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2012. 05. 27  
気候も良いので夫婦でポタリング。
「意外と深大寺が近いよ」と言われたのでiPhoneのマップを頼りに向かうことに。

深大寺は20年以上前に行ったきりだ。その頃はまだ東京の地理にうとく、なんとなく縁遠い場所という意識がそれ以来ずっとあった。
が、マップで確認するとおよそ8kmほど。道も難しくない。自転車ならば楽勝のはずだ。

ハンドルの中央に取り付けたホルダーにiPhoneをセットし、マップを常時表示にする。これで簡易カーナビになるのである。

スイスイと調子よく走っていたのだが、途中でなにか変な干渉を受けたのか、マップの方向表示がおかしくなった。予定のコースから外れている。

ここでマップの解釈の相違で夫の人と一悶着。
なんとか方向を見定めてコース修正。

大きな植物公園の脇を通って、マップの指示通りに細道に入ると、あらまあ、行き止まり。

ここでマップの解釈相違による悶着パート2。
来た方角へ逆戻りする夫の人。ノロノロ追いかけたら見失う。まずいことに道が二股に分かれており、どっちに向かえば良いのか判らない。
悩んでいると夫の人から着信。嗚呼、文明の利器ってステキ。

「もう深大寺の入り口までオレ来てるから」と言う。そして連れ戻しに来た夫の人について逆走してみると……そこは深大寺ではなく植物公園の入り口だった。雰囲気が似てるので間違えたらしい。

すったもんだの末、ようやく到着。
それにしても、植物公園も深大寺もけっこうな人出だ。が、以前夫の人が訪れた時は
「この三倍ほどは人が居た。ちょうどゲゲゲの女房やってた頃でブームだったから」
とのこと。
この三倍も人が居たらそりゃもうディズニーランド並みってことだと思う。

深大寺はとても広かった。



そして、あれやこれやとそりゃもう盛り沢山なのだった。お堂も仏像も多い。おみくじも何種類もある。御札が1枚300円で、売り場でせっせと筆書き量産中なのは妙な感じだ。かなりアバウトな造形のタコだかなんだかを随分な高額で売っていたりするが、被災地支援グッズである、とのこと。

綺麗なかざぐるまがいっぱい回っている一角がある。産まれずに死んだ子、幼くして死んだ子などのための如来と地蔵のコーナーであるらしい。地蔵はそこ以外にもあちこちに点在するし、すり減って判然としない道祖神らしきものもあちこちにある。

本堂の脇にはやはり磨り減った木像があった。医療祈願の像であり、自分の体の悪い部位と同じ箇所を撫でると効能がある、というよくあるパターンらしい。最近右脇がやたらと痛むので検査したら尿路やら胆嚢やらに結石がしこたまあるのが判った私は、ただちに右脇を撫でようと思ったのだが……なってこったい、像の着物の袖が脇腹をがっちりブロックしているではないか。と、届かない! 撫でたくても届かない!
しょうがない、プラシーボよりも現代医学に頼ろう。せっせと石を溶かす薬飲むよ(´・ω・`)

深大寺はとても伝統のある古刹らしい。昔から多くの信仰を集める賑やかな場所だったのだろう。いろんな願いや祈りのニーズに応えるべく、仏像やお堂が増えていったのかもしれない。なんとなく、祈りの百貨店、というイメージだった。広くて、明るくて、いろんな仏が居て。参道には名物の蕎麦屋やお土産屋がいっぱい。信心のためというよりは、物見遊山の明朗な観光客もいっぱい。
ふかしたてのそばまんじゅうやそばパン、いろんな食べ物が露天売りされていて、お祭りの縁日のようだった。

名物の蕎麦を食べる。あっさりともりそばで。
深大寺そばなので、麺は白っぽい。あっさりはんなりとして美味しかった。つゆもマイルドな味だし、わさびもキツさのない優しい香りだった。黒いそばにガッツリ系の濃厚つゆの蕎麦も昔は好きだったが、歳をとるとこれくらい軟い味わいの方がありがたい気がする。

ゲゲゲの鬼太郎のお店もある。甘味処とグッズショップ。グッズはさすがの種類の多さだ。何十年も展開し続けているシリーズなので、デザインセンスも良いものが多い。Tシャツは特に良い。あんなに高くなければ、買うんだけどな。


行きも帰りも三鷹通りという街道を通った。新緑の葉っぱが光に透けて大層美しい並木道だ。桜のシーズンはさらに凄い眺めだろうと思う。もう少しすると梅雨入りだろうし、その後はまた猛暑だろうし、最高の気候を満喫できて良かったなぁ、と思いつつ帰宅。

酷く暑くなるまでに、あと一度二度くらいはどこかに走りに行きたいものだ。
交通費がかからないってのが(・∀・)イイネ!!

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2012. 05. 20  
大昔、九州に修学旅行に行った時のこと。バスガイドさんがこういう話をした。

九州名物のひよこまんじゅう。とっても可愛い形をしています。
さて、ひよこまんじゅうの食べ方で、その人の性格が判るそうです。
頭から食べる人は残酷です。
お尻から食べる人はエッチです。
お腹から食べる人は下品です。
さぁ皆さん、ひよこまんじゅうをどう食べますか、なかなかむつかしいですね?

hiyokoman.jpg

中学3年にしてすでに相当に偏屈だった私は即座に思ったのだった。

「ンなもん一口で丸呑みにしたらええんやんか、そんなことでいちいち思い悩むなんて馬鹿げてる、無意味だ、たかがまんじゅうやないか」

いくら見かけが愛らしいからといって、喰らって咀嚼して果ては糞便と化すものに、過剰な感情移入はすまい、とその頃思い決めたように記憶している。


ところが、どうも最近、このスタンスが揺らいできた。

最近、キャラ弁文化が定着し、同時にキャラスイーツ、キャラ料理なるものも増えてきた。

最初は、「あまり食い物で遊ぶなよなぁ」程度の感想しか無かった。
が、キャラ食文化が根付き、発展し、作る人の腕も着実に上がっていくのを見ている内に、「残酷の谷」とでも呼ぶしかないような一定のラインが自分の中に出来てきたようなのだ。


世に「不気味の谷」という言葉がある。
ロボットの外観が人間に近づけば近づくほど、ある程度の近似値を超えると一気にキモくなる、という心理現象のことである。

これとよく似た感じで、キャラ食の表現力がある臨界を超えると
「きゃ~可愛い、食べた~い」
から一気に雪崩落ちるように
「こんなもの食えるかっ! 残酷やろが!」
と思ってしまうようになってしまったのだ。

先日、もうそれがハッキリしてしまった。ネットに流れていたリラックマの料理。黄色い毛布に包まれてスヤスヤと気持ちよさそうに眠るリラックマ。毛布は薄焼き卵かなにかだろうか。見事な出来栄えだった。皿のサイズとのバランスも良い。作った方のハイセンスぶりと技巧が伺える逸品だった。

だが、出来が良すぎたばかりに、私は葛藤を抱えずにはいられない。
こんなに気持ちよさそうに眠っているリラを……。
こんなに可愛いリラを……。
その寝顔をスプーンで切り崩し、グズグズに破壊したそれを口に運び粉々に噛み砕く……。


やめてぇぇぇぇ

そんなの絶対おかしいよ! だって、きっとそれ美味しいんでしょ。それに食べ物を粗末にしちゃいけない。料理として目の前にあったなら、ちゃんと感謝して味わってゴチソウサマしなくちゃならない。

かわいそう……残酷だよ……、ゴメンよぉリラックマ……でも美味しいシクシク……やだやだ! そんな葛藤を味わいたくない!

「何いってんだアンタ。ひよこまんじゅう一気食いの決意はどうした。所詮食い物は食い物、って割り切りはどこへ行ったっていうんだい」

などと脳内叱責が鳴り響いても、なんかもうやっぱり我慢出来ない。

キャラ食には、「残酷の谷」が存在する。

キャラクターとしての造形の見事さがある一定の水準を超えると、「可愛い」は「残酷」を発生させる。
それはそれが食べ物ゆえである。


そして私はうっすらとした危惧を抱く。
食べ物を素材としてあまりに凝ったキャラ造形を作ってしまい、それを平然と食べることが出来る、それが是とされる世の中に、なにやら得体の知れない淡い違和感を抱いてしまう。
だが、けっきょく儚い違和感だ。
もしそういうキャラ食が目の前に出されて振舞われたら、私は美味しく食べるだろう。賞賛を惜しまないだろう。
そして自分の中にストレスを抱え込んだことを無意識下に抑え付けて無かったようにするだろう。
それが人の世の付き合いってものだと思うから。
そして、人間は食というものに誠実であらねばならないと思うから。


なんでこんな余計な物思いをするようになってしまったのだろう。年をとって弱ったからだろうか。
実際、出来の悪いキャラ食なら情け容赦なく笑って食べる私なのだ。タヌキのケーキだのデッサンが狂ったパンダパンだのクマドーナツだの。
どこからが「残酷の谷」なのか、その基準は自分でもハッキリしない。

そしてついさっき見つけてしまったこのニュースにウンウン唸っている。
び、微妙だ。ボーダーだ。食えるような食いたくないような。

pondelion.jpg

ううーん。

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2012. 05. 18  
○デルタ航空はとても快適。エコノミー座席も広めだし、対応もきめ細かい。英語が判らなくても無問題。

○アメリカのパンは密度が高い。野菜もミートもどっさり入れる。日本のサンドイッチは、端正なイギリス式ティータイム仕様なのだね。

○思った以上に肥満の人が多い。ディズニパークでは、電動3輪カートに乗った人がいっぱい。それも別にご老人に限らず、歩くのが億劫そうな巨体の人多し。いやいやいや、歩けば痩せまっせ。痩せれば歩けるよ。卵かニワトリか。

○女性トイレで行列したことがなかった。ディズニーランドでこれはかなり驚き。個室は狭いが数が多い。日本に帰ってくるなり空港のトイレには行列。広くて綺麗で、あれやこれやの設備が整った快適過ぎる個室。そのくせ数は少ない、だから行列する。馬鹿げた話だ、そりゃあカーズ2でネタにもされるわ。

○帰り道の車内、ツアコンさんとのトークで、高速道路は無料だということを知る。が、他の交通機関がしょぼいので、車が無いと話にならない社会だそうな。

○そしてタクシーはまったくボッタクリではなかった。なぜなら、10~15%のチップを上乗せするのが常識だから。

○そして結局、タクシー代130ドルはまったく戻ってこないのでした(´w`)

○帰宅するなり息子さま派手に発熱。そして上気道炎。想定内だったけど。未だにセキは続いてる。飛行機内でマスクをちゃんとしないから……(;´Д`)





何より心に残ったこと。
あまりにも居心地が良くて、帰りが辛かった、ということ。
なぜそんなに居心地良く感じたか?
それは、気を使わなくていいから。

息子はまともなコミュニケーションは出来ない。独り言が多いし、突拍子もないことばかり言う。だから、四六時中たしなめたり、宥めたりしなければならない。周りの人がびっくりしないように。迷惑をかけないように。不快をもたらさないように。

が、外国に来てしまえば、日本語は通じない。息子が何を言い散らそうが誰も気にしない。
言葉が通じないストレスよりも、心配や気遣いから解放された気持ちよさの方が遥かに上だったのだ。
それに、言葉が通じないことが前提で、みんなが意を汲み取ろう、通じ合わせようとしてくれていた。場所柄もあるのだろうけど(ロスはメキシコと隣接していて、住民の半数近くがメキシコ人)、コミュニケーションに対するスタンスが日本とは全く違う。

「通じなくて当たり前なのだから頑張って通じ合わせよう」

というのが伝わってくる場所だった。

一方、日本には

「通じるはずだろ、なんで判らないんだよ」

というストレスが充満しているように思う。

日頃私が、どれほどヒトサマに気を遣い、迷惑をかけないようにあれこれ気を回しているのか、他人の顔色を伺ってビクビクと生きているのか、そういうこと全般にどれほど疲れきっていたのかを、帰り道で痛感した。

ただ単に私が「ここではないどこかへ」という思いを常に抱えて生きているだけの人ってことでもあるのだろうけど。ずっと外国にいたら、ぜったい帰りたくなるに決まっているのだ。



○何を食べてもベラボーに美味しかった。が、帰りの飛行機で猛烈に「ごはん」が食べたくなり、帰宅後さっさと米を研いでお昼は味噌汁と玉子ご飯なのでした。

○2㌔も太っちゃってもどらないよー。゜(゚´Д`゚)゜。


だいたい、こんなもんかな。これ以上の取りこぼしは気にしない。

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2012. 05. 15  
宿泊先のアナハイム・シェラトンホテルはとても快適で、サービスの良いホテルだった。フロントスタッフをはじめ、みんなカタコトの英語しか使えない私達にとても丁寧に対応してくれる。
夕刻、ベッドサイドの電話のランプが点滅していることに気がついた。どうやら留守録メッセージがあるらしい。再生してみると流暢な日本語が流れだした。
「当ホテルスタッフのAと申します。日本人ではありませんが日本語、わかります。わからないこと、困ったことなど、なんでもお申し付けください」

さっそく電話をしてお礼を言う。私達親子がほとんど英語が話せないので困っておられるようだ、と聞いて、わざわざ連絡をくれたそうな。実はぜんぜんまったく困っては居なかったのだが、気遣いがありがたい。せっかくなので、プールとスパの使い方を訊いてみる。そう、このホテルにはプールはもちろん、ジャグジーがあるのだ。温泉というわけではないけど。プールで泳ぐほど暑くはないけど、大きなあったかいお風呂があるならやっぱり浸かってみたいではないか。てなわけで、荷物を切り詰めたにも関わらず、水着だけはしっかり持参してきたのだった。

部屋のカードキーでフェンスドアを開けて、プールエリアへ。小さな浴槽だったが、程よく熱い良いお風呂。ふんだんに泡が出ている。リラックス、リラックス。一緒に浸かっているアメリカンたちとも軽く挨拶。

ジャグジーで体は洗えないので、部屋のバスタブも使う。石鹸、シャンプー、リンス、ボディローションまで揃っている。(が、なぜか歯ブラシセットだけは無い。持参したけどね)
疲れもあるので、その後さっさと就寝。


翌朝は、周辺のホテル宿泊者に限って1時間早くパークに入れるというので、ちゃっちゃとお支度。いろいろ残り物が大量にあるので、それで朝食。
部屋にはちょっと変わった形の珈琲メーカーがあり、脇にはスターバックスのロゴがついた珈琲パックや紅茶や甘味料など、ふんだんに用意されていた。スタバの封を切ると、丸いフィルターパックのレギュラー珈琲が出てきた。どうやらこのパック専用の珈琲メーカーらしい。適当に水を入れて放置しておくだけで、凄く美味しい珈琲になった。実にお得な気分。

ディズニーパークは朝早くからでもけっこうな人出なのだった。が、早朝から遊べるのはファンタジーゾーンの一部のみ。ケーシージュニアに乗り直したり、お土産を選んだりする。

いったんホテルに戻り、荷造り開始。チェックアウトは基本10時だけど、12時頃までは部屋を使っていても良い、と言われている。が、その後は9時に迎えが来るまで外を徘徊していなければならない。大きな荷物はひとまとめにしてドア付近に置いておけば、ホテルの人が夜まで預かってくれるのだ。

慌ただしく荷物をまとめ、本当に小さな手荷物だけをもってホテルを出る。さて、あと8時間ほどをどう過ごすか。

アナハイムのディズニーリゾートは、昔ながらのパークと、向かい合わせに併設されたアドベンチャーランド、そしてその間にダウンタウン・ディズニーというショッピングモールがある。そのモールを抜けると、ディズニーが内装からなにからなにまでプロデュースした公式ホテルのエリアになるのだ。

「んじゃ、ダウンタウン・ディズニーに行ってみよう。どんなお店があるんだろうね、ワクワク」

レゴショップに度肝を抜かれる。

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「わぁ、でっかいドラゴンの看板。カッコいいね~」

写真を撮ろうと近寄ってビックリ。なんと、このドラゴンも相手の騎士も、すべてレゴで出来ているのだ。

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大きな写真をあげられなくて申し訳ない。元の解像度なら、レゴのエッジのひとつひとつがまるで鱗のように輝いているのが判るのだが。

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店内の天井には巨大なジーニー。魔神は忠実なフォルム表現なのに、人間はレゴ人形テイストのままなのが妙に可笑しい。

レゴショップの他には、ラジコンのカスタマイズのためのパーツショップがあったのが珍しいくらいで、衣料品や雑貨店、こじんまりとした映画館など、あまり面白味の無いモールだった。息子はまったくお気に召さないらしく、どんどん顔色が悪くなっていって、ベンチでグッタリし始める。

30分ほども歩けば、ディズニーとは無縁のごく普通のショップ街にも行けたようなのだが、息子にがんとして拒まれた。ディズニー以外に用は無し。いったんこうと思い決めたら脇目は振らない主義の自閉症息子であった。仕方なし。あくまで息子の旅であり、息子がスポンサーであり、私はただの付き添い。行きたいところに行かせるしか無い。


アドベンチャーランドに戻り、カーズたちと写真撮影。ちゃんとエンジンの唸りが響く、本格的なモデルだった。やっと息子もゴキゲンに。

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しばしアドベンチャーランドを徘徊し、またまたパークへ戻る。アドベンチャーランドは落ち着かないが、パークの方には馴染み深い懐かしさを覚えるのはなんだか妙な感じだ。
外輪船に乗ったり、ゴーカートもどきに乗ったり、ピザとココアを飲み食いしたり。なんだかんだで時間が過ぎ、気付けばメインロードの周りに人があつまり始めている。19時からのパレードのための席取りだ。

「よし、じゃあこのパレードがラストイベントかな。終わったらホテルに戻ってツアコンさんを待とうね」

昨日からずっと曇っていた空もようやく晴れて、空が美しく染まっていく。サンセットパレードの開始だ。

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あまり撮影をするのは好きではないのだが、このパレードだけはiPhoneをずっと掲げてムービー撮影。ディズニーのパレードは大好きなのだ。初めて観てからもう何十年も経つのだが、未だに愉しい。そして、さすがアメリカンのパレードダンスはキレが良い。まさにノリノリであり、心の底から幸せな気分になった。

パレードを見送り、ゆっくりとゲートを出れば、すでに夕闇。美しい月が天空にかかっていた。
ああもう旅の終わりだね。あとは頑張って12時間のフライトで帰るだけ。

グッバイ、ディズニーリゾート。
グッバイ、アナハイム。
グッバイ、カリフォルニアそしてアメリカ。
かなうことなら、またいつか。
See you again.

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2012. 05. 14  
はるばる来ましたアナハイムのディズニーパーク。東京のディズニーランドと違う点をなるべくなら堪能したい。

前回紹介した銅像もそうだが、まず入場してすぐに驚くのは、SLが目の前を走っていくことだ。
TDLではウエスタンランドのみを周回しているSLが、正門すぐに堂々と駅を構えている。
そしてパーク全体の外周をぐるっと廻るのだ。すべてのゾーンに停車駅がある。まさにディズニーパークのすべてに通ずる、象徴的な存在になっている。

「遊園地に小さな汽車はつきものですが、ディズニーパークの汽車は大きくて、大変長いですね。何故ですか?」
と質問されたウォルト氏は
「そりゃ私が好きだからだよ。なるべく長く乗っていたいからね」
と答えたそうだ。
ウォルト氏はディープな鉄道マニアでもあったのだ、ということ。

そしてこれも日本には無いもの。本物の馬がひく、乗合馬車。

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いちおう線路が敷いてあって、ぶれたりよれたりはしないようになっている。スピードもひたすらゆったり。
パッカパッカとヒヅメを鳴らして進む馬は、近くで見ると思いの外大きくて迫力があった。


まっすぐ進んで城を抜けるとファンタジーゾーン。そのさらに奥に、息子待望のケーシージュニアがある。


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こちらはランド鉄道に比べるとこじんまりとした、可愛らしいサイズ。日本のどこの遊園地にでもあっておかしくない程度。
が、ディティールの作り込みの見事なこと。さらに、走行するコース全体がミニチュアの山と川と丘、そして点在するいろんな国の建築物を鑑賞できる、愛らしい趣向だった。東武ワールドスクエアのメルヘン版とでもいうか。

ホーンテッド・マンションが日本とは違って外壁が白いというのでそちらに向かう。
が、息子は壁を確認しただけで満足したらしく、入ろうとしない。怖いからイヤであるらしい。この、息子の「怖いのお断り病」のおかげで、未見のアトラクのほとんどに入れなかった。さすがにいささか勿体無い。

ファイディング・ニモのアトラクションはここにしか無いというので、どうしても私が見たくなり、息子を説得。なんとか同意に漕ぎ着ける。

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なんと水中アトラクなのだ。大きなプールを黄色い潜水艦で周回するらしい。乗り込んでみると、人工の海藻が泡に揺られる中をゆーっくりと進んでいく。合間合間にCG映像を投影するスポットがあり、実に巧い構成になっていた。夏の熱い日などは、さぞ人気だろうと思う。

ここらでランチどき。ハンバーガーショップが手近にあったので「本場のバーガーを食べるぞ!」と突撃。
息子は無難にベーコンバーガー。私は、どうせなら珍しいものが食べたいと思い、なにやら意味不明の綴りのメニューを頼んでみる。
「*******&ベジタブルサンド、って書いてあるけど、さぁ何が入っているかな、ワクワク」

来たのはこんな感じ。

anahaim028.jpg

パンは、大麦やナッツなどを混ぜ込んだ、歯ごたえのあるもの。
そして、レタスにトマトにチーズに……こりゃなんぞ???
なにやら黒くてヌメっとした、1センチくらいの厚みのある謎の食材が挟んである。触ってみると、ぶよっとしていて、独特の感触。匂いはさしてしない。ゼリーではない。タンパク質という感じでもない。強いて言うなら、ナメクジかなにかのような。
おそるおそる食べてみる。あまり味も無い。実に淡白。かすかに香りがするような。
「う~ん……キノコ? 私が見たこともないような、でもアメリカではポピュラーなキノコ?」

とりあえず、不味くはない、むしろ美味しい。きっとヘルシーなメニュー、ということなのだろうと思う。チーズもパンもボリュームたっぷりで、お腹いっぱい。
テラスで食べたのだが、すぐ脇のステージでジェダイ・ショーをやっていた。ジェダイローブを来た子供たちの集団が、ダース・ベイダーと仲良く剣のお稽古。ほのぼのする。観客の盛り上がりが凄い。

息子が観たことが無いというので、キャプテンEOへ。ああ若かりし頃のマイケル。3Dデータを今様にリファインしたのか、眼前30センチにありありと迫ってくるマイケルのご尊顔は迫力満点。しかし今改めて見ても、ジャケットの胸をドバっとはだけるあたりのダンスはギャグスレスレだなぁ。


さて、この後適当にショップを冷やかしていたら、驚愕の物件に遭遇。

「な、なんでこんなところにチャギントンのオモチャが売ってる!??」


ディズニーパークなのに、ディズニーとはまったく無関係のはずのチャギントンが売っているのだ。
これは、私達親子にとっては大変に衝撃的なことだった。
何故なら
「ディズニーは、ブランドイメージをとても大事にしているの。だから、ディズニー以外のキャラはランドには無いんだよ」
とずっと教えてきたからだ。
そう叩きこまないと、幼い息子はディズニーランドになぜ戦隊やトーマスやクラッシュバンディクーが居ないのか、居てくれたっていいじゃないか、とダダをこねるのをやめなかったからなのである。

が、そのディズニーブランド死守の原則が崩壊している様をお膝元のアナハイムで目撃してしまった、というわけだ。
「じゃあ、いつかはディズニーランドでトーマスを売るかもしれないね!」と目をキラキラさせて言い募る息子を、「ナイナイ、ありえない」と納得させるすべが私にはもう無くなったのだった。


ある程度パークを堪能して、息子は今度は向かい側に新設された「カルフォルニアアドベンチャーランド」に行ってみるという。

こちらは日本には無いものなので、TDLのコピー元であるパークよりたっぷり愉しめるだろうな、と期待をかけて。

だが、結論から言うと、かなりのがっかり物件だった。
ジェットコースター。絶叫要素ありの観覧車。タワー・オブ・テラー。マシンの轟音と甲高い絶叫と、のんべんだらりと配置されたショップ。目玉になるであろうカーズランドは今もって建造中で、作業服のスタッフが無造作に囲いを出たり入ったりする。
なんてありきたりの、ありふれた、どこにでもありそうな、ただの遊園地。
ここには、ウォルト・ディズニー独自の思想や気遣い、演出のための努力が欠けている。皆無だとは言わないが、あまりに希薄だ。凡庸さに薄められ、弱められ、無いも同然になっている。
ディズニーという企業が培ったノウハウやコンテンツ、すなわちガワが残って、肝心の思想が抜け落ちてしまうと、こんなにつまらない、毛の抜けたビールのような場が出来てしまうのか、と、半ば呆然としながら歩きまわったのだった。

バグズ・ライフのアトラクションに入った。
仕掛けも、3D映像とのアレンジの妙もハイレベルだ。技術は本当に凄い。が、内容がどうにも下品だった。虫が観客に向かってツバをブーッと吹くと、本当に水滴が顔にかかる演出とか、虫がひった屁が煙になって3Dで眼前に迫るとか、そういうくすぐりは幼児なら大喜びするのは判っているが、そういう即物的な笑いをディズニーランドという場でコテコテに見せられるとは思っていなかったのだ。

絶叫系のアトラク中心だったのが息子のお気には召さなかったのと、旅疲れもあって、午後3時頃にいったんホテルに戻ることにした。息子様、ベッドで爆睡。私もウトウト。なかなかに時差はハードなのだった。


夜に起き出して、ホテルそばのコンビニエンスストアへ。
アメリカに来たらやってみたかったことの一つ
「普通のスーパーで普通に売ってるものを買って食べる」
を実行するのだ。
できれば大きなマーケット、市場などに行くのが理想なのだが、テーマパークやホテルのそばなのでまぁ贅沢は言えない。

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サンドイッチが大きいヽ(゜ー゜;)ノ
ジュースはめっちゃ甘いヽ(゜ー゜;)ノ
ポテチの量が日本の数倍あるのと、歯ごたえが半端ないのと。

「一人前が食べきれない」がもはやアメリカのお約束。

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2012. 05. 12  
疲労困憊して寝付いたアナハイムの夜。
が、あまり熟睡できない。ベッドの寝心地は最高なのだが、なんとも外がうるさいのだ。夜中なのにひっきりなしに車が走っていく。カーテンを開けて窓の外を見ると、すぐそばに高速道路。うーん。こりゃ参ったね。窓から道路までには大きめのガーデンや駐車場があってけっこう距離はあるのだが、なにせ車線が多いから交通量も多く、その分音も大きいのだろう。そして一晩中車の量が減ることは無かった。さすがアメリカ、車社会。

時差もあるし、空腹だし、6時前にはもうとっとと起きて、朝食の調達に出向く。ホテルマンにデリはどこか、と訊くと、「こっちの方が良いよ」的に、もうオープンしているダイニングを示される。
いや判ってるけど、そういうところで本格的朝食を食べると高いじゃん?
それに、デリに何が売ってるのか、興味あったのよね。

で、デリに入ってみてびっくり。広い。品目が多い。カップラーメンもある。食べ物だけじゃなくてお土産コーナーもある。当然ながらディズニーグッズばかりだけど。

そして、並んでいるファストフードの類の豊富なこと。デニッシュ、ドーナツ、ベーグル、サンドイッチ、マフィン、スコーン、カットフルーツ、サラダ、ケーキとパイ。パフェと称して、たっぷりのヨーグルトにシリアルとフルーツを重ねたもの。各種ソフトドリンク。ケーキだけでも何種類もあるし、目移りして困ってしまった。
思い思いに買い込んで、部屋に戻って朝食。
どれもこれも美味しかった。特にアップルパイはけしからぬほど美味だった。ドッサリつまったリンゴ、濃厚で香り高いパイ生地、独特のスパイスたっぷり。う~んう~ん、もう一回食べたーい、と夢に見てうなされるレベル。
実はボリュームに負けてしまって食べ残したから、後でもっかい食べたんだけどね。部屋の冷蔵庫に入れて。

朝食後、ツアコン様が来て下さったので、ロビーにてチケットの受け取り。チケットだけでなく、ロスのお薦めスポット案内、ディズニーリゾートの効率良い回り方指南など、とても詳細だった。

「本当に昨夜は申し訳ありませんでした。明日お帰りになるまで、もし緊急の御用などありましたら、この電話番号は24時間対応しておりますのでご連絡を」

と、ナンバーを書いた書類もくれた。

えーっとね。
24時間対応してくれるナンバーがあるならば、なぜ最初にもらっていた旅行パンフにそれが記載されてないんですかね? それさえちゃんと記していてくれれば、昨夜あんなことにはならなかったんですけどね? 今更教わっても、遅いんですが。言いたくないけど130ドル、相当でかいのよ?

ともかく、タクシー代については日本側の担当ともよくよく話をしますので、とのこと。

ともあれ、ディズニーランドの通しチケットは無事ゲットした。明日の夜21時に、ホテルに間違いなくツアコン様がまた迎えに来てくれて、空港まで送ってくださる。
それまでは、遊び放題なのだ! さあ行くぞ、夢のディズニーリゾートへ!

ここで、ホテルが出してくれるシャトルバスにあと一歩で乗り遅れ、「ええい徒歩でも行けるさ! 30分も待つよりそうしよう!」と、バタバタ走り出したら見事に方向を見失って道行く人に案内を乞う、などという無様を演じつつ。

着いたよ! ここが世界最古のディズニーランドだよ!

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実は、アナハイムのランドをそのままコピーするようにして東京のランドは出来上がっているので、基本構造はあまり変わらないのだった。
もちろん、細部はいろいろ違う。東京ではシンデレラ城のある場所には、かなりデザインの異なる「オーロラ姫の城」が鎮座在している。ピンクが基調で、でも上品で落ち着いた感の可愛い城だ。


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天気がイマイチなのが残念だった。カリフォルニアの青い空はどこ(涙)

そして、ここ、城前の中央。ランドの心臓とも言うべき場所に、もっとも重要なモニュメントがある。
「あっ、ウォルトさんだー!」
叫んで駆け寄る息子。
そして私。
ウォルト・ディズニーその人の銅像である。

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ウォルト・ディズニー。←wiki。

かつて遊園地というものは、猥雑で、騒々しくて、後ろ暗い部分も抱え込んだ自堕落的なお楽しみの場であった。お酒も売るし、食べ物は粗雑で不潔な割にボッタクリであるし、大人も子供も押し寄せて大混雑、悲鳴と阿鼻叫喚と嬌声の入り交じる、いかがわしい見世物もある場。良識あるセレブリティが眉をひそめて敬遠するような、そんな場所だった。
なので、ウォルト氏が遊園地を作るつもりだ、と言った時、氏の細君はこう非難したという。
「なんだってあなたが、あんな下品でやかましい、不潔ないやらしいものを作らなくてはならないの?」
ウォルト氏はこう答えた。
「だからさ。僕は『そうでない』遊園地を作るんだよ!」

そしてディズニーランドは、それまでの遊園地の常識をひっくり返し、完全に塗り替えてしまう一大演出空間として出現した。アトラクションや噴水、花壇、林や茂みの配置、清掃の手順に至るまで、完全主義のウォルト氏の思想と演出が幾層にもなって積み上がっている。日本にもディズニーランドが上陸し、たちまち人々を魅了し、雪崩を打つように他の遊園地もヨチヨチと追随を開始して、成功したり失敗したりの悲喜こもごもを量産していった過程を私はハッキリ覚えている。

ミッキーマウスと手を取り合う銅像。その表情は明るく、開放的で闊達で、まるで生きているようだ。氏がどれほど多くの人に愛されていたか、感謝されているかが伝わってくるようだった。
そういえば、ほかならぬミッキーマウスの声も、当初は氏は担当していたのだった。どんだけ出たがり? いやいや、ウォルト氏にとって、ミッキーはすなわち自分自身の分身、分かちがたい相棒でもあったのだろうと思う。

日本が誇るオタク文化、その源流を遡れば、氏に行き着くのだという事を、今どれだけのオタクが理解しているだろう。
手塚治虫氏が、日本のマンガとアニメに革命を起こした。ビッグバンのようにそれは始まり広がった。間違いなく、オタク文化の源流は手塚氏に集約される。
そして、その手塚氏が若き日に心から私淑し、耽溺し、「ああなりたい、ああいうものを僕も作りたい」と激しい羨望と執着でもって追い続け真似続けていたのがウォルト・ディズニーの仕事だった。
アメリカのディズニーによってアニメーション映像が革新的発展を遂げた。
その影響を受けた手塚氏によって日本のマンガ文化が革新された。テレビアニメも推進された。

だから、ウォルト氏はすべてのオタクの父の、そのまた父なのである。手塚治虫が漫画の神様ならば、そのまた上に一柱の神が居るようなもの。始祖なんである。拝みこそしなかったが、そういう感慨に浸りつつ、銅像を眺め続けた私であった。

ここに来られて良かった。
この銅像のある場。他の誰に理解されずとも、そこは私にとって神聖な場なのだった。


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2012. 05. 11  
ようやくロサンゼルスについたものの、頼みの綱のツアコン様が何処にも居ない! さていったいどうすれば?

ロビーをうろついても一向に見当たらないし、一般通路に出てみても混乱は深まるばかり。夜はどんどん更けていく。さすがに焦る。

そして、ここに至るまでの、旅行会社との齟齬の数々を思い出す。いくらなんでも、肝心要のポイントに人員が配置されてないとも思いがたいが、落ち合えないからには理由があるはず。些細な行き違いを考慮すると、

「そもそものパンフに記されている当初の予定通りの位置に待機しているかも?」

と判断。ならば、国内線ではなく国際線のターミナルに行ってみよう。たしか、トム・ブラッドレーターミナル。

ところが、このターミナルが案内板でははっきりしない。ロス空港は広いのだ。
何人もの空港職員にエクスキューズミー、と声をかけまくる。結局、いったん建物の外へ出てかなりの移動。寒くも雨でも無かった事に微かに感謝。

ようやくたどり着いたブラッドレーターミナルは当然ながらムチャクチャ広かった。そして、やはりそれらしい人は居ない。羽田と違って、該当旅行会社のカウンターがあるはずもない。

このあたりまで来ると、疲労と焦慮と不安で私も相当いっぱいいっぱいだった。それでももっと不安そうな息子をなだめつつ、なんとかしなくてはならない。エクスキューズミーにヘルプミーを付け足して、空港職員に話しかける。何人もの人が協力してくれて、日本人ぽい職員のところに案内してくれた。

「日本語わかりますか?」と訊くと
「いいえ にほんご わかりません」と綺麗な発音でおっしゃる。わっちゃぁ。

でも、いろいろ親身になって手を尽くしてくれた。自分のケータイであちこちに連絡してくれる。パンフを見せると、大きく頷いて、旅行会社のロス支社に何度も連絡を取ってくれたりした。

その結果、パンフに掲載されている旅行会社のナンバーにはまったく連絡が取れないことが判った。ご丁寧に二つも番号が紹介されているにも関わらず。よく見ると、22:00と書いてある。時刻はとっくに過ぎていた。

「アナハイム……シェラトン……タクシー、ダイレクティ」と職員の方が言う。タクシーで直接向かうしか無い、という感じ。確かにもうそれしかあるまい。ウンウンと頷くと、キャッシュは持っているか、という感じのことをおっしゃる。確かにいくらかは持ち合わせがある。

でもこのキャッシュ(ドル)、食事やお土産に使う予定のものなんだけどなぁ……と財布を見せると大きく頷いて、それだけあれば大丈夫みたいな事を言い、私の手荷物を持ってくれて、タクシー乗り場まで案内してくれた。

乗り場には、黄色い大きなタクシーが何台か止まっていた。降りてきた運転手に交渉を開始してくれる職員さん。
「アナハイムシェラトン ナントカカントカ 100ダラー OK?」
「ナントカカントカ 100と20 ダラー カントカ」

私を振り向いて、120ドルと言ってるが良いか、と確認してくる職員さん。日本円にして1万円くらいが吹っ飛ぶか。1時間くらいは走ることを考えると、妥当なのかどうなのか。が、もう仕方がない。とにかく私たちは疲れていた。OKを連発して乗せてもらう。運転手は、ほそおもての黒人さん。黒人といえば力強い顔立ちの人ばかりだと思っていたので、ちょっと意外だった。

大きすぎるくらいの黄色いタクシー、たぶん8人くらい乗れるだろう。そこを二人で占領させてもらっていざ出発。もうこうなったらとっととホテルに着いて欲しい。

が、ほんの数分走ったあたりで、車はガソリンスタンドへ。ああ、補給しないとならないんだ、けっこう長距離だもんね、私たちは到着すれば終わりだけど、この人はまた繁華街に戻ってこなくちゃならないんだもんね。

ところが。給油に降りたかと思ったら運転手さんはどんどん車から離れて遠くに行ってしまった。なかなか戻ってこない。どうやら車だけじゃなくて、彼本人にも補給が必要だったのかもしれない。

かれこれ10分以上待って、再度出発。運転は割りと乱暴で、けっこう揺れる。ほどなく高速道路らしいところに入った。うげげ。高速料金も払わなきゃならないのか、ととっさに冷や汗。これは勘違いであったことを後で知るのだが。
カーステレオが鳴り出す。何言ってるのか皆目判らないトークと音楽。妙に不快じゃない。ああ、外国にいるんだなぁ、と思いつつ夜景を眺める。高速道路は凄く幅が広い。片側4車線くらいある。スイスイ車はぶっ飛んで行く。
息子は信号機の表示や形が日本と違うことに興味を持ったようで、じっと窓の外を眺めている。
「手だ。手があるねぇ」
なるほど、信号の下部に、頻繁に赤い手のひらの表示が出る。とまれ、という意味なのだろうか。

ぼーっとしているうちにホテルに到着した。45分くらいだったと思う。急いでくれたようでありがたかった。

運転手さんがメーターをこちらに向けた。129ドルと端数がいくらか。むむむ。さらに10ドル上乗せか。だが、交渉する気力も語学力も無かった。130ドルOK? と訊いて、OKと言ってもらったので、もうそれで済ませてしまった。ひょっとしてボラレたのかなぁ、と思いつつ。(これも勘違いだったことを後で悟る)
運転手さんにはあまり腹も立たなかった。激怒していたのは旅行会社に対してだったからだ。1万円以上のこの損害、必ず対処してもらうぞ! と。

とにかくも、休みたかった。ホテルにチェックインしないと。本来ならツアコン様が手続きしてくれるはずだが、ここも自分でなんとかしなくては。

フロントカウンターで、日本から来ました、ツアコンに会えなかった、という意味っぽい単語を並べる。幸い、事情をすぐ判ってくれた。私の名と、旅行会社の名を言い、OKOKとテキパキ対応してくれる。日本のように宿帳を書かされることもなく、私と息子の二人分の手荷物をささっと持ってくれて、部屋に連れて行ってくれた。

鍵は今風のカードキー。
そして部屋は驚くほど広かった。日本の平均的なホテルのツインの倍以上はある。ツインなのに、ベッドはそれぞれダブルサイズ。大きな枕が一人あたり4個もうず高く積んである。

ゆっくり休めそうなのは良かったのだが、どうにも空腹だった。凄く疲れてお腹も空いてるのだけど、食べるのはどうにかならないか、と訊いてみるとルームサービスの時間もどうやら過ぎていたらしく、朝6時にデリが開くから、と言われる。しょうがない、せめて水分を摂って、朝一番になんとかしよう、と判断。寝よう、寝よう、とにかく寝よう。ベッドは程よいスプリングで心地良い。

「すごく良いベッドだけど、ボクはもう飛び跳ねたりしないんだ。子供じゃないから」

と息子が言った。そういえば、かつて旅行に行って大きなベッドに恵まれると、トランポリンよろしく飛び跳ねてはしゃぎまくっていたものだった。時の流れにシミジミする。

寝ようとしたら、枕元の電話が鳴った。ツアコン様からだった。
ここで、何故会えなかったのかが判明。

「飛行機降りてすぐの場所、ときいていたのですが?」
「いえ、私ども、その場所までは入れないんです。ですから、荷物受け取り場で看板を持ってずっとお待ちしておりましたんですが」

はぁ? 入れないってなに? あれだけ搭乗待ちの人が普通にひしめいているロビーに入れないなんてことはないはず。いったい、何処のことを言っているのだろう。そして、荷物受け取り場ってどこ? 飛行機から降りて狭い通路に入り、そこを抜けたら直ちにロビーだったはず。荷物受け取り場なんて通ってない。

必死で記憶をリプレイ。そういえば、狭い通路の左脇に、小さく入り口のようなものが切ってあって、その奥に荷物の回転台がチラッと見えたような。が、私達には預けた荷物なんて無かったし、無関係のものとして後方に流していたのだ。

荷物受け取り場が待ち合わせ場所ならば、そう明確にしてもらわねば困るではないか! 誰でもかれでも大荷物を抱えて旅行するわけではないのだから。それとも、手荷物だけにまとめてしまった私たちの方が非常識だったわけ? 

ともあれ、ツアコン様は平謝り、翌朝早くにホテルに来てチケットなどを渡してくれることを確約してくれた。

「というわけで、明日朝6時に起きてデリで朝食確保、7時半にツアコン様からチケットを受け取って、ディズニーランドは9時からだよ、30分おきにホテルから無料の送迎バスが出るからね、8時半ごろ出ようね」

と翌日の方針を決めて、ベッドにダイブ。寝る寝る、もー寝る。とにかく明日だ!



あっ、適当な写真が無い。なのでシェラトンホテルの中庭の写真。

086.jpg

ヨーロッパ調の外観、お城のような作り。フロアは二階までしかない。その分、広大。隅から隅まで素敵なホテルだった。

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2012. 05. 09  
飛行機の中はとても乾燥する。フライトデータを見ると、機外の気温は氷点下ン十度。そのただなかを、轟々とエネルギーを燃やしまくって暖房し続けているのだから、カラッカラになるのも当然。とにかく、口が乾く。使い捨てマスクをしていたが、あまり効果が無い。

だから、まめまめしいドリンクのサービスはとてもありがたいのだった。ホットサンド一切とあられパックもくれる。あられ、というのがJALらしいか。

エコノミークラス症候群を防ぐために、なるべくせっせとトイレに立つ。
ふとトイレの脇を見ると、コーラのボトルの他に、ふんだんにお菓子類が用意されていた。どれもフリーで持って行って良いという。私があらゆるラムネ菓子の中でもっとも愛している「クッピーラムネ」があって和む。

マスクの他に、エアー首枕(座席にちゃんと代用の首抑えがあるので不要だったようだ)、アイマスク、耳栓、折りたたみスリッパなどを持参し、少しでも睡眠を確保しようと試みる。

が、大気の状態が悪いのか、やたらと揺れる。さすがに息子が怯える。

「ガタガタ言うんじゃない。新幹線だって揺れるっしょ」

だが、デリケートな息子は可哀想に、ほとんど眠れなかったようだ。
座席モニターにはふんだんに映画やゲームのサービスがあった。映画は、最近のアカデミー賞受賞作も含めてかなりの種類が選べる。サッチャーやアーティストを観ようとしたのだが、さすがに興奮と眠気のミックスで落ち着かず、10分くらいで停止。

数時間ほど経って、ミールサービス。かなりのボリューム。コンセプトは夜食と朝食の中間くらいか。


005.jpg

カットフルーツが美味しかった。
そういえば、カリフォルニアはオレンジなどの果実の産地として有名で、スーパーなどの至る所でカットフルーツがいっぱい売っており、安くて美味しいとか。乾燥した街なので水がわりでもあるらしい。


ベルト着用のサインが出て、サンフランシスコに着陸。窓際の席ではなかったので外を観ることは出来なかったが、なかなか良い天気。

機体に横付けされた通路から空港内へ。入国ロビーの入り口には星条旗が飾られており、いよいよアメリカだ! という感じ。

さて、入国手続きがかなりの難関だと思っていた。ずっと息子に付き添うつもりだったのだが、ひとりずつの応答手続きになる、と直前にきいたからだ。

「いいか息子よ。係の人が、なにやら英語でモニョモニョ訊いてくる。そしたら指を3本立てて『スリーデイズ サイトシーイング』とハッキリ言う。どうしても話が通じないようなら、この旅行パンフを見せるのだ! それで多分OKのはず」
「不安だよー、こわいよー」
「とって食いやしないから安心せい! それから、笑顔と、サンキューを忘れないこと。男性にはサー、女性にはミスをつけること。あとはソーリーとエクスキューズミーでたいていのことはなんとかなる!」

そこにハウマッチとソーエクスペンシブを付け足したい所だが、とりあえず税関では不要だろう。

手続きの列はなかなか進まない。
係員の女性が行列のロープを外して、手招きする。なんとなく「乗り継ぎの人はこっち来て」と言ってるような気がして移動。

幸い、息子とひっつくようにして同じカウンターで手続きしてもらえた。パスポート認証の他に、指紋と網膜パターンも撮影。なかなか厳重だ。
担当の男性はアジアンな顔立ちだったが日本語は最低限しか話せない様子。が、手際が実に良い。意図が通じてないことを察すると、すぐに言い換えたり、ゆっくり話したり、気を遣ってくれた。
おかげで、心配していた入国手続きは実にスムーズだった。

入国カウンターを抜けると、荷物受け取りエリアだ。回転寿司よろしく、スーツケースや大荷物などがぐるぐる回っているアレだ。が、手荷物以外は何も無い私たちはそこは華麗にスルー。何も預けて無かったから楽だね、と言いながら。

そこを抜けるとゲートロビーだ。旅行会社の説明では、そこでデルタ航空の人が案内のために待っているはず。

……居ない。
カウンターの女性に訊いてみるが、判然としない。いやいやそれは私どもは関知しません、てな感じの応答。
仕方ないので、電光掲示板を探す。行き先はロサンゼルス、飛行機はアメリカン航空。ロゴはAA。出立時間は19:50。この条件で絞り込んでめまぐるしく変わる表示をサーチ。どうやら55番ゲートに行けば良いらしい。

さー55へ行くよー、とカバンを抱えて移動を始めるが、まーこの空港、やっぱり広い。途中、あの独特の形状の、二個の車輪だけで動く立ち乗り車でスーッとすれ違う職員が居たりして、名称をド忘れした私は思わず開発コードネームで「ジンジャーだー!(正式にはセグウェイです)」と叫んでしまったり。
案内板はシンプルで判りやすく、空港の人も道を親切に教えてくれるが、55ゲートは遠かった。道に迷いこそしなかったが、移動だけで20分くらいかかった気がする。

結局、搭乗手続き開始まで、ほとんど時間的猶予は無かった。なんとかトイレに行けた程度。
トイレに行く前に息子に注意。
「もしかしたら日本のトイレとはいろいろ違うかもしれない。が、落ち着いてね。ドアが小さいかも知れないけど、あまり気にしないこと!」


手続きが始まり、ロス行きに乗り込む。なんと今度は窓際である。もう夜のはずなのに外はまだまだ明るい。後で知ったのだが、夏時間だったかららしい。

006.jpg


が、翼の真上なので視界はイマイチ。それでも黄昏時の離陸、なかなかの眺めが期待できそうだ。

機体が動き出した。窓から見える羽根が滑走時にブルブル震えるのを見て、壊れちゃうよぉと息子が心配する。ああやって、ユラユラ震えるからこそ安全なんだ、揺れる余裕があるから強いんだ、揺れる柳は折れないけれど硬くて太い木は風で折れたりするんだよ、と説明する。

そして離陸。たちまち眼下に沈む街並みと、海、そして夕暮れの太陽。実に美しかった。さようならサンフランシスコ、いつかゆっくり来れたら良いな、と手を振りながら。

驚いたことに、飛行中でもiPhoneはWiFiを拾った。が、フリーの表示なのに使えない。どうやらどこぞと契約しないとならないらしい。隣席ではブラックベリーやノートパソコンを悠々と使いこなして遊んでおり、ちょっと恨めしい。

サンフランシスコからロサンゼルスまで2時間ほどのフライト。適当に暇つぶしをしていたら、着陸態勢に入った。窓から外を見る。灯りがチラチラ見える。
そしてその灯りの群れがどんどん大きくなる。驚くほど大きく、広く、そして近くなる。なんだ、この広さ。この輝き。整然とした街並みを思わせる光の列が、どこまでも広がっていく。掛け値なしに、地平線の彼方まで。
ロスが大都市であることは知識では判っていた。
が、実際の規模を上空から眺めとして体感して、知識なんてものがどれだけ屁のようなものかを思い知る。圧倒的な輝き、そしてスケール。桁違いの何か。瞬時に何かを悟らせてくれる、体験。

そして飛行機は密集した市街地にそのまま着陸し始めた。大都市のまっただ中に大空港があるのだった。騒音その他を厭うて、遠く離れた不便な場所に空港を作らざるをえない日本とは違うのだな、と思った。

予定より30分ほど遅れて到着。もうかなり夜も遅い。日本から来たので、私たちの体内時間は午後3時くらいなのだが、さすがにもうクタクタだった。

とにかく、早くツアコン様と合流して、一刻も早くホテルに送り届けてもらいたい。かなり空腹でもあったが、ホテルでルームサービスも可能だろうし、チェックインさえしてしまえばなんとかなるだろう、と。

「飛行機降りてすぐ、って言ってたよね」

飛行機から直付けの狭い通路を抜けると、ゲートロビーらしきところに出た。搭乗を待つ人たちが大勢ソファなどに座っている広間。ツアコン様が居てくれるとしたらこのあたりのはずなのだが。

……居ない。
どこにも居ない。
いやまさか。流石にここに係の人が居てくれなくては、私たちは本当に困るのだ。ソファだらけの広間を抜けた先は、各ターミナルやバス停などに通じる細かく別れた通路になってしまう。広間じゅうをかけずり回ってみたが、それらしい人は居ない。一緒の飛行機に乗っていた日本人の団体さんに話しかけても、旅行会社が全然違うので関係ないらしい。

時間はどんどん深夜になっていく。荷物を抱え、息子の手を握り、さすがに油汗を流す私。ツアコンが居なかったら、どうやってホテルに行けばいいのか! 明日のディズニーランドはどうなるのか! 

大ピーンチ!!


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2012. 05. 07  
さて、息子と二人、初の海外旅行。目的地は、もっとも古いディズニーランドのあるロサンゼルスはアナハイムである。
まず、羽田を発つのが夜中の0時過ぎの便。ロス直行便なので10時間程度のフライト。
2日になったとたんに飛ぶのに、到着は1日の夜7時という、日付変更線マジック。時差が体調にどんな影響をもたらすのかは未知数だ。あたって砕けるしか無い。

「いよいよ今日だね」と息子は朝からはやっていたが、そんなわけで家を出るのは21時ごろでよかろうとのんびり日中を過ごす。
普通に出勤していた夫の人が帰宅して、普通に夕食。
パクパクと貪っていると、突然の電話。旅行会社からだ。

「大変申し訳ありません、予定のデルタ航空の便が運行中止になりました」

な、ナンダッテー!!Ω ΩΩ

「ですので、代替便を用意させて頂きました。ですが直行便ではないので、サンフランシスコで乗り継いでいただくことになります」

はいーっ?! 海外旅行まったく初めてで、英語もろくすっぽ判らないのに、そりゃいきなり難易度高すぎのクエストじゃないですかーっ?!

で、旅行会社の説明をまとめるとこうだ。

デルタ航空から日本航空へ変更。時間は40分早まるので、家を出るのもそれだけ繰り上げ。
日本航空のカウンターに向かう。旅行会社が、諸々説明のため、ツアーの看板をもって待機している。
航空チケットのチェックインをして、話を聞く。
サンフランシスコ空港に着くのが現地時間17:20。
デルタ航空の係員が、飛行機を降りたところで案内のために待機している。
入国手続きなどを済ませ、アメリカン航空に乗り継ぎ。出発は19:50。
ロサンゼルス空港に21:15到着予定。
ツアコンが旅行会社のロゴの看板をもって待機している。ホテルへの送迎、チェックイン、ディズニーランドの通しチケットの手配、すべてツアコンにおまかせ。
もしトラブルが起きたら、担当旅行会社のロス窓口の電話番号がパンフに記載されているのでそこに連絡。

まぁしょっぱなから波乱含みの冒険気分だなぁ、と程よく緊張しながら羽田に向かったのだった。

羽田空港国際ターミナルに来るのは初めてだった。広くて、天井が高くて、活気があって美しい。
「さて、JALのカウンターに、旅行会社の人が看板持って待ってるはずだから、探そうね」

カウンターはすぐに見つかった。が、旅行会社の人が居ない。ぐるぐる回って探したが、居ない。
軽く困惑するが、こういう時は臨機応変が大事と思い、JALのカウンターの人に直接話を聞いてみた。
「はい、デルタからの変更、承っております」

サクサクとチェックイン手続きをしてくれ、チケットも発券してくれた。

「あのぉ、搭乗券と一緒にEチケットというものも発券してもらってくれ、と旅行会社のパンフに書いてあるのですが」
「はい、それはデルタ航空のカウンターで確認出来ると思います」

デルタのカウンターに移動して、あれこれ説明し、Eチケットを出力してもらう。
実は、搭乗券がすでにあるなら、この手続きは無理にしなくても良かったものらしい。
パスポートと搭乗券、この二つがあればOKなのだと。

しかし、どうにも不安が残った。事前説明と違う状態になっているのが落ち着かない。
実は、旅行に先駆けて、何度も旅行会社とやり取りをしているわけなのだが、
「チケットなど、旅に必要な諸々を旅程1週間ほど前までにご自宅に郵送いたします」
という説明を受けていたのに、届いたのはパンフなどの書類だけ。待てど暮らせどチケットとやらが来ない。
旅立つ数日前に電話をしてみると、こう言われたのだ。

「パンフにご説明があると思いますが、搭乗券は空港で、ランドのチケットは現地でお受け取りください」

いやいやいや、確かに私はこの耳で聞いたのだ、チケットなどを郵送する、と。
実際は、カウンターで簡単に搭乗券は手に入ったのだが、どうも釈然としない。
JALのカウンターに旅行会社の係員が看板を持って待機している、というのも実現していない。
航空会社の人たちは、もうそのまま出国手続きに進んでかまいませんよ、とおっしゃるが、なにせこちらは何もかも初体験だからして、不安が多いのだ。打てる手があるなら確実に打っておきたい。
そんなわけで、デルタ航空のカウンターを離れ、該当旅行会社のカウンターを探す。だだっ広い国際ターミナルのロビーの端から端までウロウロ。

やっと見つけた旅行会社のカウンター。これこれこう、と説明をして確認を求める。恰幅の良い中年紳士が応対してくれた。

「電話で受けた説明では、JALのカウンター付近に、御社の方が看板を持って待機してくれている、とのことだったのですが?」

中年紳士はこうおっしゃる。

「いえ、本日、そういった係りの者は、出ておりません」

出てないってどゆことよ……世間じゃ良くある、ちょいとした情報の行き違いっつーか、些細な齟齬ってヤツ? そりゃ手続き自体は何の問題も無く進んだけどさ。
まぁともかく、JALカウンターには誰も居なくても、ここに貴殿がおられるのだから、必要なやり取りはここですれば済むことよね、と気持ちを切り替える私。無駄に動きまわった気もするけど。

さて恰幅紳士の説明によると

JALの飛行機を降りた所で、乗り継ぎ案内のためにデルタ航空の係員が待機しているはず。
もしもの場合は、電光掲示板に出立ゲートの案内が出るので、確認して欲しい。
JALのスチュワードに乗り継ぎゲートを訊くのも良いかもしれない。職業柄、とても詳しい。

説明自体は安定しているのだが、私の不安は何故か増した。
もしかして、この「ツアー」とやら、私達親子以外に参加者が居ない? だから、大勢のツアーなら配置されているような人員が割かれていないとか?
人員配備に確信があるのなら、他の手立てをいくつも念入りに紹介する必要なんか無いはず。電光掲示板くらいはさすがの私でも読めると思うが、JALの人に訊け、ってなんかそれ、おかしくね?

さて乗り継ぎはまだ良い。
絶対に確実に居てもらわねば困るのが、ロサンゼルス空港で待機してくれているツアコン様だ。
なにせ、ロサンゼルス空港から、目的地のアナハイムのホテルまでかなりの距離があるのだ。車で1時間足らず、となっている。その送迎はツアコン様がしてくれるはず。他にも、翌日からのディズニーランドでのお楽しみも、ツアコン様が持っているチケットが無くてはならない。
もし現地でツアコン様と会えなかったら……。
私たちはホテルにも行けず、もちろんディズニーランドにも入れず、途方に暮れるはめになるのだ。

当初の予定ならデルタの直行便で到着し、入国手続き、税関などを通過して、荷物受け取りエリアを抜け、その先のゲートを抜けた所でツアコン様と合流できるはずだった。
パンフにはわざわざ丁寧な見取り図まで載っている。ふむふむ、トム・ブラッドレー国際線ターミナル、とな。
って、それってつまり、国際線からアメリカ国内線に予定が変更なんだから、この地図とかもう全然役にたたないってことだよね?!

「予定がまったく変更になってますが、ツアコン様と確実にお会いできる場所はどこになるのですか?」と質問。
「はい、それはもう確実に現地の者にも変更の連絡は行っておりますので、到着便やゲートのこともわきまえておりますし、確実にお会い出来ます」
「到着ゲートの、どこに行けばよろしいですか?」
「サンフランシスコからの飛行機、降りて出たすぐのところです」
「降りて、出て、すぐ、ですか。なら、あまりウロウロ探しまわる、というわけでもないですね?」
「はい、降りて出てすぐのところに、待機しているはずです」

とりあえず、あっちへこっちへ彷徨わずにすむ程度の近くに居てくれるらしいことは判った。
紳士に礼を言い、いよいよ出国手続きに向かう。思っていたよりさっさと終わった。あとは該当ゲート付近で搭乗を待つしかない。

「サンフランシスコってところに寄るんだよ。とても有名な街だよ」
「ああ、サンフランシスコ、知ってる。路面電車があるんだ!」
「ごめんねぇ、乗り継ぎ時間が2時間半しかないから、街に出て見物とかする余裕はなさそうねぇ」

さて、iPhone持ちの私だったが、海外ローミングなどはしないのだった。高いんだもん。アメリカには無料wifiが多いらしいし、ホテルもロビーなら無料のwifiが使えるらしいし、あまり困らないだろうと判断したのだ。
iPhoneの3G回線は飛行機に乗るまでなら使える。Twitterで状況などを実況すると、旅なれた方が
「サンフランシスコ空港ってとても広いから、2時間半ってけっこうギリギリかも」
と教えてくださる。うへぇ。見物とかもってのほかなのね。

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かなり時間を潰し、いよいよ搭乗。
ここで焦って乗り込もうとして止められる。貧乏旅行のエコノミークラスなので、乗り込み順番が一番後回しなのだ。こういう、いわゆる「作法」のようなものが皆無なのでいちいちアタフタする。

JALのエコノミークラス席は想像以上に狭かった。およそ8時間あまりのフライト予定。が、予定が遅れたらしく随分待たされた。それでも、轟音と振動と共に機体が浮き上がると気分も一気に盛り上がる。さぁ行くぞ、アメリカ! まってろカリフォルニア!
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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