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2011. 09. 30  
のろまな私がアーサー王についての脳内お花畑構築で遊んでいる頃、エナジー溢れる先駆者たちはずっと未来に生きていたようです。

「アーサー王を女体化云々なスレ」

うーん。パワーが違う。桁が違う。スケールも。凄すぎる。

20080625000906.jpg

まったくこの画像の通り、と思いつつ読んでいたのだけど、さすがにぶっ飛ぶ知識披露が。

曲亭馬琴の「傾城水滸伝」wikiページ

南総里見八犬伝の馬琴先生、水滸伝キャラの女体化実行!

wikiより引用*********

当時大変人気を博したため版木が磨耗してしまい、二度彫り直して3版まで出版されたという。

***************引用終わり

版木摩耗! 二度彫り直し! 三刷ならぬ三彫り!! 

かように、既にある物語の二次創作、女体化というキャラいじり、こういう創作活動は200年以上も前から連綿と行われ、愛され、受け継がれてきたわけで、これはもう由緒正しい民族文化、ということでよろしいな。


それにしても馬琴先生、未来に生き過ぎでしょう。お見事です。流石です。とはいっても、あの八犬伝の書き手ならばどんな破格のエピソードがあってもビックリしない気分。




個人的には、女性の身として、女体化には何の魅力も感じない。
かといって、女性キャラを男性化させたいとも思わない。
そして、本来むくつけき殿方であるはずの武将勇将たちを、美麗極まるすらりイケメンにしてしまうのも私は好きじゃない。どいつもこいつも美男イケメンカッコイー、これぞ女のパラダイス、とか言われたってドッチラケである。
そりゃぁ美形は好きである。ご飯三杯おかわり自由ってくらい好きである。
だからといって、見渡す限り美男美男、隅から隅まで綺麗な男しかいない世界なぞ馬鹿馬鹿しいにもほどがある、とどうしても思ってしまう。
ある程度のリアリティが無いと私は心惹かれないのだ。そして人物が全員オキレイなどという世界にリアリティなどあるはずもない。
それに、人間の魅力というものは、基本的に差異から発生するものだ、と考えているからである。
どいつもこいつもひとしなみに美形にしてしまって、差異もクソもなかろうもん。どいつもこいつもおんなじようなマネキンの群れなんぞに価値なぞあるか。声を大にして言いたい。価値、というのは差があってこそ発生するのだ。平たく言えば、その他大勢の不細工がいるからこそ、美形が輝くのだ。引き立つのだ。美が価値となるのだ。個々の尊重だのキャラの平等性なぞクソ食らえである。そんな世界にサーガもドラマも生まれまいに。

朝から晩までスイーツばかり食べ続けて生きられるほどにはまだ私の心は壊れていない。綺麗な顔はとても好きだが、異性の魅力は容姿だけにあるはずない。どうせ食うなら、多彩多様であって欲しい。どっしりとした肉、したたるような脂、地味なれど淡麗な穀、頼りなげでも滋養ある菜、いろいろあってこそ美味であり、なにより健全だろうし、心身だってそれを必要としているはず。

というわけで、歴史上の人物の女体化は微笑ましく見守るけれど(ゆかりが無いから)、美男美形化の傾向はまったく趣味じゃないというお話。

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2011. 09. 28  
いっそのこと戦隊風味で円卓の騎士を作れば良いのだ、とは悟ったものの、そこから一歩も進まない現状。
アーサーって、どんな子にすればいいんだろう?

戦隊のレッドって、さすがに35作もあるとそりゃまぁ色々居るのだけど、絶対にブレない軸はある。
「正義漢」
という軸なんである。
これは王の持つべき軸でもあるので、問題は無し。

そういえば何年か前、息子に問われた。
「正義ってなんですか?」

……逆転王に訊けや!



実際は当時の私はもっと凶悪な答えを息子に仕込んでしまったんだけどね。

「正義ってのはなぁ、それを振りかざしさえすれば他人を何人殺そうが、街や国をズタボロにぶっ壊そうが正当化してふんぞり返るための詭弁ってヤツでなぁ」

……多分あの頃、私はそうとうすさんでいた。純真無垢な息子に「うん、それは良くない」と真面目に返され、反省したのだった。

それはともかくとして、実際のところは、困ってる他人、苦しんでる他人、不安に泣いてる他人、それらを助けようとする行いのこと、ということになるのだと思う。
つまり、まさに「王」の為すべきことである。

んじゃ、正義漢、はとにかく第一前提。
では、「正義」をどういう風に実行するタイプなのか、が個性になるわけだわな。
同時に、「正義」をどう捉えているのか。も。

どう実行するかについては、まずは2つのパターンに分かれる。
「自分の力を頼みにして自主的に動く」
「自分に力が無くても周りを協力させるよう動く」

で、私は後者の方が名君として結果的に安定する、と思っている。物語のヒーローとしては圧倒的に前者の方が作りやすいし華々しいし人気も出るのだけど。

前者を仮に「ヒーロータイプ・A」として、後者を「カリスマタイプ・B」として。
Aは例えば、カエサルや曹操のイメージ。
Bは劉備や劉邦のイメージ。実は結構ボンクラなのだけど、他人を惹きつける魅力があって、もり立ててもらってのし上がるタイプ。

どっちがアーサーには良いのやら。まずこの最初の分岐点で決断しかねて、うだうだと「私的名君の条件と概念」などという脳内飴玉をペロペロしている今日この頃。

次に正義とその行使をどう捉えているか。

感タイプ・「善が真理だと思ってる。ポジティブに人間と付き合い、未来と可能性を疑わない明朗なイメージ」
知タイプ・「現実は身も蓋も無いと判ってる。冷徹に人間を見、実現のためには偽善も必要と割り切ったイメージ」

Aタイプは感も知もありそうだけど、Bタイプはほぼもれなく感タイプだろうなぁ。
そして、実際もっとも強靭で有用なのは、感タイプを装った知タイプなのだろう。マキャッヴェリが君主論で言うところの
「善であってはならないが、他人すべてに善だと信じこませる辣腕と豪胆」

ただ、そこまで複雑で深遠なキャラは、戦隊のレッド的にはイマイチ合わないですな。

そして正義の捉え方については感・知だけじゃなくて他にパターンがある気がする。
まだまだ要考察でございます。


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2011. 09. 27  
10月も間近となり、TVは改編期。たくさん番組が終了する。
お気に入りの番組もけっこうな数が終了していった。ざっとさらっておこうと思う。

ちょっと時期遅れになったが「仮面ライダーオーズ」。
実にすんなりとまとまった、良いラストだった。
人間らしさ(欲望)を失った青年と、人間を乗っ取ることで人間らしさ(満足)を獲得してしまう人外。
ネガポジのような存在が相棒となることで浮き彫りにされるのは、人間ひいては「生命」の本質。最初から最後までブレることなく貫かれたテーマ。W同様、平成ライダーとしては比較的地味な作品になったと思うが、無理のない端正さに心あらわれるようだった。

ただ、続いて始まったフォーゼのあまりの破天荒でパワフルな面白さに、あっさりとその感動が塗り変えられていこうとしている。私はどちらも大好きなのだが、やはり男子による男子のためのヒーロー、という意味ではフォーゼにやや分がある気がする。世間的な成功は売り上げの数値で計られてしまうが、はてさて。フォーゼ、玩具のデザインはオーズより幼稚だしなぁ。


ノイタミナ枠の「うさぎドロップ」。
素晴らしい日常ものだった。ひょんなことから少女を引きとって育てる独身男性の話なのだが、この独身男性がほぼ完璧というべき父性のかたまり。理想のパパ。男たるものかくあるべし、と断言できる存在。そして少女もまた、出来すぎなくらいの良い子。結果的にストレスのほとんど無い、ほのぼの育児物となった。
実際に育児を経験した身から見ると、育児の暗黒面の描写があまりに少ないとか、なにもかも都合よく流れすぎだとか、不満に思うことも多々あったのだが、とにかく演出も作画も声優の演技もきめ細かく丁寧で、すべてがあまりに心地良かったので、細かいことはどうでも良くなった。
こういう理想的な生き方を描いた作品は、若い人にこそ観て欲しい。
ダイキチのような父親が一人でも増えて欲しい、と熱望するのだった。あー、りんが羨ましい。なぜ私があの子じゃなかったのだろう。なにか願いを一つだけ叶えてやろうと言われたら迷わず「幼女に戻ってダイキチみたいな父親に育てなおされたい」って言うよわたしゃ。


「勇者ヨシヒコと魔王の城」
珍しくドラマを観ていた。ドラマと言ってもこの作品、限りなくマンガに近いのだけど。最初の10分くらいは「なんだ、ふざけ散らしたバラエティコントの眷属か」と見捨てるところだったのだが、単純にふざけているのではなく、皮肉や風刺に満ちたポリシーが筋を通しているのだ、と気づき、熱心に見るようになった。
最後近くの魔王の城下町編は見事な文明批判となっていて、実に私好み。かえってまっとうな冒険クライマックスになってしまった最終回の方が拍子抜けだったくらいだった。


「魔乳秘剣帖」
これも最初はうっかり切り捨てようとしたのだが、「おっぱい至上主義」という奇天烈卑猥な設定さえ飲み込んでしまえば、テーマ性といい物語性といい地に足の着いた演出といい、非の打ち所のないほどの王道だと気づく逸品。剣豪物としての作画演出もレベルが高く、終わってしまうのが惜しかった。ただ、このノリなら2部も充分アリだろうと思う。


「花咲くいろは」
この2クールでトップクラスに好きだった作品。一見萌えアニメ風の絵柄なのだが、内容は堅実な成長物。背景の美しさとキャラの描き方のキメ細かさが最高だった。特に少女の生々しさを、醜さ、理不尽さも含めて描いた点が凄かった。アニメの少女に理想像しか求めない男性オタクにとっては観てて辛い部分も多かったらしいのだが、まぁ知ったこっちゃないですな。女性には女性の言い分があるわけ。生き様があるわけ。それが飲み込めないってんなら女性と関わること無く孤独に生きる覚悟をするんですな、ってところ。



ラスト1回で終了するのが「逆境無頼カイジ」と「BLOOD-C」、前者は予定調和で終わるだろうから割りと安心。後者は……あと1話であの一大カオスにちゃんとケリが付くのかどうか。安心どころでは無い流れなんですがw


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2011. 09. 23  
おおぉぉい……どういうことだってばよ?!

「ニュートリノ、光速を超える」

どうもこうも、これが事実だとしたならば、私達が世界の法則だと信じてきたアインシュタインの特殊相対性理論が覆るかもしれぬのですぞーーーーーーーーっ!!

「光より早いものは存在しない」

これが原則であり、そこから派生する様々な理論を聞きかじったイメージで、私たちは世界というものを捉えてきた。
それが一気に塗り替えられるかもしれないというのか。
なんという驚異だろう。
光速の壁。絶対的限界。越えられぬ真理。
その概念が打ち破られる時がついに来たのか。
つまり、これから私たちは新たな前提で世界の法則を構築しなおし、捉え直す作業に入らなければならないのだろうか。

ワクワクするわね。


「タウ・ゼロ」というSFがある。
光速はけっして越えられない。だが、少しずつ、本当に僅かずつ、光速に近づき続けることは出来る。たゆまず加速し続けることで、光速との差を詰めてゆくこと、完全に光速と同一になったときの状態、それが「タウ・ゼロ」だ。
だが現実は、タウ・ゼロにはならない。近づける状態が永遠に続くだけ。光に並ぶことはけっして出来ない。コントロールを失った巨大亜光速船の中で、限界と絶望に挑みながらひたすらに存続のすべを探し続ける人々の運命や如何に……!


この小説を読んで以来、私にとって「タウ・ゼロ」という言葉は知識の一つだった。
そして今日、知識は懐かしい思い出になった。
いったい、どんな未来が来るのだろう? 

人類の可能性を固く緊縛してきた覆いの蓋が、今日弾け飛んだ。
「神は死んだ」と宣言されたのに等しいことかもしれない。
まず起こりえる雑多なことのいくつかとして
「ありえねーんだから」
と切り捨てられた数々の存在が
「ありえなくもねーんだから」
に転換されうる。結果、妄言や詐欺的言説が増えるだろう。ご注意めされたし。






ネットをベースとした革命、反乱、暴動。世界的規模経済恐慌。日本を襲った大災害。そしてこのニュースである。今年はなんという年だろう。2011年。人類歴史の書に太文字で刻まれる年。それともそれは来年か。
まさに今こそ、21世紀。

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2011. 09. 17  
アーサー王ネタをこねくり回したあげく、突然夜中に悟って飛び起きた。
こうなったら開き直るのが最適解!
八犬伝をスターウォーズにアレンジして東映がトクサツしたら「宇宙からのメッセージ」が出来上がったのだから、アーサー王伝説だって純然たる戦隊風味にしてしまえば良いのである!!

というわけで

騎士道戦隊ブリテンジャー!!

残虐な外敵によって荒れ果てたブリテン国。いつ終わるとも知れない戦乱。
人々は待ち望んでいた。
闇を払い、平和をもたらすブリテンの英雄を。

そしてついに現れたのは、伝説の赤い竜。
彼と共に戦う若者たちを、人々はこう呼んだ。「円卓の騎士達」と。

「ブリテンの平和は俺が守る! レッドペンドラ、アーサー!」
「美と愛に生きてこそ男……ブルーリオネス、トリスタン」
「太陽、空にある限り、夜の三倍強いオレ! イエローロット、ガウェイン!」
「騎士の誇りは折れぬ剣。ブラックバン、ランスロット!」
「天と大地をつなぐ花! ピンクカメリア、グィネヴィア!」

彼らを支えるのは古代の叡智と術の長・ドルイド老師マーリン、そして堅実な実務家のサー・ケイ。

おっと、中盤になったら6人目が出ないとね。
「信じる心は聖なる光! シルバーペレス、ガラハッド!」


双頭の大邪魔女・モルゴスモーガンとその息子モードレッドに操られたサクソノイドを倒しつつ、悪の腐敗帝国・ローマの本拠を目指すのだ! 闘えアーサー、伝説のペンドラゴン!


あ、ボイスキャストはまぁ適当なところで良いんだけど、
サー・ケイは小野大輔
これだけはあたしゃ譲りませんよ!


などと無益な妄想を垂れ流していたら、なんだか本気で愉しくなってきた。これぞ、息子も楽しめ、私も悦ぶ落とし所。3DCGなんてとうてい作れないけど、絵を夫の人に記憶スケッチで描いてもらって、講談社テレビ絵本みたいな薄い本に編集すれば良い気がするw

問題は、ロボットが居ない点かな(そこか?w)
アイテムそんなに無いしなぁ。うーん。エクスカリバーやアロンダイトに変形してもらうか。あるいはケルトの神秘・ストーンヘンジをどうにかこうにか。巨石合体マビノギオン。
別にスポンサーの意向なんて無いんだからおもちゃ企画まで考慮しなくて良いんだけどさ、やっぱなんとなく……。

あっw 嫌なこと思いついた。なまじ息子がおもしろがったばっかりに
「顔のついた喋る機関車は居ないのか」
とか言い出されたらどうしよう(´・ω・`)

やっぱ、こーゆーのはどこかで厳格な線引きをしないと、なんでもかんでもぶち込むハメに陥って、果てしなくカオスになって収拾つかなくなりますわな。
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2011. 09. 16  
息子がポツリとつぶやいた。
「アーサー王が3DCGで蘇るでしょうか」

「アーサー王って、何か知ってるのかな?」と訊いてみる。
息子の顔がぱぁっと明るくなり、大きくゆっくりと手を広げながら言った。
「とても偉大な王になる……剣を抜いたばっかりに。仲間たちがおおぜいいるんだ」

はてさて。

*********

昔々、ブリテンはとても荒れていました。
あっちこっちで戦争ばかり。人々は食べるものも無く、毎夜のように泥棒におびえ、辛く苦しんでいました。
みんなを助けようと、立ち上がった若者がいました。名はアーサー。ブリテンの王になる、と予言された運命の子でした。
わずかな仲間とともにアーサーは戦いました。北から来る敵、西から来る敵、海の向こうから来る敵、次から次へと倒しながら、仲間を増やして行きました。
ブリテンはやっと少しだけ平和になりました。
でも、安心はできません。
とてもとても大きくて強い、恐ろしい敵が海の向こう、はるかな大陸にはいるのです。
いつ、そこから恐ろしい軍勢がやってくるかわからないのでした。
「ブリテンの平和を守るため、大陸の敵を滅ぼさなければならない」
そう決心したアーサーと仲間たちは海を渡って、長い旅の果て、真に恐ろしい大きな敵もやっつけました。

ブリテンに本当の平和がおとずれました。
アーサーは美しい姫と結婚し、ブリテンの偉大な王になり、みんなと幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

*************

だいたい、こんな流れっすか。


却下


つまらん。くだらん。おもろない。なんじゃこれ。どんだけありふれてんだよ。ベタ過ぎて骨格どころか土台にもならんわ。個性の欠片もありゃせんわ。
いくらウチの息子様が永遠幼児と言っても、いくらなんでもこれじゃ話にならないことくらい判るはず。

そう。これじゃぁ文字通り「話」じゃないのだ。正確には、「物語」じゃないのだ。

さて。
物語、とはなんだろうか……?



ではそもそものアーサーの誕生から。

*************

昔々。ブリテンにはたくさんの国があった。国の数だけ、王様がいた。そして王妃様もいた。
でもって、ある美しい王妃様に、隣の国の王様が惚れちゃってさぁ。どうしてもその美女王妃と一発ハメたいわけよ。そこになにやら怪しい術士がやってきて、こう言ったんだ。
「私の術でこう、ちょちょいのパッパでその夢叶えてあげまんがな。思う存分ハメなはれ。で、その時のナニのアレで、子供が出来ますわな。その子をですな、まぁ報酬ちゅうたらなんやけど、私に譲って欲しいわけ。大事に育てますよってに安心しなはれ」
ナニをどう見てもクソやばい取り引きっつーか、言語道断の非人道的やり口なわけだったが、そこは恋狂いの恐ろしさ、王様は何が何でも隣国王妃とヤリたい、ヤラないわけにはいかないってんで、無理やりに隣国と戦争を始めてしまう。で、隣国王を戦場におびき出しておいて、自分は術士の術でピロリロリン♪ へーんしん! 隣国王そっくりに化けておいて、戦場もほっぽり出し、一目散に隣国王妃の居城へ走る。王妃はびっくり。まぁ貴方どうなさったの、いくさではなかったのですか、えっ、すぐに終わった? まぁ、アタクシとどうしてもその、イタしたくてすぐにお戻りに?……あぁん♪

こうして哀れ隣国の王妃はよこしまな術にたぶらかされて心ならずも不倫の一夜。さらに哀れはそうとも知らずに戦い続けて戦場で殺されたその夫。
このようにして運命の子、アーサーの生命は紡がれ、月満ちて産み落とされ、約定どおりに術士に預けられ、母や姉妹達とも引き離されて行方知れずになるのであった……



……却下だーーーーーーーーっ!


どーすんだよ、初っ端からこんな不埒な話、ウチの息子様に語れるか!
でも、確かに個性的なんだよなぁ。ドラマチックだわな。これぞサーガのオープニングって感じそのもの。
だからといってこれはどうにも子供向けの話にはならんでしょー!





まぁアーサー王伝説ってのは、一事が万事こんな有様で、明朗にして感動的な偉大なヒーローの話にするには問題が多すぎなのだ。


ああでもない、こうでもない、と落とし所を探るうちに、一種の諦めというか、開き直りというか、達観してしまった。
例えば、とあるロボットアニメの機体をプラモで作ろうとして、買ってきて組んでみてもどうも気に入らない。理想の機体じゃない。しょうがないからあっちこっち盛ったり削ったりして改造してみる。まだしっくりこない。もういっそ一から自分で作ってしまえ! ってんでフルスクラッチに挑戦する……そんなモデラーの気持ちが判ってしまった。

息子向けにアーサー王伝説を語るなら、もう隅から隅まで、一から十まで自分で全部創るしかない。素材はあるし、だいたいのイメージもあるけれど、既存のモデルのパーツはいっさい使えない。粘土をこねるところから始めて、彩色まで全部やり直しになる。
そしてそれは、そもそも物語ということがいまだによく判らない、生み出すことが出来ない私には、あまりに手に余る行為だ。



いっそのこと、「サウス・パーク」のトレイ・パーカーがあの絵でやってくんないかな。息子もファンだし。モンティ・パイソンのホーリーグレイルに並ぶ名作になり得る、と思うんだけど。

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2011. 09. 13  
日中の気温が33度まで上がった。残暑がこんなに厳しいのは近年記憶にない。いったんは涼しくなった分、堪える。ぜいぜいとへたばりながら脳裏に浮かぶのは
「萌え……萌えが足りない!」

そう。萌え汁さえ活発に脳内分泌されていれば、人生ちょっとはなんとかなる。つまり、今の私が33度程度の暑さで苦しんでいるとしたらそれはすなわち萌えが足りないということなんである。私の場合、萌えが不足しているところを、代償行為として甘味摂取で補おうとする傾向もあるので、色んな意味で萌え不足は危険だ。

とは言え萌えというのは高度かつ複雑な精神活動であるので、喉が乾きました、はいお水、みたいな安易な補給はありえない。萌えによる満足の獲得のためには、相当に迂遠な道のりが必要なことも多いのである。

とりあえず、暑さに負けずになんとか家事を回すべく、精神ブーストのためにラジオを聴く。
火曜日は聴きたいラジオが溜まる日だ。
まずは伊集院光氏の「深夜の馬鹿力」。
最近は電動アシスト自転車でひたすら遠くへ向かう走行レポが多く、うらやま面白い。私も真似してみたいものだけど……。

次に、「アニメ会のヲタめし!」。
今週は「二次元専門」のアニメ会には珍しく仮面ライダーフォーゼの話題が盛り上がった。あのキッチュで破天荒な楽しさは、ターゲット外の人達にも訴求力があるのだな。
それにしても「リア王委員会」と称して、萌えアニメ内の男主人公のご都合主義、モテすぎの罪、無神経の罪などに盛大に物申す、というか、とにかく腹立ってムカツクから思う存分罵り倒すというコーナーがもうなんというか。聞いてるこっちの心の暗部の蓋まで開くというか。
「なんか、ここまで架空のキャラ相手に、とにかく気に入らないしムカツクからって言いたいこと言い放題して良いなら、私だって言いたくなるよ! 具体的には、「日常」のハカセがどれほど苛立つ存在か、みたいなことをだな!」
いやもう本当にあの幼児はムカツク。

「ハカセ可愛いじゃないですか(´・ω・`)」

ふ、ふ、ふざけるなー! あれが可愛いなどと言える輩は、幼児に手を焼いたことが無いんだろう。幼児ってのは、アニメやドラマみたいに、適度なところでカット切り替えなんて無いのだぞ。本当にヤバい状態になる以前に都合よく尺がトリミングされたりなんぞせぬのだぞ。何年にも渡って24時間まったくの無休で乳児から幼児と向き合ったことがあるか! あるなら判るはず! 私の言いたいことが判るはず! そんなヘラヘラと「可愛いたまらん~~」などともし私の目の前でほざいたりした日にゃぁ
「てめえらに生き地獄の何がわかるんじゃー!」
と片っぱしからハリセンでしばき倒したるわホンマに。

あ、なのは可愛いです。当然。そして偉い。私みたいにキレないもんね。でもよく考えたら人間じゃないもんね。
そしてハカセの我儘に怒り狂い暗黒面にあわや落ちかけんとする私をギリギリでいつも救ってくれるのは阪本の癒しボイスなのだった。阪本のためだけに日常を観てるといっても過言ではないマジで。


アニメ会の後、今日はちょっと遅めの「アニゲラディドゥーン!」録音を聴く。2週に1度なのでイレギュラーになりやすいのだよ。
今回のゲストは羽海野チカちゃんと中村悠一君。仲良しぶりが伝わってくる内容で、聞いてるだけで幸せ。
そして、中村君がゴーカイジャーに出た時、ゴーカイブルー役の山田裕貴君がサインを貰いに来た、という話がなんか嬉しかった。そっかぁ、あの子オタクだったのか。なんか特別に雰囲気作りが上手いと思ったら、やっぱりそういう素養があるからなんだろうな。ああいう尋常じゃないキャラを演じるにあたって、何が必要か、何が求められているのか、ということがカンで判るのだろうと思う。そういうカンは、現実的なことばかり見ていては培われることはない。空想、想像、夢見力、イデアを追う能力が必要なのであって、それはオタクに必須の要素でもある。
というかむしろ、そういう力の持ち主がオタクになり、表現者になり、改革者になる、ということなのだと思っている。
山田君は、雰囲気だけじゃなく、立ち姿も良い。特に肩から背中にかけてのシルエットが美しい。骨格に恵まれているのだ。順調に成長できれば、素晴らしい役者になっていけるだろう。期待期待。

あと火曜のラジオは、夕方ごろには更新される「聞いてますよアザゼルさん」。
今週はゲスト無しとのことで、たーっぷりと小野坂トークを満喫できるはず……時間切れで今日はもう聴けない、明日堪能する也。明日水曜は昌鹿野編集部の更新もあるし、いやホント小野坂ラジオは充実してるわ。
しかしアザゼル小野坂に激萌えの私だけど、どういうわけか、普通のイケメン演技はあまり聴きたいと思わないんだよね。やはりそこに、「男のウソ」の匂いを嗅ぎとってしまうからかもしれない。

今日は最後に夫の人と一緒に録画の「勇者ヨシヒコ」を鑑賞。え、オグリンの出番、あんだけ? もったいなーw 可笑しいから良いのか……そしてたとえ無精髭が濃くなっても、変わらずウルな瞳のヨシヒコには困った魅力がある。アホなのに、厄介なのに、なぜか頷いてしまう、承認せざるを得ない気持ちにさせられる、奇妙な色香がある。あんな男に魅入られたが最期、その女の人生は大変なモノになっちまうのが確定的な、あれこそが魔性とも言える、そんなオモムキ。いやー架空の存在で良かった。あんなのが現実に目の前に居なくて本当に良かった良かった。




などど数時間ほどくだらない物思いを書き連ねていたら、脳内萌え汁不足もなんとなく緩和された感じの23時前。こういうのが迂遠な道のりの一つ、ってことで。
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2011. 09. 11  
ずっとブログをやらせてもらっているFC2のサービスが最近おかしい。
重くてしょうがない。まともに開かないこともしばしば。おなじサービスをお使いのブロ友さんにコメントを書くこともままならない。

いろいろと限界なのかな。
そろそろ潮時なのかもしれない。
移行するとしたらどこかな。mixi日記? Facebook? 
グーグル+は普及度が低すぎる。Gmailアドレスを持ってる人でないとダメみたいだし。

うーん(;´ρ`)  特にオチ無し。


ちなみに、FC2というのがかなり小さな企業だというのを最近知った。かなりびっくり。会社の規模と事業のそれが釣り合わなさすぎる気がw

http://matome.naver.jp/odai/2131444878187822901
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2011. 09. 04  
毎週のお楽しみ、ニチアサキッズタイムにて今日から新ライダーのフォーゼ開始である。
おっと、その前にゴーカイジャーも外せないわな。ジェットマン当番回で、脚本もオリジナルの井上敏樹サマお手ずからだという。

けど私は実はジェットマンはほとんど観てないのよね。息子が産まれたばかりだったし。
でもとにかく一番のイケメン属性だったらしいブラックコンドル復活ということでネットでは早くから話題沸騰だった。
でも、初っ端から私にガツーンと来たのは、敵側ゲストの賞金稼ぎ・キアイドーなのだった。なんだか無闇矢鱈とカッコいい。性格は敏樹サマキャラにありがちな、病んでる系の自己破壊型アウトローなんだけど、だからこそムチャクチャ強い設定。アクションがまた冴えてるんだ、コレが。ゾクゾクするほどキレの良い、素早い立ち回り。最近はスーツアクターさんの素晴らしい方が増えているようで、ライダーも戦隊も戦闘シーンが見応えありすぎて困ってしまうほど気持ち良い。

で、半端ない強さとマジキチぶりに本気でビビってるゴーカイレッドに活を入れる役回りでブラックコンドル降臨、という流れなんだけど、まぁまたこのブラックこと結城凱のシブい男っぷりとが! 半歩間違えるだけでたちまちウザくなるだろうキザ台詞を、ドンピシャの加減で演じる役者(若松俊秀氏)さん、本気すぎます。
で、もっと凄かったのが変身前のアクションシーン。なんですか、そのハイキック! スピード感! 貴方、現役ですか?! そうでないなら、どんだけ鍛えてきたんですかーっ? 
なんかもう、ディケイドに出るためにシェイプしまくって当時の体型を作ってきたという、ブラックの倉田てつを氏に並ぶ執念を感じた。この結城凱という役を、心の底から愛していたんだろうなぁ、と伝わってくるようだった。エエモン、見せてもらいました。

そのブラックコンドル及びビビリを克服したゴーカイレッド達と渡り合うキアイドー、強かったんだけど、本当に強くて狂っててイカしてたんだけど、ゲスト敵の宿命、ラストは壮烈な爆死。巨大化こそしなかったけど、あの爆散っぷりじゃもう出番無いんだろうなぁ。もったいない……1度で終わるにはあまりにもったいないキャラでした。


後で声優を確認して驚愕。
(最愛声優)杉田じゃねーか!www
いやぁちょっと朝食準備でOPテロップを観てなかったのよね(´・ω・`)
最愛とか言いながら気付かないって何だよババァ、というツッコミは甘んじて受ける。
そして胸を張って言い返すぞ。「気づかせないからこそ愛してるのだ」と。

怪人やロボット等、着ぐるみキャラというのは、並のキャラとは違うのだ。
デザイナーが絵を描き、着ぐるみ職人が立体造形として作り上げ、脚本家が書いた行動をスーツアクターが演じ、声優が声を当てる。何人ものプロが各々の才能でもって、寄ってたかって創り上げる存在。それが着ぐるみキャラだ。
普通の顔出しキャラならば、顔も姿も立ち振る舞いも、存在についてのほとんどの責任を役者一人が引き受ける。ソロ歌唱のようなものだ。
だが、着ぐるみはそうじゃない。合唱のようなもの。みんなで創る存在だからこそ、一人が突出することは、いかがなものか。もちろん出しゃばったって良いけれど、私はそういう局面で個性を押し出しすぎないで演じる姿勢があって欲しいと思うのだ。士分、というべきか、そういう心構えやたしなみ、抑えの美学のようなものを杉田くんはわきまえている気がするのだ。必要とあらばいくらでもテンション上げてハッチャける演技も彼は出来る、それを知ってるからこそああいう渋さにますます痺れてしまう私であった。



さてゴーカイ終わっていよいよフォーゼ。
あまりにキッチュなデザインに前評判は散々だが、ライダー嫌いの息子が珍しく興味を持っている。どう見ても、怖そうにも強そうにもイマイチ見えないもんなぁ。素っ頓狂すぎて可愛いというか。

結論から言うと、無茶苦茶面白かった!
安っぽい制服の群れ、時代錯誤で非常識な髪型と衣装の主人公、いかにも陰険そうな厨二病くさいツン坊主、残念イケメン臭ふんぷんのアメフト小僧やらイヤミ小娘、見るからに妄想が腐っていそうなゴスロリちゃん、その他もろもろ、昭和のギャグマンガみたいな学生たちの詰まった学園ドラマ。通常なら5分で放り出しそうな舞台設定なのだが、いかんせんJAXA協力の月面シーンから始まってしまったので、すーっと取り込まれてしまった。宇宙大好きっ娘だった三つ子の魂はいかんともしがたし。少ない予算で月面らしさを演出しているあたりが個人的にツボったし。

ざっと整理すると

宇宙SF↓
学園モノ↓
化物出現↓
校舎ぶっ壊しアクションバトル↓
次回に続く宇・宙・上・等!

……なにこの流れ。ムチャ過ぎる。バカ過ぎる。だがこれは善いバカだと思う。そして何よりもこのムチャ振り展開に全力で応じた画面作りが見事過ぎたからこその、善いバカ加減なのだと思う。流石は坂本監督。狭い校舎内であれほど空間を大きく使うアクション、動きと重力変化を見せるアクション、どちらも滅多にお目にかかれないクオリティ。予算が使える1話ならではだろうけど。


どう見たって、あのフォーゼのスーツはダサい。ベルトのスイッチもダサい。スイッチで付け変わる手足のオプションパーツもバッカじゃねーの! って言いたくなるほどみっともない。
それなのに、堂々と「カッコいい!」とキャラに言わせ、動きで魅せ、無理やりにでもパラダイムシフトさせようと画策する開き直りぶり。一回りしてもうカッコいい。
クウガ以来10年以上を経て醸成されまくった現場の豪力を見た。本当に、ライダースタッフの士気とスキルの高さはありがたすぎる。


そして安心安定のスーツアクターの星。

高岩さん愛してるぅぅぅぅぅぅぅ

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予言する。このポーズはフィギュアになる。






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なんという馬鹿カッコ良さ! 脱帽。もう何も文句無し。そのまま突っ走れ! ブッちぎれ、重力脱出速度まで! 宇宙上等バッチコーイ! 
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2011. 09. 02  
怪盗だから黒だって。

いやぁそれなら忍者の時にもそうするべきでは( ̄∀ ̄;)
もしかして海外育ちのヒロ君にとって「忍者」はあくまで「NINJA」でしかなかった可能性もあるか。

はるかトツクニには「ジューイッシュニンジャ」なんてアニメもあるくらいで……と検索してリンクをたどったら、もう動画は削除されていた。残念。イスラエルの作品で、そりゃもうヘブライの神から使命を授かる人類創世の大昔からヒーローとして活躍していた奴らの話であるらしく、「なんじゃそりゃ」とか言ったところで「だってニンジャだもん」と言い返されたらもう黙るしか無いわな。日本人であっても。日本人だからこそ、か。

それはさておき、せっかくヒロ君が宣伝担当だし、とモバゲーをiPhoneに入れ、忍者ロワイヤルを始めとしてアレコレアプリを弄ってはみてるのだけど、ま~~~~~~~これが見事につまらない。どれもこれも面白くない。はっきり言ってくだらない。金を使わせることばかり考えている、底の浅さがぱっくり見えていてうんざりする。

せめてもうちょっとくらい有用だったり、ためになったり、あるいはもっと純粋にゲームとして夢中になれるような何か、さもなくば携帯通信機器の特性をより生かした、まったく珍奇で目新しいお楽しみでも提供してくれない限り、この企業に未来なんか無いと思う。
つまり何が言いたいかというと
「ヒロ君逃げてぇぇぇぇぇぇぇ」



いや、実はもっと強く主張したいのは
「次の著作はまだですか?」
なんです。待っとるんです。小説で無くても良いです。随筆でも日記でもレポートでもポエムでも何でもいいので、書いたものを読ませてくれるのを待ってるんです。頑張ってくださいよ、ホントまじで。

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2011. 09. 01  
毎年、義父の誕生日には何かしらマンガをセットでお贈りする慣習になっている。
だが、私は最近めっきり漫画を読む量が減ってしまい、お勧めできる作品もほとんど無くなってきた。
もちろん好きな作品はまだまだたくさんあるが、そこはそれ、義父の好みに合わせるべきであり、乙女チックな女性作家系をお渡しするわけにもいかない。(とは言いつつ、昨年は「チェーザレ」一揃いだったんだけどね)

今年はチョイスに難渋した。夫の人と書店で1時間以上あーでもない、こーでもない、それはもう読んでいそうだ、これは巻数が多すぎて買えない、未完結なものは避けたい……等々やっさもっさ。

ついに合意を見て購入したのが「海猿」

実は私はこの作品をまったく読んでなかった。
だが、書店で手に取り、たちまち確信。いける! これは外さない! あまりに秀でた作品は3分も経過しないうちにそれと判る。映像もそうだけど。


で、明日の贈呈の前にこっそり全巻読んでしまったのだった。凄まじい作品だった。この佐藤秀峰氏という方は、まさに魂の漫画家だと思う。個人的好みの基準で問えば、演出過剰とも言いたい部分もあるのだが、そんな細かいことをあげつらうことなど馬鹿馬鹿しくなるほど、ヒトコマヒトコマが熱い。入魂。描くことそのものへの執念がここまで迫真である漫画家は珍しい。

漫画を描く際、キャラの表情と描き手の表情がシンクロしてしまうことは良くあることだ。笑顔を描くときには漫画家も笑う。怒り、苦しみを描くときには描き手の顔も同じように歪む。傍から見ればそれは大層笑える眺めであるらしい。だが私は、そんな風に描けることこそ漫画家の誇りだと信じている。

だが、ただ読んでいるだけなのに、マンガのキャラの表情と同じ表示に自分がなってしまう、という体験はほとんどしたことがなかった。
「海猿」では、そんな稀な事が起きてしまったのである。
描き手の気持ち、表情、意思、そういったものが、まずキャラに乗り移り、それがそのまま読み手である私にダイレクトに伝わり、おそらくは佐藤氏が描いているときに浮かべていた表情を私にシンクロさせた。よくある「感情移入」とはまた違う、憑依に近いなにかが起きたように思えて感慨深かった。

いやもう本当に凄かった。
実写のドラマや映画もあるらしいが、一切観る気にならない。
マンガに並べるはずが無い、と確信しているからである。

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2011. 09. 01  
自分の文体の分析や、誰に似ているかなどを診断してくれるサイトがある、とTwitterで知り、試してみる。

文体診断ロゴーン

ブログの最近の記事を片っぱしからコピペ。
見事に、日毎に、「似ている人」が違う。てんでバラバラ? 改めて自分がどれほどとっ散らかった分裂気味の人間であるかを確認。嬉しくもないがとっくに諦めとるわ。
さらに味わい深かったのは、「似てる人」で挙げられる人の文をほとんど知らなかった事。唯一、ダブルヒットした海野十三氏くらいだろうか、心当たりは。
でも、夫の人は海野氏は好きでたくさん読んでいるけれど、私は全然なんだよね。後で似てるかどうか訊いてみよう。「どこが?('Д')」とか言われそうだけど。


心密かに「あの人に似ている」と言われたい御方は居るのだけど、かすりもしなかった。仕方なし。
だって、「凄いな、好きだなぁ」と激しく思う物書きさんは数居れど「似せたい」と思ったことは無いから。
そもそも似せられるほどの力があるなら、私もプロの物書きに成れている気がする。



ずっとずっと長く好きで、憧れてて、「あんな風に書けたらどんなに良いだろう」と思い続ける御方の一人は、井上ひさし氏。なにせ小学生の頃から好きだったのである。作家、という存在を意識して手に取り始めた最初の方だと思う。氏の随筆からは、子供の心では受け止め切れないほど多くを貰った。特に日本語についての分析や考察の深さ広さは、40年近くを経ても今なお燦然と私の中で輝き続けている。

似せられるか? 無理無理。どんなに手を伸ばしても、おみ足の先っぽにすら届きもしない。
私の知る限り、最期の最期まで止まること無く走り続ける、走ってなければ倒れてしまう、高速車輪のような方だった。
天才とは、そういう存在のことだと私は思っている。

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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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