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2012. 03. 31  
「やる夫で学ぶ第一次世界大戦」がここ何日かの余暇のお供。

非常に複雑な情勢を判りやすく整理して、各方面ごとに解説してくれている。
「第一次世界大戦演義として楽しんでいただければ」
とスレ主様が語るとおり、資料というよりは娯楽作品として受け取るべき面白さなのだろうと思う。

だが、ここまで噛み砕いてもらっても、バカな私には追いつけなくて泣けてくる箇所が多々あるのだった。
そういう部分はかなりハッキリしてきた。
大規模な作戦、大局的戦略。
視野がマクロになってくると、たちまち捉えがたくなってしまう。布陣図を見ても、会議の様子の活写を見ても、イメージが脳に図を結んでくれないので、眠~くなってしまう。そう、かつて学校の授業でさんざん味わったあの感覚。

だが、視点が身近な、ごく限られた状況のミクロなエピソードだと、何故かスッスッと頭に流れが入ってくるのだ。

たった二隻のドイツの「艦隊」が艱難辛苦を経て他国の軍属となって大活躍すること。
最初のクリスマスに、ごくごく小さな休戦と、心温まる交流があったこと。
塹壕というものの構造と、その活用のこと。
毒ガスというものを作った博士は、実は肥料の開発者でもあって、ガスで殺した人命よりも遥かに多くの人命を養うことに成った人でもあったこと。
そして、トルコという国にあらわれた破格の英雄のこと。ムスタファ・ケマル、まじイケメン過ぎフイタw

そして今読んでいるのは、およそ最悪の戦場の一つ「ソンムの戦い」において登場した新兵器、のくだり。
その兵器は、150台あった。
しかし、戦線に届いたのは60台だった。
そのうち、動けるのは49台だった。残りは初期不良だった。
戦闘が始まった時、動けたのは23台だった。残りは故障した。
そのうち9台はスペックが出せず、歩兵より遅かった。結果進撃には取り残された。
なんとか動けた14台のうち5台は泥にはまって動かなくなった。

まともに働いたのはたったの9台。
だが、たったそれだけでも敵軍をパニックに陥れるには十分だった。

その新兵器は「水入れ」と呼ばれていた。
それがそのまま名称になった。「タンク」。すなわち、戦車のこと。

なぜたった9両の戦車が、そこまでの驚異になったのか。
そもそも戦車、というものの本当の意味が私には判っていなかったので、これは実に興味深い一項になった。
結局は、機関銃という兵器に対応するため、ということになるのだと思うが、そこに至るまでの兵法の変遷がなんとなくでも頭に入っていたからこそ、「興味」をやっと持てた、ということなのだろうけど。

物事には段階がある。
因果がある。
連綿と続く流れがあってこその現在、そして未来。

私には、大局を見る目は無い。小局を判っていくしかない。
数えきれないミクロの視点を、繋ぎあわせていくしかないのだろうと思う。

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まとめtyaiました【ミクロは見えてもマクロは無理】

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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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