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2010. 05. 10  
「海の都の物語1」読了。

パックス・ロマーナ崩壊のさなか、地中海世界を襲ったフン族の王・アッティラの蹂躙から逃れようと、海水と泥地しか無い「ラグーナ(潟)」に住処を求めた人々が居た。
軟弱な地盤の奥底まで数多の杭を打ち込むことで礎とする。
数多の水路と運河の整備によって水流を掌握する。
こうして、海にぽっかりと浮かぶ奇跡の国家が誕生した。東地中海の女王、ヴェネツィアである。

海とも陸ともつかないラグーナで得られる産物といったら、魚と塩しかない。だからこそ、この国家は交易によって命脈を保つしかなかった。アキンドの、アキンドによる、アキンドのためだけの国家ヴェネツィア。そのような国家が生き残るためには、人智を尽くした運営が必要だった。合理と怜悧。協調と平等。研鑽と権謀。
洗練の極みとも言える政治力と運営力で、わずかな国土しか持たなかったにもかかわらず、莫大な富と一千年に渡る歴史を積み重ねていった奇跡の海の共和国。
その成り立ちと発展がこの最初の巻での主題である。

円滑な海運のために、東地中海沿岸の各所に拠点を設け、補給態勢を整え、すみやかで安全な航海と商売のためのインフラを整えていくヴェネツィア。海路と拠点の拡大のためにはいかなる努力も惜しまなかった。

その大いなる努力の一例として語られるのが、第四次十字軍と連合で実行された、「コンスタンティノープルの攻防」である。
思わず「コンスタンティノープルの陥落」のことか、と早とちりしかけたのだが、こちらはもっと後のことになる。(ちなみにまだ未読だが、いずれ読まねばなるまい)

このコンスタンティノープルを巡る戦争の仕掛け人となった人物が、表題のエンリコ・ダンドロなのである。
生年ははっきりしない。ヴェネツィアの元首に就任した時点で、すでに80歳を超えていた。しかも、若いころに負った傷のためか、はたまた老齢のためか、ほぼ盲目に近い視力しか持たなかったそうである。
だがこの人物、矍鑠(かくしゃく)などという言葉も追いつかない、ほとんど非常識クラスのハイパー老爺なのであった。

エジプト攻略を目的とした十字軍は、兵の輸送を当代一の海運力を持つヴェネツィア共和国に託すべく、エンリコ元首の元に代表を送り込んで交渉を開始した。
ヴェネツィアの総力を挙げて協力する、と提案したエンリコは、十字軍兵士3万5千人と、4千5百頭の馬をすべて運べるだけの艦艇と兵糧を用意する、さらに加えてヴェネツィア所属の武装船50隻と6千名の戦闘兵を同行させる、と約束するのだった。
そして驚くべきことに、そのヴェネツィア軍はエンリコ元首自らが率いる、と言うのである。
すでに90近い老齢、しかも盲目の身を押しての参戦宣言に、騎士道精神溢れる十字軍代表たちは深く感激し、ここに十字軍とヴェネツィア軍との同盟が約された。

ヴェネツィアは、十字軍との約束を万全に果たした。人と馬のための船をいくつも集め、あるいは建造し、水夫を募集し、いつでも出航できるように整えられた古今未曾有の大艦隊が集結した。
集結しなかったのは、十字軍の方であった。
3万5千と約された兵力は、3分の1以下しか集まらなかった。ある騎士は金だけ受け取って動かず、ある騎士は領土拡張に夢中になり、大多数が脱落していたのである。
集まる兵も少なければ、集まる金も少なかった。十字軍は、約束どおり3万5千人分の船と兵糧を用意したヴェネツィアに、多大な借金を抱えることとなり、返せる当ても無くなってしまったのである。

困惑する十字軍に、エンリコ元首はこう持ちかけた。
海路の重要な拠点でありながら、ハンガリーの煽動によってヴェネツィアに反旗をひるがえしたザーラを攻略してくれれば、借金の返済を可能なときが来るまで凍結する、という提案である。
同じキリスト教圏の都市を攻めるという計画に、十字軍内部は大いに揉めたが、結局は同意せざるを得なかった。ザーラはあっけなく陥落したが、時すでに晩秋。大がかりな軍事行動は冬にしてはならない、軍勢はザーラの地で越冬し、復活祭のころに動き出すべき、と十字軍を説得するエンリコ。すぐにでも異教徒討伐に向かいたい十字軍側は抵抗したが、なにぶん船がなければ動けない。切歯扼腕しながら時期を待つしかなかった。

そうして停滞しているあいだに、想定外の客が十字軍を訪れる。政争で追放された、ビザンチン帝国の皇子・アレクシスである。
「どうぞ行き先をコンスタンティノープルに変えてください。非道な簒奪者を追い出し、正当な後継である自分を帝位に復帰させてください」
そして成功の暁には、莫大な報奨金と、兵力の提供と、さらには、カトリック派の悲願である「ギリシャ正教とカトリックの統合」を約束したのである。
金もさることながら、高邁な宗教的理想を掲げる十字軍にとって、ギリシャ正教がカトリックの軍門に下る名誉こそが重大だった。

かくして、異教徒を討ち果たし聖地を奪回するのが目的のはずの十字軍が、一転して同じキリストを奉じるビザンチン帝国の首都・コンスタンティノープルを落とすべく、その矛先をひるがえしたのである。

人類最大の都市、コンスタンティノープル。栄耀栄華を極めたビザンチン帝国の首都。その都市を、2万にも満たない兵力で攻略しようというのである。巨大な城壁に取り巻かれた都市の住民の数は、十字軍の200倍。
これでどうやって勝とうというのか。

だがエンリコ元首には秘策があった。
陸側の防壁は堅固だが、海側の防壁はそうでもない。ヴェネツィア海軍の操船力と技術力で突破口を開こうというのである。
だが、騎馬騎兵による果たし合い的戦闘しか知らない十字軍は、エンリコの提案をはねつけた。結果、十字軍騎兵は陸側から、ヴェネツィア海軍は海側から防壁を攻めることになった。
案の定、陸の騎兵たちは苦戦したが、城壁と同じ高さになるように細い足場を甲板に掲げ、一糸乱れぬ操船によって兵力を防壁に取り着かせる作戦は見事に当たった。
「私を岸に降ろせ! 命令に逆らう者は処罰する!」
90歳近い老元首の怒号が響き渡った。ヴェネツィアの赤獅子旗が、エンリコと共にコンスタンティノープルの岸壁にはためく。たちまちのうちに防壁の塔が25本、ヴェネツィア軍によって占拠された。

海側の侵入を知ったビザンチン皇帝は陸側の十字軍を迎撃に向かった。皇帝軍の総数は、十字軍の10倍。じりじりと門扉から溢れ出し、十字軍の眼前でゆっくりと布陣が始まる。

いざじっくりと十字軍を蹂躙にかかろうか、と皇帝軍が動き出そうとしたその時、十字軍の両脇にさらに軍勢が湧きだした。みるみるうちに膨張する十字軍。占拠した塔をすべて放棄し、陸側の戦場に駆けつけたエンリコ率いるヴェネツィア軍の増援だった。

あり得ない速度で増加した敵軍を目の当たりにした皇帝軍は、展開したときと同じくゆっくりひるがえり、城門内に退却していった。
そして、あろうことか、その夜のうちに、皇帝が最愛の皇女1人だけを連れて国外逃亡してしまったのである。
皇子アレクシスは、牢から助け出された父と共に、共同皇帝として戴冠した。十字軍は依頼を果たしたのである。次は、ビザンチン側が約束を果たす番である。

だが、それはついにかなわなかった。栄耀栄華を極めた帝国ビザンチンの国庫は、歴代皇帝の濫費によって空っぽ同然だったのである。そして、ギリシャ正教をカトリックに統合させるという最重要の約束も果たされなかった。ビザンチン側と十字軍側との諍いは深まり、様々な衝突が起きた。そのさなか、ビザンチン側で皇帝の暗殺と帝位簒奪のクーデターが起こる。
これを契機に、再びのコンスタンティノープル攻略が決定された。
事前会議で決められた事項は3つ。
1、新皇帝は、十字軍側6名、ヴェネツィア側6名の選挙による。
2、領土は4分の1が新皇帝のもの、残りを十字軍とヴェネツィアで折半する。
3、戦利品分配も同上。

さらに、エンリコ元首がヴェネツィアのために付け加えた条項があった。
「以後全帝国領において、ヴェネツィアと敵対する勢力の商人の活動を認めない」
というのがそれである。新帝国の商売権益はすべてヴェネツィア独占となる、ということである。
そしてこれこそが、ヴェネツィア元首がここまで努力と犠牲を払い、十字軍に協力した最大の目的であったのだ。

コンスタンティノープルは再び落ちた。豪奢に満ちた都市は3日の間、激しい略奪に晒された。この時、多数の美術品などがヴェネツィア陣営によって確保され、その多くが現代まで残る。かつてのビザンチンの栄華を知りたければ、ヴェネツィアに行けば良い、とされるそうな。

ビザンチン帝国はラテン帝国、と名を変えた。初代皇帝の候補筆頭は、実質上の十字軍の頭脳であったエンリコ元首だったが、彼は老齢を理由にそれをキッパリと固辞する。
そして、ヴェネツィア側に割譲された領土を、航路整備のための拠点として必要な島と交換するよう交渉し、なおかつ、ラテン皇帝の補佐役に必ずヴェネツィア人が就けるように制定させるのだった。勿論、商業の独占条項もそのままである。

人類世界最大の帝国を陥落させながら、名誉栄誉を放擲し、ひたすらヴェネツィアの国益整備に尽くした男、エンリコ・ダンドロ。だが彼は祖国ヴェネツィアに戻ることなく、コンスタンティノープルで没した。享年90代半ば。
今もイスタンブールに、なんの飾り気も無い、ただ名前が刻まれただけの彼の石棺が残っている。

この簡素さに何より胸を打たれた。
真に偉大な統治者ほど自分の弔いに華美を望まぬもの、と私は思っているからである。私が大好きな魏の曹操も「喪に服す期間は短くし、墓に金銀を入れてはならず」と命じているのだ。人間死ねばそこまで。葬儀など虚飾。そんなことのために使うリソースがあるなら、もっともっと有意義に使うべき道があるはずだ、と判っているのが名君というものだと思う。


墓は簡素でも、エンリコ・ダンドロの偉大さは、西欧すべての人々の心に長く残ったらしい。
デュマの小説「三銃士」の1人、アトスは、ダンドロの血を引く者として書かれているのだ。もう、それだけで一種の身分保障のようなものなのだ。

間もなく終盤を迎えるNHK人形劇「新三銃士」を家族揃って毎週観ている我が家としては、この偉大すぎる老元首の名もしっかりと脳裏に刻みつけておきたいものである。

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人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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