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2010. 04. 01  
塩野さんの「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」を読み耽る数日。


チェーザレ・ボルジア。
この名は、私にとって特別な名なのである。
初めてこの名を知ったのは、中学に上がったばかりの頃だったと記憶している。およそ30年以上も前。おそらく、学習雑誌かなにかに載っていた、マンガで題材になっていたのだ。

どこやらヨーロッパと思しき名家、美貌の兄妹。兄は妹に並々ならぬ執着を抱いており、妹の婚約者に激しい嫉妬を燃やし、彼を自室に呼び寄せて、ある1本の剣を見せるのだった。
妹の婚約者は華麗な装飾に彩られたその剣を手にとって
「ラテン語でなにか彫ってありますね。ええと……私は、ラテン語は詳しくなくてね」
そこで、兄は剣をそっと己が手に取り戻し、ラテン語をなぞりながらこう言うのだ。
「ここに彫ってあるのはな……君は、ルクレツィアの夫にはふさわしく無い、ということだ!」
叫ぶやいなや、婚約者を一撃で葬り去ってしまうのである。

その後、兄は妹の新しい夫も殺してしまったり、それ以外にも毒殺謀殺やり放題、そしてそれがどれもこれも神の許し賜わぬ兄妹同士の禁断の愛ゆえの……という内容だったと記憶している。
あまりに印象的なマンガとの出逢いであり、これ以降、私の脳裏には「ボルジアの兄妹」という言葉は、「禁断の愛」「毒殺」「血塗られた陰謀」「野望と美貌」などの厨二病溢れるイメージをゾロゾロと引き連れた記憶となって残ったのだった。

その次に、チェーザレという人物を意識したのは、中学3年くらいのころ。
青池保子さんの「イブの息子たち」というマンガ作品にて、である。

ちと解説すると、この作品は、「華麗な少女マンガのタッチでもって、ハチャメチャなスラップスティック・ギャグを描く」という、それまでのマンガ界の常識や定型を完全に破壊してのけた、真に革命的な記念碑的作品だったのだ。この偉業が日本のマンガ史の中ではもっともっと声高に評価されるべきだと私は常々思っているのだが、どうにも日本のマンガ評というモノは少女マンガに冷たいのである。ケシカランわ(`・ω・´)!

さて、イブの息子たち、という作品は、古今東西の有名人を次から次へと大量に登場させては絡ませ(今風に言うならBL的に)てゆくという、実に大胆な構造を持っていた。
孔明が気取ったオカマ風だったり、マリーアントワネットが結い上げた髪のてっぺんに宇宙戦艦ヤマトを飾り立ててとにかく首をギロチンにかけたがっていたり、ニジンスキーがいつもチュチュに身を包んで苦悩に震えていたり、ブッダがどんどん唇だけの存在に特化していったり(空飛ぶクチビルだけになってしまうw)、マホメットが途方もないイケメンとして現れ「テッド・ラピドス。下着には凝る方でね」などと名言を吐いたりしてたりなので、いろんな意味で、今世に広く流布するわけにも行き辛いものはあるかもしれない。

そんな感じの英雄大量無双の世界にあって、たった1人、名を名乗ることもなく、それでいてこの上もなく冷酷な切れ長の三白眼の美貌を持った、得体の知れぬ存在として描かれるキャラがいたのである。「無名の端役」としか語られないその黒髪の美形は、エピソードのクライマックスで、ルネサンス期特有の華麗なタイツ姿でもって、4段ぶち抜きの全身像で現れて場を締める。
だがその期に及んでもなお「そうです端役です」としか名乗らないのだ。

ありとあらゆる歴史上の有名人をいじり倒した「イブの息子たち」世界において、あえて「無名の端役」という扱いに唯1人留め置かれたそのキャラこそがチェーザレ・ボルジアであった。
逆説的に、唯一無二の存在として印象を残すことになったのである。
まさに、特別。青池さんの並々ならぬ思い入れを感じさせる描写であったと思う。


さらに時代は進んで、90年代あたり。
川原泉さんの「バビロンまで何マイル?」にて、私は懐かしのボルジア兄妹と再会することになる。
川原さん独特のゆる~いマッタリ世界においても、チェーザレは冴え冴えと怜悧で冷厳で、華々しくも麗しく、そして静かに哀しく散ってゆくのだった。



どこまでもシリアス。どこまでも美麗。どこまでも悲劇的な、黒い煌めきのイメージ。
幾たびも少女マンガの世界で巡り会ってきたその存在の源流こそが、塩野さん初の長編である、この一冊にあったのだと、ようやく知った次第である。


いかに塩野さんが、この破格の人生、野望に満ちた美貌の青年に激しく魂を燃やしていたか、冒頭からあまりに明確であり、そしてそれが、あまりにピッタリと私の心のツボを的確に押しまくってしまい、その適合性の高さに笑いが止まらないほどである。
まさにルルーシュのようでもあり、アルド・ナリスのようでもあり、イシュトヴァーンのようでもあり、黒が何より似合う存在。
当然のように、黒髪の人物として描かれるわけであるが、Wikiによると「オレンジの髪と灰色の瞳」とも記される。
私はあえて、燃え立つ赤毛と冷たい鉄灰色の対比を想定したいと思うのだった。



さぁ、今宵より萌え萌えに萌えたオタク腐婆のチェーザレ語りが始まるおっ('Д')!

惣領冬美さんの「チェーザレ 破壊の創造者」も全巻予約したじぇっ! 
ただし図書館にな!(買えよアタシw)
人気図書らしくて、5人ほど予約が埋まっている。手元に届くのはいつかなぁ……(*´¬`)



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Comment
優雅なる冷酷
おかしい……たしかに読んだはずなのに、
なんにもおぼえていない……(@_@)
おぼえているのは、毒物への耐性をつけるため、
ルクレツィアは毎日微量の毒物を摂取していたとかなんとか、
そんなことだけ。
なんとなく、『デューン』のベネ・ゲセリットのことを
連想して読んでいたようです。
再読しないといけないものが、多いなぁ。
Re: 優雅なる冷酷
MIKAさん>
ついさっき、解説まで全部読了しました>優雅なる冷酷
で、ルクレツィアが毒への耐性をつけようとした云々のくだりは、別の書のことかと思われます。
むしろ熱っぽく書かれているのは「毒飼いのボルジア」という言い伝えに対する反証と、「その毒の実体は、父アレッサンドロおよびチェーザレの頭脳そのもの」という主旨の記述であります。

ベネ・ゲセリットとはまた懐かしい。詳細な未来史としてのデューン、これもまた再読したいものです。
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プロフィール

星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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