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2010. 05. 24  
「海の都の物語」3巻まで読了。
海運国家としてのヴェネツィアが、いかに洗練を究めた、まるで「株式会社ヴェネツィア」とでも呼びたくなるような徹底した管理と統制のシステムを作り上げていったか。
ヴェネツィアの宿敵、気質も在り方もまるで真逆のライバル国家「ジェノヴァ」との丁々発止の武力対決の顛末。
そして千年に渡る盤石の繁栄の中で、女性達はどんな生き方をしていたのか、などが主題だった。

実に細かく、周到に練られた、危険回避のためのシステム。その本質は「分散」。
危険も、利益も、権力も、徹底的に細分化され、一極集中を起こさぬこと。これこそが、ヴェネツィア共和国という、世にも稀なる安定国家存続のキモだった。英雄的であることなど決して許されなかったであろう社会システムが、ヴェネツィア共和国の魂であったのだ。
個人的にはあまり好みではない体制ではあるのだが、トコトンまで個人主義を廃し、人民すべて国家のためとでも言いたくなるような社会構造こそが、実に千年という安定と繁栄の実績を堂々と示していることを思うと、好みだなんだなどという下らない私情を廃して評価をせねばならないだろう。

そして、こちらは実に私好みの、個人主義、英雄主義、一発逆転生きるか死ぬか、でっかく賭けて大冒険ヒャッハー! てなノリの豪放磊落海運国家・ジェノヴァとの、度重なる対決の歴史。
戦争なんてものは所詮は利害の不一致から起きるものでしかないとは言っても、ここまで露骨に「商売の邪魔はぶっ潰す!」という事情だけでチャンチャンバラバラを100年以上、なんてのは、明確すぎていっそ清々しい。

さて、ヴェネツィア運営事情も、ジェノヴァとの激突も大変に興味深く面白かったのだが、今日読んで、なにより衝撃的だった一つの言葉について述べておきたいと思う。

「カヴァリエレ・セルヴェンテ」。

直訳すると「奉仕する騎士」、の意だという。

ここで、ヴェネツィア共和国での女性の在り方についてまず解説せねばならない。
ヴェネツィアは船乗りの国だった。男達は船に乗って世界中を飛び回る。女はひたすら国で待たねばならない。
やっと男が財を築いて戻ってきたかと思ったら、今度は政治の場に出て行き、これまた女は置き去りなのである。
ローマ帝国もそうだったが、ヴェネツィア共和国もまた、性差別の明確な社会だった。一千年の歴史を通して、ヴェネツィアの政治を動かしたと言える女性はただの1人も居ないのである。
貴族の若い女性の生き様の不自由さと言ったら、現代日本の女性から見たらほぼ言語道断とも言うべき束縛ぶりなのだった。朝から晩まで家に閉じこめられ、ろくな教育も受けられない。許される外出といったら、教会に行くことだけである。それも、顔がまったく見えないほどの厚いヴェールをすっぽりとかぶって、召使いに手を引かれ厳重に護衛されてのことである。
貴族の身ならば婚姻相手も選ばねばならないが、身分に相応しい持参金を用意できなければそれも叶わない。そうなればもう、尼となって修道院に入る以外の道は無いのだった。
家に軟禁、もしくは修道院に軟禁。なんの自由も無い生き方。
(しかし中には、修道院行きの運命から脱走を図り、冒険と苦難の果てに他国の大公に見初められ公妃にまでなったレアケースの女性も居たようである)
自由も望みも無く育ち、そんなつもりも無いのに一生神に仕える処女であれ、と女ばかりの修道院の壁の中に閉じこめられ、ストレスとヒステリーの果てに醜聞にまみれる修道女も多かったそうな。

だがしかし、これは裏事情である。
縁に恵まれ、結婚し、貴婦人ともなれば、婚礼前とはまったく別の人生がヴェネツィア女性には開けていたのである。
なにせ夫は忙しい。海を飛び回るか、国政のために飛び回るか。わずか十数万人に満たない人口の小国が、ヨーロッパとオリエント双方の経済を牛耳る八面六臂の活躍をしていたのだ。のんべんだらりと家族との日々を愉しむどころでは無いのがヴェネツィアの男なのである。

ならばヴェネツィアの妻たちは、夫に省みられることもないまま、暇をもてあましていたのだろうか?

そうではない。不在がちな夫に変わって、社会の潤滑油としての社交を担う、という重大な役目が彼女たちにはあったのである。
女性が接待や饗応などの社交を受け持つからには、女性の美もまた最大限に発揮されねばならない。美は女の武力であるからだ。
よって、ヴェネツィアの貴婦人たちもまた、大変に多忙であったようだ。美を磨くこともまた、趣味を超えた実益である以上、その競合もまた熾烈を極めたことだろう。東西双方の交易品が流れ込むヴェネツィアにおいて、異文化の美とアートが混じり合い、エキゾチックで華麗な独自のヴェネツィア・スタイルが確立され、流行の発信源にもなったようである。

さて。
社交と美に満ちた女の人生。
それは、大いなる危険もはらむものである。ズバリ、恋愛という名の病である。
そして、恋愛という要素ほど、安定をかき乱すものもない。起きなくて良い騒動、しなくて良い苦労、目も覆わんばかりの惨劇、ありとあらゆる混乱の源たる、人間の業病「恋愛」。

だがしかし、「共和」を洗練の極みに押し上げたヴェネツィア社会は、とある一つの制度を持ってこの業病を制していたそうなのだ。
それこそが、今日のタイトルである「カヴァリエレ・セルヴェンテ」、「奉仕する騎士」なのである。

いったい、どういう奉仕をする騎士なのか?
18世紀の記録によると、貴婦人の生活を起床から就寝まで徹底的にサポートおよびエスコートする若人のことなのである。
朝のドレスとアクセの選定をアドバイスし、ミサや散歩やショッピングに付き合い、食事を共にし、サロンにおいては教養と知性を披露しつつ会話を盛り上げ、トランプやチェスなどのゲームの相手をし、舞踏会にはもちろん付き添い共に踊り、夜が更ければ婦人を自宅の寝室まで送り届けて、そして退去する。本来夫がすべきであるすべてのことを肩代わりするのである。家庭内の細々とした心配事の相談にものり、力を貸し、婦人の人生すべてをフォローすべく包み込むという、安易にはとうていこなせない激務なのである。
しかも、まったくの無報酬で、である! なにせ「奉仕する騎士」なのだから、見返りなど求められるはずもない。

一体どこの国のどんな女が、こんな厚遇を受けられるというのか。女王であってすら夢でしかないであろう、こんな徹底奉仕を、ヴェネツィア共和国では何千人もの女が享受していたというのである。
そしてヴェネツィアの男たちは、この制度を社会の安定のために公に容認していたのである。カヴァリエレ・セルヴェンテとの密接なデートの日々は、誰はばかることもない、堂々たる女の権利だったのだ。

ヴェネツィアを訪れたフランスの旅行者は、この制度に驚き、「奉仕役の騎士は、夫の何十倍も婦人と結婚していることになる」と語り、その後で「本当に騎士は、婦人を寝室に送り届けただけで済ませるのだろうか?」という、いかにもな疑問を呈してもいるのだ。
この疑問に対する塩野さんの論述がふるっている。
もちろん、愛人と騎士の境界がはっきりしない場合も多かったろう、と前置きした上で

「しかし、この種の心配は女心を知らない者のすることである。このような場合、女にとって、肉体をともにするかしないかということは、たいした問題ではなくなる。女を生き生きと美しくするのは、時折の肉体関係ではなくて、絶え間なく与えられる、男たちの讃美と繊細な心くばりに負うほうが多いものである」

船乗りの国、ヴェネツィア。その国家が人心安定の手段として採っていた、目を瞠るような制度は他にもあるのだが、人間のもっとも根元的な闇の感情である「嫉妬」の制御にかかわるこの「奉仕騎士」の制度こそは、叡智によって人間と社会がどこまで強靱たりえるか、という一つの証明でもあるだろう。

中世フランスの騎士道精神は、神と貴婦人に無償の愛を捧げるものだった。
が、「愛」ばかり捧げられても、実際、どれほどの役に立つだろう? と塩野さんは問いかける。
まさしく、私が最近よく考えることもでもある。大事なのは「実」である。「夢想」なんぞ腹の足しにもなりはしない。「貴女をこんなに想っております」ハイハイそれがどうした。それがなんになる。想いなぞ個人の脳内だけの完結ではないか。大事なのは、重要なのは、実際に何をどうするか、という行動なのだ。生きるために。生きるとは絶え間ない小さな闘争の積み重ねに他ならない。人生は24時間営業なのだ。具体的に、それをどうすれば支えられるか、というビジョンも知識も欠落した夢想だのロマンだのは、自我のウザい押し付けでしかないのだ。

「ルネサンス時代のヴェネツィア騎士道精神は、女を幸福にしただけでなく、夫まで幸福にし、さらに若者の人生教育にも役だったのである。フランスの騎士ばかりが有名なのは、あまりにも不公平なあつかいではないかと、女である身としては思わずにいられないのだが」


と、塩野さんは結ぶのだった。然り。然り! 

だがしかし、このカヴァリエレ・セルヴェンテについて、ネットでちょいと調べようとしたのだが、このままのカタカナ名称で現れるのは塩野さんの記述ばかり。イタリア語でググっても、あまり明確な記載が無い。マジでマイナーな騎士道制度なのかもしれない。

そんな中見つけた動画がこれ↓
大貫妙子さん歌う「カヴァリエレ・セルヴェンテ」である。


なお、奉仕騎士の行動を読んでいて、私の脳裏によぎったのはズバリ、「メイちゃんの執事」そのものだった。あれって、執事とは言っても執事でもなんでもなかったよなぁw 要するにカヴァリエレ・セルヴェンテのことだよね。

とは言っても、奉仕騎士の奉仕を受けるに相応しいだけの生き方をヴェネツィアの貴婦人はちゃんとしていたはずである。海運国の平和と安定を本土で護るという、責任と使命を果たす覚悟と行動あってのこと。ただただ女であるというだけでねだりさえすれば厚遇が得られて当たり前だなどと夢想するバカ女が居たとしたら、そんな女にこそフランス式の騎士道夢想だけくれてやりゃぁバランス的に丁度良いのではあるまいか、とも思うのだった。




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Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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