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2010. 03. 11  
久しぶりに映画館に出向いた。

「イブの時間」劇場版である。

アバターも観ず、のだめも観ず、ワンピースもハルヒもなのはも観ず、とにかく巷の話題作をとことんスルーして生きている私だが、この作品だけは映画館に行こうと即断した。

なぜならこれは、アンドロイドと人との関わりを真っ向正面から描いた作品だからなのである。
骨の髄からロボ愛ロボ萌え者の私としては、外せない作品なのだ。

人間と見分けのつかない、精巧なアンドロイドが人間の生活をサポートする存在として量産される時代。
アンドロイドに過剰な思い入れをしてしまう人間は「ドリ系」と呼ばれて、揶揄と侮蔑の対象となっている、そんな社会。

はーいはいはい、私が! まさに! その! ドリ系ババァでーっす!(=゜ω゜)ノ

この作品、人間そっくりのアンドロイドの他に、旧式のいかにもマスコットめいたロボットや、ボロボロになった古い「ドロイド」風のものも登場する。
そして、まぁ見事に気持ちよくハラハラと泣かせてくれたのだった。
かつて、スピルバーグの「A.I」を観たときもハンカチの乾いたところが無くなるまで滂沱となったものだったが、あの時の涙は大変に複雑なものも孕んでいて、すなわち
「そーじゃねぇ! そーじゃねぇんだよ、お涙頂戴前面突出のバカシナリオじゃ、いくら泣けても、満足はできねーのよ!」
という嘆きも大いにあったわけなのだが、このイヴの時間は、まことに生真面目に「ロボット物」というテーマにがっぷり四つに組み合った、という姿勢が伺えて、好感が持てたのだった。
心地よい、混じりっ気無しの、正しきアンドロイド物の泣かせであった。

ただ、あまりに長くロボ愛を追ってきた私としては、新機軸なものを見いだせない物足りなさも確かに感じはしたのだけど。


ロボットに心はあるのか。
あるとしたらそれは、どういうものなのか。
人間と、人間が作った人間そっくりのモノ。
人間と、人間では無いモノ。
その違いは何か。同じなのは何か。なぜ人間は、ロボットを求めるのか。
そしてロボットは、何を求めるのか。

すなわち。

人間、とはなんなのか。
心、とはなんなのか。
意識、とは。
思い、とは。
魂、とはなんなのか。

人間が人間である、という本質を、「ロボット物」作品はあぶり出し得るのである。
こういう哲学的命題において、深く踏み込んだ考察と表現が欲しいところではあったが、惜しいかな踏み切れていないモノは感じた。
だが、どうやら未完であることも匂わせた内容になっていたので、さらなる展開を待ちたいところである。




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Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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