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2012. 01. 09  
エジプトも新王国時代に入り、トトメス三世、四世の治世を経てますます繁栄を極めてくる。
ファラオの名がアメンホテプとなり、なにやら、突然にとんでもない事態がやってきたらしい。
エジプト史の流れは悠久という言葉がピッタリのマッタリ具合で、変化変貌が少ないのが特徴だ。特に文化方面においてそれは顕著に思える。
だからこそ、BC1300頃にいきなり訪れた激変はあまりに異様なのだった。
それこそ、いきなり宇宙人とか未来人でもやってきたのじゃあるまいか、とでも妄想してしまうくらいに。
それまでのエジプトの在り方を根本から覆してしまおうとしたファラオが居たのだ。それはもう徹底的に。
一体何が起こったのか。
何が彼をそうさせたのか。


時のファラオはアメンホテプ四世。
彼はそれまでのエジプトが固く守り続けてきた大いなる信仰を破壊し始めたのだ。

エジプトの神々は多彩な存在だった。鳥の頭の太陽神ラー、雌獅子頭のテフネト、猫頭のバステト、犬頭のアヌビス等々。見事な多神教である。日常の隅々まであれこれと神の支配があり、何事にも神官の指示や差配が必要であり、それゆえ神官の権力は絶大だった。それはファラオの王権すらも凌ぐことすらあった。

アメンホテプ四世はそれが国の発展を妨げる元凶と思ったのかも知れないし、あるいはより個人的な思念としての理想にこだわったのかも知れない。

とにかく彼はファラオの全権をもって宣言したのだ。
「神はアテンただ一つ」

アテンとは太陽のことである。だが太陽神ラーのことではない。人の似姿は持たない。砂漠を煌々と照らす円盤、降り注ぐ光、その光すべてが世にあまねく差し伸べられる神の御手であり、それだけを信じ敬うべきであると。

このページには、彼が書いたとされるアテンを讃える詩の翻訳がある。


世界を創り、総てをもたらし、総てを行う唯一神。
その存在は王の心にあり、それを知るのは王のみであり、神の息子たる王が神の意思を伝える、と。

エジプトの神々は否定された。偶像崇拝は禁じられた。アメンホテプ四世は名前をアクエンアテン(アテンの愛し子)と改名し、首都テーベを捨てて新都アケトアテンを建設する。

新たな信仰のもと、国も都も文化も変わらねばならなかった。
いくさは忌み嫌われた。世界は神の愛のもと、平和であるべきだった。
帝国の外周では常に異民族の侵入があり得たのに、王はかえりみなかった。
王は新たな秩序と美を要求した。
エジプト古来の様式美もまた、捨て去られなければならなかった。
「ありのまま、目でみたままに創るのだ」と。
そして、エジプト美術に劇的な変化が起こることになる。写実的で動的な、アマルナ様式と呼ばれる新機軸である。
それまで平面的で画一的で理想的なラインしか持ち得なかったエジプト美術。

たとえばこんな風に。トトメス三世の像である。

r-muse5.jpg

そしてこれ。アメンホテプ三世、つまりアクエンアテンの直前の王の像だ。

lrg_21016809.jpg

プラトンに「エジプトの美術は1万年変わり映え無し」と言わしめた悠久の様式があったわけだ。

だが文明度の豊かさゆえに、芸術家達の技術は高かった。そこに新王の「リアルに作れ」という命令である。
たちまちのうちに高度な写実主義が実現した。
当のアクエンアテン王の像そのものに、その主義は克明にあらわれている。

まぁいきなり、これである。

Pharaoh_Akhenaten.jpg

muse10.jpg

異様に細長い鼻梁と輪郭。だらしなくたるんだ下腹の脂肪。美しくない。力強さもない。だが驚くほどに生々しい。
「王は神と同一であらねばならない」という命題の元、どこまでも理想的に美しく威厳のある容貌で描かれ作られた従来のファラオの姿を思うと、このいきなりの仕様変更はまるで別世界か別時代のものでもあるかのようだ。

この新機軸美術は、新都の現地名をとって「アマルナ様式」と呼ばれている。

そしてアマルナ様式美術の最高峰とも言えるのが、アクエンアテン王の后であったネフェルティティの胸像である。
エジプト三大美女の一人に数えられる美姫、「遠くから来た美女」という意味の名のネフェルティティ。その胸像は今ドイツにあり、ベルリンの至宝と讃えられている。とくと御覧じよ。

a0130534_828575.jpg

なんという美。圧倒的な存在感。威圧的なまでの生命力。
アマルナ様式は、明らかにそれまでのエジプト美術と次元の違う存在だと私には思える。

だが、この様式は長続きはしなかった。あまりに急過ぎた変革は激しい反発を生んだ。新宗教と新文化に耽溺していた王の治世は国力を衰亡させ、帝国の版図を縮小せしめた。アクエンアテンの死後、エジプトは急速に旧来の仕様に逆行してゆく。

新都はたちまち見捨てられた。迫害された神官たちの怒り恨みは甚だしく、アクエンアテンの名と業績は片っぱしから削られ消去されていった。アマルナ様式も霞のごとく消えた。アクエンアテンの弟なのか息子なのかはっきりしない謎の存在、スメンクカーラーが次代の王となり、僅か3年でツタンカーメンに王座を譲る。ツタンカーメンとは「アメン神の生ける似姿」という意味の名であり、旧来のエジプトファラオの神、アメンへの帰依をはっきりさせたものである。

遠来の美后、ネフェルティティはその名の通り、エジプトの首都を遠く離れたミタンニ国の姫であったとも言われているが、ともかくも謎が多い。王に一神教の概念を吹き込み、宗教改革を率先したとも言われている。追放されたという説、姿を隠し、実はスメンクカーラー本人でもあった説、ツタンカーメンを養育し、影で実権を握った説、諸説入り乱れて入るが、結局はなんだかよく判らないようである。数年前にミイラが発見されたという報道もあったらしいが、確定でも無いようだ。写真を見るかぎり、骨格が一致するようにも思える。今後の研究が待たれる。とにもかくにもアマルナ様式は美しい。そしてネフェルティティの像は素晴らしすぎる。これに逢うためにベルリンに行きたくなる、それくらいの力は持っている。

悠久の文明にもたらされた突然変異の時代。煌く一瞬の光芒のようなもの。
そしてそこで崇められた唯一神アテンの信仰が後代のヘブライ人に影響を与えたという説、私には絵空事とは思えないのだった。ヤーヴェの源流ここに有り、なのか。

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こんにちは
写真の引用はどこからですか?
Re: こんにちは
美大生さん>
ご来訪ありがとうございます。
かなり前のエントリですので記憶がはっきりしなくて申し訳ありません。
各王および王妃の名で画像検索をし、一覧から選んだものだったと思います。
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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