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2008. 09. 26  
一晩寝て起きたら、もうこんな有様とかw
君ら仕事速すぎ、なにこの影響力。
このスピード、インパクトだけで、もはや作者kikiちゃんの完 全 勝 利 てなもんや。


多分次に来るのは、ケータイ閲覧に特化したマンガ。
あるいは、マンガとも動画とも違う、新しい何か。

未踏の分野を切り拓きたい、と願うクリエイター志望者は、今すぐこのジャンルに着手すべき。
従来のマンガや動画をそのままケータイのフォーマットに流し込めば良いわけではない、断じてそうじゃない。そのことを、「あたし彼女」の成立から汲み取らねばならんよ?

前から、マンガはケータイと相性が良いと思っていた。コマ割りで見せるのじゃなく、短文とカットの組み合わせを駆使して、かなり良い感じになるのではないかと踏むものである。

小説やマンガと、動画との大きな違いがあらためて意識されるべきだ。小説やマンガは「読む」ものである。任意に、受け手が、読み進めるスピードを自分で好きに調整できる。想像力を働かせる余地がある。
動画、映像はそうじゃない。受け手に許された選択肢は「見るか、見ないか」のみ。動画固有のスピードに、ただ付いていくしかない、提供されたものを丸飲みするしかない。あまりに一方的なメディアなのである。

ネットとケータイの隆盛は、「読む」ことの価値を復権させようとしているのかもしれない。

またまったく別の意味からも、現代日本の女性達が、一方的になにかを押しつけられることへの激しい反発と、「押しつけがましくないモノとの共存」を渇望している、という心理を抱えているという傾向も重要なポイントだろう。「あたし彼女」の内容にもそれは現れている。


私もケータイ買い換えよっかなー、ケータイ小説読めるように(´ー`)

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Comment
こういうのを「小説」として商品化しなきゃならない企画屋さんの苦労をしのぶと思わず熱いものがこみ上げてきます
「長嘆息」
みたいな

「ケータイ小説って言う新ジャンル」というお題目つけないと言えないところにまだテレがありますね。あのメガネデブ。(←秋元はまだデブのままなのか?)
みたいな。

Willcom w-zero3で青空文庫かたっぱしから読んでるから当面「ケータイ小説」のお世話にはならなくてすむ。
みたいな。

みたない。
svetlanaさん>
書籍化のみならず、これもマンガ、映画、ドラマとかに展開して売らなきゃならないんでしょうね。
ぶっちゃけ「ケータイ小説」に特化しすぎた「あたし彼女」を、他のメディアに展開すると、まるっきりの台無しやぶち壊しにしかならない気がするので、今から関わる人の苦労がしのばれますね(;´Д`)

もしかして、別の意味でもsveさんにはケータイ小説は必要がないかも。いやさ、たいていの男性には必要がないかも。ごくマレに「乙女の夢気分」というものを共有可能な男性もいますが、そうでない限りは。

ただ、今後、ケータイフォーマットに応じた男性向けのテキストコンテンツが出現する可能性はありますね。1ページあたりに擬音ばかり乱舞する感じで

「……チッ!」
シュッ!
ズダダダダダッ
バシッ!
ドゴォ!
「貴様ァッ!!」
風となって飛ぶ。
渾身の一撃。
「うおらぁあああっっっ!」
ガキーン!


みたいな。

え、とっくの昔、書籍時代にすでにあった? 左様でございますか……(;^ω^)
>1ページあたりに擬音ばかり乱舞
某ハギワラ先生の「蔵の中は血の海だ!うおすげーぜ」みたいなのですか、と茶々を入れてみたり。みたいな。

私が駄文を書くときには「単語で改行はしない」「登場人物の台詞を3行以上重ねない」などに気を使っていたりします。そのほうが読みやすいし退屈にならないし。
「読む人のことを考えた文章」というのをちゃんと意識する、なんてのはこういう文章には当てはまらないのですな。
時代は

かゆ
うま

に還ってきたわけですね。わかります。

映画やドラマ展開して失敗した作品は数多いですが
コレもそーなりそうですねー(私はプロローグで挫折しましたが


ケータイでマンガというのは既にありますが
「既存の漫画をケータイで読ませる」という段階ですので
「最初からケータイ画面の枠でマンガを描く」ようにして
これで利益が出るように商売すれば流行るかも・・・?
新城君>
個々に守るスタイルがあっていいとは思いますが、実は「書く」ということの本当に大切なことは別にある気もします。ドストエフスキーを読んでとにかく驚いたのは、何ページにも渡って改行もへったくれもない、ギッチギチに詰め込まれた文面なのにもかかわらず、引き込まれて夢中になってしまう魅力に溢れているということでした。

何を、どう、伝えるか。大事なのは実はこのことだけであり、ケータイ小説は「気分」のみを伝えることに特化した表現であり、受賞作は申し分なくその目的を果たしており、優秀だと思います。


鈴木さん>
小説というものそのものが、映像化に向いているかというと必ずしもそうでは無いわけでして(^ω^;;)
ぱーぷること瀬戸内寂聴さんの対談を読んだのですが、もともとケータイ小説というのは、掲示板に女性達がなんとなくのつぶやきのように気分を書き連ねていったものに、無理矢理「小説」のレッテルを貼ってしまったものらしいです。創始者達に、そもそも小説を書く気なんかなかったのでしょうね。
だからもう、「これでいーのだ」。私の気分はもうバカボンのパパなのだ。

ケータイ特化のマンガ。
大きな画面で見せられないので、構成、描画に工夫が要ります。最近はやたらゴテゴテ描き込んだり、トーンを貼りまくって削りまくる「厚化粧」な絵が多いのですが、ケータイでそんなことをしても意味が無いので、描線のみで勝負できる画力がモノを言いそうです。ゴテゴテマンガには心底ウンザリしているので、マンガの本質が問い直されるような、そんなジャンルになって欲しいものです(´ー`)
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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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