいフィレンツェの民衆にとことんまで支持され愛され、護衛などまったくの無用と主張して酒場をハシゴしまくっていたという大物ぶりといい、なんと魅力的な存在であろうかと読んでいたのだが。

統治者としての顔の裏に、情緒豊かな作家の魂も持ち合わせていた御仁であったらしく、特に彼が書いたとされる、感謝祭のための詩「バッカスの歌」(8番まであるそうな)は、長く広く歌い継がれ定着し、500年以上たった20世紀のイタリアの映画館にもその詩が掲げられていた、という。スタンダードナンバー、ということなのだね。

で、ヴェネツィアまで広まり、歌われ続けたその歌の大意が汲まれて、「ゴンドラの歌」になっていったのではないか、という塩野さんの想像が語られるのだった。

Quante bella giovinezza

いと麗しは青春
   
Che si fugge tuttavia

いと素早しは時
    
Chi vuol esser lieto, sia 

いざ愉しめやこの日この時
 
Di doman non ce certezza.

明日が確かなはずも無し



なるほど、黒澤明氏の映画「生きる」で有名な「ゴンドラの歌」、なぜゴンドラなのかがよく判らなかったのだが、こういう事ならばトン、と納得できる。ゴンドラ、と言えばヴェネツィア(私くらいの年寄りはついついベニス、と言っちゃうけどねw)だもんね。


マキアヴェッリ、チェーザレの時代を堪能したらヴェネツィア一千年の歴史を今度は追うつもりだけど、このヴェネツィアというのもなんとも一筋縄ではいかない、怜悧狡猾権謀術数充ち満ちたドエライ国家だったようで、私ごときに咀嚼できるか、一抹不安なのでした(´д`)




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2010. 04. 28  
ティム・バートン「アリス・イン・ワンダーランド」を観た。隅から隅まで徹底的なバートン世界であり、大変に満足。異様で、毒々しく、それでいてこよなく美しく、そして哀しく切ない。バートンカラーと呼ぶべき独特の空気に満ちている。こうでなくてはね! 
そして、バートン監督がどれほどルイス・キャロルの原典を愛しているかもひしひしと伝わって来たのだった。通常と違う、特別な感性、心の目を持って産まれたばかりに、世に沿うことのできない孤独が生み出す夢。似た心と視点を持った者どうし、遙かな時を超えて共有できる夢、願い、望み。原典のそれを大胆に換骨奪胎し、オタク中年の妄想をまるっと映画にしてみせた大胆さと技量の見事さは、バートンの監督としての円熟をこの上なく示すものだろう。
そして、「ハリウッド映画監督」としてのやるべきこともちゃーんとやっておりますよ、と言わんばかりの、意外なまでにありふれたクライマックスだけが、そこだけ色が抜け落ちたかのように生彩を欠いたことまで含めて、「ティム、大人になったんですねぇ」と、別の感慨を呼んだのだった。

細かい魅力を語り始めればキリも無い作品ではある。残忍で醜悪なのに、ある種の正直と純粋を持っていた赤の女王が奇妙に愛らしかったことや、可憐で清楚でまさに正義の女王としてそこに居る白の女王が潜めている身の毛もよだつような毒々しさと欺瞞をも余さず描く奥深さや、そして何よりも、バートン監督の化身として存在感を示した帽子屋の振る舞いのすべて。
珍妙で、奇矯で、落ち着きなく動き喋り騒ぎ立てるが、危機に際しては身を挺しても少女を護り、一指触れることも無い完璧な紳士。
これぞまさに、本田透君が提唱するところの「喪男」の中の喪男であることよ、その切ない清廉には胸締めつけられる思いなのだった。

「どうしたら良いんだ、俺の頭は賑やかすぎる」
「そうね、貴男は完璧にイカレてるわ。でも、良い事を教えてあげる。偉大な人は、みんなそうなの」


こう、言って欲しかったんですね判ります。理想の幼女から理想の乙女へと成長した存在に。
でも、そういう作品を作って世に出せるということそのものが、すでに自分自身で自分にそう言ってやった、ということでもあるから、バートン監督自身は、満足済みということ。表現者とは、なんと幸せな存在なのだろうか。


なお、作中唯一のイケメン属性だったハートのジャックの呼称が、観賞後どうにも思い出せなくて夫の人に尋ねたら

「ああ、ラブリー眼帯?」

と返答が。ラブリー眼帯がどういうモノか、についてはこちらを参照

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2010. 04. 24  
メディチ家、という名を聞いて、私ごとき無知無教養なオタク婆が思い出すのは、ゴーショーグンのレオナルド・メディチ・ブンドルくらいのものだったわけなのだが、現実のイタリアはフィレンツェにかつて存在し、大いなる権勢を誇ったメディチ家のざっとした説明はWiki参照
うん、つまりフィレンツェ史についてはまだほとんどさっぱり私は知らないのだ。てか、今コツコツと「わが友マキアヴェッリ フィレンツェ存亡」を読みながら勉強中なので許してたもれ。



小国フォルリの実質上の女王として冷徹かつ非情な統治を続けていたカテリーナ・スフォルツァのもとに、花の都・フィレンツェからメディチ家の大使がやってくる。ジョバンニ・デ・メディチ。「イル・ベッロ(美男子)」の名で呼ばれた男。

4歳下のこの青年と、いまだ麗しかったカテリーナとの間にたちまち恋が芽生える。
だが諸国の情勢はますます緊張を増しており、惚れあった独身同士とはいえやすやすと結婚できるものでもなかった。統治者という存在にとって、婚礼は外交政策のための貴重なカードである。恋だのなんだのといった個人的な欲望や感情などというものよりも、政治的配慮がなによりも優先されるべき要素なのである。

だがしかし、情熱の女・カテリーナにとって、恋は至上の正義であった。
カテリーナはこの青年とも正式な婚姻を結ぶ。そして、ジャコモの時同様に、公式にはこの結婚を隠し続けた。
だが、子供の誕生の後、実家でもあり後見でもあったミラノ公国の伯父、イル・モーロには公的関係として報告をし認知させた。
時期を同じくして、フィレンツェは、カテリーナとその子供たちにフィレンツェ市民権を与えている。ただし、この時の書類には夫・ジョバンニの名はどこにも明記されていないそうである。微妙な政治的配慮が感じられる処置といえるかもしれない。

フォルリの城塞で、密かに、静かに蜜月を過ごすカテリーナ。だが運命は非情。3番目の夫ジョバンニはあっけなく病死してしまうのだった。カテリーナの腕の中で。産まれたばかりの息子・ルドヴィーゴを残して。
カテリーナは、息子に洗礼を再び施し、夫の名をそのまま息子に与え直すのだった。
ジョバンニ・デッレ・バンデ・ネーレ。「黒隊のジョバンニ」。
フィレンツェの名家・メディチの血とミラノのスフォルツァの魂を色濃く受け継いだこの息子は、後年、「イタリアの盾」と讃えられる存在となってゆく。



1499年夏。
枢機卿の衣を脱ぎ捨て、還俗して軍人となったヴァンレティーノ公爵チェーザレ・ボルジアが動き出す。
カテリーナの実家であり、伯父のイル・モーロが支配していたミラノは、チェーザレの妻の血縁、フランス王の軍勢の前に陥落する。時を移さず、チェーザレ本人による、ロマーニャ征服が始まった。フランスの強大な兵力を従えて、破竹の勢いであちこちをたいらげてゆくチェーザレ。その矛先は小国フォルリにも容赦なく迫る。
唯一の後ろ盾であった伯父はとうにミラノから逃亡し、スフォルツァの威光に尻尾を振る理由も無くなった周辺勢力は、誰1人としてフォルリを、カテリーナを救おうとはしなかった。

だがカテリーナは諦めない。早々に降伏して平和のうちに事を収めるなどという発想は彼女には無かった。襲い来る敵は迎え撃つのみ。力ですべてを押し通す野武士の末裔、スフォルツァの烈火の魂は、端から見れば絶望的でしかない闘いを彼女に貫徹させるのだった。
単身馬を駆り、迎撃準備を自ら進めるカテリーナ。糧秣、武具、重火器、馬の確保。農業用水はせき止められ、見通しをよくするため城塞周辺の立木は切り倒された。農民たちを農地から市内に強制退避させ、市民たちの家に寄宿させる。戦火に巻き込まないためである。だが、ただでさえ圧政に不満がたまっていた民衆は、この処置に怒りと抗議を爆発させる。だがカテリーナは意に介さなかった。男物の地味な身なりに抜き身の剣をひっさげ、兵士たちに配る金貨の袋を握りしめ、あちらこちらと馬を飛ばし激励と指示を飛ばし、チェーザレ軍を待つのだった。
フォルリの城塞にカテリーナと共に立て籠もる兵力、わずか2千。チェーザレが率いる教皇傭兵とフランス連合軍の兵力は1万5千。
最初から勝ち目の無い闘いである。

フォルリ城塞の堀の向こうに、チェーザレがあらわれた。
「公爵は伯爵夫人との話し合いを求む」

戦いの前に、まずは説得を試みる。口八丁手八丁の鬼才・チェーザレの行動様式である。武力による対決なぞ、せずにすむならそれに越したことはない。大事なことはまずスピード。そして効率なのだから。

堀を挟み、城壁の上と下とでカテリーナとチェーザレは相まみえた。時にカテリーナ36歳、チェーザレは24歳。
当代一と讃えられた美女と、今世紀生まれた中で最高に美しいと言われた男との対峙である。城壁の高さは10メートル。さして声を張り上げずとも対話は可能であったろう。11月の寒風吹きすさぶ中、宮廷儀礼の優雅と品位を持って説得は開始された。
カテリーナの教養と勇気を讃え、聡明さに期待すると語り、世の評判がどうであろうと法王の名において名誉と今後の生活の自由を保障する、と言い切るチェーザレに、カテリーナが応える。

私は恐れを知らなかった男の娘。
いかなる難事にも、断固として我が人生を歩む所存。
運がいかに儚かろうと、我が心の支えである、祖先の名を汚しはしない。
世間では私を愚かな狂女と呼んでいるかも知れない。
だが、ボルジアの名と振る舞いもまた、世では不信と非難の的であること、ご存知か。
我には我が身を守る力があり、貴男もまた、それに対抗できぬはずも無し。
誇りを守る決意をもって、好意に対する答えとせねばならぬ事は残念なり。


言い放つと、カテリーナは身を翻して城塞に消えた。
この後、さらに会談は2度もたれた。だが、最後の会談は、チェーザレの足元めがけて放たれた大砲の炸裂によって終わった。ついに戦端は開かれたのである。

数倍以上の戦力があるというのに、チェーザレ軍は城塞を攻めあぐねる。カテリーナ側の砲撃は正確であった。立木の伐採による見通しの確保など、カテリーナの周到な準備が功を奏したのである。さらに、チェーザレ軍の戦意を削ぐ要素もあった。カテリーナ側から打ち込まれた大理石の砲丸には、こう書かれていたのだ。

「大砲はそっと撃つべき。さもなくばキンタマがちぎれ飛ぼうぞ」

あまりに意外なことを目にすると、呆然としたあげく、意気をくじかれてしまうのが人間というものである。かつて息子たちを人質に取られたときに、股間をモロ出しにすることで敵を手玉に取り、時間を稼いで勝利を得たカテリーナの攪乱再び、なのであった。

戦線は膠着した。
戦いに倦み、士気の下がったフランス兵たちのもとに、チェーザレがやってきた。酒を酌み交わしながら、賭けを持ち出す。
「明後日には、カテリーナの城塞は堕ちているだろうことに、300デュカーティ賭けるぞ」
そんな馬鹿な、と言いながら、フランス軍の隊長たちも、我も我もと賭けに乗る。噂はたちまちフランス全軍に広まった。だらけまくっていた兵たちに再びやる気がみなぎった。
チェーザレはここぞとばかりに総攻撃を命じる。事前に、ありったけの薪を集めさせ、堀を埋め、その上に船を渡して繋ぎ、簡易橋を作っておいたのだ。準備は周到、仕掛けるときは電光石火。これこそがチェーザレ式なのだった。
一斉砲撃で城壁に突破口を開け、フォルリ城塞にチェーザレ軍がなだれ込む。カテリーナは自ら血刀を振るいまくって白兵戦を繰り広げたが、手傷を負い、傭兵たちの裏切りにもあい、ついに中央塔の天辺まで追い詰められ捕らわれる。
両脇をチェーザレと、フランス軍司令官イヴ・ダレグレに支えられ、カテリーナは城塞から連れ出された。チェーザレはそのままカテリーナを自分の宿舎に連行し、その夜と、次の夜が明けるまで、彼女と二人きりで自室に籠もったのだった。
この振る舞いは、チェーザレの悪名をさらに高めることとなった。自由を失った貴婦人の誇りと名誉をさらに傷つけるとはと、騎士道精神を重んじるフランス兵たちの怒りは特に激しかったと伝えられる。
後に、ボルジア勢力に拘禁されたカテリーナを自由の身にするべく、この時彼女と剣を交えたフランス軍司令官のダレグレは尽力することになるのだった。数倍以上の敵に一歩も退かず、最後の最後まで闘い続けた美貌の女傑に、この軍人はすっかり魅了されてしまったのかも知れない。

チェーザレはどうだったのだろうか。
魅了はされたかもしれない。だが、そこに恋だの愛だのなどという甘やかなものがあったとは私には思われない。征服と強奪という戦いの図式が敷衍されただけのことと思う。たまさか、相手が美女であったからゆえの延長。だが、チェーザレは後にこう語ったともされている。
「城塞の兵すべてが彼女ほどの勇気を持っていたら、城塞は落ちなかったろう」

カテリーナが、自分のすべてを破壊し奪い去っていった若き美公をどう思っていたのかは、塩野さんの本には書かれていない。


法王の元に護送され、入れば生きては帰れぬといわれたカステル・サンタンジェロの牢に繋がれたカテリーナは、徐々に衰弱していった。上の二人の息子は薄情にも、資金不足を理由に彼女の釈放運動を早々に打ち切ってしまったのだ。かつて剣を突きつけられて脅迫されうえに、「子供などいくらでも生めるのだ!(だからどうでも良いのだ)」と目の目の母親に宣言されてしまった息子たち。薄情も、無理からぬ事だったのかも知れない。囚われの彼女を救い出したのは、かつての敵・フランスの軍人ダレグレであった。

だが自由の身になったとはいえ、領地は喪われ、政局はどこまでも不利であり、カテリーナが女領主の地位に返り咲く日はついに来なかった。法王が熱病で世を去り、同じ熱病に冒されたチェーザレが瞬く間に凋落して死を迎え、世が塗り変わっても境遇は変わらなかった。亡夫の故郷、フィレンツェで幼い最後の息子とともに貧窮の中に生き、宗教書をひもとき聖職者と対話する晩年であったと伝えられる。チェーザレと死闘を繰り広げた9年のちに、カテリーナはフィレンツェで没した。享年46歳。

恋と美と戦いに生き、ほぼすべてを喪い、敬虔さだけが残った人生だったろうか。

だが彼女の血と魂を受け継いだ最後の息子ジョバンニは、軍人として成長し、名声を上げ、その子孫は全ヨーロッパの王室に流れゆく、素晴らしい系図となったのだった。



***********************

政治的に見れば、彼女がチェーザレ軍に挑んだことなど、まったくの無駄であったのかも知れない。
真に領民のことを思う主であるならば、無益な戦闘などするべきではない。
マキアヴェッリですら、「彼女は砦を強化することなどよりも領民の心に沿うべきだった」と書き残しているのである。
だが彼女は闘った。
そして伝説となった。
3度の結婚。すべての夫は彼女を置いて先立った。「命など、なにほどのものか」と思いつつチェーザレ軍を待っていたのでは無かろうか、と思えて仕方がない。
波乱と、悲嘆と、憎悪に満ち、だが一筋の歓喜もあったろう一生。
その混沌を、憎しみも苦しみも、愛したがゆえの悲哀も、ただひたすらに激しかったその人生を、だが彼女は、他人の如何なるそれとも引き替えようとは思わなかったであろうと、私は勝手に確信するものである。


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2010. 04. 20  


ルネサンス期、ヨーロッパ全土の民から「イタリア随一の女性(ラ・プリマ・ドンナ・ディターリア)」の呼び名で讃えられた美女がいた。
肖像を見る限り、繊細な面立ちに女性らしいまろやかな美をたたえた、たおやかで上品な淑女である。
この女性の、自身の美容に対するこだわりと追求は高度に洗練されたものであり、彼女が独自に研究して作り上げた美容・化粧・健康のためのレシピは後代、全ヨーロッパの貴婦人達の手本となって広がり定着していったという。

カテリーナ・スフォルツァ。小国フォルリの女領主。

だがその繊細な華のごとき容姿の奥に潜んでいたのは、いかなる艱難辛苦も砕き壊して焼き尽くす、灼熱烈火の魂だった。
イタリア随一の女性。もう一つの通り名は「ラ・ヴィラーゴ・ディターリア(イタリアの女傑)」。
炎の如く闘い、炎の如く愛し、残忍無比の仕打ちでもって領民を震え上がらせ、「カテリーナ様が来ますよ」と言われれば泣く子も黙ると言われた伝説の女丈夫。

塩野七生さんが「ルネサンスの女たち」の中で描いた彼女のポートレイトの鮮烈さに匹敵する存在を私は他に知らない。少なくとも日本の歴史の中には見つからない。

荒くれ野武士の身から成り上がり、ミラノ公国の主となったスフォルツァ家。
その公女であるカテリーナは、家名の語源である「ロ・スフォルツォ(何事をも力で成し遂げる)」の精神を先祖から受け継ぎ守り抜こうとした気概の主でもあった。

14の時に、父を暗殺で喪う。
その涙も乾かぬうちに、法王の甥にして後継者・ジローラモの妻となるためローマに嫁ぐ。
齢14の豪胆な美少女を、時の法王シスト4世はことのほか溺愛し、ローマのファースト・レディとしての栄耀栄華をほしいままにした生活であったという。

だが夫のジローラモは粗暴で無思慮な男であった。
伯父であり、絶大な後ろ盾であった法王の死後、ジローラモもまた暗殺の憂き目にあう。
カテリーナは幼い子供たちと共に反乱軍に捕らわれ、国を、城塞を明け渡すように迫られるのだった。

だが、「必ず城塞を明け渡す。家臣を説得してみせるから私を行かせてほしい」と反乱軍に言い残し、単身城塞に消えたカテリーナは、待てど暮らせど出ては来なかった。
一夜が過ぎ、二夜が過ぎた。
しびれを切らした反乱軍は、彼女の幼い息子たちを城壁の下に引きずり出し、武器を突きつけ、約束を果たさねば子供を殺す、と叫ぶのだった。

城壁にカテリーナがあらわれた。髪を風に流し、裸足のままで。
脅え泣き叫ぶ幼い息子たち。
「子供の命が惜しければ、言うとおりにせよ!」
カテリーナはやおら、スカートの裾をガッとまくり上げ、大音声で叫び返した。
「この馬鹿者め! 子供など、これがあればいくらでも作れるのを知らぬのか!」

時にカテリーナ・スフォルツァ、25歳。
財力権力の集うローマ、ヴァチカンの膝元で磨かれ抜いた美貌の絶頂であったろう女性のこの蛮勇(ノーパンであったろうと信じる)にあっけに取られた反乱軍の足元に、砲弾がズドンズドンと降り注ぐ。戦意をくじかれた反乱軍はほうほうの体で退却し、カテリーナは貴重な時間を稼ぐことが出来たのだった。

見事反乱軍を崩壊させ、幼い長男を表向きの領主とし、摂政としてフォルリの事実上の主権を握ったカテリーナ。
だが、烈火の女傑は、恋もまた炎の如し。
8歳も年下、わずか18の美少年・ジャコモ。亡夫の小姓であった彼との身分違いの恋は、露見すれば直ちに摂政としての権利も立場も喪うことになる、危険極まりない関係だった。
だがカテリーナは引かなかった。巧みな外交で追求をかわし続け、その裏で極秘に結婚を果たす。

何事をも成し遂げる魂。真っ直ぐな、剛毅な心。
闘いにひるまず、脅しに屈せず、恋もまた迷うことなし。
愛したからには結婚する。
愛人などという姑息な隠蔽は、彼女の生き方そのものに対する侮辱、とでも思っていたのではあるまいか。

だが、溢れるほどの愛を注がれたゆえの増長か、女領主の夫としてのさばりはじめたジャコモは、家臣たちの憎悪を買ってしまった。
カテリーナは、父、最初の夫に続いて、二人目の夫まで暗殺で喪うことになるのである。

心から愛した第二の夫を殺されたカテリーナの憤怒は凄まじかった。ただちに始まる血みどろの復讐劇。首謀者たちが捕らえられ、拷問の果てにズタボロの死体を三ヶ月城壁に吊しただけではとどまらなかった。
「一族郎党、家系の末端に至るまで血を絶やせ」
女も子供も老人も差別なく容赦無く、あるものは斬られ、ある者は死ぬまで馬に引きずり回され、幼い子供を抱いた母親は生きたまま井戸に投げ込まれ、10日あまりの間に、殺された者40名、投獄された者50名、フォルリの市街は連日連夜、引き立てられていく人々の哀願と悲鳴に満ち、ロマーニャ全土がその残虐に震え上がった。
恐るべきカテリーナ。この衝撃は伝説となって、今に至るもフォルリ地方での子供の躾に使われる脅し文句となっているという。

憤激が収まり、冷静さを取り戻しても、カテリーナはあまり良い領主ではなかったようである。強引な圧政に、領民の心は離れていく一方だった。
それでも、持ち前の気力と意思でもって、フォルリのちっぽけな国境を彼女は必死に守り続けた。イタリア半島はまさに油断を許さぬ戦乱の時代を迎えていたのだ。時に小ずるく、時に大胆に、怜悧に鋭く立ち回らねばたちまち立場を失う。父も夫もすでに亡く、長子はイマイチ愚鈍であてにならず、まさに孤軍奮闘。
女としての美貌も武器にしながら、巧妙に交渉を有利に持ち込んでゆく様を、フィレンツェの外交官であったマキャヴェッリは
「男の心を持った女性」
と敬愛の気持ちでもって書き残しているそうだ。
この頃、カテリーナ36歳。徹底的な美容術によって、未だ凛然と麗しかった彼女に、運命のドラマはまだまだ残されていたのだった。

第3の夫となるべき美青年、メディチ家の貴公子ジョヴァンニとの出逢い。

そして、愛でもなければ恋でもない壮絶な出逢い。
互いの存亡をかけた命のやり取り、彼女のすべてを蹴散らし飲み込もうとする、人の形をした黒い嵐、「絶世の美公」チェーザレ・ボルジアとの邂逅。

破竹の勢いで諸国を片っ端から平らげ続け、イタリア中の男たちがたたきのめされ屈服するしかなかった「悪魔の子」チェーザレに、ただ1人、女の身で正面激突で挑んだ女、カテリーナ。

一晩ではまとめきれなかったので、続きは後日!

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2010. 04. 13  
久しぶりに晴れ。だが明日からまた冷えるらしい。
あれこれ小ネタを貯め込んだ気がする。箇条書きで済ませられる性格ならよかったのに。どうしても簡潔には書けない性分なのだった。

だが試みる!

@ここ最近、ゴセイジャーが面白くなって来た件。

設定に特色が無い以上、日常アルアル愉快ネタで押すことになったか。キャラの説明も完了し、熟してくるのはこれからなのかもしれない。

@ゲゲゲの女房が面白くなってきた件。

しげる氏が登場して、やっとやっとドラマらしくなってきたと感じた。(べっ別に私がムカイリーを贔屓にしてるからってわけじゃないんだからねっ!)村井家は実にユニークだ。
良くも悪くも、ヒロインの少女時代は凡庸過ぎた。主演女優が「背が高かったばかりに売れ残った女の劣等感」を表現しそこねていたのが退屈の原因の一つだと思う。

@目標と目的の相違について。

相変わらず夜な夜なスカイプで若いオタク美少年美少女(推定)たちとキャッキャウフフしているわけだが、そこで出た興味深い話題を一つ。

「目標と目的の違い、説明できますか?」
「んっと、目的を果たすために必要な、一つ一つの目当て、目指す印みたいなものが目標?」←間違い
以下、某氏によるところの目標と目的の違いと、物語創作との関連性の定義。

*「目標」に至る問題の解決、それに必要な手段が「目的」である。
*物語を創るには、主人公に目標をもたせて、目的を解決させていけば良い。
*目的と目標が転換すると、展開は一本道となって、自由度を喪う。

なるほどなるほど、と聞いた翌日に観たハートキャッチプリキュアにおいて、突如現れたダークプリキュアがブロッサムたちに
「私には目的(心世界の砂漠化)がある。お前たちには無い。だからお前たちは私には勝てない」
とケンカを売り、だが数分も経たないうちに
「私たちにはちゃんと目的(心の大樹を護る)があって、それで良いじゃない」
とあっという間に自己解決してしまったのを観て、いささかつまらないなぁ、と思ってしまったのだった。
達観までに3週間くらい苦悩しても良かったのじゃないかなぁ。

むむっ、イカン、だんだん長くなってきたぞ!!ww



@塩野七生さん「ルネサンスの女たち」面白すぎる。

まずはイザベッラ・デステ。偉大な政治家にして芸術愛好家。戦乱のイタリア半島で、故郷フェラーラと嫁ぎ先のマントヴァを無血で守り抜いた豪胆な外交手腕と徹底したノブレス・オブリージな生き様で、随一の女性と広く讃えられる。

次にルクレツィア・ボルジア。偉大すぎた父と兄に翻弄される悲劇の人生と見えながら、心の赴くまま大いに恋し恋われ、多くの愛人と子に恵まれ、どこまでも女で在り続けた、ある意味で勝ち組だったかもしれない人生。破格すぎる兄への思慕がなければ、あるいは破格過ぎる夫の存在がなければ、ここまで色恋沙汰に満ちた生き方もまた、無かったかと思われる。

そしていま途中なのが、ルネサンス・イタリアにおいての最強のヴィラーゴ(virago=女傑)と呼ばれた女領主・カテリーナ・スフォルツァ
この人の人生と、チェーザレ・ボルジアとの正面切ってのぶつかり合い(ガチで戦闘)の経緯は、あまりと言えばあまりに壮絶かつ勇壮なので、日を改めてじっくりブログに書いてみたいのだった。
まぁ中二病VS中二病、という趣もあるけどね。それだけに、激しくドラマチックなのだった。

ドラマ、というのは、平凡ならざる、尋常ならざる、並々ならぬ、それでいて共感できる展開、ということなのかなぁ、と思った数日だったことよ。


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2010. 04. 08  
惣領冬実さんの「チェーザレ」、図書館に予約はしたのだが、5人分も予約が先行していては、私の手元に届くのはいったい何時のことやらと思い、とうとう購入してしまった。とりあえず4巻まで。
と、同時に、やはりチェーザレが登場するマンガ作品ということで、さいとうちほさんの「花冠のマドンナ」も買ってしまった。これまたなぜか4巻まで(そこまでしか駅付近の書店に無かったんだもの)。


で、もう惣領さんのチェーザレのものすごさに圧倒されまくりなのである。
これは、まさにガチンコ勝負! チェーザレのキャラ造形の深さ、切れ味、端麗さもさりながら、彼が生きた時代、生きた土地、その世界を描き尽くさんとする、その意気込みが素晴らしすぎる。
これだけの絵を描くために、いったいどれほどの資料を集め、調べ、吟味しなければならないか。
そして得た情報総てを、己の中で再構築して出力するのに、どれほどのたうち回らねばならないだろうか。
写真を見てその通りに描くとか、写真を加工・トレースしてどうのこうのだのといった安易な手法では決して描き出せない、奥行きと空気感のある見事な画面となっている。
惣領さんの、マンガ家としての技量の円熟ぶりと、全力をもってチェーザレという時代の寵児を蘇らそう、と言わんばかりの気合いがひしひしと伝わる。
4巻時点ではまだまだ話が転がりだしてもいないほどのじっくりペースなので、もしかすると惣領さんのライフワークになるのかもしれない。だが、すでにして傑作である。
いずれ遠からず、映像化などの他メディアへの展開が起きるだろうと思われる。その暁には、ちょっとしたボルジア・ルネッサンスブームなども来るのかも知れない。


でもって、さいとうさんの「花冠のマドンナ」が、これがまたなんともいかにもな「さいとう節」というか、その華麗さ、色っぽさ、典型的少女マンガ的真髄が凝ったような、乙女脳髄の芯からブルブル震えてしまうような、ロマンの中のロマンの連続連発、「チェーザレ」とはまったく違った方向に圧倒されまくる作品である。なんと、なんと、なんと妖しくけしからぬまでに、さいとうチェーザレのなまめかしいことよ! たまらん、こりゃタマランと、本を口に当てて右へ左へ駆けずり回りたくなるほどに、乙女心を騒がす色香なのだった。

女性同士で同じ歴史上の存在を描きながら、これほどまでに作品の色合いも違ってくる、その事実そのものも私には愉しい。

どちらが良い悪いというものでは無いとは言え、歴史そのものとがっぷり四つに組み合って、怜悧さ冷酷さ、そして空気を読んでいるようでまったく読んでいない、人間を人間とも思ってない(思えない)天然の残酷さまであますことなく描き出そうとしている惣領版チェーザレの方が、圧倒的に身も世も無いほどに私の心を惹きつける。塩野版チェーザレとも全く違う、まさに独自のチェーザレ。そして、マンガという最高の媒体を得て、かつてなかったほどの迫真性を持って彼の生き様や思想が世に問われ続けていくのだろう。
その流れこそがまた、ロマンだ。

いつか私も、私だけの、私にしか描けないチェーザレ像を造り出せたら。
そう思わずにいられなかった。
だがしかし、惣領版、塩野版、いずれにも、逆立ちしようが一生かけようが迫ることが出来る気もしないのだが。
ともあれ、私の脳内ツバメ箱に、また1人、燦然と輝くスターが追加された。嗚呼チェーザレ、光と闇、神と魔、理(ことわり)と理不尽、あらゆる両極を抱え込んだ漆黒の星よ。

塩野さんの「ルネサンスの女たち」も確保済み。
ボルジア・マイブーム、まだまだ当分続きそうなのである(´ー`)





****訃報*****

佐藤史生さんがお亡くなりになってしまわれた。
ああ、佐藤さん、「ワン・ゼロ」、好きでした。本当に、大好きでした。
「ニューロマンサー」が日本上陸するかしないかの時代、まだ誰もサイバーパンクという言葉も知らなかったあの時代に、ギブソンに先駆けてかくもサイバーなSFが日本の女性マンガ家によってすでに描かれていた、という驚異の事実を、どれほどの人が今知っているでしょう。貴女の作品はどれも一級のSFであり、すべてが珠玉でした。心より逝去を惜しみます。合掌。


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2010. 04. 05  
塩野さん書くところの、ルネッサンスの申し子・チェーザレの偶像の、あまりのゴージャスさに酔いしれて数日。

「動作、声音、言葉ともに、大君主の血を引く者の典型を示し、なによりも、真の貴族的精神を持っていると見ゆる」
「灰色の目及びオレンジ色の髪の毛を持つ大変な美男子」
「容姿ことのほか美しく堂々とし、武器を取れば勇猛果敢であった」
「今世紀(15世紀終わりから16世紀開始頃となる)に生まれた中で最高に麗しい男」

溢れんばかりの美辞麗句の数々。
さて、肖像はいかなるものだろう?

これが、困ったことに、たいして残っていないのだ。ローマ帝国時代の記録抹消よろしく、政敵であった法王ユリウス(ジュリオ)2世によって、当時モノの肖像画が片っ端から処分されてしまったらしい。

画像検索でひっかかるこれとかこれとか、「のーのー、のーっ!」と首をブンブン振りたくなるような風情である。

塩野さんが著書のトップに飾るためにチョイスなさった画像はこれである。


で、ホンの僅かの期間とはいえ、チェーザレと稠密な絆で結ばれていたと思しき大天才・レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「チェーザレと思われるスケッチ」がこれなんである。

いや~ん><

だがしかし。
ここで21世紀の日本の腐婆の美的観念を持ちだしてどうのこうのとほざくのも愚の骨頂でしかないだろう。
その時代、その世界においての美の概念はそれぞれ多様であるのが当然。平安時代の日本での美男美女なんてこんなんじゃわいなぁ。

人間が、美を放つ時。
つまり、その個人の周辺にいる他者が「美形」であると見なす時。
そういうとき、人間が放っているのは、光学的外見では無いのである。
「イメージ」なのである。オーラ、と言っても良い。
「美しい」と感じさせる雰囲気。ムード。そういうものを受け取ってこそ、他者は個人に美を見出すのである。
実際、人間の外見的、光学的美など、つまらないものなのだ。
突き詰めれば、均整しか残らない。平均化されたのっぺりした凸凹の無い値。それが人間の美とされるものの正体である。
少なくとも私は、そんな平均値などに何の価値も見出さない。
真に大事なのはイメージである。如何に想像を喚起し、掻き立て、心騒がせ、浮き立たせ、脳汁分泌を促して、心に輝きをもたらすか。そうでなくては美とは言えない。

チェーザレ・ボルジアが、他者にもたらしたのは、強烈な美のイメージそのものだったのだろうと推測する。

乱世のイタリア半島。群雄割拠、外敵も数知れず、ありとあらゆるベクトルが絡み合って乱れること麻の如しであった当時のヨーロッパにおいて、誰も到達しえぬ遙か彼方を幻視していたであろう青年。

「いがみ合う勢力を統一し、イタリアを一つにし、我が手で治めん」

チェーザレ本人が見ていた夢こそが、絢爛たる美であったろう。
周囲は、彼から溢れこぼれる夢のイメージを受け取った。
だからこそ、チェーザレはかくも美と威風のイメージで語られたのであろう。
ロマンに生き、ロマンそのものであった青年、チェーザレ・ボルジア。
31年の短い生涯は疾風のごとき速さで過ぎた。

だが疾風とはすなわちあっけなくかつ定かならぬものである。
人の夢と書いて儚きと呼ぶ定めに従い、その不安定さ、不確実さをも見ねばならぬだろう。

端的に言って、塩野さん書くところのチェーザレ像、およびWikiなどから得た情報を総合して、私が強く感じたチェーザレのイメージの最たるところは
「中二病のなれの果て」
であった。
哀しい結論だが仕方無きこと。

法王の息子という、最高権力に守られた生まれ。破格の財力。天才と呼ぶに相応しい能力の冴え。周囲の人間を片端から虜にするカリスマと美貌。
非のうちどころもないほどに恵まれた存在でありながら、なぜかくも飽くなき野望と夢を持ち、嵐のような勢いで生きねばならなかったのか?

チェーザレを追うことは、人間の野望の本質を問うことになるのかもしれない。

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2010. 04. 02  
昨年の春、オタク川柳大賞に感動したエントリを書いていたりしたわけだが、今年もまたやってきちゃったようだね!(^ω^)

そして今年の1位もまた、昨年に負けず劣らず素晴らしい。

「この知識 オタクに普通 世に不通」


なんという洗練っぷりだ。感嘆するしかない。
2位以下も楽しい作品が多いので、興味のある向きはこちらへ



「優雅なる冷酷」ようよう読了。
冒頭に書かれている、チェーザレの宝剣、数百年にわたり「剣の女王」と呼ばれ続けたという至宝の画像がどこかで見られないかとネットを漁ってみたのだが、見つからない。ある貴族の家の所蔵ということで、門外秘出なのかもしれない。
だが、一部を描いたイラストをなんとか発見。「ティンクエディア」という幅広の短剣仕様であるらしい。

もっと詳細が判る画像ないのー? 写真、ないのー?ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿
情報求む!!

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2010. 04. 01  
塩野さんの「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」を読み耽る数日。


チェーザレ・ボルジア。
この名は、私にとって特別な名なのである。
初めてこの名を知ったのは、中学に上がったばかりの頃だったと記憶している。およそ30年以上も前。おそらく、学習雑誌かなにかに載っていた、マンガで題材になっていたのだ。

どこやらヨーロッパと思しき名家、美貌の兄妹。兄は妹に並々ならぬ執着を抱いており、妹の婚約者に激しい嫉妬を燃やし、彼を自室に呼び寄せて、ある1本の剣を見せるのだった。
妹の婚約者は華麗な装飾に彩られたその剣を手にとって
「ラテン語でなにか彫ってありますね。ええと……私は、ラテン語は詳しくなくてね」
そこで、兄は剣をそっと己が手に取り戻し、ラテン語をなぞりながらこう言うのだ。
「ここに彫ってあるのはな……君は、ルクレツィアの夫にはふさわしく無い、ということだ!」
叫ぶやいなや、婚約者を一撃で葬り去ってしまうのである。

その後、兄は妹の新しい夫も殺してしまったり、それ以外にも毒殺謀殺やり放題、そしてそれがどれもこれも神の許し賜わぬ兄妹同士の禁断の愛ゆえの……という内容だったと記憶している。
あまりに印象的なマンガとの出逢いであり、これ以降、私の脳裏には「ボルジアの兄妹」という言葉は、「禁断の愛」「毒殺」「血塗られた陰謀」「野望と美貌」などの厨二病溢れるイメージをゾロゾロと引き連れた記憶となって残ったのだった。

その次に、チェーザレという人物を意識したのは、中学3年くらいのころ。
青池保子さんの「イブの息子たち」というマンガ作品にて、である。

ちと解説すると、この作品は、「華麗な少女マンガのタッチでもって、ハチャメチャなスラップスティック・ギャグを描く」という、それまでのマンガ界の常識や定型を完全に破壊してのけた、真に革命的な記念碑的作品だったのだ。この偉業が日本のマンガ史の中ではもっともっと声高に評価されるべきだと私は常々思っているのだが、どうにも日本のマンガ評というモノは少女マンガに冷たいのである。ケシカランわ(`・ω・´)!

さて、イブの息子たち、という作品は、古今東西の有名人を次から次へと大量に登場させては絡ませ(今風に言うならBL的に)てゆくという、実に大胆な構造を持っていた。
孔明が気取ったオカマ風だったり、マリーアントワネットが結い上げた髪のてっぺんに宇宙戦艦ヤマトを飾り立ててとにかく首をギロチンにかけたがっていたり、ニジンスキーがいつもチュチュに身を包んで苦悩に震えていたり、ブッダがどんどん唇だけの存在に特化していったり(空飛ぶクチビルだけになってしまうw)、マホメットが途方もないイケメンとして現れ「テッド・ラピドス。下着には凝る方でね」などと名言を吐いたりしてたりなので、いろんな意味で、今世に広く流布するわけにも行き辛いものはあるかもしれない。

そんな感じの英雄大量無双の世界にあって、たった1人、名を名乗ることもなく、それでいてこの上もなく冷酷な切れ長の三白眼の美貌を持った、得体の知れぬ存在として描かれるキャラがいたのである。「無名の端役」としか語られないその黒髪の美形は、エピソードのクライマックスで、ルネサンス期特有の華麗なタイツ姿でもって、4段ぶち抜きの全身像で現れて場を締める。
だがその期に及んでもなお「そうです端役です」としか名乗らないのだ。

ありとあらゆる歴史上の有名人をいじり倒した「イブの息子たち」世界において、あえて「無名の端役」という扱いに唯1人留め置かれたそのキャラこそがチェーザレ・ボルジアであった。
逆説的に、唯一無二の存在として印象を残すことになったのである。
まさに、特別。青池さんの並々ならぬ思い入れを感じさせる描写であったと思う。


さらに時代は進んで、90年代あたり。
川原泉さんの「バビロンまで何マイル?」にて、私は懐かしのボルジア兄妹と再会することになる。
川原さん独特のゆる~いマッタリ世界においても、チェーザレは冴え冴えと怜悧で冷厳で、華々しくも麗しく、そして静かに哀しく散ってゆくのだった。



どこまでもシリアス。どこまでも美麗。どこまでも悲劇的な、黒い煌めきのイメージ。
幾たびも少女マンガの世界で巡り会ってきたその存在の源流こそが、塩野さん初の長編である、この一冊にあったのだと、ようやく知った次第である。


いかに塩野さんが、この破格の人生、野望に満ちた美貌の青年に激しく魂を燃やしていたか、冒頭からあまりに明確であり、そしてそれが、あまりにピッタリと私の心のツボを的確に押しまくってしまい、その適合性の高さに笑いが止まらないほどである。
まさにルルーシュのようでもあり、アルド・ナリスのようでもあり、イシュトヴァーンのようでもあり、黒が何より似合う存在。
当然のように、黒髪の人物として描かれるわけであるが、Wikiによると「オレンジの髪と灰色の瞳」とも記される。
私はあえて、燃え立つ赤毛と冷たい鉄灰色の対比を想定したいと思うのだった。



さぁ、今宵より萌え萌えに萌えたオタク腐婆のチェーザレ語りが始まるおっ('Д')!

惣領冬美さんの「チェーザレ 破壊の創造者」も全巻予約したじぇっ! 
ただし図書館にな!(買えよアタシw)
人気図書らしくて、5人ほど予約が埋まっている。手元に届くのはいつかなぁ……(*´¬`)



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2010. 04. 01  
ここ最近、ハマってしまって、頻繁に訪れるブログが二つ、ある。
あまりに素敵なので、御紹介させて頂きます。

まずはLegionariusさんの「Legatus」

歴史に関するコラムと、オリジナル画中心のサイト。
詳細な知識に裏付けられた緻密な文章と絵。どちらも毎回素晴らしく、更新のたびにワクワクと閲覧させてもらうのだった。繊細な描線と、静かで落ち着いた色調で描き出されるビジョンは「確かにかつてこうであったかもしれない」と思わせる、独特の雰囲気を持っている。

手塚治虫氏以来の伝統として、記号論主体で描かれる絵が日本には大変に多いわけのだが、そういったいわゆる「オヤクソク」の枠にとらわれない視点でもって、なおかつ膨大な知識と教養をベースとして描き込まれるこういう画風は稀少である。
他の追随を許さない確固たる個性。美術表現において、私が何よりも重視するポイントである。
願わくば、孤高とも言えるこの志を保ったまま、ずっとずっと膨大に描き、かつ書き綴って行って欲しいと願ってやまない。



もう一つは、カトーさんの「キリヌケ成層圏」

「歴史上の人物や著名人の似顔絵と創作切り絵」と銘打たれた、実にシンプルで、それでいて大変に求心力を持ったサイトである。
似顔絵の表現スタイルが、切り絵であり、なおかつサイズ固定の円枠が基準となる、ガッチリとした定型を持ちながら、一枚一枚の絵からほとばしる力強さは、たとえばクラシックバレエ等に通じる「枠あればこその自由」の体現を見る思いだ。
似顔一枚一枚それぞれまったく違う個性を持った「人間」としての、眼力の強さ、輝きを。
それに添えられた簡潔な人物紹介文も含めて、人間そのものに対する賞賛として堪能して頂きたい。



画風・文体、表現の方向性などがまったく違うと言って良いお二人だが、共通しているのは、その豊かな個性と、端正さと、気品溢れる格調高さだと思う。
どうにも昨今、世間の風潮が品も格も無い、利潤追求中心の欺瞞だの誇大だのと言った卑俗に流れがちに思えて仕方ない中、こういう高品位の表現の存在には心洗われる思いである。
両サイトに長き繁栄の恵みがありますように。


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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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