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2008. 09. 04  
マイミクさんの日記書評で紹介されているのを観て、どうしても読まねばならないという気がして、ネットで注文。
泉流星さん著「僕の妻はエイリアン」である。
副題が「高機能自閉症との不思議な結婚生活」となっている。

高機能自閉症とは、知的障害を伴わない自閉、最近ではアスペルガー症候群という名でも知られるようになってきた、脳の状態のこと。

実のところ、自閉症というのは我が家とは縁の深いもの。
息子は当初、「精神発達地帯、自閉傾向あり(でも自閉症ではない)」と診断されていた。
なんだかんだあって、養護学校を卒業する頃には、ドキッパリと「自閉症」ということになっていた。
発達診断というのは難しいものなのである。時代が変われば基準も変わる。かつては知らなかった「障害」や「症状」がどんどん世間に追加されていくのも目の当たりにしてきた。仕方のないことだと思う。

この「僕の妻はエイリアン」はいろんな意味で驚くべき書である。
高すぎるくらいの知性と教養と行動力を持った女性と結婚したが、いざいっしょに暮らしてみると、あまりに奇妙なことが多すぎる。どうにも生活がうまくいかない。妻はストレスを溜め込み、アルコールに依存するようになり、ついには肝臓を壊して危篤状態にまでなってしまう。そしてついに、30代半ばになるまで、夫も妻本人ですらもまったく気づかなかった事実が判明する、「妻はアスペルガー症候群だったのだ」!
ようやく問題の根本をつかんだ夫婦が、お互いのため、未来のために、よりよいライフスタイルを模索していこうとする過程を、深刻さのない軽妙な口調で夫が語っていく……というノンフィクションなのだ。

……が!!

後書きで私はひっくり返ることになる。ネタバレなのでここでは伏せる。だが自閉症というモノにいくばくかでも知識のあった身としては、まことに仰天したと言わざるを得ない。すごい、本当にスゴイ、よくぞやりとげられましたね、と賞賛するしかない。
素晴らしい本である。
なにより、読んでいて面白い。けっして、難しくも、重くもない。
障害というものを、ヘヴィで「お気の毒」なもの、と捉えがちな人は多いと思う。かつての私もそうだった。(だからこそ育児が生き地獄と化したのである)

だがしかし。
「障害(児)」の幅は昨今、激しく広がっている。この本にも明記されているが、今や普通学級の6%がなんらかの発達障害を抱えているとされている。
私が子供の頃(40年前だね)、日本では障害児というのは2000人に1人だったそうだ。
障害児のためのクラスを持てる学校は数少なかった。そういう教室がある学校はとても珍しく、場合によっては通学すらままならないケースも多かったようだ。
私の息子が就学する頃(たった十ン年前だね)、その数値は200人に1人にまで上がっていた。
どんな小学校にも、1人や2人は障害児がいる、という感じになっていた。
それが今やなんと6%である。
どのクラスにもかならず発達障害児がいる、ということである。

さて、皆さん。この数字をどうごらんになる?

私には様々な見解があり、ここですべてを述べることはできない。

1つだけどうしても言いたいのは、発達障害というのは、今やごく当たり前のものとなっている、ということである。
日本は激しい差別社会だ。
建前上の平等を打ち出し、強調すればするほど、かえって差別意識は酷くなっていったのだ。
誰も彼もが鵜の目鷹の目で他人のアラを探し出し、ののしり、さげすみ、おとしめることで、心の平安を保とうとする。
発達障害は格好の標的だ。
だが、もう、そんなことをしてる場合ではないのだ。
「あって当たり前の存在」を、当然のように攻撃し、排除しようとする社会。
それは、自分でそうと気づかずに、自身の尻尾をかじり続けているヘビのようなものに私には思える。
社会そのものが変わらねばならない段階に、この国はとっくに来ているとも思う。

「普通」であることがそんなに大事か。
「みんなと同じ」であることがそんなに重要か。
個性を叩きつぶし、社会の小さな一部品としての存在を作り上げようとしてきた日本の教育。
一致団結、歩調を合わせ、効率よく労働できる社会人の育成こそが目的。
戦争に負け、国は焼け野原となり、それでも国家として再び立ち上がろうとする意識の中で、それは仕方のないことだったろう。実績も確かに上げたろう。それで数十年、国家が回ってきたのも事実。

だがその裏で着々と進んだ人心の荒廃を、もうこれ以上無視は出来ないのではないのか?
今の日本に必要なものは多々あるが、なにより必要なのは、「人」に対する理解なのではないだろうか。
次に必要なのは「人が世界を理解すること」だとも思うけど。


自らをエイリアンと呼ぶ妻と、ごくごく普通の夫。とてもささやかな一夫婦の、淡々とした努力の過程が記されたこの本には、現代日本の抱える大きな問題の解決に繋がって行くであろう偉大なヒントが秘められていると思う。ご一読を。
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Comment
>ネタバレなのでここでは伏せる。
前作「地球生まれの異星人」読んでる私にはわかっちゃうってことかな?
>それが今やなんと6%である。
認知された(名前のついた)数が増えたからとか?
今なら確実に「ADHD」と診断される6年連続通信簿に”落ち着きの無い子”と書かれた私ですが、そういう子は多数いたので別段増えた印象はなかったり。


svetlanaさん>
ネタバレに関しては、多分sveさんの思っておられるとおりだと思います(´∀`)

「障害児」の激増原因については、もちろんカテゴリの拡大が原因の1つでありましょう。かつては単なる個性と思われていた状態に、障害のレッテルを貼るようになったわけです。
社会を支える力は教育によってなされるものですが、この二つが戦後抱えてきた無理が現在、極まりつつあります。
現代社会における現代教育の現場が必要とするからこそのレッテルなのですが(もちろんこれには充分有用な面もあるはずですが)、現存社会に適応しすぎた人心の悪い面として、「レッテルを貼ることで納得し、それで済ませる」という意識が蔓延しがちです。
しかもその安直さが、即、差別と虐待という行動に繋がりえることを考えますと……やはりここはどうしても、逆転発想による価値観のひっくり返しが必要なところだと思います。
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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