1を訊かれりゃ30しゃべるオタク主婦45歳、書きたい放題にも程がある日記。
Author:星ゆう輝
人生45年、オタク歴30余年、母親業18年。
老眼とボケが迅速に進行中。
一人息子が卒業し、のほほんに磨きがかかってきました。
去る24日、ロフトプラスワンにて、岡田斗司夫氏の独演会「オタク・イズ・デッド」が開催された。
息子が倒れたため行くことが出来なかったのが痛恨だったが、幸いこちらに
http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20060524#p1
まとまったレポートがあり、嬉しかった。
浸透と拡散を経て、変化していくオタク文化。かつてあった共同幻想も喪われ、オタクはこれからどうなっていくのか?
岡田氏の気持ちが全て判るとは言わない。だが、似たような見解は私にもある。最後、感極まって泣いていたという氏の姿、ありありと目の前に浮かぶようだ。
オタクの定義は困難だ。私もずっと試みているが、どうしても端的な言葉が見つからない。「オタクとは(劣等感に根ざす)哀しみを知る魂のこと」「オタクとは趣味ではない、ウェイ・オブ・ライフ、一つの生き様なのだ」などと言ってみたりするのだが、どうにも簡単に言い表すのは無理なのだ。
岡田氏が今回明言した定義、
「好きなものを自分で決められる知性と、偏見に屈しない精神の持ち主」
というのには全面的に賛同。この二つが備わらぬものは断じてオタクではない。
だが、この定義はあまりに守備範囲が広すぎる。
「好きなものを自分で決めることも出来ないほど知性が無く、周りに流されるばかりで、偏見にはすぐ折れてしまう脆弱な精神の持ち主」
ということを考えると、これはもう、オタクがどうこうという遥か以前に、人間としてダメな存在ってことだと思うし。
何十年も前から、オタクのオピニオンリーダーとして、精力的な活動を続けて来た岡田氏。この日の講演内容は、いずれまとめて出版予定だという。心して待ちたいと思う。
共同幻想が崩壊したオタクに、帰る場所は無いのか?
私に帰る場所は要らない。
エヴァンゲリオン以来、現在只今の居場所が無いことを嘆く人が増大した。
居場所もさして要らない。
今、自分が自分らしくいられて、そのことに満足できていれば、それで良いのだ、と思うからだ。
岡田さん、お疲れ様でした。全ては流れ去り、変わり行きます。何かの終わりは、何かの始まりでもあります。
「好きなものの素晴らしさを、これからは個々で発信して他の人に伝えよう」
ささやかながらも、私はこれを続けて行こうと思います。
未だなお、新世を求めるには遅からず いざゆかん、黄昏の彼方へ向けて
星満ちる西の空、珍しき全ての地へ いまわ迎える時の来るまで
CATEGORY : 未分類 Trackback 0 Comment 2 △Page Top
自称ハードヲタ(略してHO) 新城 裕幸 | URL | 2006-05-27-Sat 09:03 [EDIT]
私の考える「オタクの定義」の一つに、
「マイノリティである」
というのがありまして。
今までのオタクというのは少数派だからこそ結束していたってのがあると思うんですね。
しかし、オタク向け市場が確立され、徐々にオタクが市民権を得てきている現状、
少しづつオタクが結束する意味こそが失われているってのがいまのオタク界ではないかと。
しかし、
オタクが一枚岩でなくなったことによってもたらされる疎外感ってのがまた再び
(少数派としての)オタクの中のオタクを産む可能性ってのもあったり。
ナニが言いたいか、というと「今までのオタクの枠組みとは違った形でのオタク」というのが
できつつあるのではないか、と思うわけですよ。
ちなみに、私の場合「居場所がなければ自分で作ってしまえ」という性質でして。
例えば「クラスで自分の居場所を作るため、クラスのサイト管理人の役を引き受ける」
とか、ね。
ゆう輝★ | URL | 2006-05-27-Sat 18:14 [EDIT]
新城さん>
確かに、オタクはマイノリティ=少数派という現実はありましたね。オタク市場が拡大した現在、その辺りも変化しているのは確かだと思います。変化の中から新しい何かが産まれてくる可能性も大いにあると思います。
「居場所が無ければつくってしまえ」
いいなぁ、こういう能動性こそ善! アグレッシブにいきまっしょいъ(`ー゜)!!
TB*URL
| ホーム |
| ホームページ アフィリエイト レンタルサーバーFC2ブログ | 【動物と子供の素材集 Illustrations / Blog Design】 |