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2013. 06. 03  
日本国憲法第19条。


思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。


さて、最近思い出したあるエピソードがあります。
アイザック・アジモフ氏の自伝で紹介されていた、とある一幕です。

御三家と讃えられた3人の偉大なSF作家。
ハインラインとアジモフ、そしてクラーク。

このうちアメリカ在住だった2人、ハインラインとアジモフは、軍関係の業務に共に従事していた時期がありました。
ハインラインの方が歳上でもあり、リーダーシップもあり、いろいろ提案をしては周囲を巻き込むことが多かったそうです。

そのうちの一つとして、

「なぁみんな、我が国の勝利のために我々もさらなる貢献をすべきじゃないかね? 差し当たっては、食堂で我々に饗される食事をほんの僅か質素にして、浮いた経費を軍のために役立ててもらおうと思うんだ」

というかなり強引な提案がなされ、その結果、食堂の食事はたいへん粗末になってしまったのだそうです。

ですがそのことに不満を漏らすとたちまちハインラインに睨まれてしまう。
国のために困窮を受け入れるという美徳の無いヤツとしての烙印を押されかねない。
そんな窮屈な空気が場を支配してしまい、アジモフたちは言いたいことも言えぬまま、鬱憤を溜め込む日常だったそうな。

ある日、別の部隊から派遣されてきた兵が、その食堂で劣悪なランチを一口食べるなり

「なんと、酷い食事だ!」

と大声でわめきました。

即座にアジモフが立ち上がり、こう叫んだそうです。

「諸君、私は彼の一言一句に反対だが、彼の言論の自由は命をかけて守るものである!」


****************************


さて、児童ポルノ規制改定法案が提出されました。

ありとあらゆる児童ポルノの単純所持を禁止し、しかもその範疇に「マンガ・アニメ・CG」などの創作物も含める、という点が反響と反発を呼んでいます。

なにしろ持っているだけで法律違反となるわけですから、誰も彼もが犯罪者になってしまうかもしれないという、そら恐ろしい法案と言えます。

自分の子供、あるいは孫、親戚の子供。
単に可愛いからと撮影した、プールや入浴、着替えなどのシーンのフォトや映像ですら、規制の対象たりえます。

また、自分の息子や親しい少年が思春期を過ぎる頃、突然に

「彼の部屋を捜索します」

とドヤドヤと警察に踏み込まれ、家中をひっくり返された挙句に

「自己の性欲を満たす目的の児童ポルノがありました」

と、彼らを前科者にされてしまいかねない法案なわけです。
ただ、「ドラえもん」のマンガを持っていた、というだけで。
あるいは妹や従姉妹の幼い頃の写真がアルバムにあったというだけで。

また、私自身も突然に警察の襲来を受けるかもしれないわけです。

「児童が性的虐待を受けている画を所持なさっていますね?」

と。

はぁ。それってこの「テレプシコーラ」のことですか。
それともこの「残酷な神が支配する」のことですか。

どちらも、親権者による児童の虐待を描くことで、その罪悪を明確にし、非難糾弾するためのこころざしでもって描かれた、まさに芸術の名に相応しいクオリティの傑作です。

ですがこの法案がまかり通れば、これらの作品も焚書にすべきものと見做されかねないわけです。

悪を悪として描くことすら「悪」として抹消すべき、というのであれば、一体全体、誰がどのようにして悪を裁けるというのでしょう?

そもそも、なぜ、描くことが罪悪なのでしょう? 
描かれたものを見ること、読むことまでもが罪悪なのでしょう?

それが実際に行われる児童虐待と等価とされる根拠はいったいなんなのでしょう?

誰にも迷惑をかけることなく心の中で空想を繰り広げること、それを絵空事として書(描)き表すこと。
それまでもを規制の対象として処罰することの意味は、これすなわち

「思想及び良心の自由の保証」

を明記した憲法を踏みにじる行為そのものだと思います。




この法案を推進するという方の発言をネットで見ました。(すでに件のページは削除されているようですが)

「性的欲望を満たす目的、そしてそのことで利益を得る目的でかかれたマンガやアニメなどというものを、文化であるなどと私は絶対に認めません。認めさせません」

という趣旨でした。


私は、この発言の一言一句に至るまで反対します。絶対に認めません、という言葉はそっくりそのままお返ししたい。

ですが、この発言者の言論と思想の自由は日本国民として守るものであります。
日本は憲法をいただく法治国家であり、民主主義国家であり、そこに生まれ育ち守られて生きてきた者の誇りをもって、そうするべきだと考えます。


これを読んで下さった皆様にも、憲法第19条の意味と、この児ポ法改定案の意味と、そしてこの改定案が法律として制定された場合、この国に何が起こるのかということを、どうか考えて欲しいと願います。



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Comment
No title
21世紀も過ぎてだいぶんたつのに、いまだ焚書坑儒的思考がどこから生まれるか知りたいですね。「焚書は序章に過ぎない。本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる」というのは膨大な犠牲をはらって人類全体が学んだと思っていたのですが。
関連をサーチしてる時に、国会図書館vs地方図書館で「図書館戦争」がすでに勃発してることを知りました。
Re: No title
svetlanaさん>

来訪、いつもありがとうございます(=゜ω゜)ノ

どんな時代も、人は人をあっさり殺すことを考えますと、書を燃やすことになんの問題も感じない人が居るのは仕方のないことかも知れません。

つまり、こういうことは何度だって繰り返されることなのでしょう。
人類の、一部は学ぶかもしれませんが、まったく学ばない人も多い、ということです。
だからこそ注意深くあらねばならないのだろうと思います。
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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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