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2005. 10. 15  
 FFXIのチャットで、「文を書く」という話題になる。

「ケータイで読める小説にハマった! オラもなんか書きたい!」とAトン。

 戦忍75のSさんが

「頼むから」
「?」
「ポエムはやめとけ」

 大爆笑であった。「あとあと自分自身も辛いから、あれは」とSさんは言っていたが、まさにその通りだと思う。青春のやむにやまれぬ魂の叫びみたいなものを、年数がかなりたってから結婚式などで学友に披露されちまったりした日にゃぁ、まさにファイナルウェポン級の破壊力であろう。

 思えば、作文という課題が出されるようになった6歳ごろから今に至るまで、私は文章を書く、ということに苦労を覚えたことがほとんど無い。こういう雑文や、論文、コラムというのは「述べること」であり、小説を書くというのは「描写する」ということであり、これは本質が違うまったくの別物だったりするわけだが、どっちにしても苦労をしない。勿論、書けない事もある。書けちゃうか、書かないか、どっちかで済んでしまうのだ。

 苦労が無いから、修練の必要を感じたこともない。努力をまったくしてこなかったので、上達しない。ごくたまに、高校時代に書いた雑文を読み返すことがあるが、何にもこれっぽっちも変わってないことに我ながら呆れたりする。語彙は多少増えてるだろうけど。

 てな感じで屁をこくが如く書き散らしている人生なわけだが、「小説」は書けない。
「描写」はできる。書こうとしたこともある。だが、ものにならない。どうやら、小説の神様の賜りモノは私には無いようである。

 具体的にいうと、私は「物語」を創ることができないのだ。文には苦労しなくても、お話をどうすればいいのかさっぱりわからずウンウン唸るのである。
 
 こっち方面はそれなりに勉強したので、構成などの論理は今は少しわかるのだが、いかんせん、ロジックがわかってもそれに乗っけるための肝心のイマジネーションが無いのではこりゃもうどうにもならないのである。

 思えばマンガ家を志してあれこれやっていた頃も、断片的な場面は浮かんできても、それをまとめたストーリーというものが掴めない。文字通り「お話にならない」のだった。結局、実録風のものやエッセイ漫画みたいなもので茶を濁していたはずである。

 イカン、青春の愚痴みたいになってきた。


 何かを外に出したくて、思わずポエマーになってしまいそうな若人の皆さんへ。
 できればポエムはやめましょう。幸い日本語文化には「短歌」「俳句」という世界に誇るスタイルがあります。これを活用しない手はありません。書いたものが他人の手に渡ったまま残存したとしても、ポエムよりは恐れずにすむものになる確率が高いです。

 と、強引にまとめ。

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Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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