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2012. 12. 30  
「深淵を覗く時、深淵もまたお前を見つめているのだ」

という言葉がある。ニーチェだったと思う。

ネットを通じて個人が世界に繋がる時代。
つまり一つ事あらば、一個人に世界中からアクセスが注がれるということ。

ネットに何かを発信するということは世界と対峙する覚悟が必要なのだということ。
その理解も覚悟も無い野放図が、俗に言う「炎上」を招くのだろうと思うのだった。



話変わって今年も冬のコミケが開催された。
二日目も無事終わったようでホッとしている。

が、これを見て何も思わないわけにはいかない。

http://mantan-web.jp/2012/12/30/20121230dog00m200011000c.html


たった独りの悪意によって、幾万、幾十万の人心が害されたか。
これほど極端な例は少ないとしても、類似の問題が昨今多くはないか。

ごくごく少数の人間の非常識がもたらすクレームや狂乱によって、大多数の常識が破壊される。たった一人の問題行動が原因で社会のルールが変更を余儀なくされ、多くの利益や利便が損なわれる。そんな事例があまりに増えてはいないか。


深淵を覗ける位置に居れば、深淵の影響が及ぶ。
世界に届く方法を手に入れれば、世界にしっぺ返しも喰らう。

が、非常識を撒き散らして世に害悪を及ぼしたことへの支払いは如何なる形でなされるか?

因果応報というものが世の摂理だと思ってはいるけれど、こういう事例に出くわすとその信念がグラグラ揺らぐ。

怒鳴って脅せば世の中だって変えられる? そんなテロリズムが当たり前の世になっていいのか?
いや、よくはない。
そんな社会でどうして安心してやっていけるだろう。数しれぬタブーにビクビクしながらありとあらゆる人の顔色を伺って生きねばならない社会になっていいのか?
いや、お断りだ。

他者のクレーム、他者のテロに怯えずにすむ心と社会のために、今何をするべきか。
もう、今すぐ、なんとかせねばならない。もう猶予なんか無いのだ。とっくに手遅れなのかもしれないのだ。
他人任せにしてちゃいけない。
僅かな悪意で社会のルールが揺らぐのならば、その逆だって可能なはずなんだから。


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2012. 12. 27  
ジェリー・アンダーソン氏死去の報。

「ゲリー・アンダーソンじゃなかったっけ」と口走ったら夫の人に年寄り呼ばわりされた。なんというおまゆう。

ともあれアンダーソン氏といえばサンダーバード。なにを差し置いてもサンダーバード。みんな大好きサンダーバード。
この動画を見ても、若い人たちにも人気を博していたことが判る。(なお日本語主題歌には歌詞の譜割りが異なる別バージョンも存在して、どっちを正統と見なすかは意見が別れる。私は断然こちら推し)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2327915

とにかくカッコいいのだ。涙ちょちょぎれるほど、脳汁溢れるほど、カッコいいのだ。
なにがカッコいいのかだって? 
そんなもの説明せんとアカンのか?
ああもう語るのもめんどくさいわ。
観れば判る! 問答無用! 


などと放り出すのも乱暴過ぎるのでもうちょっと。
サンダーバードを語る上でまず重要なのはメカデザインの秀逸さだろう。無駄の無い美しいフォルム。現実感のある重厚さ。リアリティそのものが魅力となって迫ってくる。工業の発達が早かったイギリスならではのセンスなのだろうか。

が、どんなにデザインが美しかろうが優れていようが、もっとも大切なのは、それを
「いかに見せるか」
に尽きると思う。

TV映像を作るにあたり、予算を掛けずに実現させるための手段として、人形とミニチュアを選択したというアンダーソンの伝説。水しぶきを上げて発進するシーンは、普段使いのカフェテーブルをひっくり返しただけのミニプールで撮られたという。撮影が終われば片付けて、またそのテーブルで普通にお茶を飲んだのだ、と。そんな小さな、手作り感満載の環境であの迫真の特撮は作られていたのだ、と。

少ない予算、小さなスタジオ、限られた人員。そんな厳しい状況で、よくあれだけの迫真に満ちた画が作れたものだと思う。
なぜ、アンダーソン氏にはそれが可能だったのか。
おそらくは、脳内に「仕上がるべき映像のイメージ」が確固たる形で存在し、またそれをスタッフに伝える方法にも長けておられたのだと思う。

ありとあらゆるオブジェクトを作り物の配置でこなした「サンダーバード」(稀に手足のアップなどに生身が使われたりはしたが)。
すべて作り物であるのに、迫真性に満ちること。この驚くべき意味を、映像作家を志す人、絵を描くことを志す人、マンガ家を志す人全てに考えてもらいたい。


サンダーバードにしろ「新・八犬伝」にしろ、子供の頃に親しんでいた人形劇作品が、どれほど凄い、素晴らしい、驚異の品質の作品であったのか、歳を取るほどに判ってくる。なんという恵まれた体験だったのだろう、でも子供だから故にその価値には気づかない。
それが当たり前だと思っていたのに、実はまったく当たり前ではなくて、類する作品の数すくなさに茫然とする人生。

でも最近の子どもたちには「新・三銃士」があったっけ。
あれも、10年、20年、30年後になっても色褪せない魅力と、老いるほどにいや増す価値に気づける稀有な作品だったろうと思う。


アンダーソン作品の映像魂は、初期の「機関車トーマス」のブリット・オールクロフト氏や「ウォレスとグルミット」のニック・パーク氏に綺麗に受け継がれていると思う。

反面、私が「世に比類なき奇跡の一品」と呼び続ける「ダーク・クリスタル」のジム・ヘンソン氏のスピリットとエッセンスと技術は誰が受け継いでくれたのだろう。

ティム・バートン?
ジョン・ラセター?

いや、お二人ともこの上なく素晴らしいけど、でもやっぱ違う気がする。コマ撮りやCGじゃどうしても違うんだ、模型稼働でないとダメな境地があるんだよぉぉぉ。



ああ、アンダーソン作品のカッコよさを支える要素として音楽も忘れちゃいけない。絶対、忘れちゃいけない!

このエントリは、終始「バリー・グレイ音楽集」を聴きながら書きました♪

行け、風を巻いて!

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2012. 12. 24  
クリスマス前夜ともなると、皆さん想うことが多いのか、Twitterはいつにもまして賑やかで、名言も多い。

とは言えやはり、やたらとあらぶったつぶやきも多し。特に男性のそれは……うーん。
気持ちはわかるけど、闇を世間にぶちまけたところで善いことも得になることも無いよ。

杉田君曰く

「呪うな祝え」

は至上の一言だと思った。



神の代理人たるローマ法王猊下は毎年一貫しておおせである。
聖夜に浮かれ騒ぐこと無く、内省を深めるべしと。
キリストがお産まれになった馬小屋の簡素清貧を想い、聖書から多くを学ぶべき、と。
えーっと猊下、旧約からはかなりヤバいことも学べる気がしますがこれは私の信仰心が皆無に近いからでございましょうか。



さっき拾って特に印象深かったつぶやきはこれ。

『TRPG初心者さんが、「TRPGでは、空気を読んで、相手の気持を考えて、自分だけではなく、相手も楽しませるような人になる事をすすめられるんですけど。それなのに、なんでみんな彼女いないんですかね?」と世界の真実に触れ始めた』

……(´ω`)

私自身はTRPGはほとんどプレイしたことは無いけど、プレイヤーさんはなぜか大勢知っている。
そしてそのほとんどが見事なまでに人生のソリストなのも知っている。

なぜ、みんな彼女いないのか?

考えられるのは2つ。

その1.女性を相手にするとスペックが変更される仕様だから。

その2.空気を読み相手の気持ちをはかり、自分だけではなく相手も楽しむよう心がける、という行いを本当にまっとうな形でこなせる人は、実はすみやかに大人になってしまい、現実と向き合うための真の闘いに赴くべく、「オアソビ」からはとっとと卒業を果たしてしまうから。


実のところ、とてもよく出来た女性との出会いに恵まれれば、無理に卒業しなくても結婚くらいは可能だとも言えるけど。そういう意味では、よく出来た女性があまり居ないって事実も直視はすべきだわな。



最後に、円山動物園で撮られたとおぼしき写真を紹介して、愛の本質に迫っておこうと思う。

http://twitpic.com/boqdu7

メリークリスマス☆

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2012. 12. 19  
戦車の知識なんぞ全く無かった私が毎日Googleを開いては

「ボカージュってなんだ」
「シュトリヒってなんだ」
「エルヴィンって誰だ」

と調べてしまっている。ガールズ&パンツァーの威力おそるべし。
特に水島監督自らがコンテを切った回の戦車戦の見応えはまさに破格。ゾクゾクする。緊迫と緩和の絶妙なバランス。迫真の火力と重量の説得力。なぜこの人はこんな凄いコンテが切れるのだろう、何がこんなに求心力となるのだろう、どうもうまく言語化できなくてもどかしい。


「ねぇねぇ、クリスマスプレゼントにプラモの戦車買ってくれよぉ夫の人~」
「え、もう用意しちゃってるし(別のものを)」

冗談ですよ、自分で買いますですよ、本気で欲しいならば。
でもどれもこれも買うわけにはいかない。戦車プラモはけっこう高いのだった。それにプラモなんてほとんど組んだこともないし。ガンプラみたいに簡単じゃなかろうし。
とにかく、最初の1台を何にするか絞り込まねばね。

ガルパンの公式サイトには各チームの戦車の紹介ページもある。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪」

どの戦車も可愛い、どれにもそれなりに魅力がある、ということをガルパンは教えてくれた。だからこそ、どうも決め手が無い。これが一番! ってのがなかなか決まらない。

あれもこれもとサイトを見ていて、結局、私が一番美しいしカッコいい! と感じた戦車は。


……これでした。


なんかホントすいませんすいません。なんで謝ってるのか自分でもよく判らないけどすいません。




調べてみたら時代が全然違うわけで、一足飛びに「これが一番!」とか選び取っちゃうあたり、私の功利主義みたいなものが剥き出しになってますな。

圧倒的に不利な状況や戦力をものともせず善戦を重ねてみせるところが魅力の、ガルパンという作品の理念とはまったくの正反対の、狡猾なる即物性を自分で自分につきつけたかのような結果かと思うと、直感的に「すみませんすみません」という気分になってしまったのもむべなるかな。

ガルパンキットにはなってないけど、プラウダ側の戦車も割りと好みかな。スターリン重戦車? 上部が曲面構造になっていて敵の砲弾がツルッと滑っていったという。萌える☆


****************************


マケドニア戦法で連携歩兵の強さを知り。
ハンニバル戦法で騎馬隊の威力を知り。
ローマ軍団で総合的軍略の重要さを知り。
マスケット隊による三兵戦術を知り。
重火器が戦争の様相を塗り替えたことを知り。
泥沼のような塹壕戦を打破するために戦車が産まれたことを知った。

戦いを有利にするために必要な3つの要素。
機動力。
防御力。
重火力。
これらを総て兼ね備えた、ある意味究極の存在。それが戦車だ(った)と。

世界史に沿ったこの理解の流れが無かったら、いかに1話の水島コンテが神がかっていたとしても、やっぱり私はポカーンとしただけかも知れない。よーわからん、と切り捨てて終わったかも知れない。出会うべき時に出会えた幸運に感謝を。

それにしても、個人的には大好きになったけどマニアックな人気しか出ないのじゃないかなぁ、と思っていたのだが、関連商品が次々速攻で売り切れるなど、ちょっとしたブームになってる模様。
やっぱ、女の子たちも可愛いもんね(´ー`)

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2012. 12. 18  
総選挙が終わった。東京では知事選も同時に行われ、好天にも恵まれ、かつて無いほど混雑した投票所もあったらしい。

が、蓋を開けてみれば投票率は戦後最低。

自公が圧勝し、右傾化、改憲の可能性などを指して、

「危険だ」
「日本が終わる」

などの声も上がっているという。

何を言っているのだか。
そんなことよりも何よりも、この「投票率の低さ」こそが恐るべきこと、真の危険の正体のはず。

大災害にみまわれ、原発に代わるエネルギー確保のために貿易収支は赤字になり、日本経済は転がり落ちる一方。
これほど国が大変なことになっているのに。
戦後最悪の国難のさなかの総選挙だというのに。
投票率は最低。

これを怖れずに何を怖れるというのか。

投票に行った人は、それぞれが様々な想いをもっていたと思う。
そのひとつひとつは相反するものもあるし、すべての人が納得する政治などというものはあり得ない。
民意というものはバラバラなのが当たり前だろうと思う。

だが、この「投票に行かなかった人たち」の民意こそが実はもっとも大きなモノなのかもしれないのだ。

それはおそらくは、ごく単純なもの。だからこそ、大きなもの。

石原慎太郎氏が政見放送映像で語った「ふわっとした民意」という言葉は、実はこの「投票しない人たち」の意識を表すのにもっとも相応しいのかもしれない。

すなわち

「そんなものどうでもいい」

政治のこと、国のこと、税金のこと、生活の全てに関わること、国民としての生き方そのものに関わることであるのに。投票とは、自分自身がそれに参画できる最もカジュアルな手段なのに。

「そんなことどうでもいい」

それらを無価値とみなすこと。
無関心。無知。無責任。無気力。

「どうでもいい」という言葉に潜む心の意味には「無」がついて回る。

戦後もっとも「どうでもいい」とされた選挙。
選挙を終えれば、議員でもなんでもない庶民が政治に対して出来ることはほとんど無くなるように見える。

でもそうじゃない。
政治なぞできずとも、戦う力も持たずとも、私達に出来ることはある。

「どうでもいい」という無の意識をわずかでも減らすこと。
そのために出来る小さなことは数限りなくあるはずだと思うのだった。
どんな小さな事でも良いから。

それは、一日に言う「ありがとう」の言葉をたった一回増やすだけでも、そう出来るはずだと思うのだった。


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2012. 12. 11  
いろいろと上手くいかない。
体調改善のためにジョギングを始めたら、猛烈に食欲が増し、ドンドン太って行く。
ストレッチもやっているが、あちこち筋が痛んだりする。
運動のあと、ひどく身体が冷えてくる。汗を拭いて着替えても冷える。

痩せもせず、冷えも取れず、これじゃ何のためにやっているのだか。

なんとも気分がささくれるので、優しげなピアノ曲など適当に聴いてみるが、なんだか音が刺さる感じ。

「ああ、上手いけど、結局は自己アピールのためにやっている音だよなぁ」

などと、こんな気分の時には感じたりしてしまうのだ。

「そうだ、こんな時こそホロヴィッツだ」

思い立ったら即動画が見つかる、素晴らしきかな現代。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm291067

http://www.youtube.com/watch?v=XhnRIuGZ_dc

http://youtu.be/dxz2UfCYtQk

シミジミと心満ち足りるのだった。
神じゃ!
この手こそが神の手じゃ!!
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2012. 12. 06  
伊集院光の深夜の馬鹿力(TBSラジオ)が大好きで毎週欠かさず聴いている。
最新の回で、DQ10について色々トークがあった。どうやら、相当に深くやり込んでおられる模様。

もう楽しいとかじゃなくて、タバコを吸い過ぎると、美味い不味いじゃなくて、吸わずに居られないから吸い続けるのと同じ、プレイせずには居られないからログインし続ける感じ、という話。

うううむ、ネトゲにハマった者として、痛いほどわかる感覚。
その状態から、平常に戻すには実はかなり大変なのであります。ご健闘をお祈りします。(大汗)

ご自身のキャラはもう相当レベルが上がってしまって、なかなか成長しなくなってしまったらしい。
(NEXTが膨大、ってやつですね)

なので、一緒にラジオをやっている仲間の人たちの、育成がほとんどされないまま放置されているキャラを、いっそ代わりに育てたい、とおっしゃる。
(ここで普通のネトゲーマーなら別キャラや別アカを育て始めたりするのだけど)

多分規約に触れるから出来ないだろうけど、と前置きした上で、その放置キャラをみんなに開放して、よってたかって育てまくって、知らない時に知らない所で随分成長してしまったそのキャラを見かけて感慨にふけったり、えっこんなところになぜ居るの? しかもパンツ一丁でなんで? みたいな意外なことになってたりして、等々。

そのくだりを聴いていて、思わず個人的に「ギャース!」
と、ととと、トラウマが!
その光景にはトラウマがあああー!


よく知っている他人さまのキャラが。
なぜそんなところに居るの? 
なぜ裸同然なの? 
なぜ話しかけてもなんにも反応してくれないの?


はい、それはそのキャラがアカウントハックされて、金目のモノは剥ぎ取られ、換金できない専用装備などはハライセもしくはイヤガラセ目的で捨て去られ、何一つ残らぬ抜け殻のような状態にされつつある現場に遭遇している瞬間の光景なわけ。

セキュリティがあまりしっかりしてないネトゲでは割りと良く起きる災難なのだ。
私をギルドに誘ってくれて、とても親切にしてくれた方が、まさにその被害に遭っているところに出くわしたことがある。
ギルドの仲間みんなで通報や呼びかけなどアレコレしてみても何の効果も無かった。淡々と無言でショップに張り付き続ける乗っ取られたキャラ。何も出来ないまま仲間が蹂躙されているさまを目の当たりにするあの無力感、あの憤懣。

(今思えば、あれがPK可能なMMORPGなら徹底的にタコ殴りにしまくって時間稼ぎくらいは出来たのかもだけど)

夜になり、本来のキャラの持ち主がログインし、そしてその人はそれ以降戻ってくることは無かった。


DQ10はネトゲ運営に慣れたスクエニのゲームだし、そういう災害はあまり無かろうとは思う。今でも、やってみたいなぁ、と思うことは多い。アマゾンで値段などチェックしたりして。

が、ソフト以外にまずメモリ買って……チャット用にキーボードも買って……もしかしたらコントローラーも……などなど考えているうちに面倒になってしまうのだった。

この、最近なんでもかんでもすぐに
「めんどくさいからもういいや」
となってしまう傾向は、まさに老醜というべきで、こんなことが増えたらヤバすぎるとは思うのだけど。
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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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