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2013. 07. 23  
零式艦上戦闘機の美にすっかり魅せられてしまった私です。
もともと、シンプルでまろやかなフォルムをもったメカデザインが好きでした。
ゴテゴテしたメカは嫌い。
シャープさを強調するのもイマイチ。

ガンダムで言うなら、大河原邦男氏のデザインだけが好きで、それ以外はどうしても好きになれないのです。

零戦には理想的な美があるように思います。

セッセと画像を検索して、あの曲線美を我が物に出来ないかと、あれこれなぞってみたり。

で、フッと思い出しました。
大昔から大好きだったメカ群があります。

サンダーバード!!

どことなく、ゼロ戦と共通するイメージがある気がします。シンプルでまろやか。
特に2号の豊穣な曲線美は溜め息が出るくらい。

さらに、ベルヌーイカーブ、という言葉も思い出しました。

「ん? 飛行機の翼の断面のカーブのことだったかな?」

あやふやだったので調べてみますと、これがなかなかに複雑です。

ベルヌーイさん、という人物は2人いるのです。

飛行機を飛ばす原理である、揚力のベルヌーイさんと。
対数螺旋のベルヌーイさんと。
いろいろ混じったりしているようで、複雑。

さらに調べていると、フィボナッチ数列だの、黄金比だの、フラクタルだの、いろいろ出てきたわけです。

数学は一番苦手な教科でした。
数式が美しい、と言われてもなんのことやらサッパリでした。

でも、ある種の視覚的な美は、数学と深い繋がりがあるらしいのです。どうやら。

「風立ちぬ」の主人公が、計算尺片手にゴリゴリと数式を書きまくっていたこと。
そして、迷いの無い美しい曲線をひいていたこと。
それは密接につながった、ひとかたまりの才能だったのだなぁ、と思うのでした。




なお、飛行機の翼の断面は、ベルヌーイカーブとは関係ないそうです。
新式のハサミの刃に適用されたカーブのことだとか。根本から刃先に至るまで、均一な角度を保つためのカーブ。
サクサクと良く切れる、素晴らしいハサミだそうです。闇雲に欲しくなりました。

いや~曲線って、本当に良いものですね! 対数螺旋を想いながら眠ることにいたします。

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2013. 07. 20  
宮崎駿監督の新作「風立ちぬ」を観てきました。

映画館であれほど泣いたのは久しぶりです。初かもしれません。
そして、今後も無いかもしれません。
まさにそのことそのものが、エンドクレジット中に嗚咽を抑えきれなかった原因だったかと思います。

猛烈に感動し、猛然と語りたくなる作品です。
ですが、ネタバレになってしまうようなことは一切したくない。
なるべく先入観の少ない状態で、あの世界を味わって欲しい。
初日に観てしまったがゆえの葛藤があります。

ごく冷徹に言うのであれば、実在の人物をモデルにしていることと、有名な文学作品を参考にしていることと。
この2点に関しての流れは、ネタバレを封じてもほとんど意味が無いことかもしれませんが。

物語、ストーリー、起承転結、というもの。

「何がナニしてどうしてこうなった」

あるいは

「いつ、誰が、なにを、どこで、どうして、いかにして」(5W1H)

ということを示すのが物語ということであるなら。
この作品の一番肝心な要は、そこには無いのです。

観て、判っていただくのが一番です。
そして、アニメーションというジャンルならではの形でそれは描かれているのです。

さらに付け加えるなら、まさに今、現代という時代に呼応した作品でもあります。
「崖の上のポニョ」にもそういう部分がありました。
あの時より、さらに切実な思いが「風立ちぬ」には溢れているように思います。

名作は時代を越えますが。
いつ観たって感動できるのは確かな作品ですが。
今、この夏、観ていただきたい作品です。



一緒に映画を見終えた息子は、そのまま弾丸のような勢いで所沢へ向かって行きました。
前回のエントリで扱った、唯一の完全保存の零戦を見るために。
この展示は8月いっぱいで終わってしまいます。お別れの日まで、さぞ賑わうことだろうと思います。
復元機体の展示なら、他の場所でもいくつもあるようです。
 ↓
参照

観てから見るか。見てから観るか。どちらであっても、感動を幾層にもしてくれることでしょう。
実在をじかに見ることの重要さと、非実在を夢見ることの重要さと。
どちらもが、人間にとって欠くべからざる必然であることを、零戦とこの映画が教えてくれたような気がします。

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2013. 07. 15  
所沢の航空発祥記念館へ行って来ました。

零式艦上戦闘機を見るためです。
ゼロ戦の名で知られている、名機です。完全な形で現存する唯一の機体だそうです。

まもなく、宮崎駿監督の新作映画「風立ちぬ」が公開となります。ゼロ戦の設計者であった堀越二郎氏を主人公に据えた物語とのこと。
飛行機が大好きな宮崎監督のことです。ゼロ戦の魅力をあますところなく描いておられるはずです。
誰が描くよりも鮮烈な、「生きたゼロ戦」が見られることでしょう。

それを観るのに先駆けて、実物を是非この目で確認しておきたかったのです。

子供の頃からゼロ戦の姿は知っていました。なんとなくのイメージで

「可愛い機体」

と思っていました。丸みを帯びたフォルム。ちんまりとした印象。


ですが、実際に目の前に現れたそれは、意外なほどに巨大で重厚でした。

零戦1

可愛いなどととんでもない。
究極、洗練、極限、至高、機能美。そういう言葉が浮かびます。


「パワーとスピードと持久力。すべてを兼ね備えた飛行機を作れ」

という無理無体としか言い様のない軍の要求。
すべてのジャンケンに勝利せよ、というようなものです。

そんな無茶振りに全力で応えようとした、技術の粋を極めた機体なのだそうです。
それはおそらくは、神の領域に達せよ、というのに等しいことだと思います。

すべての常識を捨てねばならない。固定観念を捨てねばならない。
でも、無茶も無理もゴリ押しもあってはならない。
確実=完璧を目指すなら、いかなる歪みも淀みも緩みもあってはならないのです。

私には戦闘機、飛行機の知識はほとんどありません。
ですが、目の前のゼロ戦がこよなく美しいことはハッキリと判りました。
万に一つの無駄も無い、精度の塊。侘び寂びの境地すら感じます。

とは言え、解説を読んで知ったのですが、操縦系統の設計には、あえて緩みを作ってファジー性を持たせているそうです。その方が、結果的に操作感が上がるのだそうです。なんとも面白い話です。ゲーマーとしての感覚ですが、操作感ほど操縦者にとって重要なものは無いだろう、と思ったからです。
意のままに動くこと。
一体感があること。
これらを欠いては、どんなにパワーと機動に優れたマシンだろうと、性能を存分に発揮は出来ないだろうと思います。


上から眺めてかなりゾッとしました。
コクピットが狭いのです。

零戦2

この写真では照り返しで良く見えないのですが、計器がギュウギュウです。大人が膝を曲げて乗り込んで、ギッチギチのはずです。
これほど余裕の無い、窮屈な環境で命がけの飛行をせねばならないのです。
パイロットというのがどれほど過酷で厳しい立場か、がひと目で判ります。
豪胆でかつ繊細で力強くなければ務まらないでしょう。
それはまるで、ゼロ戦の本質そのものでもある気がします。




秀でた構造には、作り手の魂が現れる。思想が反映されるのです。生き様のようなものが映り込むのです。

「風立ちぬ」、ますます楽しみになりました。待ち遠しいです。



航空発祥記念館には、ゼロ戦以外にも多くの飛行機体の展示と、飛行そのものに関する解説展示が数多くあります。どれもとても見応えがあって、楽しい場です。ロビーには飛行する玩具を中心に、科学実験キットおもちゃもいっぱい売っていて、

「あれもこれもそれもどれも全部欲しい! 欲しい欲しい欲しい、買って買って買ってぇ~~~~!!!」

と脳内で泣き喚く自分を必死で宥めながら帰途につきました。全部買ってたら5万10万コースです。我ながらよくそこまで欲張れるものだと嫌な汗が出ました。


夏休みのお出かけに最適な地ではありますが、こと科学に興味の深いお子様をお連れの場合は、ある程度の出費予定を確保してあげて欲しいと思うのでした。
一つでもいいから飛行模型をそこで手にして、記念館に隣接する広大な芝生で大空にそれを向かって飛ばす、そんな思い出が一度でもあるだけで、その子の未来がどれほど豊かなものになり得ることか。
科学への、大空への、未知の世界への興味の芽を伸ばしてあげて欲しい。切にそう願います。

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2013. 07. 10  
7月としては異様なほどの猛暑です。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

原発事故以来、かたくなに節電を貫いてきた私も、今回ばかりは心が折れました。
すっかり堕落してエアコンに頼っています。

せめて他の方面では電力消費を控えようと、PCにもあまり向かっていませんが、どうにもやめられないのがDQX。
もっとも、ちょこっと立ちあげては、10分くらいでやめてしまうことも多いです。
βですし、レベルも20までしか上がりませんし、行けるエリアもほんのわずか。やれることがあまりに少ないのです。データ引き継ぎもありませんし、やり込んでも仕方なし。

なのに、なぜ、毎日訪れてしまうのか?

つまりは、魅力的なのです。一言であらわすなら

「愛らしい」

これに尽きます。

グラフィックも、音楽も、世界観も、セリフの一つ一つまで、この上なく愛らしい。
昨今のオタクコンテンツに多い、「萌え」系ではありません。
愉快、愛嬌、剽軽(ひょうきん)牧歌的。
英語ならばユニーク、キュート、ユーモラスというところ。
そして全体的に、とても品が良いのです。

この涼やかな上品さはどこから醸し出されるのか?
やはり、作品全体に見いだせる、作り手の「敬意」のようなものから来るのだろうと思えます。

ドラクエという作品世界を心から愛し、それによって育てられてきたことへの感謝のようなもの。
ドラクエをプレイしていた時に感じていた幸福、それによって満たされていた記憶への思慕。
それらを、多くの人たちと同時に味わってきたのだ、という連帯感。

多くの善き思い出から生まれたであろう、愛情と尊敬によるモラルの高さが随所に現れています。気遣いが細やかです。

心をこめて整備された庭園が心を和ませてくれるように、DQXの世界は独特の癒しオーラを放っています。
この雰囲気作りにもっとも貢献度が高いのが、やはりすぎやまこういち氏の音楽なのではないかなぁ、と個人的には感じます。音楽がどれほどイメージ操作という目的に威力を発揮するか、改めて思い知ります。


数えきれないほど多くのネトゲを見て来ました。
その多くが、志の低い、模造品の域を出ないものでした。ヒットしたシステムを丸パクリして安易に金を儲けよう、という卑しくも物哀しい心根が透けて見えるものが多いです。

DQXは、シリーズのイメージや名称を継承した要素が多いですが、他の作品には無い新奇なシステムの追求もあり、独創性という意味でも群を抜いています。

私が一番好きなのは、「相撲」と呼ばれているシステム。
戦闘中に、敵をぐいぐい押すことによって、仲間から遠ざけることが出来るのです。薄い服しか着られない、かよわい魔法使いたちを、この動作によって護ることができます。
この時の、押しまくっている時のモーションや表情が

「一生懸命!」

という感じで実に愛らしい。

これに限らず、どのモーションもなめらかでデフォルメの効いたアニメーションになっていて、見応えがたっぷりです。表情の豊富さも地味に凄い。演出のセンスが良いのでしょう。キャラへの親近感が段違いに高くなります。


つまり、声を大にして言いたいのは、

「自キャラ可愛い!!!」

もう何をやっても可愛くてたまらんです。戦闘してても走っていても鍛冶していても祈っていても、ただ座るだけでも無闇矢鱈と可愛いです。
「CGキャラ」が「アニメーション」に昇華されているからでしょうね。こういうところも、意外とネトゲでは稀有な点です。ポリゴンの細かさ美麗さにこだわるゲームは多いのですが、数値だけがいくら上がっても魅力が上がるわけではない、ということに気付けない人は多いのだろうと思います。

DQXキャラの可愛らしさを伝えるためには絵でも描いてイメージを形にするしか無いのでしょうけど、画力が無さすぎてどうにもなりません。粘土こねてフィギュアにしてみようかなぁ、なんて思ったり。

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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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