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2011. 11. 26  
子供の頃は記号的にテレビを見ていた。
プロ野球が映っていれば「王がホームラン打ったら教えて」
プロレスが映っていれば「馬場が十六文キックしたら教えて」

そんなもんだった。意味とか意義とか無かった。そこにあるのは周知の記号でしかなかったのだ。
そんなガキだった私に、野球というものが意味を持って迫って来た時のことを今でもはっきり思い出せる。
母に連れられて百貨店に買い物に行った。いつもの通りの大賑わい 。だが、いつもと違うものが一つあった。壁のあちこちにポスターが貼ってある。ごま塩頭の、どこか哀しそうなお爺さんの姿。その姿の上の方には
「声援ありがとうございました」
と書いてあり、不自然な余白もあった。そこには多分「優勝」という文字が入っていたのだろうな、と直感で判った。

その百貨店は近鉄。優勝を惜しくも逃したチームも近鉄。ほんの何年か前まで住んでいた街の沿線も近鉄。
なのでほんの僅かだけ、母が近鉄という野球チームを贔屓していたらしい、ということをあとで知る。
近鉄というチームがそれはそれは弱くて、「リーグのお荷物」と呼ばれていたということも知る。
そのリーグというのはパリーグというもので、巨人や阪神とは違ってテレビでは見られない野球なのだ、とも知った。

「よぉまぁ、あんな弱い球団をこんな強ぉしたもんやなぁ」と母が言う。
万年最下位、またも負けたか近鉄、リーグのお荷物と揶揄されていた球団を、優勝を狙えるまでにした男。
それが、あの穏やかで哀しそうなお爺さん、西本監督という人なのだと知った。
記録を見ると、この年はたぶん1975年。私は11歳、まだパ・リーグが2シーズン制であり、後期優勝を果たした近鉄は惜しくもプレーオフでリーグ優勝を逃した、という年だということになる。

そのあたりから、私は興味をもってプロ野球を観るようになっていった。もう野球は私にとってはのっぺりした記号だけのものでは無くなり、いろんな事柄と繋がって面白みを増してゆく意味のある何かになっていったのだ。
パ・リーグでは阪急ブレーブスというチームが物凄く強い、ということも知った。V9で巨人が勝ってばかりいたけれど、セ・リーグでは巨人、パ・リーグでは阪急が常勝の名門なのだ、ということ。
パ・リーグの試合はプレーオフか日本シリーズくらいにならないとテレビでは見られない、という事実。
そして日本シリーズはゾクゾクするほど面白いということ。
なにやらえげつない手段でもって江川という選手が巨人に入団したりして、読売ってのは身の毛もよだつほどケッタクソの悪い球団なのだなぁと思ったりしたこと。

そうこうしているうちに、ついに近鉄バファローズがリーグ優勝を迎える日がやってきた。
ああ、あの日百貨店で見た、哀しそうな顔をしたお爺ちゃんがこの上なく嬉しそうに胴上げで舞っている。良かったねぇ、西本さん。おめでとう西本さん!

そして迎えた日本シリーズ。西本近鉄を迎え撃つのは広島カープ。古葉監督率いる、赤ヘル軍団である。
このカープというチームもまた、万年Bクラスと言われ、資金不足に悩まされ低迷を続けた中から、古葉監督という名将に鍛え抜かれてメキメキと強くなっていったチームであったことを、この時の私は知っていた。
どっちにも勝って欲しかった。だがやはり、いつも何故か哀しそうな顔をしながらじっとベンチに佇んでいた西本監督が、私はこよなく好きだったのだ。胴上げされて幸せそうにしている顔はもっと好きだった。
広島よ、ここはどうか近鉄に譲ってやってはくれまいか。
そんなことを念じながらその年の日本シリーズをすべて私は見た。
そうして迎えた最終戦。あの伝説の9回裏。無死満塁。絶体絶命の窮地に陥ったカープを、鬼神のごとき21球で護り抜いた江夏豊の勇姿。
日本一を逃した近鉄。悔しかった、西本監督が気の毒だった、だがしかしそれでもなおあの総毛立つような時間の価値が果てしないほど高いものであることはイヤというほど判った。あれほど見事な何かを見せられたからにはなにも文句は言えないのだ。野球とは、なんと素晴らしいものであることか、と。ただそれだけを深く刻んだ夕方だった。(そう、デイゲームだったのだよ)

それからほどなく西本監督は勇退した。最後の試合は対阪急戦。近鉄の選手も阪急の選手も入り乱れて一丸となって西本監督を胴上げした。パ・リーグ常勝を誇った阪急ブレーブスというチームもまた、西本監督の元で育てられたチームであったからこそなのだった。そんな風に監督業の最期を飾られた人はそれまで居なかったという。

一度も日本一になることなく、悲運の名将と呼ばれた西本監督。だが私にとっては最高の名将のお一人だった。

一時は週刊ベースボールを毎号買い、あちこちの球場に通うほどの野球ファンだった私も、いつの間にか野球を観なくなり、ハッと気付けば近鉄バッファローズも阪急ブレーブスもとうに無い。もうどこが元々ソフバンで楽天でヤフードームでモバゲーなのやらさっぱり判らなくなった。
それでも今宵、懐かしい人の訃報に触れてありありとかつての自分を思い出した。数々の名勝負に心躍らせ続けた日々を思い出した。プロ野球の人気は年々低下しているらしいが、野球というスポーツの面白さ、素晴らしさは変わるものでは無いだろう、と信じるほどにはやはり私は野球が好きだったのだなぁ、と慨嘆する。


そして、やっぱり読売巨人というチームはケッタクソ悪いままなんやなぁ、という一点においても変わるものでないという事実はちょこっとだけ可笑しいことであることよ。

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Comment
「カープス」ではなくて「広島東洋カープ」です。複数形だと「カプス」になっちゃうので。
アハハやっぱり(^◇^;)
> 「カープス」ではなくて「広島東洋カープ」です。複数形だと「カプス」になっちゃうので。
昨日寝る前のトロトロ状態で「しもた!」と思ったんですがそのまま寝ちゃいました。こっそり直しておきますε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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