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2011. 08. 15  
なにがキッカケだったのかもうハッキリしないが、世界史を調べ始めてもう数年になる。
最近、「C」が面白かったのがキッカケで、経済をちょびっとかじった。
これがもう相当ヤバかった。
なにがヤバいって、歴史の大雑把なパターンを知った上で、今現在の世界の経済状況を見ると
「もうじきドンパチ来まっせ」
てな事しか見えないってことなんである。
それでなくても日本そのものが大震災と原発事故でかつてないほどどエライ事になってるところに持ってきて、ユーロ圏経済の逼迫・米国債格下げ・世界恐慌規模の不景気・円相場高騰etc.

10年前、20年前の私はアホーだった。(それ以前はガキだった)バブルが来ようが弾けようが証券会社が潰れようが銀行が次々合併しようが、そもそもそういう事の意味が良く判ってなかった。なんだが良く判らない近寄りがたいものだし、そんなことに関わらなくても大体なんとかなるだろうし、そんなことより息子は手が掛かるし次から次へと日常は問題で満ちているし、とにかく世界がどうなっていようがすべて対岸の火事扱いして生きてたのだ。
結果、50近くなっても「円相場」「為替」などの意味すらロクに知らないポカーン婆の出来上がり。なにせ話題の「FX」って財テク(死語だ)てなもののことを、株の一種だとつい最近まで信じていたくらいである。


だがもう知ってしまった。ほんのちょっと齧っただけだが、「歴史」と「経済」がリンクしてしまった。
そうすると世界が、今までとはまったく別のメガネをかけたかのように違って見えてきてしまったのだ。
そして今見えているのは、なにやら恐ろしいもの。とてつもなく恐ろしいものに思える。

ふと豆しばのCMを思い出す。
ベビしばを取り囲んだ大人豆しば達に向かってベビしばが言うのだ。
「ねぇ知ってる? いちばん幸せなことは、何も知らないことなんだって」豆しば、ガビーン。

ぐぬぬ。なまじ半端に知ってしまったばかりに今感じてる恐ろしさのタチが大変悪いのかも知れない。さらにもっと物事を知ればここまで焦らずに済むのだろうか。

だが困った事に、すっかり老化してしまった心身では、もう勉強が捗らないこと。読書もすぐ集中力が切れるし、物忘れも激しいし、眼はよく見えない。暑いし。

そしてもっと困っているのは、不安や焦慮ばかり募るので、ストレスでものすごくお腹が減ることなのであり、体重が増え続けていることなんである。レコーディングダイエットで一気にお素敵になられた岡田斗司夫氏が、ここ最近みるみるリバウンドされているのをニコ生で拝見して
「もしかして私と同じようなことが起きているのかしらん」などと思ったり。
一笑に付されそうだけど。



ともあれ「日本がヤバくなってきてる」というのは、20年ほど前から思っていた。私自身の育児がまったく捗々しくなかったのと同時に「幼児虐待」という社会現象が問題にされ始めたころから。
もはや、ヤバくなってきてる、なんて事態じゃない。今まさにヤバいのだ、と思う。この感覚は間違いだろうか? アホー婆のおかしい頭が勘違いしているだけなのか? それなら結構なことなのだが。
イギリスでは暴動が散発し、中国では1万人規模のデモが起きている。こういうことが日本にとって対岸の火事であるとは今の私にはもう思えないんである。
特にイギリスの暴動については、貧困層、移民層が原因と報じられたりしたが、実態はほとんど子供と言って良い若者たち、それもネット環境を使いこなせる程度には生活に余裕はあるのに、心理的に余裕の無い若者たちの、大義も名分も無い狂騒の連鎖であった、ということらしい。先日、日本ですらTV局の付近に人が押し寄せたという。偏向報道、ゴリ押しを止めろという主旨だったらしいが、私はあの騒動を上っ面のわかりやすい主旨だけに焦点を合わせて考えると、問題の所在を見誤るだけだろう、と思っている。嫌韓、とは別のところに問題の根っこはある。本当に嫌がられているのは多分そこじゃない。マスメディアによる流行のゴリ押しなんぞ、今に始まったことではないのだから。


さてとにかくも、この強迫観念みたいな不安をなんとかするにはどうしたら良いのやら。ただちになんとかしないと、ただちに影響があるんである。具体的にはデブって服が入らなくなるんである。今日も絶食しようとして失敗した。冷水でもかぶって悔い改めようかしらん。

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「長引く不況はナショナリズムの台頭を招く」というのはよく知られた構造ですが、ここのところネットで見られる極論にも空恐ろしいものを感じることが多くなってきました。数年前までギャグで行っていたようなことを大真面目に主張する人の多いこと。
こんな状況の中、(何かとお騒がせの人とはいえ)総理大臣が「不戦の誓いを新たに」する意思を表明したのに安堵する一方で、この一言が新たな火種にならないかと不安を覚えたりしておりますが・・・。
Re: タイトルなし
新城君>
けっきょく、人というのは、価値をやり取りするために「人間」となって、社会を成してゆくのだろう、と思います。不景気によって現実的価値を喪失しつつある心理が、非現実的・理想的・2次元的価値を代替に求めてゆくのは当然の流れなのかも知れません。ですが理想や二次元でけして空腹は癒えないし、寒さを凌げないし、本当の難儀をどうすることもできない。綺麗事ばかりを追えば、必ずやバランスを崩し、現実からひどいしっぺ返しを食うことになるんだと思います。理想のためにこそ現実を固める必要がある。今後、ますます増える問題に対処するために個人が出来ることは、バランス感覚を自分に備えていくことだと思います。
要するに「みんなもっと勉強しようよ」。
享楽的に遊んでいてもなんとかなる、そんなお気楽な時代はもう終わったのだ、と思うわけなんですよ。
国家的不戦? それも仕方のないことでもありましょう。ですが国家が一切戦わない、国民を守るためにすら戦わないという状況にもしなるとするならば、個々が自分で自分を守るしかない。別に国家規模でなくたって、いくさの形は他にもあるはず、と私は思っています。
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星 ゆう輝

Author:星 ゆう輝
人生50年、オタク歴40年弱、母親業四半世紀。老眼とボケが迅速に進行中。麗しいロボ執事をはべらせるのが老後の夢。

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