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2010. 11. 09  
ヒロ&絢香夫妻のツイッターをフォロー始めて数日。

ついさっきのヒロ君のツイートで、「右往左往」という言葉が使われていて
「うぁぁヒロ君、そこは違うんや、その言葉はこういう場合に使うのは良くないのよぉ……相応しいのは「東奔西走」かなぁ」
と冷や汗を流したと思ったら、速攻で同様の指摘がRTで押し寄せたらしく、辞書で調べた上で、不適であったことと、今後もご教授お願いします、と謝辞が述べられていたりするわけ。

真面目だなぁ(´ー`)


この日の日記で、ヒロ君の文章を、正調で綺麗だけど硬くて余裕の無い文章、と書いたけれど、そもそも子供時代をスイスで過ごしている彼は、どうしたって日本語のニュアンスに関わる部分にハンデがある。
口頭で何かを述べているときにもそのハンデは時々覗いてしまうので、コメントするときや挨拶をするときの映像などを観ていても、実にハラハラすることがあるのだ。
「そ、そこは違う! 言いたいことは通じるんだけど、今ひとつ言葉の選び方がズレている!」
と、赤ペン持って添削にすっ飛んで行きたくなる事はしばしばだった。

要するに、不適切な言い回しが実はけっこうあるヒロ君なんである。
礼儀をたいそう重んじる、とにかく生真面目なタイプなので、しかも真摯で緊張した雰囲気が前に立つから、談話の場合あまり問題にされないで来たのだろうけど、モノカキとなるとこれは実は相当シビアな弱点になってしまう。

「そこまで日本語がイマイチで大賞? やっぱヤラセじゃないの?」
などと息巻く人も当然居るだろうけど、この点に関しては私は疑問は持っていない。
というのも、実のところ、「小説家になること」も、彼の最終目標などではないのだろう、と考えているからだ。
思ってること、考えていること、願いなどを世に伝えたい、そのための手法として小説を書くことを一つの選択として実行したのだろうと思う。

もしかしたら「KAGEROU」という作品は、実は小説の体を成していない、破天荒なスタイルを持っているのかも知れない。「荒削り、今まで無いタイプの小説」という論評も選考側からは出ている。

だが小説としてのスタイルが崩壊していたとしても、文体が整っていない未熟さに満ちていようとも、小説という構造の価値を後回しにしてもなお人の心を動かし得る「思想」の表現が評価された、という可能性があると思うのだ。
読んでみれば判ることなんだけどね。
ただ、出版業界的常識がばっちり適用されちゃった場合、校正は大変かもしれない。「意味は通るけど日本語の文章として不適切」という箇所を徹底的に直さないとならないかもしれないし、もしかしたら、そういう箇所は膨大なのかもしれない。

願わくば、あまり厳格に過ぎる校閲はやめて欲しいけどね。荒削りならではの良さをなるべく残して欲しいものだ。文章なんてのは美容整形にも似て、整わせ過ぎると面白みも個性もなーんも無い、実につまらないものになってしまいがちなものだから。

さて、作家になることがヒロ君の最終目標じゃない、と書いたけど、では実はなにを彼は目指しているのだろうか?

ズバリ。
本気で世直し。
シャレでもなんでもなくて、ガチで。
実は結婚前あたりから、なんとなくそんな気がしていたのである。ツイッター見ていて、さらに強くそう思うようになった。
作家としていったん成功したとしても、まだそこにはとどまらず、さらに転身を重ねて行くのだろうと、もう確信に近い感じで思うのだった。


だとしても。
今はもっと日本語を勉強しようね、ヒロ君(´ー`)(出来れば英語も)

役者をやりたいなら長年の基礎訓練が必須なように。
音楽家になりたいなら、子供の頃からピアノを習うように。
医師や弁護士になりないなら専門の勉強を何年もせねばならぬように。
ワールドカップの選手になるためには、どれくらい練習をするのかな?
作家も同じ。
表現のために文章を使いたいなら、長年の血の滲むような修練が欠かせない。当然のこと。
だからどうか頑張って、ヒロ君。
ツイッターにもの凄い勢いで押し寄せる言葉の奔流に焼き切れてしまわないかと心配でならないけれど、今日のように、その中から急速に身に付くこともきっとたくさんあるだろうね。


で、押し寄せる言葉の怒濤をさらに増やしたくはないので、あくまでRTはしないでこんなところにダラダラ書くアタクシ。所詮は自己満足。それで、いーのだ。


絢香ちゃんのツイートがまたシミジミと良いんだ、これがまた。
特に日々のレシピ紹介が。
そして「ママ直伝!」と添えられていたりすると、本当に心から和む。嗚呼、この子は本当にちゃんとした、まっとうなおうちで、実に正しい育てられ方で大きくなった、真の意味で育ちの良い子なのだ、と感じるのだった。
家柄だの血統だの財産だの、そんな上っ面の値打ちなどより、遙かにずっと人間にとって素晴らしい価値のあるものがある。親から子に伝授される料理はその最たるものの一つと思う。

最近は仕事を始めた息子にあまり料理をさせてなかったけれど、また折を見て教え始めるべきだろうな、私も。

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Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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