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2009. 10. 06  
「ローマ人の物語IX 賢帝の世紀」読了。「旅する皇帝ハドリアヌス」「慈愛皇帝アントニヌス・ピウス」まで。ひたすら派手なハドリアヌスと、ひたすら地味で穏やかなアントニヌス・ピウスなのだった。どうしたって、紙面は派手な方に多く割かれる。賢明、穏健、慈父のごとしアントニヌスの治世は、多くの民にとってこの上ない幸せの世であったろう。文句が無いからこその史料の少なさ。記述の少なさは皇帝としての勲章に他ならないだろう。

だがしかし、私個人としては、圧倒的にハドリアヌスに心惹かれてやまないのだった。それも、活力と明晰に満ちた統治の実際のあれこれよりも、ほんの僅かな、1ページもあれば事足りる些細なちっぽけなエピソードの二つ三つばかりだけで、あまりに頭がいっぱいになり、他になにもかもどうでも良くなってしまうほどなのである。

だから今回は、政治家、軍人たる王としてのハドリアヌスについて語るのはすっぱり捨てて、人間としての皇帝としての彼について思うところを述べようと思うのだった。

ハドリアヌスは若い日より、先代皇帝トライアヌスの賢夫人・プロティアのお気に入りであったそうな。これについて塩野さんは、年上の女性にモテる男の5つの要素について記しておられる。

1:美しいこと。それも、容姿の表面上の美ではなく、「美しい!」と感じさせる要素。美オーラの持ち主。

2:若々しいこと。これも実際の年齢の多寡にかかわらず、オーラと呼ぶべきイメージ上の要素である。

3:頭脳明晰であること。すなわち知的であること。勉強ができるだけとか、知識が多いだけでは失格。

4:感受性が豊かであること。情緒不安定に陥りがちでも、理性と感性の狭間で揺れる自分に苦しむくらいが、年増女の「ツボ」にはまるんである。

5:野望があること。それも、金が欲しいとか名声が欲しいとかの俗っぽい願いとは一線を画する高みを求めていること。

完璧です、塩野さん! と拍手したいくらいである。まさに、天道総司を演じていたころのヒロ君に私が見出していたイメージそのもの。あるいは、コードギアスのルルーシュとか。(そういえばルルーシュ実写化プランにヒロ君が指名されていた、って噂がネットに流れたことがあったなぁ)

そして「ハドリアヌスは、このすべてをもっていた」と結論づけられるのである。

いろんな意味で破格の皇帝であったハドリアヌスは、治世期間の大半を帝国全土を巡る旅に費やし、行く先々でその土地に必要なメンテナンスや改革を行い、帝国の持続と繁栄のための地固めをしていった。それは皇帝として必要なことである、という信念も勿論あっただろうし、実際たいへんに有意義でもあったのだが、それでも私は、彼の旅の動機の深い所には、「ここではないどこかへ」という希求があったのではないか、と思ってしまうのである。それは例えば、アレクサンドロス大王にもあったであろうし、ユリウス・カエサルにもあった心であろうと想像する。そしてそれは、知性と感性、本来、相反する二つの要素を同時に強く心に抱えてしまった人が、どうしても抱かざるを得ない境地なのである、と思うのだ。

その長い旅路の途中、ハドリアヌスは1人の少年と巡り会ったそうな。運命の少年。名はアンティノー(アンティノウス)。
ハドリアヌスはアンティノーを寵愛した。
ローマでは少年愛はタブーではない。だが、推奨されるほどのことでもなかった。周囲が眉を顰め、ヒソヒソと噂せずにはいられぬほどのおおっぴらな溺愛であったのだろう、アンティノーの存在と美貌は、帝国中知らぬ人もないほどになっていくのだった。
蜜月の7年が過ぎるころ、エジプトの大河ナイルを渡る船から転落し、アンティノーはあっけなく死ぬ。二十代前半の若さだった。彼の死を知ったハドリアヌスは人目もはばからず女のように泣き崩れた、と複数の史家が伝えるそうな。
その後、ハドリアヌスは、最愛の少年を神格化する。
アンティノーの名を冠した街を作らせる。芸術の殿堂アテネで、うなるほどの数量の彫像を作らせる。エジプトではオシリス、ギリシャではヘルメスの化身として認められるようになる。ついにはアンティノウス座という星座にまでなるのだった。

ローマ帝国が崩壊し、キリスト教の台頭によって、ギリシャ・ローマ的なものに対する排斥運動が起き、多くの彫像、美術品が破壊された。日本で言うなら廃仏毀釈、中国で言うなら文化大革命のようなものであったろう蹂躙の嵐を超えてなお、アンティノーの彫像は数多く残っている。
どんだけ作ったんやハドリアヌス('Д')

さぁ! ここにその数多の彫像のギャラリーがある! 奇跡の美少年アンティノーの姿を堪能せよ!

私が「真打ちは多分これだろう」と判断した彫像。



なぜなら、これは旅を終えたハドリアヌスが建築して老後を過ごした豪邸、ヴィラ・アドリアーナの所蔵とされているからだ。美意識もまた特別に高かったハドリアヌスである。(彼が作らせたローマのパンテオンの見事さを見よ! これもまた必見物件である)厳選を重ね尽くして、もっともイメージを良く顕すものを身近に置いたはずだと判断する。

だがしかし、どれほどの技巧で作らせようが、彫像は所詮は石。神となろうが星となろうが、生きた血の通った人間としての存在、共にあり共に語り、共に愛も苦しみも分かち合った最愛の存在の代わりになろうはずもない。まして、ハドリアヌスである。力も知性も地位も何もかもを持っていながら、なお飢えかつえていたであろうハドリアヌスである。常に「ここではないどこか、この世に無いなにか」を追っていたであろう異端の皇帝。アンティノーの無垢な美貌は、どれほど地位と権威を極めようともなお癒せなかったであろう心の不安のようなもの、闇のようなものを忘れさせてくれる光のごときモノであったのではなかろうか。

長い旅の思い出を集めたかのように、広大で豪勢で洗練されたハドリアヌスのヴィラ。そこでどんどん老いてゆくハドリアヌスは、若き日のパワーも情熱も朽ち果てたかのように、気むずかしく癇癪持ちの病人となっていったそうな。自殺を図って果たせず、毒の調合を命じられた侍医は、その毒をあおって死に、小姓に短剣で刺すよう命ずるも拒まれ、やり場のない苦しみを、元老院議員などの国家要職を次々告発することで晴らそうとする。死ねず、動けず、民の心は離れるばかり。
海辺のヴィラに哀切な一遍の詩を遺してハドリアヌスは死ぬ。享年62歳、治世21年。晩年の仕打ちに憤慨していた元老院議員たちによって、ハドリアヌスのすべては「記録抹消刑」に処されるところであったが、後継者アントニヌスの必死の懇願によって危うくそれはまぬかれ、皇帝の慣例としてなんとか神格化も果たされる。この時の説得の真摯さから、アントニヌスは「敬虔」「慈悲深い」を意味する「ピウス」の綽名で呼ばれることになったとのこと。

もしもアンティノーがあの若さで死ななければ。青年となり中年となり、容色も衰え、ハドリアヌスもうんざりするほど飽きるほど、共にあったならば。まったく別の人生が2人にはあったであろうし、かくも絢爛な幻想を後世に残すこともなかったろう。不幸と夢は切り離せないワンセットであるのが人の世の常なのである。







*****************************
また長文になってしもうた。しかしまだ足りない。私の中の「皇帝と寵童」のイメージは未だ終わらない。
ってことで。

誰か「ハドリアヌス×アンティノー本」作ってクレクレ!!


んあ?
「アンタが自分で書けや!」ですと?

イヤでちゅ。
お口アーンして、ピヨピヨして待ってまちゅから、恵んでほちいでちゅ。

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Comment
NoTitle
こんにちは、いつもブログを楽しみにしている、アナタのベルです。(´∀`)b

>誰か「ハドリアヌス×アンティノー本」作ってクレクレ!!


粗雑な言葉で失礼します。
需要ねぇよ!

買うの一人だけだよ! (三村風)

ローマシリーズ、引き続き楽しみにしております (*´Д`*)

Re: NoTitle
ベルさん>

>需要ねぇよ!

……(⊃д⊂)
うぇぇぇん、みんなそんなに伊達とか真田とかがいいのかーっ(⊃д⊂)
新撰組とかBASARAな人が少しくらいこっちに来てくれたっていいのにぃ(´;ω;`)

ローマ人の物語、10巻に入りましたが、この巻は特別仕立てでして、「ローマのインフラ」つまり文明生活そのものに1冊まるまる費やされているようです。キャラ萌え萌え~、はしばしお休みなのであります(´∀`)
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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