--. --. --  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011. 11. 26  
マキャフリィ女史が亡くなられた。
「パーンの竜騎士」シリーズ。
「クリスタル・シンガー」
「歌う船」
どれもこれも大好きだった。特にクリスタル・シンガーは、アメリカのSFアート髄一の描き手、マイケル・ウェランの素晴らしすぎる仕事の表紙絵によって世界観をより拡張された逸品だと思う。


今の日本で青春を謳歌する女子達には想像もつかないことかもしれないけれど、かつて女性の地位は大変に低かった。欧米においても。
どれくらい低いかって、どんなに名作SFを書いても、女性名で発表することまかりならぬ、と圧力をかけられるほどに。


女がSF? はっ、バカ言ってんじゃないの。じゃなくて、女ってバカじゃん。バカがSFなんか書けるわけ無いだろう、創造的で知的で過激なSFというジャンルに女ごときが入ってくるなっつーこと。てな風にみんな思ってるわけでね? 女性だって知れたらそもそも売れないわけ。だからね、女って判っちゃう名前はNGね、ってことでよろしく。


とばかりに、数々の女性作家が略名で作品を発表し続けることを強いられたらしいのだ。C・L・ムーア。A・K・ル・グウィン。A・マキャフリィ。アリス・シェルドン女史に至っては、どっからどうみても男性名の「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア」という名前で破格の傑作を発表し続けた。名前だけでなく内容も過激で硬質でシビアそのものだったばかりに誰もが男性と信じて疑わず、真相が明かされた時の衝撃はとてつもないものだったという。

そこまで女性がバカにされる社会、風当たりの強い時代に、マキャフリィは北米SF界における2大栄誉、ヒューゴー賞とネビュラ賞をパーンシリーズで受賞する。
いずれも女性としては初の快挙だった。

「ええ、私はやったのよ! やり遂げたのよ! とずっと思い続けたわ」
とインタビューに答えておられたのを覚えている。

マキャフリィの作品は、その殆どで主人公は女性だ。
それも格別に強い女性だ。意思の力と生命力が全身からみなぎり溢れるような、光り輝くキャラクター。
いかなる困難にも、不可能に見える事態にも、ひるまず、恐れず、猛烈なバイタリティで突き進む。
負けない。引かない。諦めない。泣いて助けを求めたりしない。問題は解決するべきもの。そのために全力を尽くす。目的のために手段なんか選ばない。

現代日本ならばむしろ当たり前の存在でしかない、ありふれたものでしかないこういうパーソナリティや行動原理や思想を、差別の逆風吹き荒れる時代に確信をもって書き続けたフロンティア精神と肝っ玉。マキャフリィ女史の作品とヒロインは私の憧れの的だった。女性が立ち入ることを許されなかった未踏の荒野に猛然と道を切り拓き続けてくれた偉大な先人が居てくれたからこそ、今、私は顔を上げて生きていられるのだと思う。

私がパーンを読み始めた頃、同じくマキャフリィ好きだった友人と語ったことがある。
すごく映画向けの話だと思うけど、とにかく飛竜がネックだよね。1体2体ならともかくさ、大編隊をどうやって実写にするか。無理だよねー、そうだよねー、と。

カナダではテレビドラマとして映像化もされた(日本未公開)らしいのだが、やはり竜はギミック入りの作り物だったという。それはやっぱり観るには厳しいだろうなぁ、と思っている。

だが今なら、進化したCGがある。天空を埋め尽くす竜騎士群も余裕で描写できるはず。女史の存命中にはかなわなかったが、私が生きているうちにはなんとかならないものかなぁ、と切実に思うのだった。


関連記事
スポンサーサイト
2011. 11. 26  
子供の頃は記号的にテレビを見ていた。
プロ野球が映っていれば「王がホームラン打ったら教えて」
プロレスが映っていれば「馬場が十六文キックしたら教えて」

そんなもんだった。意味とか意義とか無かった。そこにあるのは周知の記号でしかなかったのだ。
そんなガキだった私に、野球というものが意味を持って迫って来た時のことを今でもはっきり思い出せる。
母に連れられて百貨店に買い物に行った。いつもの通りの大賑わい 。だが、いつもと違うものが一つあった。壁のあちこちにポスターが貼ってある。ごま塩頭の、どこか哀しそうなお爺さんの姿。その姿の上の方には
「声援ありがとうございました」
と書いてあり、不自然な余白もあった。そこには多分「優勝」という文字が入っていたのだろうな、と直感で判った。

その百貨店は近鉄。優勝を惜しくも逃したチームも近鉄。ほんの何年か前まで住んでいた街の沿線も近鉄。
なのでほんの僅かだけ、母が近鉄という野球チームを贔屓していたらしい、ということをあとで知る。
近鉄というチームがそれはそれは弱くて、「リーグのお荷物」と呼ばれていたということも知る。
そのリーグというのはパリーグというもので、巨人や阪神とは違ってテレビでは見られない野球なのだ、とも知った。

「よぉまぁ、あんな弱い球団をこんな強ぉしたもんやなぁ」と母が言う。
万年最下位、またも負けたか近鉄、リーグのお荷物と揶揄されていた球団を、優勝を狙えるまでにした男。
それが、あの穏やかで哀しそうなお爺さん、西本監督という人なのだと知った。
記録を見ると、この年はたぶん1975年。私は11歳、まだパ・リーグが2シーズン制であり、後期優勝を果たした近鉄は惜しくもプレーオフでリーグ優勝を逃した、という年だということになる。

そのあたりから、私は興味をもってプロ野球を観るようになっていった。もう野球は私にとってはのっぺりした記号だけのものでは無くなり、いろんな事柄と繋がって面白みを増してゆく意味のある何かになっていったのだ。
パ・リーグでは阪急ブレーブスというチームが物凄く強い、ということも知った。V9で巨人が勝ってばかりいたけれど、セ・リーグでは巨人、パ・リーグでは阪急が常勝の名門なのだ、ということ。
パ・リーグの試合はプレーオフか日本シリーズくらいにならないとテレビでは見られない、という事実。
そして日本シリーズはゾクゾクするほど面白いということ。
なにやらえげつない手段でもって江川という選手が巨人に入団したりして、読売ってのは身の毛もよだつほどケッタクソの悪い球団なのだなぁと思ったりしたこと。

そうこうしているうちに、ついに近鉄バファローズがリーグ優勝を迎える日がやってきた。
ああ、あの日百貨店で見た、哀しそうな顔をしたお爺ちゃんがこの上なく嬉しそうに胴上げで舞っている。良かったねぇ、西本さん。おめでとう西本さん!

そして迎えた日本シリーズ。西本近鉄を迎え撃つのは広島カープ。古葉監督率いる、赤ヘル軍団である。
このカープというチームもまた、万年Bクラスと言われ、資金不足に悩まされ低迷を続けた中から、古葉監督という名将に鍛え抜かれてメキメキと強くなっていったチームであったことを、この時の私は知っていた。
どっちにも勝って欲しかった。だがやはり、いつも何故か哀しそうな顔をしながらじっとベンチに佇んでいた西本監督が、私はこよなく好きだったのだ。胴上げされて幸せそうにしている顔はもっと好きだった。
広島よ、ここはどうか近鉄に譲ってやってはくれまいか。
そんなことを念じながらその年の日本シリーズをすべて私は見た。
そうして迎えた最終戦。あの伝説の9回裏。無死満塁。絶体絶命の窮地に陥ったカープを、鬼神のごとき21球で護り抜いた江夏豊の勇姿。
日本一を逃した近鉄。悔しかった、西本監督が気の毒だった、だがしかしそれでもなおあの総毛立つような時間の価値が果てしないほど高いものであることはイヤというほど判った。あれほど見事な何かを見せられたからにはなにも文句は言えないのだ。野球とは、なんと素晴らしいものであることか、と。ただそれだけを深く刻んだ夕方だった。(そう、デイゲームだったのだよ)

それからほどなく西本監督は勇退した。最後の試合は対阪急戦。近鉄の選手も阪急の選手も入り乱れて一丸となって西本監督を胴上げした。パ・リーグ常勝を誇った阪急ブレーブスというチームもまた、西本監督の元で育てられたチームであったからこそなのだった。そんな風に監督業の最期を飾られた人はそれまで居なかったという。

一度も日本一になることなく、悲運の名将と呼ばれた西本監督。だが私にとっては最高の名将のお一人だった。

一時は週刊ベースボールを毎号買い、あちこちの球場に通うほどの野球ファンだった私も、いつの間にか野球を観なくなり、ハッと気付けば近鉄バッファローズも阪急ブレーブスもとうに無い。もうどこが元々ソフバンで楽天でヤフードームでモバゲーなのやらさっぱり判らなくなった。
それでも今宵、懐かしい人の訃報に触れてありありとかつての自分を思い出した。数々の名勝負に心躍らせ続けた日々を思い出した。プロ野球の人気は年々低下しているらしいが、野球というスポーツの面白さ、素晴らしさは変わるものでは無いだろう、と信じるほどにはやはり私は野球が好きだったのだなぁ、と慨嘆する。


そして、やっぱり読売巨人というチームはケッタクソ悪いままなんやなぁ、という一点においても変わるものでないという事実はちょこっとだけ可笑しいことであることよ。

関連記事
2011. 11. 22  
あまり評判が芳しくないらしいガンダムAGE。
でも私はお気楽に毎週楽しんでいる。ハマるというほどではないけれど、結構好きなのだ。
どこが良いって、青春臭さが無いのが良い。
思えばファーストの時代から、ガンダムは少年少女の物語だった。アムロたちが抱える青春期特有の屈折や痛みなどが、安彦良和氏の繊細な絵作りを通して先鋭的に描かれていたのも人気の要因だった。
シャアに至っては中年になり一国の統治者とまでなってもまだなお、捻くれた青春から脱出できないままのガキオヤジのままだった、というあたりが相当に私をウンザリさせてくれたものだ。

さて、低年齢層向けに特化したAGEの主人公・フリット君。当然、まだまだ子供だ。青春、という自意識はまだ彼には遠い。行動原理は単調で平板な正義感のようなもの。そして母の思いの延長線上から一歩もまだ動けないでいる。
幼いとは言えないけれども青さもまだ訪れない、割れる前の卵のような、ツルンとした清涼感。
いわゆる青春の蹉跌を一切感じさせない単純さが、今の私のツボなのだ。
エヴァ以降定番化された、青春真っ盛りキャラたちのグジャグジャとややこしい自意識の表現に、自分がどれほど食傷していたのかを毎週確認しながらAGEをニコニコと観ている。

ここ何回かは、社会が腐敗した巨大コロニーでの戦争ごっこに巻き込まれるという、なにやら昭和中期のアニメ・特撮のようなユルユル杜撰なシナリオと演出になってしまっていてさすがの私も頭を抱えているのだが、基本的には「円卓の騎士物語のようなガンダム」なのだろうと捉えているので細かいことは気にしないようにしている。

だが、ふと今朝方思いついた。
これは、3代100年を描くストーリー。
清々しいフリット少年もほどなく成長して子を成して退場するはず。

そしてその後を継ぐ2代目の主人公は。
多分きっとこういうセリフを吐く気がしたのだ。

「ガンダムなんて大嫌いさ!」

でもって

「親父がなんだ、アスノの血がなんだ、なんでそんなものを背負わなきゃならない」
とか
「あいつらが始めた戦争じゃないか、クソみたいな大人、クソみたいな歴史、知らないよそんなの」
とか
「俺はやりたいようにやる、俺のためにそうするんだ」
的な、いたーい痛い煮詰まった青春的反抗を撒き散らすツンデレ系になるのじゃないかと。
でもってお話も設定もなんだかやたらリアルっぽく悲劇的になっていって、ガンダムのデザインもゴテゴテと華やかなディティール重視のケバい風情になっちゃったり……


していったらどうしよう(´・ω・`)……。
そうなっても笑ってみていられると良いのだけど。


で、さらに時代が進むと、3代目はなにやら妙に達観した、軽やかな思いやりに満ちた草食系男子がひたすら調和を願って行動する(ヒロインはもちろん凶暴で戦闘的)という現代的なオハナシに……。

ともあれ、私の大好きなAGEのデザインコンセプトもあまり先は無いかも知れない。本当に、AGEのオモチャはカッコ良過ぎて、購買欲を抑えるのに毎週必死である。
で、これ、オモチャ周辺は売れてるのかしらん。一番肝心なのはそこだよね。小学生が熱狂してくれているのかどうか、周囲に小学生が居ないのでよく判らない。
今週登場した格闘系の赤い丸々パーツも、私好みなんだけどなぁ。私が好んだからといって売れる確証になるはずもないわな。とりあえず模型屋の前を通ると大変危険なので、なるべく目を伏せて通行する毎日なのだった。まぁこれがまたいい雰囲気のプラモショップがあるんですよ近所に。

あっそうだ、AGEシステムの発動シーンは一番好きなシーンなのでバンクでまた見せてくれないと許さないわっ(`・ω・´)!

関連記事
2011. 11. 21  
今年も豊島園で練馬アニメカーニバルが開催された。
初日は残念ながら酷い雨で、水木一郎氏のライブもあったのだが、断念。
二日目はからりと晴れたので、家族全員で遊びに行った。

入り口近くに、会津市の物産ブースが並んでおり、美味しそうな鍋が振舞われていた。「こづゆ」というもてなし料理らしい。貝柱で出汁を取るという、贅沢なもの。
レシピはこんな感じらしい。
これが実に美味しかった。滋味あふれる上品さ。「そうか、会津行こう!」と思うくらいに美味だった。

例年通りアニメのブース、コスプレの群れ。そして可愛い痛車がいっぱい展示してあって前にもまして華やかだった。
萌えグッズを売るブースも増えており、年ごとにイベントとしてグレードアップしていく印象だ。

エルドラドステージに行くと、遠藤正明氏のライブが始まる直前だった。生で氏の歌を聴くのは初めてだ。
ライブはさすがのステージング。とにかくパワフル。鍛えまくった筋肉がド迫力。あの声量を支えるのはやはり力強いマッスルあってこそか。

アニソングランプリ優勝者の女の子二人の歌も聞いた。可愛いしセンスもあるし、修練も積んでいる。しかしやはりどちらも地力の薄さはいかんともしがたい。線が細すぎるのがなにより気がかりだった。
声の伸び、ハリ、ツヤ、インパクト。多くの歌を歌いこなせる可能性。
それらを支えるためにはある程度のボリュームを持った頑健なボディがどうしても欲しいところだ。アニソン歌手としてやっていきたいならなおのこと。死ぬまで乙女チック歌唱でやっていきます、ということなら無理はしなくて良かろうけれども。そういうたぐいの、どこまでも可憐な歌にも需要はある。

遠藤氏のトークによると、前日の水木一郎ライブはなんと20分も延長があったそうだ。ああ勿体無いことをした、無理してでも行けば良かった。あの土砂降りの雨の中、なんというサービス精神。アニキの格は上過ぎる。

そして、石巻出身の遠藤氏曰く
「実家のあたり、本当に、今でもまったく風景が変わりません。被災直後そのままです」
「シージェッター海斗ゆかりの石ノ森章太郎漫画館は今でも電気も通っていません。海人のCDは全部濁流に流されて無くなったそうです。でも、泥の中からCDを見つけてくれた少年が、ライブの時に『サインしてください』って持ってきてくれて」
「まだそういう所がある、ということを覚えていて欲しいです。これからも僕は、歌うことで復興に向けて少しでも力になっていければと思います」

うららかな秋の陽だまり、豊かな東京の変わらぬ暮らし。その中だけで生きているだけでは知りようもない東北の風景。切実な願いがあることが、ごく短い時間ではっきり伝わった気がした。



いったんステージを出て、行き交うコスプレを愛でながら昼食を食べ、展示やフリマを巡る。
練馬のご当地キャラ「ねり丸」のセル画を描けるコーナーがあった。えっ、セルやセル用絵の具の生産ってまだあったの? もうどこもかしこもCGに移行して、セル文化は絶滅したと思っていたのでちょっとビックリだった。今後セル画は一種の工芸品のようなものになっていくのだろうか。
ところで「ねり丸」はけっこう可愛いのだ。お気に入りなのだ。


またエルドラドステージに戻ると、KINDSというバンドのライブが始まる所。聞いたことのないバンドだけど古いアニソンをやるとのことで、席について待機。
このライブがもう、思っても見なかった大当たり!
総勢14名の大規模バンドで、昭和中期の本当に古めかしいアニソンを再現するという、どっちを向いても誰得の、いやいや

まさに私等夫婦得の! 随喜の涙の!

なにせ初っ端から
「はじめ人間ギャートルズ」のOPなのだ。哲学的な渋さが売りの方のEDじゃないのだ。あのファンキーで破天荒なOPの方なのだ。どれだけチャレンジャブルなんだ!

続いて、白黒版のサイボーグ009。次にレインボー戦隊ロビン

もう周りの空気ガン無視して二人でノリノリ。おそらくあのステージにいた観客の中で一番エキサイトしていたのではなかろうか、ってくらいのもん。この後、私が大好きな魔法使いサリーや手塚アニメでもマイナーな方(でも歌は大好き)のミクロイドSとか。

そして私ですら聞いたこともない歌の登場。東映まんがまつりの「海底3万マイル」の主題歌。
さすがの音盤マニアの夫の人は知っていて大喜び。この歌はあまりにマイナーで、レコードもほとんど出ていないらしく、なにやらでっかいセット売りの音楽集シリーズを買わないと聴けないし、それもどエライプレミア価格がついてる代物だそうな。まぁようもまぁそんなコアな歌を……。


これらの歌に共通している特徴は、まず編成が厚いこと。曲調が壮大、勇壮、明朗であること。
今流行りのアニソンからはほとんど喪われた、未来に向かう希望と勇気を掻き立てるイメージがあること。

今風の、タイトなリズムと前ノリと、派手なアレンジと長ったらしい間奏と、やたら美麗で難解な単語が乱舞する、そんなアニソンも私は結構好きではあるのだけど、やっぱり心の底ではそういうノリに疲れていたのだなぁ、とシミジミ思った。
懐かしいからと、私は悦んだわけではないのだ。曲作りの根幹や立脚点があまりに現在とは隔たっていること、原初のアニソンが持っていた未来への意思のイメージの心地よさ、そして見るからに私らより遥かに若いであろうに、やはりそういう人たちにもかつてのアニソンの魅力への理解を示してくれる人がいて、しかもそれを歌い継ごうとしてくれているのだなぁ、などなどと様々な思いで深くシミジミしたのだった。
この人たちにサンダーバードのOPをやって欲しいなぁ、ジャングル大帝やマイティジャックとかも聴きたいなぁ、とか。

でもこのKINDSの方々は、普段はスタジオ伴奏やバックバンドでの活動が殆どで、こうしてメインを張ることは滅多に無いとのこと。
ホームページをチェックしてみると、まぁ凄まじい量のレパートリー。ジャンルも多岐に渡る。活動と実力の豊かさが伺われる。

またいつかどこかで聴けますように。

関連記事
2011. 11. 18  
朝、せっせと弁当作りなどしていると、トーストを食べながら夫の人が言うわけだ。
曰く
「名前の割にまったく可愛くない怪獣がいる」
云々。

可愛くないって、どんな怪獣なわけ、と訊くと



「ミケとタマとクロの三匹

 毛玉に目玉が一つだけと

 しっぽが生えてる」



えっ、それって凄く可愛くない? 

つまりこうでしょ?





「可愛くないんだってば! あっそうだ、口もあった気がする」


miketama174.jpg

こうですか? わかりません><




実際

miketama3.jpg



どこが毛玉だ! とか、尻尾じゃなくて触手じゃないか! とか思ったわけなのだが、けっきょく言語という情報伝達手段の不自由さのあらわれだということなんだなぁ。
夫の人の脳内にあった画像のイメージ。
それを朝の支度中というせわしない中で手早く伝えようとして、音声言語のみでそれを受け取った私の脳内に描かれたイメージが、元の画像からあまりにもかけ離れてしまった、ということ。

音声にしても、記述にしても、言葉というものの機能は実はとても貧相で幅が狭く、限られたものでしかない。
言葉の行き違い。
解釈のズレ。
とても些細なことで私たちは大いに踊らされがちだということ。普段、あまりに気にせず流している事実だけれど、じっくり考えるとなかなかにおそろしい。

あまりに簡潔な情報には注意するべきなのだろうな、と思う。判りやすいだけに、特にね。

関連記事
2011. 11. 15  
伊藤計劃という方の著書「ハーモニー」と「虐殺器官」が同時に手元に来た。ともあれ「虐殺器官」の方が発表も時系列も早かったらしいので、まずそちらから読む。」

凄まじいことに、1日で読みきってしまった。めっきり読書力が落ちているのに、自分でも驚くほどの久しぶりの興奮。
いや、興奮というよりは戦慄。総毛立つ、などというような浅いものではない。骨の髄からひっくり返されるような驚異。

そして今日は「ハーモニー」。
タイトルと著者名、そして高評価。この3つだけは知っていた。なにせSF大賞と星雲賞、ダブルクラウンに輝く作品なぞ滅多には無い。プロが選ぶSF大賞とファン投票で決まる星雲賞、通常は傾向が異なるのが当然であり、それが一致するとなるともうそれだけで破格の証明なのである。

で、これまた1日で読了。
とにかく読みやめられないのである。驚異、驚愕、戦慄。次から次へと引き摺り出される、眼前にあるのに気づかずに済ませ続けてきた現実とコトワリの暴露。揺さぶられる常識、そして意識。なんとなく当たり前だと思っていたことがガラガラと崩壊し、それまで思っても見なかった概念が新しく上書きされていく、目眩に似た感覚。

センス・オブ・ワンダー。

これが、これこそが、SFだ!! と声を大にして何度叫びだしそうになったことか。生粋の、混じりっけ無しの、まったきSF。

現実の意味を問うこと。人間とは何かと問うこと。生きるとは何かと問うこと。心とは、魂とは、意識とは、世界とは、総てが何か、そして何故かと問うこと。

宗教が幅をきかせる以前、それらはもっぱら哲学の使命だったのだろう。
科学という補助線を人間が手に入れて、SFが産まれた。それらは時に哲学も宗教も持ち得なかったアナーキーな、破壊的な、この世のものとも思えぬような衝撃性を帯びた。見たことも考えたことも無いもの、大いなる未知。そんなものがあるとは夢にも思わなかった事柄が、現実性をもって脳裏に刻み込まれる体験。
それを知った後では、世界がまったく変わって見えてしまうような、生き方すら変わってしまうような、とんでもない何か。

そういう思いを味あわせてくれる作品、表現というものは本当に滅多にはお目にかかれないのだ。これほど年をとってしまうとなおさらだ。特に最近はあれこれのフィクションに倦んでしまっていた。どこもかしこも、見たような、読んだような、聞いたような、千度繰り返されたであろうオヤクソクの羅列に満ちている。
「だってそうでないと売れないんです」
ああ仕方ないよね。そういうたぐいの仕方ないことで世は満ちている。いろんなことを仕方ないしょうがないで飲み込んで日々を生きる。年を取り、いろんな可能性がすり潰され、感性も磨耗して、安心、安定、安穏を求めて生きる。たまに眼を見張るような新奇に出会えば欣喜雀躍。

だがそこまで老いてもまだなお、これほどの震撼に私は出会うことが出来たのだ。歓びじゃない。愉悦ではない。官能でも感激でもない。
残酷で、苛烈で、容赦の無い、夢も希望も無い、愛だの恋だの薬にもしたくない、信頼も仁義も人道もお呼びで無い、ギリギリまで削ぎ落とされた現実。過去でも未来でも異世界でもない、今まさにそこにある世界が抱える問題こそが立脚点。直視に耐えない恐怖。たいていの人間が逃げ出し目を背け無かった事にして頭を幻想の毛布に突っ込んでやり過ごそうとする厄介なもろもろの事ども。
真理とは冷酷で恐るべきものなのだ。
それほどの修羅の只中に立ち、まっしぐらに問い続け、ビジョンを見つめ続け、一歩も逃げずに淡々と答えを書き続けた伊藤計劃という人物。なんという胆力。なんという豪力の筆。
そしてもう出会うことのない人物であるという事実。

伊藤計劃さん、奇跡のような作品を書いてくれてありがとうございました。少しでも多くの人が貴方の作品に触れてくれるように今後ほんの僅かずつでも伝えていきたいと思います。



















****************どうでもいいこぼれネタ**************

ハーモニーを読んでてとあるSFアニメを思い出した。
同時にトキワ荘時代の逸話を一つ思い出した。

某若手漫画家の一人は頻繁に映画を観に行った。
そしてたちまち「新作のアイディアを思いついたぞ!」と叫んではゴリゴリ描いた。
だがそのアイディアはすなわち観たばかりの映画の改変だったという。
でもその漫画家にはパクリの意識はなかったそうな。刺激を受けて産まれたオリジナルだと思っていたそうな。

しょうがないよね。あまりに凄いものに出会ってしまったら、自分もそんな風なもの、やってみたくなるよね。
元ネタを越えられると良いのにね。はてさて。
関連記事
2011. 11. 09  
江戸東京博物館で開催中のヴェネツィア展へ行ってきた。

のっけから、足元に広がるヴェネツィアの航空写真の巨大パネルにギョっとする。
小さい。パネルは巨大だが、そのぶんヴェネツィアの国土の狭さがはっきり判るのだ。小さな島にひしめく建物。ギチギチと詰め込まれた建築。そのディティールが見て取れるほどの低空写真であることがすなわちヴェネツィアの小ささをあらわす。
「これほどまでに小さな国が、世界の経済を牛耳り、世界最強の海軍を持ち、国家として1000年存続したのか」
およそ信じがたいほどのミニスケールだった。

塩野さんの「海の都の物語」を読んで以来、ヴェネツィアは私の尽きせぬ憧れの地だった。
地、というと語弊がある。場、あるいは存在というべきか。
島ですらない、儚い干潟に膨大な手間暇をかけて作られ維持されてきた国なのだから。海にぽっかり浮かび上がる都市。奇跡のような風景。アドリア海の真珠。海運と経済支配で栄えた異様の国家。ある意味、この世でもっとも文明的な国だったと言えるかも知れない。

博物とは良いもの。今はもう無い歴史の栄光、過ぎ去ったその時その世界を切り取ってリアルに蘇らせてくれるのだから。
他国の王への献上品だったという巨大な地球儀が圧巻だった。直径1メートル半ほど。これでも実物の4分の一のレプリカだというのだから恐れ入る。本物の偉容はいかほどか。その頃、ロシアという国はまだ無かった。「タタール人の地」という意味の語句が書かれている。日本列島はそれなりの形で描かれていたが、まだまだあやふやな描写だ。いっぽう、中国やインドの形状は細密そのものだ。当時のヴェネツィアの情報収集能力の高さが伺われて、ずいぶん長時間見入ってしまった。

書類をまとめて書籍にしたものがあって、これがまた随分と贅沢な、美麗な造りであり、どれほど豊かで贅沢な社会であったのかを端的に示している。雑貨、美術、家具や衣類。なにもかもが隅から隅まで贅沢、豪奢、そしてとても品が良い。色味の渋さと厚み、そのくせ重くならない洗練度。こればかりは言葉を尽くしても伝えるのは無理であり、是非足を運んで自身の目で確かめるべきである。

経済力、軍事力、政治力、そして文化の度合い。
高みを目指して磨きぬかれた圧倒的な国力。
展示品数はさほど多くは無いのだが、一つ一つの価値があまりに高いのでじっくりと見入りすぎてしまい、常設展まで観られるチケットを買ったにもかかわらず、そちらまで回る余力が残らなかった。いささか勿体無かったが、それほどヴェネツィア展覧が充実していたということなんである。

文化の度合いというものは、美術芸術に端的に顕れる、と私は思っている。
さしものヴェネツィアの国力も18世紀になると相当に衰えたようで、それは絵画にはっきり出ていた。当時のヨーロッパでは男性が仰々しいカツラをかぶる流行があり、ヴェネツィアでもそれに倣ったらしいのだが、そういうカツラが登場する絵にはなにやらどんよりした退廃の空気が濃かったりする。表情や構図にも生気、オーラが足りなかったり、妙に淫蕩だったりする。清潔でキッパリとした短髪スタイルの男たちが描かれていた16世紀あたりの雰囲気とは大いに異なるように思えた。男性の身やつしや長髪を嫌う私の思い込みかも知れないが。

ヴェネツィアという国家が、いかに栄え、なぜに衰亡していったかという歴史は、ことさらに今の日本には重要なものだと思える。立地条件も国政のあり方もあまりにも違うのだが、それでも私には共通点と学ぶべき点が多くあるように見えるのだ。日本が大きく変わろうとしている今、ヴェネツィア探求はお薦めである。

関連記事
2011. 11. 02  
酉の市、に夫の人が行きたかったらしい。あまり興味が無かったのですげなく断ってしまったのだが、煌びやかな熊手がいっぱいあって賑やかだそうな。来年は行ってみようかな。新宿花園神社あたり。


ふっ、と子供の頃を思い出した。父親が毎年、類似の祭りに出向いていた気がする。
「*****や、*****やぞ」
とはしゃぎながら。しかしまぁボケ始めた脳の哀しさ、どうしても*****に相当する語句が浮かばない。関連する語句も浮かばない。
浮かぶのはイメージだけ。
大阪の祭りだということ。商売繁盛の祭りだということ。毎年凄まじい人出であるらしいこと。
そして、その祭りから帰ってくると、稀にお菓子のお土産があったこと。
なぜかラッピングがいい加減な、くしゃくしゃのちり紙やわら半紙に無造作に包まれた、飴のたぐいであったこと。紅白縞のねじり飴や、福々しい顔の金太郎飴だったり。子供心にも、古臭くて魅力の無い菓子に感じられてちっとも嬉しくなかったこと。
思えば、あの吝嗇極まりない父親が子供のために金を払って土産を買い求めるはずなどないのだ。あれはもしかしたら、縁起物として撒かれた菓子だったのかもしれない。

これだけ思い出しても、*****の中身が出てこない。ウンウン唸っていたら夫の人がググりつつ叫んだ。

「えべっさん!」

ソレダー!!

えべっさんや! でもって「商売繁盛、笹もってこい!」や!

正確には「十日戎」という祭り。父親が行っていたのはおそらく今宮戎。私が生まれる直前まではその近くに家があったらしいし、馴染みだったと思われる。
酉の市は熊手だが、えべっさんは笹。笹に縁起物をいっぱい取り付けてもらうことで繁盛祈願になるらしいのだが、欲張ってたくさん飾り過ぎると「エライ目に遭う」とかなんとか言っていたような。

なお夷、恵比寿というのはwikiを調べるとなかなかに複雑で奥深い神だったりする。

ついでに酉の市についてググってみると、全国の鷲神社(おおとりじんじゃ)で行われる祭礼。死後、白鳥となって飛び立ったと言われる日本武尊に関わる神社だそうな。

そして鷲神社の本社は埼玉の鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)、であると……って、らき☆すたの神社じゃないですか!

つまり、らき☆すたキャラの熊手があってももうちっとも変じゃないってことですな。
さらに言うなら、何百年か後には、ヤマトタケルと習合して神扱いかもしれないですな。



普段、何気なく普通に当たり前に扱っている存在やら行事やらにも、数限りない故事来歴がある。
改めて、長い歴史の国なのだと思う。
若い頃はそういうことを軽視し、軽蔑もしていたけれど、老いるほどに、歴史の価値が判ってくる。
過去なくして今はないのだ、と。
つまりは、過去を踏みにじれば未来も無い、ということではないだろうか。

TPP議論で揺れる昨今、せめて親の代、もしくは祖父母の時代くらいまでは歴史を振り返り、日本という国家が何を守ってきたのかを考えて判断をくだしてみてはどうだろうか、と思う。

端的に言って、私はTPPに大反対だ。これに参加すれば、日本人が日本人でなくなってしまうだろう。速やかにそうなるだろう。

だが、おそらく止められない。いったい、どんな未来が来るのか。想像するだけで恐ろしい。が、すべて仕方が無いと飲み込むしかないのか。政治というものを他人任せにして、だらしなく享楽的に生きてきた罰を、今私はくらっている。


関連記事
プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

カレンダー
10 | 2011/11 | 12
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
月別アーカイブ
ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。