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2009. 11. 11  
毎日毎日何かしらをポリポリとかじりながらローマ本を読み続ける日々が続いて、当然の結果として体重が増加した。こりゃたまらん、とまたまた節食と体操などを始めているが、結果は芳しくない。
そして、節食するとテキメンに読書意欲が落ちてしまうのだった。あー読み進まない。

それでも、「迷走する帝国」は終了して「最後の努力」には入ってるのだった。

延々と続くローマの危機と衰退。ついに皇帝(ヴァレリアヌス)が生きて虜囚の辱めを受けるまでになってしまった。すったもんだの中、分裂してゆくローマの軍事をなんとか護ろうと、またしてもローマをローマたらしめた重要な背骨が叩き折られてしまうのだった。
軍部(ミリタリー)と元老院(シビリアン)の分離である。
ローマの皇帝は、伝統的に、軍事、政治、双方に通じた者でなくては就任はできなかった。皇帝の役割のもっとも大事なことは、「安全保障」だったからである。国と民を護るということは、なによりもまず、外敵から国を護ることである(軍事)。その次は、国内の難事から民を護ることである(政治)。よって、どちらの経験も皇帝には必須とされていた。指揮官として、政治家として、どちらの役割も必要とされるのがローマのインペラトール(総司令官)にしてアウグストゥス(皇帝)だったのだ。
だが、空中分解しかけていた3世紀のローマにおいて、ついにこの原則が覆された。軍部と元老院の対立がのっぴきならない混乱を呼び、目の前に迫る蛮族と満足に戦うことすらできなくなっていたから故の、やむえない対応だった。
「元老院(政治家ども)は軍事に口を出すな!」
ということなわけである。
カラカラ帝の自由民すべてに市民権を与えた政策と同じくらいに、ローマにとって致命的な動きだったと私は感じた。巨大になりすぎた国を効率よく運営するための帝政であったのに、その帝政のもっとも重要な要素、真髄とも言うべき選別基準がぶっ壊されてしまったのである。
だが、崩壊寸前のローマ防衛線をなんとか保持するために、これはどうしても必要な措置でもあったのだ。
命を救うために魂を半分殺してしまったようなものではなかったか、と思うのだが。

ともあれ、こうして政治色を排した軍人皇帝達の中から、それなりの傑物がポツポツとは現れるのだが……。
ローマは分裂しようとしていた。ゲルマン民族の猛威。ガリア地方の分離独立。ササン朝ペルシャに皇帝は捕らわれ、取り戻すこともできない。虜囚となった皇帝ヴァレリアヌスの息子であり共同皇帝であったガリエヌスは必死に防衛線を支えようと奔走する。
混乱の隙をつくようにして、台頭してきたのが東方属州の交易都市であったパルミラだった。パルミラの実力者・セプティミウス・オダエナトゥスはガリエヌスの意図をくみ、シリアを中心とした領土保持に尽力する。
だが、このセプティミウスは、身内にさっくりと暗殺されてしまう。
そして、妻であったゼノビアが、夫の地盤を受け継ぎ、パルミラの女王として辣腕を振るい始めるのだった。

このゼノビアという女性が、それはそれは見事なタマであったらしい。才色兼備などとよく言うが、ゼノビアは美と才知と、さらに荒くれた砂漠の男達でさえ心服させてしまう統率力の持ち主であったのだ。波打つ黒髪、歯は真珠のように白く、瞳は大きく神秘の輝きをたたえ、不思議な甘美さに満ちた美貌。数カ国語をあやつり、ギリシャ哲学と歴史を語り、戦いにおいては馬に騎乗し、前線で兵士達を叱咤しつつ大暴れ。もっとも傑出した女性、ウォリアークイーン、戦美女王の名を恣(ほしいまま)にした、とのこと。
ローマ帝国とササン朝ペルシャ双方を牽制しつつ、着々と版図を広げていくパルミラ。ゼノビアの野望はとどまるところを知らない。

だが、ローマにも、ようやっと力ある皇帝が出現していたのだった。アウレリアヌスである。分裂崩壊しようとしていたローマ帝国を、再びまとめ上げた実力者だ。ローマの混乱のどさくさにまぎれるように領土を拡大していたパルミラのゼノビア女王と、ローマ皇帝がついに激突することになったのだった。
結果は、ゼノビアの敗退。ローマの捕虜となったゼノビアは、アウレリアヌスの凱旋式に引き据えられ、生涯かけて集めた数多のジュエリー・アクセサリーをすべて身につけて晒し者になるよう命ぜられる(黄金の鎖で己を縛った説もある)。装身具の重みで体が倒れそうなありさまだったというが、破格の美貌とゴージャスな宝飾の輝きは、ローマの人々に多大なインパクトを与えたことだったろう。

敗者に寛容なのがローマの伝統だった。ゼノビアは国こそ喪ったが、命を取られることも牢に繋がれることもなく、それどころか、風光明媚なティボリに邸宅をもらい、一生食うに困らない年金を支給され、安楽に余生を過ごしたそうである。ローマ貴族と結婚し、幾人も娘をもうけ、その娘たちもまた、貴族の嫁となっていったとか。もはや武張ったこともせず、知識と教養を生かした優雅なサロンを開いていた、と。最終的には、彼女を打倒したアウレリアヌスよりもゆうゆうと長生きしたのだった。まさに、究極の勝ち組女、というところか。

ゲルマン、パルミラ、ガリアを圧倒し、ローマ帝国を再び統一し、「世界の修復者」という称号で讃えられたアウレリアヌスが、側近の私怨によってあっさりと暗殺された後、ローマは再び皇帝の座も定まらない混乱期を迎える。
乱れきった軍人皇帝時代を制し、再び安定をローマにもたらしたのは、ディオクレティアヌス。
だが、もはや、ローマ帝国は、たった1人の皇帝の力でどうにかできる状態ではなかった。
ディオクレティアヌスは、皇帝を2人、さらに副帝を2人として、4人の指導者で広大な帝国を分割統治させることにしたのだった。
テトラルキア、四頭政治の始まりである。だがこれが、塩野さん書くところの「最後の努力」、すなわち終わりの始まりに他ならなかったのだった。


↑と、このあたりまで読んだ。うーんイカン、日々頭がボーッとしている。
太り続けている状態が、精神的には上向きの状態であり、身体的には危機的であるとは、なんと私も因業な者であることよ。



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Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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