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2009. 09. 21  
東京ドームシティのGロッソで戦隊ショーを観た後、埼玉の「てっぱく(鉄道博物館)」まで出向いたらしい息子。とても混んでいて、販売の弁当なども売り切れているし、レストランも大行列だったそうだ。でも、おとなしく行列で待っていたらしい。
「ぼくは、こんでるからといって、けしてイライラしたりはしないんだ」
えらいねぇ、お母さんだったらたぶん即キレて、もういい、帰る出て行くとそりゃぁ怒るだろうなぁ、と言ったら
「おかあさんも、こんでるくらいで怒ったりすべきじゃないとおもうよ」

息子、まもなくハタチ。



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ローマ人の物語VI「パクス・ロマーナ」読了。

超絶天才だったユリウス・カエサルの後を受け、わずか18才で政治の表舞台に立たねばならなかった、オクタヴィアヌスの生涯。
軍才は無かった。指揮をとれば必ず負けた。演説はヘタだった。「何言ってるのかわからんぞ」と、最高権力者になってからすらヤジられた。文才も無かった。業績録は書き残したが、あまりにも淡々と凡庸、しかも肝心なことの大半は書かずに済ませているというていたらく。体も極端に弱く、しょっちゅう輿に逃げ込んで休まねばならなかった。オシャレもしなかった。拒食症ぎみで冷える体を守るため、着ぶくれまくっていた。当然、美食もしなかった。類い希なる美男と言われながらも、残っている彫像を見る限り、どこまでも静かで穏やかで内省的な、おとなしい印象ばかりが先に立つ。

だが、業績の偉大さときたら、おとなしいどころの騒ぎではない。
志半ばで暗殺に倒れた義父カエサルの偉大なる構想、巨大国家による平和(パクス)を実現させるために、彼が四方八方くまなく打って行った手段の数々。その緻密さと周到さ、陰険・陰謀としか言いようのない人心掌握術。内外に多くの敵を抱え、それでも謀殺されることも無しに、とにかく確実に物事を進めて行くために払われた無数の気づかいと努力と忍耐。
なるほど、太陽のごとく明朗な、空駆ける大鳥のごとき天才のカエサルのような存在ではなかっただろう。義父のような才も力も自分にはない、天高く飛ぶための翼など持ってはいないのだ、と誰よりも自分が自分のことを良く判っていただろう。
ゆっくりと地べたを自分の足で歩いてゆくしかないのである。
だからこそ、空の大鳥には見えない足元のあらゆることが、彼の目には見えていたのだろう。
はるかな目標にたどり着くために必要な準備がどれほど膨大か、成し遂げるためにどれほどの努力が必要か、だがけっして投げ出してもならないし、途中で倒れるわけにもいかないのだ、と心に固く決めて歩き続けたかのような、あまりに地道な為政者の人生。

華々しい戦果、英雄的行動、ドラマティックな激動。そんなものと無縁であったとしても、私はこの人の長きに渡った治世ほど崇高な闘いもそうはあるまいと思った。
冒険すること、なにかに挑むこと、新しいなにかを始めること。もちろん、そういうことも大変にむずかしいことなのではあるが、例えばそれらが成功したとして、その成果を維持し発展させて固めていくことは、実はもっとむずかしいことなのではないか。なぜなら、維持は開発より退屈だからである。刺激が薄いからである。刺激による快楽を追い求めがちな人間にとって、そういう事業はしばしば困難そのものになるのである。
だがオクタヴィアヌス、長じては「聖」の意のアウグストゥスとなった彼は、倦まずたゆまず不断の意思でもって、やり遂げるのである。巨大な帝国の建設を。蛮族の侵入を許さない、平和と繁栄の国土の実現を。

アウグストゥスは、ローマ帝国初代皇帝とされているが、実は戴冠したわけではない。
天才カエサルは、その電光石火の特性ゆえに憎まれ殺された。ローマの共和制を破壊し、王になろうとしている、として。
慎重に。慎重すぎるほどゆっくりと進めなければ大事は成就しない。
敵対勢力のアントニウスとエジプトのクレオパトラを下し、一大権力を握ったオクタヴィアヌスは、元老院に向かってこう宣言したのである。
「私に集中していた権力を、皆さんにお返しする。ローマを共和制に返す」
元老院、すなわち貴族たちは狂喜した。あやうく消えようとしていた、自分たちの望ましい世界が戻ってくるのである。ローマに英雄は要らない。王など許さない。自分たちのためにとっとと野望を捨ててくれたオクタヴィアヌスに、「代わりと言ってはなんですが」と、様々な特権を彼に許すのである。
貴族たちはだれも気づかなかったのだろうか。彼が望んだ特権は、一つ一つはたいした望みではなかった。だがそれらが積み重なると、ひっくり返すことのできない強力な地盤となるのだ、ということに。
ローマ軍の総指揮権、ローマ国政トップである執政官および第一人者としての権威、護民官特権としてのヴェトー(拒否権)、聖称号等々。
ガイウス・ユリウス・オクタヴィアヌス・アウグストゥス。
あるいはImperator Caesar Augustus、インペラトール・カエサル・アウグストゥス。
そう、戴冠なんぞはしなかった。
だが、インペラトールはエンパイア(帝国)に、カエサルはカイザーに、すなわち彼の名そのものが皇帝という意味となっていっただけなのである。
まさに歴史を作ってしまった人物、と言える。


彼の無数の政策の中で特に興味深かったのが、少子化対策だった。
平和になり、文明が高まる一方のローマ社会において、、独身者がどんどん増えていったらしいのだ。日常の雑事はすべて奴隷がやってくれる。経理事務の類もいわば執事と言うべきものがさばいてくれる。嫁だの夫だのましてガキなどメンドウなだけ。ちょいと溜まれば、よりどりみどりで遊べば済むし、独身でいる方がよっぽど気楽で楽しい人生さ、てな享楽的なローマ人が増えていったらしいのだ。
アウグストゥスは、これを放置しておけば直ちに国がダメになるという判断を即座に下す。そして彼が政策として打ち出した法がなかなかに過激なのである。
曰く、若くして独身である者、多大な税制上の不利をこうむる。
曰く、婚外交渉は罪。厳罰。
曰く、姦通もまた罪。厳罰。

ずっとアウグストゥス贔屓で読み通して来た私も、さすがにこれには「どっしぇー!」なのだった。シビア過ぎるだろうjk。だが、文明度と比例するかのような少子化傾向というものは、ここまでキッパリとした対処でもしないかぎり、実はどうにもならないものなのかも知れない。現代日本社会にとって、他人事どころではない話なのである。

そして、骨の髄まで生真面目至極だったアウグストゥスは、他ならぬ自分自身の一人娘ユリアをこの法に基づいて遠島流罪に処したのである。死ぬまで赦さなかった。自分と一族のための壮麗な霊廟に葬ることすら赦さなかった。
また、後継者として目をかけていた血縁の若人は次から次へと早死にしていった。右腕同然として治世を助けてくれた親友たちも、また同様。
けっきょく、血のつながりはまったくなかった、妻の連れ子であったティベリウスを後継者にすることになるのである。
さぁ、明日からは、このティベリウスからしばらく続く、悪名高い皇帝たちの巻に突入だ! ティベリウスといえばやっぱりエンタープライズの艦長。いやそれはそれとして、カリギュラとかネロとか、歴史にまったく興味が無かった頃の私ですら名前くらいは知っている、というくらいの有名な人物たちの話になっていくようである。


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人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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