--. --. --  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010. 05. 31  
starbrave

世界観光そのままの風景が味わえる、ヴェネツィアを所属国に出来る、無料体験版あり、と聞いて、たわむれに大航海時代OnlineをDL。ヴェネツィアに降り立ったら、目の前をエンリコさんが通り過ぎていったのにはフイタ。(豪華な装備だった)でもチュートリアルで挫折中^^;
05-30 19:20

久しぶりにエヴァンゲリオン破、鑑賞。これは劇場の大画面で観ておいて本当に良かったとしみじみ思う。映像効果、音響、共にテレビサイズは惜しすぎる。それにしても、一体どんな話になるのだろう。早く続きが観たいぞ!
05-30 19:10

えーっと、来週のプリキュアのゲストは島本テイストってことかコレは?ゴセイジャーの敵が総入れ替えなのは、やっぱテコ入れですかー!?ダブルは相変わらず面白いから特に言うこともないぞぉっ、と。
05-30 09:03

関連記事
スポンサーサイト
2010. 05. 30  
starbrave

マキァヴェッリ「戦争の技術」読中。君主論と違って長い。対話形式だし。それにしても、傭兵とか、外国軍への恨み骨髄って感じ。あと当時にも当たり前にDQNが居たことと、そんなのをうっかり兵士にしてしまったらとんでもないことになる、という断言にはニヤニヤ。
05-29 20:17

起きたら喉の炎症が悪化していた。マズイ。最近滅多にない長期化ケースか。気管支にだけは入らないようにしないと。
05-29 16:44

関連記事
2010. 05. 29  
starbrave

今までカテゴリ皆無、全部未分類で通してきたブログ記事を、100件ほど遡ってカテゴリ分けしてみた。ツイッター連動機能を外すのを忘れていたので、それがぜんぶツイット投稿になってしまい、今、慌てて削除。あうあう。TL汚しお許しをヽ(´Д`;≡;´Д`)丿
05-28 21:01

新三銃士、終了。毎週欠かさず、食事開始を早めてまで、家族で真剣に観続けた作品。終わってしまうと淋しいこと。もうアラミスに逢えないなんてー! そしてありきたりの大団円にはならないところが三谷テイストか。でもSF要素は要らなかったと思うんですわ(・ω・)
05-28 18:40

@mikaponta 発見されました、こちらこそ宜しくですーo(^▽^)o
05-28 18:31

最近ネットを見ると、ふわふわ系のマキシワンピの広告が多い。カンカン帽子もセットで流行。確か私の中学生の頃のファッションだったはず。懐かしくてむしょうに着たくなる。欲しい! 欲しい! マキシワンピ欲しい!…落ち着け、鏡を見ろ、中に居るのは50がらみのキモ婆だーっ!(>_<)
05-28 13:13

リドリー・スコット監督、主演ラッセル・クロウでロビンフッドを撮ったそうな。グラディエーターのカップル再び。歴史モノ、向いてる気がする。そう言えば、ハンニバル撮ってる!…って、そっち違うから!
05-28 13:05

「とととと、殿ー! 宇宙を手にお入れ下さいーっ!」 松坂桃李がラインハルト・ローエングラムだって!!(◎_◎)
05-28 09:07

iPadの発売日。吹き荒れるのは狂喜乱舞か阿鼻叫喚か。レポート待ってますわ?ん♪( ´▽`)
05-28 08:26

関連記事
2010. 05. 28  
マキアヴェッリ全集で、まずは君主論を読む。

想像の斜め上を行く明瞭さ。
そして、なるほどこれが、500年以上もの間、「マキャベリズム」「マキャベリスト」と悪し様に言われ続け、冷酷思想の代表のようにたとえられ続けて来たゆえんかと納得せざるをえないほどの、強烈な性悪説。

ただ、これは実際、書いてる本人は性悪説ともなんとも思っていなかったかもしれない。当然の、当たり前の、単にそれだけでしかない、ありのままの、人間という存在そのものの「身も蓋も無さ」を率直に捉えているだけだ、と思っていたのかも知れない。

だがそれでも、先に彼の伝記を読んで、この君主論がどういう境遇で書かれたものだったか、を念頭に置いて読んだばかりに、私にはどうしても不遇な人生へのルサンチマンが潜んでいるように思えてしまったのだった。

あと、どうにもこうにも、このニッコロ・マキアヴェッリの優秀さが走り過ぎて、かえって机上の空論のように読めてしまうところがあるのも、彼にとっての不利だったのかもしれない。
「目を開けて産まれてきた男」マキアヴェッリ。
見えすぎる目、判りすぎる頭脳がしばしばやらかしてしまう、予断。それは、
「アンタ、実際にそこに居たわけじゃないでしょう?」
「アンタ、実際に自分がそれをやる(やった)わけじゃないでしょう?」
という突っ込まれる状態になりがちなのだ。

実際のところ、マキアヴェッリは、フィレンツェの書記官として外交交渉を山のように請けおい、欧州中の君主と直接対談をさんざんこなしてきた実績はちゃんとあるし、その経験を踏まえた上で史書も大量に読みこなし、史実と照らし合わせた上で、確信的にこれを書いたのだろうけど。
それでもなおかつぬぐい去ることのできない空論感。なぜなのだろう?

思うに、ニッコロさん、アナタね、無茶を言いすぎなんです。
無茶っていうか、どんだけ高等なものを人に要求してるんですか。
ちょー大胆にざっくりと要約させてもらいますけど、つまりアナタ、君主(政治の代表)に
「善人やめろ。でも、周囲の人間には、自分を善人だと信じ込ませろ」
って伝えたいわけですよね。
つまりそれって、名優レベルの役者スキルか、さもなくば狂気と紙一重の天才であれ、と要求してるに等しい。
で、たいていの人間はそんな素養なんぞ持っちゃいないし、持とうと思って持てるモノではないし、素養の無い人間にそんな理想をどんだけ語っても馬の耳に念仏てなもんでサッパリ理解なんぞしちゃくれないし。
で、もし、素養に恵まれている人間相手にだとしたら、「ンな事ァ言われなくても判っとる!」で済んじゃう話なんじゃないすかね。


などと脳内呼びかけしてみる。
なにせニッコロさん、脳内対話トモダチ、仲間、だから!( ゜∀゜)人(゜∀゜ )ナカーマ

とにもかくにも、明晰、鋭利、怜悧が、痛烈なまでに愉しい論だった。
実用的か、という点においてはいささか首をひねらないわけにはいかないのだが(なんせもう時代が違いすぎる)、それでも「人間」というものそのものに興味を持つ人ならば必読と言っても良いくらいの名著だと思う。とにかく小気味が良いのだ。


混迷を深める現代で、日本を安らげるためのリーダーの登場を待望する身としては、指針となるべき導きを見出したかったりもしたのだが、つまるところ何よりも必要なのは、「獅子のごとき行動」「狐のごとき狡猾」よりもなお先決として、すべての人間に大嘘をつきつづけてなお平然堂々としていられる「胆力」なのではなかろうか、と思った次第。

関連記事
2010. 05. 28  
starbrave

DVDで、大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説を観た。出来の良さに驚愕。拍手モノ。ただし、お話は、まぁ、その。御都合主義の見本市みたいな。でも映像のカッコ良さでドーンと帳消し。この監督は凄い! ビジュアルがハッキリしてる。夏の仮面ライダー映画も撮ったそうで、無茶苦茶楽しみ(^-^)!
05-27 21:45

@h_shinjoh ありがとうです。だいぶん、良くなりました(^-^)/
05-27 21:38

@kyoivy フランス騎士道はイメージ的、ヴェネツィアのそれは実生活、という感じかも。時代や社会意識の違いも大きいでしょう。ヴェネツィア人の合理主義は驚くべきものです。国土が無いに等しい国家は、そうでなくてはやって行けなかった、ということなのでしょうね。
05-27 21:37

君主論読了。あまり長くはない。痛烈に面白いけど、かなりのルサンチマン臭と、机上の空論感が気になる。史実の引用が多いので、予めローマ史などが頭に入っていて、良かった。
05-27 17:40

ヒストリエの6巻ゲット。表紙にアレクサンドロスと愛馬のブーケファラスが描いてあるのが嬉しい。あにはからんや、「ブーケファラスはこの話の主人公のエウメネスより有名」と解説つき。アレクサンドロスとこの馬の出会いの伝説はとてもステキなのである。
05-27 17:34

三日前から軽く咳き込んで居たのだけど、昨夜とうとう猛烈な悪寒と発汗。沢山着込んで、掛布を増やして、ガタガタしてたら朝には軽快。熱は、下げるべきじゃ無い、発熱によって病を消そうとしているのだからむしろ上げるべき。ただ、消耗はしたな(ーー;)お粥美味しゅうございました。
05-27 17:30

FC2がツイッターとブログの連動サービスを始めたので、試験運用。一日の終わりに、その日のツイートをまとめてアップだそうな。とりあえず、支障が出るようなら中止の方向で。
05-27 17:25

関連記事
2010. 05. 24  
「海の都の物語」3巻まで読了。
海運国家としてのヴェネツィアが、いかに洗練を究めた、まるで「株式会社ヴェネツィア」とでも呼びたくなるような徹底した管理と統制のシステムを作り上げていったか。
ヴェネツィアの宿敵、気質も在り方もまるで真逆のライバル国家「ジェノヴァ」との丁々発止の武力対決の顛末。
そして千年に渡る盤石の繁栄の中で、女性達はどんな生き方をしていたのか、などが主題だった。

実に細かく、周到に練られた、危険回避のためのシステム。その本質は「分散」。
危険も、利益も、権力も、徹底的に細分化され、一極集中を起こさぬこと。これこそが、ヴェネツィア共和国という、世にも稀なる安定国家存続のキモだった。英雄的であることなど決して許されなかったであろう社会システムが、ヴェネツィア共和国の魂であったのだ。
個人的にはあまり好みではない体制ではあるのだが、トコトンまで個人主義を廃し、人民すべて国家のためとでも言いたくなるような社会構造こそが、実に千年という安定と繁栄の実績を堂々と示していることを思うと、好みだなんだなどという下らない私情を廃して評価をせねばならないだろう。

そして、こちらは実に私好みの、個人主義、英雄主義、一発逆転生きるか死ぬか、でっかく賭けて大冒険ヒャッハー! てなノリの豪放磊落海運国家・ジェノヴァとの、度重なる対決の歴史。
戦争なんてものは所詮は利害の不一致から起きるものでしかないとは言っても、ここまで露骨に「商売の邪魔はぶっ潰す!」という事情だけでチャンチャンバラバラを100年以上、なんてのは、明確すぎていっそ清々しい。

さて、ヴェネツィア運営事情も、ジェノヴァとの激突も大変に興味深く面白かったのだが、今日読んで、なにより衝撃的だった一つの言葉について述べておきたいと思う。

「カヴァリエレ・セルヴェンテ」。

直訳すると「奉仕する騎士」、の意だという。

ここで、ヴェネツィア共和国での女性の在り方についてまず解説せねばならない。
ヴェネツィアは船乗りの国だった。男達は船に乗って世界中を飛び回る。女はひたすら国で待たねばならない。
やっと男が財を築いて戻ってきたかと思ったら、今度は政治の場に出て行き、これまた女は置き去りなのである。
ローマ帝国もそうだったが、ヴェネツィア共和国もまた、性差別の明確な社会だった。一千年の歴史を通して、ヴェネツィアの政治を動かしたと言える女性はただの1人も居ないのである。
貴族の若い女性の生き様の不自由さと言ったら、現代日本の女性から見たらほぼ言語道断とも言うべき束縛ぶりなのだった。朝から晩まで家に閉じこめられ、ろくな教育も受けられない。許される外出といったら、教会に行くことだけである。それも、顔がまったく見えないほどの厚いヴェールをすっぽりとかぶって、召使いに手を引かれ厳重に護衛されてのことである。
貴族の身ならば婚姻相手も選ばねばならないが、身分に相応しい持参金を用意できなければそれも叶わない。そうなればもう、尼となって修道院に入る以外の道は無いのだった。
家に軟禁、もしくは修道院に軟禁。なんの自由も無い生き方。
(しかし中には、修道院行きの運命から脱走を図り、冒険と苦難の果てに他国の大公に見初められ公妃にまでなったレアケースの女性も居たようである)
自由も望みも無く育ち、そんなつもりも無いのに一生神に仕える処女であれ、と女ばかりの修道院の壁の中に閉じこめられ、ストレスとヒステリーの果てに醜聞にまみれる修道女も多かったそうな。

だがしかし、これは裏事情である。
縁に恵まれ、結婚し、貴婦人ともなれば、婚礼前とはまったく別の人生がヴェネツィア女性には開けていたのである。
なにせ夫は忙しい。海を飛び回るか、国政のために飛び回るか。わずか十数万人に満たない人口の小国が、ヨーロッパとオリエント双方の経済を牛耳る八面六臂の活躍をしていたのだ。のんべんだらりと家族との日々を愉しむどころでは無いのがヴェネツィアの男なのである。

ならばヴェネツィアの妻たちは、夫に省みられることもないまま、暇をもてあましていたのだろうか?

そうではない。不在がちな夫に変わって、社会の潤滑油としての社交を担う、という重大な役目が彼女たちにはあったのである。
女性が接待や饗応などの社交を受け持つからには、女性の美もまた最大限に発揮されねばならない。美は女の武力であるからだ。
よって、ヴェネツィアの貴婦人たちもまた、大変に多忙であったようだ。美を磨くこともまた、趣味を超えた実益である以上、その競合もまた熾烈を極めたことだろう。東西双方の交易品が流れ込むヴェネツィアにおいて、異文化の美とアートが混じり合い、エキゾチックで華麗な独自のヴェネツィア・スタイルが確立され、流行の発信源にもなったようである。

さて。
社交と美に満ちた女の人生。
それは、大いなる危険もはらむものである。ズバリ、恋愛という名の病である。
そして、恋愛という要素ほど、安定をかき乱すものもない。起きなくて良い騒動、しなくて良い苦労、目も覆わんばかりの惨劇、ありとあらゆる混乱の源たる、人間の業病「恋愛」。

だがしかし、「共和」を洗練の極みに押し上げたヴェネツィア社会は、とある一つの制度を持ってこの業病を制していたそうなのだ。
それこそが、今日のタイトルである「カヴァリエレ・セルヴェンテ」、「奉仕する騎士」なのである。

いったい、どういう奉仕をする騎士なのか?
18世紀の記録によると、貴婦人の生活を起床から就寝まで徹底的にサポートおよびエスコートする若人のことなのである。
朝のドレスとアクセの選定をアドバイスし、ミサや散歩やショッピングに付き合い、食事を共にし、サロンにおいては教養と知性を披露しつつ会話を盛り上げ、トランプやチェスなどのゲームの相手をし、舞踏会にはもちろん付き添い共に踊り、夜が更ければ婦人を自宅の寝室まで送り届けて、そして退去する。本来夫がすべきであるすべてのことを肩代わりするのである。家庭内の細々とした心配事の相談にものり、力を貸し、婦人の人生すべてをフォローすべく包み込むという、安易にはとうていこなせない激務なのである。
しかも、まったくの無報酬で、である! なにせ「奉仕する騎士」なのだから、見返りなど求められるはずもない。

一体どこの国のどんな女が、こんな厚遇を受けられるというのか。女王であってすら夢でしかないであろう、こんな徹底奉仕を、ヴェネツィア共和国では何千人もの女が享受していたというのである。
そしてヴェネツィアの男たちは、この制度を社会の安定のために公に容認していたのである。カヴァリエレ・セルヴェンテとの密接なデートの日々は、誰はばかることもない、堂々たる女の権利だったのだ。

ヴェネツィアを訪れたフランスの旅行者は、この制度に驚き、「奉仕役の騎士は、夫の何十倍も婦人と結婚していることになる」と語り、その後で「本当に騎士は、婦人を寝室に送り届けただけで済ませるのだろうか?」という、いかにもな疑問を呈してもいるのだ。
この疑問に対する塩野さんの論述がふるっている。
もちろん、愛人と騎士の境界がはっきりしない場合も多かったろう、と前置きした上で

「しかし、この種の心配は女心を知らない者のすることである。このような場合、女にとって、肉体をともにするかしないかということは、たいした問題ではなくなる。女を生き生きと美しくするのは、時折の肉体関係ではなくて、絶え間なく与えられる、男たちの讃美と繊細な心くばりに負うほうが多いものである」

船乗りの国、ヴェネツィア。その国家が人心安定の手段として採っていた、目を瞠るような制度は他にもあるのだが、人間のもっとも根元的な闇の感情である「嫉妬」の制御にかかわるこの「奉仕騎士」の制度こそは、叡智によって人間と社会がどこまで強靱たりえるか、という一つの証明でもあるだろう。

中世フランスの騎士道精神は、神と貴婦人に無償の愛を捧げるものだった。
が、「愛」ばかり捧げられても、実際、どれほどの役に立つだろう? と塩野さんは問いかける。
まさしく、私が最近よく考えることもでもある。大事なのは「実」である。「夢想」なんぞ腹の足しにもなりはしない。「貴女をこんなに想っております」ハイハイそれがどうした。それがなんになる。想いなぞ個人の脳内だけの完結ではないか。大事なのは、重要なのは、実際に何をどうするか、という行動なのだ。生きるために。生きるとは絶え間ない小さな闘争の積み重ねに他ならない。人生は24時間営業なのだ。具体的に、それをどうすれば支えられるか、というビジョンも知識も欠落した夢想だのロマンだのは、自我のウザい押し付けでしかないのだ。

「ルネサンス時代のヴェネツィア騎士道精神は、女を幸福にしただけでなく、夫まで幸福にし、さらに若者の人生教育にも役だったのである。フランスの騎士ばかりが有名なのは、あまりにも不公平なあつかいではないかと、女である身としては思わずにいられないのだが」


と、塩野さんは結ぶのだった。然り。然り! 

だがしかし、このカヴァリエレ・セルヴェンテについて、ネットでちょいと調べようとしたのだが、このままのカタカナ名称で現れるのは塩野さんの記述ばかり。イタリア語でググっても、あまり明確な記載が無い。マジでマイナーな騎士道制度なのかもしれない。

そんな中見つけた動画がこれ↓
大貫妙子さん歌う「カヴァリエレ・セルヴェンテ」である。


なお、奉仕騎士の行動を読んでいて、私の脳裏によぎったのはズバリ、「メイちゃんの執事」そのものだった。あれって、執事とは言っても執事でもなんでもなかったよなぁw 要するにカヴァリエレ・セルヴェンテのことだよね。

とは言っても、奉仕騎士の奉仕を受けるに相応しいだけの生き方をヴェネツィアの貴婦人はちゃんとしていたはずである。海運国の平和と安定を本土で護るという、責任と使命を果たす覚悟と行動あってのこと。ただただ女であるというだけでねだりさえすれば厚遇が得られて当たり前だなどと夢想するバカ女が居たとしたら、そんな女にこそフランス式の騎士道夢想だけくれてやりゃぁバランス的に丁度良いのではあるまいか、とも思うのだった。




関連記事
2010. 05. 19  
息子が月一のお出かけに行ったスキに、夫の人と一緒に「第9地区」を鑑賞。
都市の上空にポッカリ浮かんだ巨大宇宙船の映像は、鉄板古典SF名作「幼年期の終わり」を思い出させる。
最近めっきりハリウッド映画には食傷気味なのだが、なんとなく雰囲気がハリウッド的では無かったので、引き込まれてしまった。
なかなかにハードで容赦の無い設定と展開。清々しいまでに残酷なバイオレンス。

だが、物語は実にありふれた、男が男泣きする流れに収束していくのだった。
「君ら(誰というわけでもない、私の脳内にちらつく「漢」たちのイメージ全体の意)、こーゆーの、大好きだよね~」と思いつつ終盤。物語の軸はまったくぶれない。見事なまでに人間的なのだった。

グロいのも、暴力的なのも、色っぽい美男とかがまったく出てこないのも、人間の人間たるがゆえの醜悪さや卑怯さがテーマでも別に一向にかまわないし、むしろそういうのも大好きだし、面白く興奮させてくれさえすれば私は満足できるのだが、「意外性」が無いのはやっぱりちょいといただけない。
SFぽい背景を見せた以上は、センス・オブ・ワンダーはどうしたって欲しかったのだ。映像的には迫力と高テンポがあってなかなか魅せてくれたのだが。



さて、先日の日曜に、あっと驚くアニメ放映を目にした。
「三国演義」である。
お話はもちろんあのいわゆる「三國志」。もう幾度となくアニメ化、映像化を目にしてきた有名どころなのだが。
とにかく、このアニメ、異様なのである。止まった絵を見てるだけでは判って頂けないと思うので、興味のある向きは、なんとか映像を観て欲しい。

まず感じたのは
「こ、これは! クソ懐かしい「合作」のかほりー!('Д')」

解説しよう! およそ20年以上も前、私が上京してアニメスタジオに入社し、ごりごりと彩色の仕事に従事していた時代、そのアニメスタジオでは「合作」の製作を多く請けおっていたのである。
この場合の「合作」は、アメリカが資本を出し、原案や設定などを決定し、作画や彩色、撮影などの実製作を日本のアニメ会社が担当していた作品の事を指すのである。「マイティオーボッツ」とか「サンダーキャッツ」とか、私が色を塗っていた作品としては「ポップルズ」とか、日本ではほとんど紹介もされてない知られざる存在でしかなかったのだけど。

制作と製作が別れていた事情もあり、内容的にも作画的にも、なんとも微妙なものが多かった。作り上げたいモノのイメージについて統一性などがどうしても取りがたいし、予算の問題もあるし、意思疎通も難しいからニュアンスが食い違うし、なにより文化の違いが齟齬を産みがちだったようである。

その時代の「合作アニメ」にふんぷんと漂っていた微妙感。
それをさらに煮詰めて濃厚にしたかのような異様さに満ちているのが、この、「三国演義」なのである。
「きっと合作! 多分合作! さぁどうだ!」
調べてみると、間違いなく「合作」であったのだった。
ただし20年前のそれらとは違い、日本と中国の合作なのであった。日本側は、資本の一部と、絵コンテ部分のスタッフを提供しているようである。シナリオや作画は中国スタッフ。
そして何より特徴的なのは、動画の作成の多くをCGによる中割でこなしている、という点だろう。
コンテが日本人担当なので、画面的には一見見慣れた日本のアニメぽい構図になっているのだが、作画のアプローチがまったくもって日本的ではない。日本人がつける「演技」ではないのである。表情の動き、所作、動作、身ごなしの表現、いずれもが実に異様なのだった。
だがしかし、「これが中国風なのか?」と問われれば、私はうーん、と首をひねってしまうのだった。
だって老年オタクとしては、中国アニメと言えば真っ先に頭に浮かぶのが「ナージャと竜王」なのだものw



ナージャの可愛らしさは異常。なんという萌えキャラっぷり。この格調! この優雅さ! ロストテクノロジーというタグに納得。

……いつの話をしているのだって? すみません冗談です。日本のアニメと言えば「ホルスの大冒険」だろうが、みたいな時代錯誤の論調になったことを反省します。

それはさておき、最初こそ見慣れぬ異様さにぎょっとしたものの、シナリオは堅実だし(展開は異様に速いが)、なにより画面から熱意や意欲が溢れている(滑ってもいるけど)。「俺たちの歴史物を、俺たちの手で、俺たちらしく創るのだ!」と言わんばかりの気概が感じられる。隣国ではあっても精神文化がいろいろ異なる中国の、中国ならではの表現に親しめる貴重な機会として虚心坦懐に受容するべきではなかろうか。少なくとも個人的には、三國志のキャラをムチムチプリリンな美少女達に変身させてエロ絡みなんぞさせているアニメを観るよりはマシな時間を持てると思うのだった。なお主題歌もEDも実に素晴らしい。さらに主題歌のみならず呂布の声も担当している、ささきいさお氏がとにかく素晴らしい。まさしく「貴方が神か」と呼びかけたくなる魅力である。お歳を考えるとなおのこと。



さてさて、毎朝「ゲゲゲの女房」を楽しく観ている。
とにかくムカイリーのしげるがステキすぎる(*´д`*)

そして、夫の人にもムカイリーしげさんが好評で嬉しい。
「あれは、魔性だ」
とまで言うのだった。一見、地味なイケメンのムカイリーがチラチラ醸し出す色香が、男性にもちゃんと伝わっているのだなぁ。とはいえこの日のエントリにも書いたけど、夫の人は海老様の刑事を観て以来、「腐兄」には覚醒済みではあるわな。


あれぇ~? 塩野本を読むペースが落ちてるなぁ、いかんなぁ。せっかくマキアヴェッリ本人の著作も届いているのに。

ちょいと、スカイプ仲間たちと夜な夜なハンゲームの麻雀に興じすぎているのも問題かもしれない。学生時代に麻雀囓って四半世紀。ようやっと「賭け抜きの純粋知的遊戯」としての麻雀を打ってくれる人たちに恵まれた! 実にありがたいことである。私の世代の奴らってのぁ、「賭けなきゃ麻雀じゃねーだろ」などと平然とほざく違法野郎どもばかりだったのだもの。そんな怖ろしい遊びに付き合えるかっつーの('Д')! 
しかし、「西」牌を切るさいに「シャア! シャア! シャア!」と歌い出すという伝統芸が脈々と受け継がれている事実には笑った。これもまた四半世紀モノのネタだわなw




関連記事
2010. 05. 10  
「海の都の物語1」読了。

パックス・ロマーナ崩壊のさなか、地中海世界を襲ったフン族の王・アッティラの蹂躙から逃れようと、海水と泥地しか無い「ラグーナ(潟)」に住処を求めた人々が居た。
軟弱な地盤の奥底まで数多の杭を打ち込むことで礎とする。
数多の水路と運河の整備によって水流を掌握する。
こうして、海にぽっかりと浮かぶ奇跡の国家が誕生した。東地中海の女王、ヴェネツィアである。

海とも陸ともつかないラグーナで得られる産物といったら、魚と塩しかない。だからこそ、この国家は交易によって命脈を保つしかなかった。アキンドの、アキンドによる、アキンドのためだけの国家ヴェネツィア。そのような国家が生き残るためには、人智を尽くした運営が必要だった。合理と怜悧。協調と平等。研鑽と権謀。
洗練の極みとも言える政治力と運営力で、わずかな国土しか持たなかったにもかかわらず、莫大な富と一千年に渡る歴史を積み重ねていった奇跡の海の共和国。
その成り立ちと発展がこの最初の巻での主題である。

円滑な海運のために、東地中海沿岸の各所に拠点を設け、補給態勢を整え、すみやかで安全な航海と商売のためのインフラを整えていくヴェネツィア。海路と拠点の拡大のためにはいかなる努力も惜しまなかった。

その大いなる努力の一例として語られるのが、第四次十字軍と連合で実行された、「コンスタンティノープルの攻防」である。
思わず「コンスタンティノープルの陥落」のことか、と早とちりしかけたのだが、こちらはもっと後のことになる。(ちなみにまだ未読だが、いずれ読まねばなるまい)

このコンスタンティノープルを巡る戦争の仕掛け人となった人物が、表題のエンリコ・ダンドロなのである。
生年ははっきりしない。ヴェネツィアの元首に就任した時点で、すでに80歳を超えていた。しかも、若いころに負った傷のためか、はたまた老齢のためか、ほぼ盲目に近い視力しか持たなかったそうである。
だがこの人物、矍鑠(かくしゃく)などという言葉も追いつかない、ほとんど非常識クラスのハイパー老爺なのであった。

エジプト攻略を目的とした十字軍は、兵の輸送を当代一の海運力を持つヴェネツィア共和国に託すべく、エンリコ元首の元に代表を送り込んで交渉を開始した。
ヴェネツィアの総力を挙げて協力する、と提案したエンリコは、十字軍兵士3万5千人と、4千5百頭の馬をすべて運べるだけの艦艇と兵糧を用意する、さらに加えてヴェネツィア所属の武装船50隻と6千名の戦闘兵を同行させる、と約束するのだった。
そして驚くべきことに、そのヴェネツィア軍はエンリコ元首自らが率いる、と言うのである。
すでに90近い老齢、しかも盲目の身を押しての参戦宣言に、騎士道精神溢れる十字軍代表たちは深く感激し、ここに十字軍とヴェネツィア軍との同盟が約された。

ヴェネツィアは、十字軍との約束を万全に果たした。人と馬のための船をいくつも集め、あるいは建造し、水夫を募集し、いつでも出航できるように整えられた古今未曾有の大艦隊が集結した。
集結しなかったのは、十字軍の方であった。
3万5千と約された兵力は、3分の1以下しか集まらなかった。ある騎士は金だけ受け取って動かず、ある騎士は領土拡張に夢中になり、大多数が脱落していたのである。
集まる兵も少なければ、集まる金も少なかった。十字軍は、約束どおり3万5千人分の船と兵糧を用意したヴェネツィアに、多大な借金を抱えることとなり、返せる当ても無くなってしまったのである。

困惑する十字軍に、エンリコ元首はこう持ちかけた。
海路の重要な拠点でありながら、ハンガリーの煽動によってヴェネツィアに反旗をひるがえしたザーラを攻略してくれれば、借金の返済を可能なときが来るまで凍結する、という提案である。
同じキリスト教圏の都市を攻めるという計画に、十字軍内部は大いに揉めたが、結局は同意せざるを得なかった。ザーラはあっけなく陥落したが、時すでに晩秋。大がかりな軍事行動は冬にしてはならない、軍勢はザーラの地で越冬し、復活祭のころに動き出すべき、と十字軍を説得するエンリコ。すぐにでも異教徒討伐に向かいたい十字軍側は抵抗したが、なにぶん船がなければ動けない。切歯扼腕しながら時期を待つしかなかった。

そうして停滞しているあいだに、想定外の客が十字軍を訪れる。政争で追放された、ビザンチン帝国の皇子・アレクシスである。
「どうぞ行き先をコンスタンティノープルに変えてください。非道な簒奪者を追い出し、正当な後継である自分を帝位に復帰させてください」
そして成功の暁には、莫大な報奨金と、兵力の提供と、さらには、カトリック派の悲願である「ギリシャ正教とカトリックの統合」を約束したのである。
金もさることながら、高邁な宗教的理想を掲げる十字軍にとって、ギリシャ正教がカトリックの軍門に下る名誉こそが重大だった。

かくして、異教徒を討ち果たし聖地を奪回するのが目的のはずの十字軍が、一転して同じキリストを奉じるビザンチン帝国の首都・コンスタンティノープルを落とすべく、その矛先をひるがえしたのである。

人類最大の都市、コンスタンティノープル。栄耀栄華を極めたビザンチン帝国の首都。その都市を、2万にも満たない兵力で攻略しようというのである。巨大な城壁に取り巻かれた都市の住民の数は、十字軍の200倍。
これでどうやって勝とうというのか。

だがエンリコ元首には秘策があった。
陸側の防壁は堅固だが、海側の防壁はそうでもない。ヴェネツィア海軍の操船力と技術力で突破口を開こうというのである。
だが、騎馬騎兵による果たし合い的戦闘しか知らない十字軍は、エンリコの提案をはねつけた。結果、十字軍騎兵は陸側から、ヴェネツィア海軍は海側から防壁を攻めることになった。
案の定、陸の騎兵たちは苦戦したが、城壁と同じ高さになるように細い足場を甲板に掲げ、一糸乱れぬ操船によって兵力を防壁に取り着かせる作戦は見事に当たった。
「私を岸に降ろせ! 命令に逆らう者は処罰する!」
90歳近い老元首の怒号が響き渡った。ヴェネツィアの赤獅子旗が、エンリコと共にコンスタンティノープルの岸壁にはためく。たちまちのうちに防壁の塔が25本、ヴェネツィア軍によって占拠された。

海側の侵入を知ったビザンチン皇帝は陸側の十字軍を迎撃に向かった。皇帝軍の総数は、十字軍の10倍。じりじりと門扉から溢れ出し、十字軍の眼前でゆっくりと布陣が始まる。

いざじっくりと十字軍を蹂躙にかかろうか、と皇帝軍が動き出そうとしたその時、十字軍の両脇にさらに軍勢が湧きだした。みるみるうちに膨張する十字軍。占拠した塔をすべて放棄し、陸側の戦場に駆けつけたエンリコ率いるヴェネツィア軍の増援だった。

あり得ない速度で増加した敵軍を目の当たりにした皇帝軍は、展開したときと同じくゆっくりひるがえり、城門内に退却していった。
そして、あろうことか、その夜のうちに、皇帝が最愛の皇女1人だけを連れて国外逃亡してしまったのである。
皇子アレクシスは、牢から助け出された父と共に、共同皇帝として戴冠した。十字軍は依頼を果たしたのである。次は、ビザンチン側が約束を果たす番である。

だが、それはついにかなわなかった。栄耀栄華を極めた帝国ビザンチンの国庫は、歴代皇帝の濫費によって空っぽ同然だったのである。そして、ギリシャ正教をカトリックに統合させるという最重要の約束も果たされなかった。ビザンチン側と十字軍側との諍いは深まり、様々な衝突が起きた。そのさなか、ビザンチン側で皇帝の暗殺と帝位簒奪のクーデターが起こる。
これを契機に、再びのコンスタンティノープル攻略が決定された。
事前会議で決められた事項は3つ。
1、新皇帝は、十字軍側6名、ヴェネツィア側6名の選挙による。
2、領土は4分の1が新皇帝のもの、残りを十字軍とヴェネツィアで折半する。
3、戦利品分配も同上。

さらに、エンリコ元首がヴェネツィアのために付け加えた条項があった。
「以後全帝国領において、ヴェネツィアと敵対する勢力の商人の活動を認めない」
というのがそれである。新帝国の商売権益はすべてヴェネツィア独占となる、ということである。
そしてこれこそが、ヴェネツィア元首がここまで努力と犠牲を払い、十字軍に協力した最大の目的であったのだ。

コンスタンティノープルは再び落ちた。豪奢に満ちた都市は3日の間、激しい略奪に晒された。この時、多数の美術品などがヴェネツィア陣営によって確保され、その多くが現代まで残る。かつてのビザンチンの栄華を知りたければ、ヴェネツィアに行けば良い、とされるそうな。

ビザンチン帝国はラテン帝国、と名を変えた。初代皇帝の候補筆頭は、実質上の十字軍の頭脳であったエンリコ元首だったが、彼は老齢を理由にそれをキッパリと固辞する。
そして、ヴェネツィア側に割譲された領土を、航路整備のための拠点として必要な島と交換するよう交渉し、なおかつ、ラテン皇帝の補佐役に必ずヴェネツィア人が就けるように制定させるのだった。勿論、商業の独占条項もそのままである。

人類世界最大の帝国を陥落させながら、名誉栄誉を放擲し、ひたすらヴェネツィアの国益整備に尽くした男、エンリコ・ダンドロ。だが彼は祖国ヴェネツィアに戻ることなく、コンスタンティノープルで没した。享年90代半ば。
今もイスタンブールに、なんの飾り気も無い、ただ名前が刻まれただけの彼の石棺が残っている。

この簡素さに何より胸を打たれた。
真に偉大な統治者ほど自分の弔いに華美を望まぬもの、と私は思っているからである。私が大好きな魏の曹操も「喪に服す期間は短くし、墓に金銀を入れてはならず」と命じているのだ。人間死ねばそこまで。葬儀など虚飾。そんなことのために使うリソースがあるなら、もっともっと有意義に使うべき道があるはずだ、と判っているのが名君というものだと思う。


墓は簡素でも、エンリコ・ダンドロの偉大さは、西欧すべての人々の心に長く残ったらしい。
デュマの小説「三銃士」の1人、アトスは、ダンドロの血を引く者として書かれているのだ。もう、それだけで一種の身分保障のようなものなのだ。

間もなく終盤を迎えるNHK人形劇「新三銃士」を家族揃って毎週観ている我が家としては、この偉大すぎる老元首の名もしっかりと脳裏に刻みつけておきたいものである。

関連記事
2010. 05. 08  
GWに、横浜までポンペイ展を観に行ってきた。概要はこちら。

スカイプ仲間にローマファンがもう1人居るので、一緒に行こう!……という話がどんどん拡大して、早い話がOFF会になったわけなのだがw

横浜というと、練馬の奥地からは相当離れた地、という印象があったのだが、最近は路線も充実して結構速く移動できるようである。

5名ほどでゾロゾロと観て回るポンペイ展。かなりの人出だった。まぁGW真っ盛りの晴天だったし、仕方ないのだけど。展示品はかなりの数であり、2時間ほどをかけてじっくり回る。以前上野のローマ展に行ったときもそうだったが、とにかく細工品や美術品などのクオリティの高さと言ったら、2000年も前のものとは到底信じられない素晴らしさ。
ローマ文明にあまり詳しくないメンバーにあれこれ解説しながら回るのはとても楽しかった。
で、共通の見解として出てきたのは
「なんて優雅な暮らしをしていたのだろう、今の日本とは大違い」
というものだった。

いやいや忘れちゃいけない。この優雅な暮らしは、奴隷と呼ばれる階級の支えがあってこそなのだと。
そして、ローマの奴隷の話を出したからには、私はこう付け加えずにはいられない。

「奴隷という響きは良くないものだけど、ローマの奴隷の身分というものは流動的なもので、努力や才覚しだいで離脱が可能だった。奴隷の息子が皇帝になったケースもある。人間社会に格差があるのは当然のこと。大事なのは、階級を移動できる自由があるかどうか、なの」



テルマエ・ロマエ
が評価されて、割と周知の事実となってきたローマ人のお風呂好き。
当時の家庭用風呂システムの本物がほぼ丸ごと展示されていた。私がこの展覧会で1番の目玉と感じたものである。(美術工芸品は上野の方で堪能済み、という事情もあるのだけど)
給湯と湯沸かしのためのシステムの見事さなど、現代のそれとほぼ変わらない水準に達していたのではなかろうか。日本じゃまだ卑弥呼の時代すら来ていない頃、こんなキチンとした風呂に毎日浸かる暮らしをしていたとは。
そして、家庭風呂を持つことのできない貧しい庶民も、現代の健康ランドを遙かに超える規模と設備の大浴場に毎日通うのが当たり前だったわけだ。この、大浴場の凄みのようなものこそ、現地に行ってちょくせつスケールを感じ、想像してみるほかに実感のすべもないだろう、とは思う。



ポンペイ展の後は、古書市や書店を冷やかした後、横浜在住(スカイプメンバーの多くが神奈川住まいなのだった)のメンバー推奨の焼き肉屋へ。こじんまりした、ごく普通の門構えの「町の焼き肉屋」さんなのだが、出てくる肉の美味なこと美味なこと。特にユッケの味わいといったら極楽レベルで、一口食べて顔がニコニコ、二口食べてケタケタケララと高笑い、ってくらいのものであった。モツ関係も実に美味しく、「モツ嫌い」と言っていたメンバーが一口食べて一遍にモツ好きに転んでしまった様は見事であった。ああ夢に見そう。また行きたいなぁ(´¬`*)

関連記事
2010. 05. 06  
塩野さんの「わが友マキアヴェッリ」やっと読了。

冒頭で、マキアヴェッリが、親友に宛てた手紙が紹介されている。
フィレンツェの外交官職を喪い、田舎に隠遁せざるを得なかった44歳のマキアヴェッリが綴った、日々の暮らし。
ざっとまとめるとこんな感じなのである。

1.夜明けと共に起床。伐採作業員の現場に行って、監督的お仕事、2時間ほど。
2.泉のほとりに行き、小説や詩集をひもといて、物思いに耽ってすごす。
3.居酒屋に行き、旅人たちと対話。情報収集など。
4.家に戻り、つましい昼食を家族ととる。
5.また居酒屋。常連たちと、日が暮れるまでバクチ三昧。イジワルをし、罵りあい、馬鹿騒ぎをする「ならず者」として過ごす。「こうして自分を踏みにじるのは、運命の神が、私を苦しめるのをいまだに恥ずかしがっていないかを、ためすためなのだ」
6.帰宅し、書斎に入る。汚れた野良着を脱ぎ、官服をまとう。夢想の中の宮廷に参上し、古今東西の君主たちと対話する。「4時間というものまったく退屈を感じない。(中略)彼らの世界に、全身全霊で移り棲んでしまうからだ」

そうして、夢想の対話から得た思想を、「君主論」というものにまとめようと思っている、と結ばれる手紙なのである。

私は、読み始めて早々と、この手紙一つでもうすっかりマキアヴェッリに参ってしまった。
作業監督としての彼。
ロマンチックで優雅な文人の彼。
官界復帰の夢を捨てず、情報収集を怠らない官吏の彼。
清貧な良き家庭人としての彼。
一転、野卑で粗暴なDQNオヤジと化す彼。
独りの書斎で、奪われた職の官服に着替えて、脳内仮想現実で生きる彼。(夜な夜なコスプレして脳内夢想ですかニッコロさーん!Σ(゜д゜lll))

いったい、いくつの顔を持っていたのだろう。わずか1日の間にこれほど自分を変貌させうる者。
そして、一日の終わりの数時間を夢想三昧で過ごし、それこそが、そのために生きていると言わしめるほどの魂の糧である、と書くほどの破格の心眼力よ!

もうこのくだりを読んだだけで、マキアヴェッリは私にとっても「友」となった。

読む前までは、マキアヴェッリをもっと全然違う風に想像していたのだ。もっと深刻ぽい、怜悧でクールで沈着なタイプ。

だが、塩野さんが綴る彼の肖像は、あまりに違った。もの凄いスピードで語り、綴り、行動し、激動の時代を迎えたフィレンツェの書記官(実質は外交官)として欧州中を飛び回り、「ややこしい交渉事はヤツに任せろ」てなノリで酷使されまくっていながら、隙を見ては浮気をしまくり娼婦を買いバクチを打ち、くそ真面目な報告書、論文、歴史書だけではなく、物語も書き、エロ喜劇も書き、それが劇場で大当たりを取ったり、しじゅう酒を飲んでは知人たちと大騒ぎ。
マキアヴェッリが居るから人が集まり賑やかになり、マキアヴェッリが居なくなると、みな生気を失って退屈な日常に戻っていく。死ぬまで、そういう御仁で在り続けたようである。

星のように明るく輝く目を持った、明朗で精力的な賑やか男。
だが論考は研ぎ澄まされたナイフのように鋭く的確。
いくつもの顔を内に持つ人間特有の精神的自由を基盤とした透徹の視線で書かれた文章は、数百年の時を超えて読み継がれ、実用書として今に至るも発行され続ける。

不思議と、彼がこんなに気に入ってしまった私なのに、いつもの「脳内ツバメ箱(収容数一千羽)」に彼を入れる気にはならなかった。素晴らしい男である。だが、萌え~、とは違うのである。

我が友、マキアヴェッリ。

これほど似つかわしい言葉があるだろうか。
ニッコロ・マキアヴェッリは、そんなヤツなんである。

そして、すべて読み終えたラストのページには

「読者に

 これを読み終えられた今、あなたにとってもこの男は、「わが友」になったでしょうか

               1987年・春  フィレンツェにて 塩野七生」

と書かれていたのであった。

まさしく。まさしく、貴女の意図どおりでございます、塩野さん。


もうこうなると実際に彼が書いたものにドップリと浸かるしかあるまいて。
というわけで全集1巻(君主論込み)を図書館に予約中。早く届けw  それまで、異様なまでに魅力的な都市国家であったらしいフィレンツェの写真集とか見て待つから。

あ、「海の都の物語」も読み始めたのだった。フィレンツェに負けず劣らず特異で魅力に満ちた国家であったらしいヴェネツィア一千年の歴史。塩野さん、これまた冒頭からぶっ飛ばしておられます。

あーローマ行きたい。フィレンツェ行きたい。そしてヴェネツィア行きたい。本気でイタリア語を勉強しようかしら。いやマジで。そういえばこんな日記を書いた日もあったんだっけなぁ。
いずれ行く、必ず行くともーっ('Д')



関連記事
プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

カレンダー
04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。