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2009. 10. 31  
塩野ローマ物語XII「迷走する帝国」、まだやっと半分。なかなか読み進まないのは、けっこう沈鬱なのと、なによりも混乱した状態の描写だからか。なるべく箇条書き風に流れの整理を試みねば。

皇帝カラカラが発令した臣民皆平等条例の後、ローマはどうなっていくか、ということなわけだが、まず




**********以下、2時間かけて箇条書きにしたけど読まなくていいよ**********

*カラカラ、パルティアとの戦争中に近衛軍団長に殺される。享年29歳、在位6年。
*カラカラを殺した近衛軍団長マクリヌス、皇帝に。だがパルティアとの間にローマにとって不利な条件での講和を結んだことにより、兵の反感を買う。
*野望の女ユリア・メサ、先帝カラカラの叔母である地位を利用し、孫息子2人を帝位につけるべく暗躍。
*マクリヌス、叛乱軍に追われ死亡。享年54歳、在位1年。
*ユリア・メサの孫、14歳のヘラガバルス即位。だがいろんな意味で非常識な青年であったため殺される。享年18歳、在位4年。
*ユリア・メサのもう1人の孫息子・アレクサンデル、14歳で即位。真面目で勤勉、側近も優秀だったため、しばらく安定した統治が続く。
*ハッと気づけば宿敵パルティアは、ササン朝ペルシャに取って代わられていた。ペルシャ、殺る気マンマン。
*皇帝アレクサンデル出陣。ペルシャとの戦役に微妙な勝利。それなりに凱旋。
*北ではゲルマン民族大暴れ。皇帝出陣。だが弱腰外政が兵の反感を買い、殺される。享年27歳、在位13年。以後、ローマは50年に渡る軍人皇帝乱立の時代を迎えることになる。

*アレクサンデルの死後、軍団に担ぎ上げられる形で、マクシミヌス・トラクス即位。膂力自慢の生粋脳筋軍人。ゲルマン前線で蛮族と戦い続け連戦連勝。だがローマの元老院とは激烈に仲が悪かった。
*マクシミヌスの品位無き脳筋ぶりにブチ切れた元老院、カルタゴのゴルディアヌス父子を皇帝に推挙、同時にマクシミヌスを国家の敵認定。
*激怒したマクシミヌス、ローマに進軍。
*一方、アフリカでは元老院に反発したアウグスタ軍団がカルタゴを襲撃。帝位就任から1ヶ月も経たずに、ゴルディアヌス両帝死去。
*元老院、すかさず、パピエヌスとバルビヌスの2人を皇帝に推挙。マクシミヌスはローマに到達することなく、近衛兵によって殺される。享年65歳、在位3年。
*共同皇帝となったパピエヌスとバルビヌス、仲間割れ。2人を担ぎ上げた元老院も二つに割れて仲間割れ。すったもんだの末に、2人とも叛乱将兵に殺される。
*元老院、ゴルディアヌス1世の甥をゴルディアヌス3世として皇帝位に就ける。13歳という若年であったが、優秀な側近の力もあり、なんとか統治開始。
*ササン朝ペルシャと再び開戦。側近ティメジテウス死去後、ローマ軍瓦解。ゴルディアヌス3世も死去。享年19歳、在位6年。
*ゴルディアヌス3世を謀殺したと言われるフィリップ・アラブ即位。メソポタミアを放棄することでペルシャと講和を取り付け、ローマに帰還し統治開始。
*ゲルマン民族またまた大暴れ。皇帝に不信を募らせたドナウ軍団、総督デキウスを皇帝に担ぎ上げる。フィリップ・アラブは討伐軍を率いて迎撃するも、孤立無援となり自死。享年45歳、在位5年。
*デキウス、皇帝即位。キリスト教徒を弾圧とかしてる間に、ゲルマン民族(主にゴート族。なぬっ、カリオストロのご先祖?)ますます大暴れ。デキウス皇帝、息子と共に壮烈な戦死。享年50歳、在位2年。
*対ゴート戦に参戦していた将兵の推挙で、トレボニウス、即位。ゴート族との講和を試みる。だがこれに反発したエミリアヌス、皇帝宣言。ヴァレリアヌスも宣言。3人の皇帝の間で内戦開始。
*いっぽう、ローマ弱体につけこむようにゲルマン民族大侵攻。黒海の制海権まで奪い、帝国領をジワジワと浸食。
←今ココ

***********あー疲れた、疲れた上に、読み辛いだけ*******



とにかく内輪でケンカばかりしてる間に、外敵はめっぽう強くなっていくし、まともなリーダーも出てこないし、国民全体が軍事も政治もやる気を無くしていくし、弱り目にたたり目、てな感じでどんどんローマの状況は悪化していくのだった。

国が弱る、というのは、民が弱っている、ということである。不安定になった人々が何を求めるか、というと、心のよりどころである。国がまともに治まっているうちは、国家そのものがよりどころたり得るが、その信頼が喪われたら、非現実に代替を求めるようになるのは仕方の無いことかもしれない。
つまり、「神様」である。
ローマは多神教国家であり、30万の神を奉じていた。不安を沈めようと、古来よりの神々に供物を捧げ国難を退けてくれるよう礼拝する民衆にとって、「そんな神様間違ってます、信じなさい、こっちを信じなさい」と教義を押しつけてくるキリスト教徒は、甚だしくウザい存在になってしまったのだった。その一方で、現世に失望したあまりにキリスト教に傾倒する人も増えていったのだろう。ローマの国家政策レベルのキリスト教弾圧が本格化するのは、この帝国混乱時代からなのであった。


ササン朝ペルシャとは、懐かしい響きである。
私が世界史の授業を受けたのは、高校1年生の時だけである。そのほとんどすべてを、昼寝と落書きだけでやり過ごした。記憶に残っているのは、世界史の教師が風采の上がらぬお爺さんだったことと、最後の授業の際に「記念撮影しまーす」とクラスメイトに促されて、妙に嬉しそうに黒板になにやら書き付けて、今まで見せたことも無いような素敵な笑顔で振り向いた姿だけ。
その、チョークで書かれた黒板の文字が
「ビザンツ帝国」
「ササン朝ペルシャ」
この二つだった。文字列だけが脳裏に残り、その文字の意味をやっとこの年になって知ったわけである。もうお亡くなりになっていると思うが、あの先生は、このあたりの時代が特に好きだったのかも知れない。ちょっとしみじみ(´w`)



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Comment
NoTitle
ローマ、皇帝殺されすぎ!W  (´∀`)ノ

皇帝といえば神聖不可侵のイメージですが、ローマ人にとっての皇帝は、最高執政官といった認識だったのでしょうかね。


学生時代は歴史の授業が大好きでした。
教師達に恵まれたのかも知れません。 
高校時代の歴史の教師は、定年を過ぎた先生でしたが、歴史をまるで物語のように語っていたのが印象深いです。 :D

大好きな恩師でした。
多分もう死んでるとおもいます


Re: NoTitle
ベルさん>
そーなんですよ、で、この後、もっともっとひどいことになるようです。乱立しすぎで「30人皇帝」とかって。ナニソレw ですよね。

私も長らく「王」とか「皇帝」には不可侵性とか神聖性を当たり前に感じていたわけですけど、それは実はキリスト教がのしてきた後のことなんだなぁ、と。
もともとローマは建国直後は王様ですら選挙で決めてましたし、アウグストゥス以降、皇帝ってことにはなってるけど、実体は、元老院と市民集会の承認無しでその立場にはなれませんでしたし。
逆に言うなら、市民(実は軍団)が「こいつが皇帝ー!」って言えば皇帝になったし、元老院が「こっちが皇帝!」って言えばそれも皇帝だったという。そうとうフリーダムですね。

で、初の軍人皇帝ヴェスパシアヌスが「実力だけで皇帝にはなったけど、一応かなり出来の良い息子が2人もいるし、国はまだまだ荒れてるし、国土安定のために」って、ちょーいと皇帝の立場を強化しちゃったんですよ。たやすく内乱にならないように。

だもんで、いったん皇帝になったものを、そうやすやすとすげ替えられなくなった。
つまり、政権交代させたい場合は、亡き者にするしか手段が無くなってしまったんですね。いや~日本は平和で良かった(´ー`)


素敵な先生に恵まれて良かったですね!
私は小学生のころから日本史だけは好きでした。歴史マンガ、という優秀な先生がいたからです。
特にムロタニツネ象さんの描かれた日本史マンガがあまりに素晴らしく、高校のころまで実用に耐える参考書になってました。実家とともに焼失してしまい手元にありませんが、あれだけは今でも取り戻したいと思ってしまいます……って! 今おもむろにググったら、ムロタニ先生、現役っすかぁーっ!? ずっとずっと歴史漫画を描いておられたんですねぇ。ああ私に孫がいたならば、じゃかすか買い与えるのに!


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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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