口八丁よろず日記

1を訊かれりゃ30しゃべるオタク主婦45歳、書きたい放題にも程がある日記。

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星ゆう輝

Author:星ゆう輝
人生45年、オタク歴30余年、母親業18年。
老眼とボケが迅速に進行中。
一人息子が卒業し、のほほんに磨きがかかってきました。

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ドストとかイソップとか 2008-07-04-Fri

金のかからない娯楽ってんで、図書館づいている今日この頃。

「罪と罰」が読みたくて、ドストエフスキー全集の棚に該当巻が戻る日をずーっとずーっと待っていたのだが、いっこうに戻らない。
とうとう備え付けの検索PCで探して貰うことにした。図書館の図書検索はとても機能的なのだが、予約の申し込み手順がやたらとアナログだったりする落差や、いつも忙しそうな司書さんたちの手を煩わせるのも気ぶっせいで、とことん避けていたのだった。

いざ検索をかけてみると、「罪と罰」は練馬中の図書館にいろんな版が蔵書されており、しかもそのほとんどが貸し出し中だというのが判る。ドストブームは続いているんですな。
よく見ると、岩波文庫版が、私が今まさにそこにいる関町図書館の閉架に蓄えられて居るではないか!
すいませーん、探して欲しいんですけど……と頼むと、地下から持ってきてくれたのだった。
「大変に古いので、このように水塗れあとや、紙焼けもひどいのですが、よろしいでしょうか?」
いーのよ、読めさえすればなんだって。最近腕力も落ちてるから、重い本は持ってるだけで辛いし、文庫はありがたいくらいだわ……と思ったけど、マジ汚い本だった。図書館の本はもっと丁寧に扱えやヽ(`Д´)ノ!

家に持って帰って積んで置いたら、息子が寄ってきて「つみとばつ」と言った。おおーっ、こんな難しい字も読めるんだ? エライエライ……と思ったら次の瞬間


「罪と罰ちゃん、発射」(参照)

……(´_ゝ`)
「愛と誠ちゃん」はどーした。


さてそんな息子は毎日5時半起きで元気に仕事に通っている。
真面目に労働しつづけているのは大変素晴らしいのだけど、仕事と家の往復だけでは人生はすぐに煮詰まってしまうだろう。勉強だって終わりにして良いはずもないしね。
以前私が借りて読んでいた「アーサー王」に興味があるようだったので(とはいえ、息子にとっての王様ってぇのは、『はだかの王様』だったり、『ラマになった王様』だったり、『リトル・マーメイド』のトリトン王だったり、何かを激しく勘違いしているらしいのだが)、児童図書コーナーで子供向けのアーサー王物語を探してみる。
これだけではなんなので、短くて読みやすかろうと、「イソップ寓話集」も借りてみる。

さて、イソップ物語、あるいはイソップ寓話について、私が持っていたイメージはおよそ貧相なもので、誰でも知ってるすっぱいブドウとか、よくばりな犬とか、北風と太陽とか、そういうエピソードのみだったわけである。

借りてきた本の巻末に「イソップの生涯」というのがついていて、冒頭からビックリ。イソップってはるか大昔の人だったの?! 紀元前600年ごろってアーサー王より1000年以上、アレクサンドロスよりも300年も前。アレクサンドロスほど明確ではないにしても、実在性は高い人とされている、と。
およそ、2600年も前。
その頃の日本ってどんな感じ?

縄文時代ですよ! 稲作もまだだよ! 狩って採って焼いて喰ってのモンスターハンターですよ! 邪馬台国より前だわよ!

もう本当に驚いた。
それほど時を隔てて書かれた物語にこめられた意が、現代の大人にも充分に実用的な教訓や諭しに満ちているということそのものに驚愕。寓話の威力おそるべし。
人間ってのは、いやさ文明人ってのは、何千年も前からさして変わらない存在だということなんですな。


******
おまけ。

ひぃぃぃぃぃ!
天道がぐれて不良に!Σ(゜д゜lll)

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コメント


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 鈴木 | URL | 2008-07-06-Sun 16:41 [EDIT]

いろいろ便利な発明はしたものの
根本的には変わってないんですn

 ゆう輝 | URL | 2008-07-08-Tue 09:38 [EDIT]

鈴木さん>
道具を使う知恵があるかどうかがヒトと動物の境目で、文明社会で生きるかどうかがヒトと人間との境目で、ヒトがシステムハードだとしたら人間というのはどんなソフトウェアで活動しているか、で多様化されてるということなのかなぁ、と考えたりしてます。
歴史や古典を知ることで、「人間」がどういうシステムソフトなのか、という公式のようなものを把握できないものかな、などとも思います。

便利を追求するほど、ヒトとしてのスペックは劣化していくようにも思うのですが気のせいですかねぇ……(´w`)


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