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2012. 01. 07  
アジモフ選集「暗黒時代」が終わったので、遡って最初から。「エジプト人」なう。
カール大帝のまとめもしたかったけど、いまいち詳細が不明というか、燃え要素が足りなかったというか。

でも萌え要素はあった! ある程度戦乱が落ち着いて覇権が定まってから、一生懸命お勉強を始めた、というあたり。
毎晩教材を寝床に持ち込んでまでアルファベットの手習いをする大帝陛下。でも武器にばかり馴染んでいた無骨な指には石版の扱いはとても辛かったのか、そのまま寝てしまうこともしばしば……そう、石版。紙なんてモノはとっくにロストテクノロジーだよ! 暗黒時代は伊達じゃないよ!……それはともかく、フッサフサの銀髪と髭とゴツゴツ石版と枕や布団がごっちゃになったカオスでグーグー寝ちゃってる中年皇帝の図なんて……萌えませんか? 萌えますよね?!


それはさておきエジプトである。
エジプト文明というのがとにかく長期に渡るものであることも含めて、ピラミッドや横向き絵画や神聖文字などの茫漠としたイメージしか無い脳には、地名などを出されても位置関係などがよく判らない。イメージが浮かばないと読むのにもつっかえる。
そこでiPadで地図を出してズームアップなどしながら参照してみた。いやぁ捗る、捗る。
アジモフの軽快な解説ですこぶる快適な過去エジプト訪問となった。いつもながら素敵なデートですわ、博士。


いまより遡ることざっと一万年ほど前。氷河が後退して、ナイル川周辺に人類がやってきて住み着いた。
BC4500ごろ、ミーリス湖の周辺に石器時代の集落があったことが確認されている。
最初の王朝が表れるのはそれから1300年ほど後。王の名はメネス。ナイル川一体を取りまとめ、ここにエジプトという文明圏が統一される。

ナイル川の恵みは豊かであり、氾濫後の泥土に種を蒔くだけでやすやすと食物は実った。川の水位を測ることで、エジプト人はそこに厳格な周期があることに気づいてゆく。
こうして人類最初の太陽暦が生まれた。これがBC2800ごろ。
暦による耕作管理によって収穫量は上がり、生活はますます安定し、王朝は繁栄した。BC2650あたりから王権の誇示のために、巨大な石造りの墓の建造が始まる。そのころ、パピルスも開発される。偉大なるメディア革命。

エジプトにピラミッド建築ブームが到来した。BC2580、クフ王のピラミッドによってその技術は頂点を迎えた。あれはざっと5000年近くも昔のものなんだな。改めて考えるとゾッとするほど凄いな。

が、ほどなくエジプトに衰亡が訪れる。エスカレートしたピラミッド建造競争は国力を削り、内乱を引き起こし、BC2180頃、エジプト古王朝は一旦滅び、100年ほどの暗黒時代を呼び寄せた。

テーベを中心に再び国土が統一され、中王国時代となったのがBC2052頃。
この頃の王は巨大なピラミッドよりも複雑な地下構造の方が墓所の盗掘を免れるのに有効と考えたらしく、想像を絶するような巨大地下迷宮(ラビリントス)を作ったりした。この建築の噂は地中海にまで伝えられ、ミノタウロス伝説に繋がっていったと考えられる。
なかなかに繁栄した中王国だったが、BC1720頃、いきなり滅んでしまう。

遥か東北から、ヒクソス人が押し寄せてきたのである。草原育ちの馬に引かせた戦車に乗って。
悠久の実りをまったりと満喫していたエジプト。車輪の存在も知らなかったエジプト。
怒涛のスピードで迫り来る馬と戦車、槍や弓を振りかざした荒々しいライダーたちの存在に抗う術などあるはずも無かった。
エジプトは蹂躙され、以後150年ほどもヒクソス人の支配する土地となる。

が、エジプトは逆襲した。かつての侵略者のメインウェポン、戦車を逆に使用してヒクソスの王朝を打ち倒し、主権をエジプト人に取り戻す。BC1570、新王国時代の幕開け。

エジプトは生まれ変わった。
もはや悠久にして唯一の世界、という夢にまどろんでいる場合ではなかった。
世界は広大であり、そこかしこに勢力があり、気を緩めればたちまちとって喰ったり喰われたりする、アグレッシブなものだと知ったのだ。
いくさに革命をもたらした戦車という新技術でもって、猛々しく打って出るエジプト。西へ、東へ、そしてナイルを遡って南方へ、領土を拡大していく。
かつては神官であり、神そのものでもあった王に新たな面が追加された。兵を率い、勝利し、富を持ち帰る将としての面である。
王の称号は刷新された。
巨大で壮麗な王の住処。宮殿。大きい家、という意味のペルオー。すなわち、「ファラオ」である。

BC1545、新たなファラオが即位する。アメンホテプ一世。彼の軍勢は西は現在のリビア、東はシナイ半島を超えてカナーンを、南は現代のスーダンである「ヌビア」に及んだ。その規模は帝国と呼ばれるに相応しい広大なものだった。

アメンホテプの次に即位したのはトトメス一世。


……こーゆーものを持ち出すなヽ(`Д´)ノ!

トトメスの軍拡はさらに進み、ナイル流域3220㎞を領有し、東においては地中海東端海岸を占拠し北上、シリアを突破し、なんとユーフラテス川上流カルケミシュまで占領し、支配の石柱をぶっ建てる。

トトメス一世に率いられたエジプト兵はユーフラテスのほとりで信じられないものに遭遇した。
「空からナイルが落ちてくる!」
「川が南に向けて流れている!」

エジプトは砂漠の国。そこには今に至るも「雨」という言葉は存在しない。水(ナイル)が空から降ってくるさま。北に向かうべき流れが逆しまになるさま。どれほどの驚天動地だったろうか。異次元にでも連れてこられたような気がしたのではなかろうか。なんと遠くまでエジプトの版図は広がったことだろう。

偉大なるトトメス一世。その墓所はもはやピラミッドではなかった。それはあまりに目立つため、盗掘を免れない。彼は墓所を隠すことにした。首都テーベ(現ルクソール)の西岸にある岸壁に入念に穴を掘り、その奥底に自らを葬ることにした。
その後の王族も彼にならい、その地にいくつも岩窟墓が掘られることになる。有名な「王家の谷」である。
だが、トトメスたちの苦心は無駄となった。ありとあらゆる防衛手段を突破して盗賊は墓所を略奪した。奇跡的に盗掘を免れた墓所はたった一つ。かのツタンカーメンの墓である。


トトメス一世の遠征によって空前の規模となったエジプト帝国。その王権を継いだのは息子のトトメス二世。が、その治世は短期だった。息子のトトメス三世が続いて即位する。が、彼はまだ幼かった。摂政として実権を握った人物は、王の叔母にして義理の母。トトメス一世の娘であり、腹違いの兄と結婚したハトシェプストだった。

人類史上最大にして最強の帝国を支配した、大女王の登場である。バビロンのセミラミスよりなお遡ること600年。史上最初の女傑と言えるだろう。


*****************

アジモフ博士がこのエジプト人解説を書いたのは1960年代。
wikiによるとハトシェプストのミイラが現存することが確認されたのは2007年。
ついこの間である。
博士が現代に生きておられたなら。
彼女のための記述をもう何行か追加してくれただろうか。

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人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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